労働事件の解決手続

 労働事件の解決のための手続はいくつかあります。どんな手続があってどういう特徴があるか、知っていますか。

労働事件の解決手続の種類

 労働事件の解決手続としては、弁護士をつけないものとしては、本人間での交渉、労働基準監督署への申告(指導・勧告)、行政の個別労働紛争あっせん手続等があり、弁護士を通常つけるものとしては、弁護士による交渉、労働審判、賃金仮払い仮処分(解雇の場合)、訴訟(本訴)があります。(もちろん、労働審判、仮処分、本訴も、弁護士をつけずに自分ですることも、可能です)

労働基準監督署への申告

 使用者に労働基準法違反があるときには、労働基準監督署に申告して、使用者に指導等をしてもらうことで紛争の解決ができることがあります。企業は、行政にはとても弱いので、意外にあっさり目的を達することもあり、無料で利用できるという大きなメリットがあります。
 しかし、労働基準監督署は、労働基準法等の所管の法律の違反がないと動けませんから、労働基準法違反だという形を作って申告しなければなりません。「解雇されたら」の項目で説明しているように、解雇理由説明書を速やかに交付しないことは労働基準法(第22条)違反なので、これはほぼ確実に対応してくれます。あとは残業代を含む賃金の不払い(残業代は労働基準法第37条、約束した賃金の不払いは労働基準法第24条)は、申告を受け付けてくれやすいです。
 労働基準法違反と申告しても、使用者側からあれこれ反論があって、例えば賃金の支払義務があるかどうか(違反があるかどうか)グレーになると、労基署ではこれ以上できないとか言われることがあり、担当者の熱意により左右されることもあります。
 「不当解雇」という主張をすると、労働基準法の問題ではないと言われ、あっせん手続を理由するか弁護士に相談するように言われるのがふつうです。近年は、労働者が不当解雇だという申立をした場合にも、助言・指導の手続をとって使用者を呼び出して使用者から解雇理由を聞き取り、その内容に応じて、解雇無効となる可能性もあるから労働者とよく話し合った方がいいということを言ってくれたりもするようですが、使用者側がその気はないと言えば、それでおしまいになります(そういう経緯が記載された『助言・指導票』は情報公開請求をするととれます)。

あっせん手続

 東京都の場合、都道府県労働局(東京労働局)と、東京都(都庁)が、あっせん手続を受け付けています。
 東京労働局(厚生労働省の部局)での手続は、九段第3合同庁舎14階の総務部企画室か、労働基準監督署に併設された「総合労働相談コーナー」に「あっせん申請書」を提出して申立をします。相手方(通常は使用者)が参加しないと回答すると打ち切りになります。相手方が参加すると回答すると、あっせん期日が開かれます。あっせん期日は原則として1回限りで、1~2時間程度です。あっせん委員が双方から事情と意向を聞いて和解による解決を試み、合意ができれば成立、合意できなければ打ち切りになります。
 東京都での手続は、基本的に電話で受け付け(東京都ろうどう110番:0570-00-6110)、申請書の作成は不要で、あっせん期日も開かず、東京都の相談員が双方から事情を聴いて調整し合意が成立すれば書面を作成し、合意できなければ打ち切られます。
 これらの行政によるあっせん手続は、費用もかからず手続の負担は比較的軽いですが、相手が参加しないと回答すると空振りに終わること、解決水準が低い(解雇事件で労働者側の主張が正しいと考えられるケースで、賃金1~3か月分程度と言われます)ことが難点です。

