残業代請求と消滅時効

 現在は、残業代は遡って3年分請求できるようになりました。

賃金請求権の消滅時効は3年

 残業代請求は、現在は、過去3年分遡って請求することができます。より正確にいえば、支給日が請求日(裁判の場合訴状の提出日、内容証明郵便による請求の場合郵便の到着日)の3年前以降のものを請求することができます。(使用者が消滅時効を主張しない場合は何年分でも遡れますが、そういうことはふつうはありません)

 残業代を含む賃金請求権の消滅時効は、かつては2年と定められていました(労働基準法旧第115条:退職金請求権は、例外的に5年です)。2020年4月1日施行の労働基準法改正によって、支給日が2020年4月1日以降の賃金については、時効期間は3年となりました(法律上は時効期間は5年です:労働基準法第115条。しかし、「当分の間」3年とされます:労働基準法附則第143条第3項)。支給日が2020年3月31日以前の賃金の時効は2年のままです(労働基準法改正附則第2条第2項)ので、2023年3月までは過去3年分を全部請求できるということにはならなかった(2023年3月時点で言えば、3年前の2020年3月支給分は時効消滅していた)のですが、2023年4月以降は、過去3年分は全部請求できることになりました。

 余談ですが、2020年3月改正前の労働基準法が2年の消滅時効を定めていたのは、民法では月またはこれより短い時期によって定めた給料の時効が1年と定められていた(民法旧第174条第1号)のを時効期間を延長して労働者を保護するためでした。2017年5月26日に成立した債権法改正(2020年4月1日施行)で民法の短期時効はなくなり、時効は原則は債権者が権利を行使することができることを知った時から5年になりました。理屈からすれば、賃金請求権も同様に、「労働者が権利を行使することができることを知ったときから5年間」とするのが当然です。ところが労働基準法改正では、「行使することができるときから5年間」とした上で「当分の間」「行使することができる時から3年間」となりました、賃金請求権の時効は、「権利を行使することができることを知ったとき」ではなく「権利を行使することができるとき」を起算点としたこと、時効期間が5年ではなく3年とされたことの2点で(二重に)、それ以外の債権(請求権)よりも労働者に不利になっています。労働基準法が、民法の一般規定よりも労働者に不利な規定をしたのです。変な話ですが、経済界の意向を最優先する政権の下ではこういうことになってしまうということです。

まずは内容証明で請求を

 残業代請求をする期間が3年を超える場合、月給制ならば毎月1か月分が時効消滅していくことになります。それを避けるためには、まずは内容証明郵便で使用者に対して残業代請求をしておく必要があります。この場合、請求金額を特定する必要はなく、せいぜい何年何月分以降の残業代を請求すると書けば十分です。内容証明による請求書が使用者に届いた日の時点で時効消滅していない未払い賃金については時効がいったんストップし、その日から6か月以内に正式の法的な請求(訴訟、労働審判等)をすれば、内容証明が到達した時点で時効成立していない分はそのまま請求できます。この延長は1度しかできませんし、6か月以内に請求しそこなうと延長がなかったことになります。

付加金は内容証明では時効延長できない

 裁判所が判決の際に、残業代を認めた金額の範囲内で使用者に追加して支払いを命じることができる付加金の対象は、訴え提起から3年以内の未払い割増賃金です。内容証明により、未払い賃金の時効成立は阻止できますが、付加金の方は裁判所に訴え提起しないとだめだと取り扱われています(労働審判申立の場合は、申立の際に付加金請求しておくと、本訴に移行した場合、本訴移行時ではなく労働審判申立時を基準に3年となります)ので、月末締め翌月25日払の会社で、2023年1月25日着の内容証明で残業代請求し、2023年4月28日提訴だと、未払い賃金請求の対象は2019年12月分以降ですが、付加金の対象は2020年4月分以降になります。

 2020年4月1日施行の労働基準法改正前は、付加金の「請求は、違反のあった時から2年以内にしなければならない」と定められ(労働基準法旧第114条)、これは時効ではなく「除斥期間」と解され、催告によって消滅を阻止する(成立を延期する)ことはできないと取り扱われていました。
 2020年4月1日施行の労働基準法の規定では、付加金についても「この請求は、違反のあった時から5年以内にしなければならない」(労働基準法第114条)と定めた上で、「当分の間」3年としています(労働基準法附則第143条第2項)。ここでも、民法ではこれまで「除斥期間」と解釈されていたもののほとんどが「時効」に切り替えられて「催告」による「完成猶予」が認められるようになったのに、労働者保護のための付加金は権利行使期間の規定のままなのは、一般の債権者よりも不利な扱いではないかと思えますが、これもまた、そういう政権の下での改正の結果といえます。


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