原発訴訟での国側の異議

日本の法廷での異議は相手方代理人の焦りの表れ

 日本の現在の法廷では、実際には、誤導尋問に対する異議と相手方の弁護士が予定時間を無視して尋問を続ける場合(あるいはこのままだとそうなりそうな場合)以外の異議は、相手方の尋問がうまくいっているので尋問者のペースを乱したいとか、反対尋問で味方のはずの証人が相手方に有利な証言をしそうなので注意をしたいとかの思惑、つまり異議をいう側の弁護士の焦りによる場合が多いと思います。

六ヶ所村ウラン濃縮工場の裁判:反対尋問

 六ヶ所村のウラン濃縮工場の裁判で、私は安全審査を担当した核燃料安全専門審査会の部会長を尋問しました。この時反対尋問で、この証人は、ウラン濃縮工場の事故時に働く局所排気設備が「ダンパ」(漏洩型バタフライ弁のこと)であるのにその漏洩を考慮しなかったことは誤りであったことを認めました。速記録で再現すると以下の通りです。

原告代理人 フッ化水素はあの事故の想定では1.1kgまで生成しうると言うことになっているわけですよ。
証人 うん。
原告代理人 1.1kgだけど全部フッ化水素吸着器へ行くから99.9%とられて、とっても少ないですよという話になっているわけですよね。
証人 うん。
原告代理人 ところが、そのフッ化水素吸着器がないほうへも、ある程度漏れちゃうという話だと、そっちはフッ化水素吸着器で、その1000分の1に減らないわけですよ。
証人 (うなずく)
原告代理人 そのまま行っちゃうわけですよ。だからこっちの漏洩量少なかったとしてもね、フッ化水素吸着器を通る系統から来るよりも、もっとたくさんのフッ化水素がHEPAフィルターに到達するということはありうるわけでしょう。
証人 うん。
原告代理人 そこを考えてないんですね。
証人 ……
原告代理人 おかしいと思いません?
証人 ……そうだな。うん……今のような話でその、どの程度の漏洩率かというのを、やっぱり考えないといけないと思いますね。

 これは反対尋問が成功した典型例です。

国側の再主尋問

 ところがこの証人は、その次の口頭弁論期日(1996年2月2日)での国側の再主尋問で証言を覆します。速記録で再現すると以下の通りです。

被告代理人 局所排気設備の排気系統を切り換えるときに閉とするダンパについては漏洩がないという前提で評価がされているわけですので、当然そこに使われるバルブというのはむしろ密閉型のものが使用されるということで考えるべきではないんでしょうか。
証人 ああ、全くそのとおりだと思います。
  (略)
原告代理人 ただいまの点ですけれども、ダンパーという言葉の定義なんですけれども、バタフライバルブには漏洩許容型のものと密閉型のものがあるとしまして、ダンパーというときは漏洩許容型のものをいうんじゃないんですか。
証人 私よくわかりませんけれども、おっしゃっているのは、ダンパーといって「パ」にハイフォンがついたダンパーというのは漏洩許容型のことをいうようです。おわかりですか。ダンパーと言ってハイフォンで伸ばしますね、その俗称ダンパーと言うという、漏洩許容型バタフライバルブのことをダンパーと言うという、俗称のときはパーと伸びるんだそうです。
原告代理人 じゃダンパは何ですか。
証人 ダンパというのはそうじゃないものを言うらしいんです。で、ここで言っているのは、そういうバルブ用語事典みたいな定義ではなくて、ダンパーではないということでダンパと言っているんだというような話を聞きました。
原告代理人 誰からですか。
証人 役所の人です。

 再主尋問での被告代理人(国側の代理人)の質問は、これ以上ないほどの露骨な誘導尋問です。主尋問でこんな尋問をせざるを得ないというのは、法律家が見ると気恥ずかしい限りです。
 そして、私の再反対尋問で証人は、期日間に「役所の人」からダンパというのは漏洩型でないといわれたと証言しています。もちろん、ダンパーは漏洩型だがダンパは漏洩型でないなどという用語法は世間ではありません。また、ここでいう「役所の人」は旧科学技術庁の人です。

次の口頭弁論期日で

 この証言を巡って次の口頭弁論期日(1996年5月17日)では、午前中、「役所の人」の証人への説得は偽証教唆ではないかと、法廷で論争があり、かなり険悪な雰囲気になった後、次の証人として旧科学技術庁で安全審査に関与した証人が尋問されました。その日は国側の主尋問だけの予定で、安全審査書と陳述書をなぞるだけの尋問でした。
 国側の尋問が終了したとき、私は、立ち上がって、「裁判長、反対尋問は次回行いますが、今日のうちにこの証人に聞いておきたいことが一点だけあります」といって尋問を始めました。証人の旧科学技術庁での経歴が長いことを確認した上で私は「科学技術庁で『ダンパ』といったら、通常何を意味しますか。」と聞きました。その瞬間、証人が口を開く前に国側の代理人数名が一斉に立ち上がり思い切り手を挙げて口々に「異議」と叫びました。行政訴訟で国側の代理人は基本的に法廷でほとんど口を開きません。国側の代理人がこれほど慌てふためいたのを見たのは初めてです。国側の代理人は異議の理由もすぐにはいえず、一人がとっさに「関連性がありません」といいました。私が冷静に「今日の午前中大議論になったことじゃないですか。関連性があることは明らかでしょう」というと、困って、次にようやく思いついて「主尋問の範囲を超えています」と述べました。それは法的には正しい異議理由なので(民事訴訟規則第114条第1項第2号)認められ、私の尋問はそのまま中止になりました(主尋問にないことを聞きたければこちらも証人申請しなければならず、こちらはその場で申請するといいましたが、裁判所は認めませんでした)。しかし、国側の代理人がその理由で異議を述べたのでないことは明らかで、もし科学技術庁の証人に「ダンパというのは漏洩型バタフライ弁です」と明言されたら偽証教唆が固まってしまいかねないので証人にしゃべらせないことを目的とした異議であったと考えられます。

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