どの裁判所に訴えるか

 裁判を起こせる場所について、被告の住所地という規定はありますが、原告の住所地という規定はありません。しかし、実際には裁判の多くは原告の住所地で起こされています。何故だかわかりますか。

裁判管轄という問題

 通常の民事裁判は、地方裁判所か簡易裁判所に訴状を提出して、提起します(家事事件の場合は、家庭裁判所です:裁判所法第31条の3第1項第2号)。地方裁判所か簡易裁判所かの選択(裁判業界では「事物管轄(じぶつかんかつ)」の問題と呼んでいます)は、訴えの対象となる金額(裁判業界では「訴額(そがく)」とか「訴訟物の価額(そしょうぶつのかがく)」といいます)が140万円を超えるときは地方裁判所、140万円以下のときは簡易裁判所ということになります。
 地方裁判所も簡易裁判所も全国各地にありますが、その中でどこの裁判所に起こすかという問題があります(裁判業界では「土地管轄」の問題と呼んでいます)。法律上の原則は、被告の住所地の裁判所ですが、現実には多くの裁判は原告の住所地の裁判所に提起されます。

地方裁判所か簡易裁判所か:事物管轄

 地方裁判所は、訴額が140万円を超える事件と不動産(土地・建物)に関する事件を担当します(裁判所法第24条第1号)。簡易裁判所は訴額が140万円以下の事件を担当します(裁判所法第33条第1項第1号)。訴額が140万円以下の不動産に関する事件は、地方裁判所も簡易裁判所も担当できますので、どちらに提起してもよいということになります。
 地方裁判所か簡易裁判所かを決める基準となる「訴額」は、金銭請求の場合は請求額になりますが、それ以外の場合、少しめんどうなことがあります。
 請求が金銭評価できないか、極めて困難であるとき(裁判業界では「訴額算定不能」といいます)の場合は、その価額は140万円を超えるものとみなします(民事訴訟法第8条第2項。従って、当然に地方裁判所の事件)。
 金銭請求の場合、通常は、請求金額に支払うべき日以降の遅延損害金を追加して請求しますが、遅延損害金や利息は訴額の計算ではカウントしません(民事訴訟法第9条第2項)。このような訴額でカウントされない利息や遅延損害金などを、裁判業界では「付帯請求(ふたいせいきゅう)」と呼んでいます。
 同じ当事者間で複数の請求をするときは、訴額は原則として合算します(民事訴訟法第9条第1項本文)。ただし、例外的に、訴えで主張する利益が共通している場合は、合算されずに多い方で計算します(民事訴訟法第9条第1項但し書き)。その例としては物の所有権確認請求と同じ物の引き渡し請求をあわせてする場合がよく挙げられます。1つの訴えで財産上の請求でない請求とともにそこから生じる財産上の請求をするときは、合算されず多い方で計算します(民事訴訟費用等に関する法律第4条第3項)。実務的によくあるのは解雇が無効だという主張で従業員としての地位の確認請求(これは財産上の請求ではない請求)と解雇後の賃金請求(財産上の請求)をあわせて行う場合です。
 複数の被告に対して請求をする場合はどうでしょうか。借主と保証人に対してあわせて請求するような場合は、請求内容は実質的に1つといってよいですから合算されません。
 しかし、請求内容が実質的に1つといえない場合、微妙な問題があります。例えば、1人の原告がアコムに対して80万円、プロミス(正式な会社名は現在はSMBCコンシューマーファイナンスですが)に対して70万円の過払い金返還請求訴訟をあわせて(1つの訴状で)提起した場合、訴額が合算されて地方裁判所に提起できるかという問題です。この問題について最高裁(2011年5月18日第二小法廷決定)は同種の複数の訴えを提起された地方裁判所が複数の訴えについて「土地管轄」があるときは訴額が合算されて地方裁判所が事物管轄も持つと判断しました。そうすると、複数の訴えが同種の訴えで土地管轄が同じ(原告の住所地ならすべての被告との関係で土地管轄がありますし、アコムとプロミスならどちらも本社が東京なので東京でも)場合は、1件1件の請求額が140万円以下でもあわせれば140万円を超えるのであれば、別々に起こせば簡易裁判所の事件ですが、あわせて提起すれは地方裁判所の事件になることになります。原告が1人で被告が複数の場合で説明しましたが、原告が複数で被告が1人の場合も同じです。
 また、地方裁判所は、その管轄区域内の簡易裁判所が管轄を持つ事件の訴えを提起された場合は、簡易裁判所の事件であっても(地方裁判所の事件でなくても)、自ら審理し判決することもできます(民事訴訟法第16条第2項。裁判業界では「自庁処理(じちょうしょり)」と呼んでいます)。これは地方裁判所がそうする気があればということですが。