弁護士による交渉

 弁護士に依頼したうえで、相手方の弁護士と交渉して(労働者側に弁護士がつけば、使用者側はほぼ間違いなく弁護士をつけます)、無事に合意ができれば、裁判や労働審判をしなくても解決ができ、しかも解決できる場合は裁判で予想される結果とおおむね同様の解決になります(弁護士同士の交渉では、基本的には裁判になったらどうなるかを見通しながら決着を図りますから)ので、適正な解決を相当迅速にできることになります。
 しかし、交渉で解決できるかは、事案の内容にもよりますが、使用者側が交渉での解決を望んでいる(裁判等を避けたいと思っている)か、その度合い、そして使用者側の弁護士の考えや見通し、人柄に大きく左右され、事前にはあまり予測できないというのが実情です。
 私の経験上は、訴訟提起や労働審判申立の前に、使用者に内容証明で通知をしたうえで協議の申し入れをして、回答が来るのが半分程度(残り半分は無視)、回答があったうち、協議に応じる意向が示されるのが半分くらい、面談して協議が進んで合意に至るのがその半分弱という印象です。
 というところで、交渉による解決は、最初からそれを期待するのではなく、法的手段をとる覚悟をしたうえで、うまくいったらラッキーだねというくらいの気持ちで考えておいた方がいいと思います。

労働審判

 裁判官と労使の団体推薦の審判員が、原則として3回までの審尋(しんじん)期日で出席している双方当事者に質問をしてその場で事件についての心証をとり、それを前提に調停案を調整して合意できれば調停成立、合意できなければ「審判」という決定を出す(それに不服があればi異議を出すことができ、その場合は自動的に訴訟に移行する)という手続です。
 あっせん手続と訴訟の中間的なものと言えますが、事実関係についてその場で質問をし、事件についての心証が示されることも多く、基本はその心証に従って解決が図られるので、(判決のように文書できちんと判断はされませんが)一定程度白黒をつけるというニーズにも応えるところがあります。
 解決水準も、訴訟(判決・和解)とあっせん手続の中間的なところで、解雇事件で労働者側の主張が正しい(解雇無効)とみられる事案で賃金6か月分~1年分あたりと言われています(6か月分が原則と明言する裁判官も、1年分が原則と明言する裁判官もいます)。
 労働審判の手続と、どういうときに労働審判を選択すべきかについては「労働審判」の項目で説明します。

賃金仮払い仮処分

 解雇等の使用者から労働者としての地位を否定された労働者について、本裁判の決着がつくまでの間の生活費の確保のための手続です。
 しかし、この賃金仮払い仮処分の手続(審尋)の過程でも、裁判官から和解勧告があり、和解で解決することもあります。その場合の解決水準は、おおむね、労働審判と同じくらいとみられます。
 そういうことで、和解を想定して仮処分を申し立てることもないではありません。解雇事案でしか使えない(例えば残業代請求や損害賠償請求ではそもそも申し立てられない)、労働者に預貯金が多いと使えないので、使える場面は限定的ですが。そして現在では、そういう和解狙いのケースは労働審判申立というのがスタンダードではありますが。
 賃金仮払い仮処分の手続については、「不当解雇を争う」の「係争中の生活費確保」の項目で説明しています。

訴訟(本訴)

 訴訟の場合、手続は「民事裁判の話」で説明しているとおりです(通常事件の扱いとやや違う点として、東京地裁労働部では、双方に弁護士がついている事案では、第1回口頭弁論は法廷で行いますが、第2回以降は「弁論準備手続」にして、法廷外の書記官室脇の小部屋で行うのが通例になっています)が、判決までには、解雇・雇止めの事件で1年か1年半程度、残業代請求や降格・賃金切り下げを争う裁判だとそれ以上かかるような状況です。
 私は、基本的に、訴状の段階から充実した記載をして、できるだけ早く勝つことを心がけていますが、労働事件、特に解雇・雇止めの事件では、労働者側は生活がかかっていて早く決着したいのに対して、使用者側は解決が遅れても痛くもかゆくもないという様子で、引き延ばしを図る使用者側の弁護士がみられるのは、大変残念です。
 裁判所に納める費用(訴状に貼る印紙代)を計算するのに、解雇・雇止め事件では少し特殊な計算方法をします。これについては「解雇事件の印紙」の項目で説明します。


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