どこの裁判所に訴えるか:土地管轄

 法律上の原則は、被告の住所地の裁判所です(民事訴訟法第4条)。しかし、財産権に関する訴えは義務の履行地(義務を行うべき場所)で提起することができるとされています(民事訴訟法第5条第1号)。そして、財産上の権利義務は、多くの場合、義務がある人(債務者)が権利がある人(債権者)のところへ行って行うべきこととされています(例外は特定の物の引き渡しとか、労働者の賃金債権など)から、原告の住所地が義務履行地となってそこで裁判を起こすことができるというわけです。
 ほかにも、不法行為といって違法に権利を侵害されたと主張して損害賠償請求をする場合はその不法行為が行われた場所(民事訴訟法第5条第9号)、不動産(土地・建物)に関する請求はその不動産の所在地(民事訴訟法第5条第12号)でも裁判を起こすことができます。
 こういった、複数の裁判を起こせる場所の中から、訴えを起こす原告が裁判所を選んで裁判を提起するのですから、多くの場合、原告の住所地の裁判所に提起されるということになります。
 ところで、契約書にこの契約に関する裁判は契約書で指定する裁判所に提起するということが書かれていることがあります。事業者が一般の消費者や借主に署名させる契約書にはまず間違いなくそういう規定があります(その場合指定される裁判所はたいてい事業者の本社のある地域の裁判所です)。こういう裁判管轄の合意をすれば、その裁判所も管轄を持つことになります(民事訴訟法第11条)。その場合、その裁判所以外には裁判を起こせないでしょうか。多くの場合、そういった契約での合意管轄は、法律上の管轄裁判所に追加して定めたものと扱われ、ほかの法律上の管轄がある裁判所に訴えを提起することが可能ですが、その解釈で揉めることもあります。
 逆に、事業者が契約書の管轄合意を利用して消費者が出席できないような遠方の裁判所で裁判を提起した場合、消費者はそれに応じなければならないでしょうか。契約書の管轄を否定することまでは難しいですが、遠方で出席が難しいことや裁判の審理の上でも消費者の住所地が適切であるなどの理由で「移送(いそう)」の申立をすれば、裁判所の判断で消費者の住所地の裁判所に移送してくれることもあります(民事訴訟法第17条)。これも裁判所が適切と認めれば、ということですが。
 地方裁判所は、県庁所在地などにある「本庁」のほかに「支部」があります。この本庁と支部の間でも担当地域が分けられていますが、これは裁判所内部の分担(裁判所業界用語では「事務分配(じむぶんぱい)」)で、支部が担当することになっている地域の事件は本庁にも管轄はあります(最高裁1966年3月31日第一小法廷判決)。支部の担当になっている事件を本庁に提起した場合、担当部の判断で支部に送られる(この場合は裁判業界では「回付(かいふ)」と呼びます)こともあります(回付に対しては不服申立はできないと最高裁は言っています:最高裁1969年3月25日第三小法廷決定)。

 小説でイメージする土地管轄等をめぐるやりとり

 このサイトに掲載している小説「その解雇、無効です!」シリーズでは、ラブコメ等の軽めの小説の形式で、解雇事件を例に民事裁判の進行を説明しています。「その解雇、無効です!2」では、勤務先の本社が山形地裁酒田支部管内、勤務先の店舗が銚子市(千葉地裁八日市場支部管内)の楠里さんの解雇事件で、玉澤弁護士がより近く行きやすい千葉地裁本庁で審理できないかを、第2章の2では千葉地裁本庁の民事受付と、第3章の2では担当裁判官と議論しています。管轄や支部の事務分配で微妙なケースでは、原告側の弁護士と裁判所でこういったやりとりをすることがままあります。


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