定年後再雇用労働者の雇止め

 60歳定年後の再雇用制度、詳しく知りたいと思いませんか。

高年法(こうねんほう)の定め

 高年齢者等の雇用の安定に関する法律(こうねんれいしゃとうのこようのあんていにかんするほうりつ:高年法)は、60歳未満の定年を禁止し、65歳未満の定年を定めている使用者に対して、「その雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため」、定年の引上げ、継続雇用制度(けいぞくこようせいど)、定年の廃止のどれかを実施することを求めています。
 そのため、現在、多くの企業では、60歳定年と、60歳定年後65歳までの継続雇用制度を導入しています。

定年後再雇用の際の労働者の選別:定年再雇用の拒否

 60歳定年の際には、高年法の規定による継続雇用制度(再雇用制度)を設けている使用者は、再雇用を希望する労働者全員を再雇用しなければなりません。
 厚生労働省が認めている例外は、「心身の故障のため業務に堪えられないと認められること、勤務状況が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないこと等就業規則に定める解雇事由又は退職事由(年齢に係るものを除く。以下同じ。)に該当する場合」、つまり解雇ができる場合(あるいは当然退職となる場合)と同じです。
 ですから、現実には、高年法の規定に基づく継続雇用制度がある企業の場合、60歳定年の時点では、労働者が希望しさえすれば、再雇用されるのが通常です。

 定年後再雇用制度を設けている使用者が、それにもかかわらず特定の労働者については再雇用を拒否した場合、その労働者は再雇用されたものとして労働者としての地位の確認と賃金請求をできるでしょうか。
 津田電気計器事件・最高裁判決(最高裁2012年11月29日第一小法廷判決)では、継続雇用基準を満たすにもかかわらず再雇用拒否された労働者について、再雇用されたのと同様の雇用関係が存続しているものとみるのが相当とされました。しかし、その事案は、再雇用後の賃金が継続雇用規程上明確に定まっている事案でした。
 この判決を見た使用者側は、再雇用の際の賃金を規則類で明確に定めず個別に提示するというような規則を定めるようになりました。
 労働契約では賃金は非常に重要な要素なので、賃金が定まらないと労働契約が成立しているとは言えないとされることが多く、再雇用後の賃金が規則類で自動的には定まらない場合は、再雇用拒否は違法だけれども再雇用契約が成立しているとは言えないとされがちです。そうすると、地位確認や賃金請求は認められず、不法行為や債務不履行を理由とする損害賠償請求だけが認められるということになってしまいます。

定年後再雇用後の労働条件

 定年後再雇用の際の勤務先について、高年法は定年までの勤務先に限定しておらず、一定の範囲のグループ企業での再雇用を認めています。現実には、大手企業の場合、再雇用先は子会社等のグループ企業とされることが多いようです。
 定年後再雇用の際の労働条件については、高年法は特段の規制をしていません。
 ほとんどの企業では、定年後再雇用では期間1年の有期労働契約としています。
 また定年後再雇用の際には、賃金が大幅に切り下げられることが多く、その場合、労働時間も短時間勤務とされることもありますが、労働時間は変わらないのに賃金だけが切り下げられるケースも少なからず見られます。
 定年前の労働契約(通常は期間の定めのない労働契約)中に賃金を切り下げることについては、使用者に対してさまざまな制約がありますが、再雇用の場合は、理論上、新たな労働契約なので、労働条件を大幅に変更しても、法的にはなかなか争いにくくなっています。

 定年前と業務内容がまったく同じであるのに、定年後賃金だけが大幅に切り下げられるのは不合理ではないかということについて、トラック運転手の事案で、不合理なものとして無効とした判決があります(長澤運輸事件・東京地裁2016年5月13日判決)が、控訴審で取り消されてしまいました(東京高裁2016年11月2日判決)。最高裁は、定年後再雇用の場合長期間の雇用が予定されないこと、定年退職までの間正社員として賃金の支払を受けてきたこと、一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されていることも、不合理か否かの判断要素となるとした上で、賃金の相違が不合理か否かは「賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきもの」と判断しました(2018年6月1日第二小法廷判決)ので、長澤運輸事件1審判決のような判断は今後は難しくなりました(「賃金の総額を比較することのみによるのではなく」という判示は、賃金総額の比較も認めているともいえるので、微妙なところではありますが)。
 賃金総額とは別に、各種の手当に関しては、トラック運転手のケースでは、定年後再雇用前後での(正社員と契約社員間で)精勤手当の支払の有無の差をつけることは違法とされました(長澤運輸事件・最高裁2018年6月1日第二小法廷判決)。他方、住宅手当、家族手当、役付手当、賞与については正社員と契約社員間で支給の有無の差をつけることは不合理とはされませんでした(同判決)。定年後再雇用のケースではありませんが、トラック運転手で正社員と契約社員で、皆勤手当、無事故手当、作業手当、給食手当の支払の有無の差をつけること、通勤手当の支給額に差をつけることは違法とされました(ハマキョウレックス事件・最高裁2018年6月1日第二小法廷判決)ので、定年後再雇用の契約社員と正社員の間でこれらと同趣旨の手当等で差をつければやはり違法と判断されることになります。

 定年前と同じ業務だが短時間労働となる場合の賃金切り下げについては、定年前はフルタイムで再雇用では週3~4日、1日6時間、時給900円で月給換算で定年前の25%(75%減額)に当たる賃金が提示された事案で、使用者がそのように不合理な提案しかしなかったことが不法行為に当たるとした判決があります(九州惣菜事件・福岡高裁2017年9月7日判決)。

 定年までデスクワークを中心とした事務職をしていた労働者に対して、定年後再雇用の際に清掃業務を提示したことについて、「社会通念に照らし労働者にとって到底受け入れ難いようなものであり、実質的に継続雇用の機会を与えたとは認められないのであって、改正高年法の趣旨に明らかに反する違法なもの」として債務不履行及び不法行為に当たるとした判決があります(トヨタ自動車事件・名古屋高裁2016年9月28日判決)。高年法は再雇用後の業務内容を制限していませんが「全く別個の職種に属するなど性質の異なったものである場合には、もはや継続雇用の実質を欠いており」という理屈から制約をかけようとするものです。このような試みも注目しておきたいところです。

定年後再雇用労働者の雇用継続(契約更新)の合理的期待

 定年後再雇用の場合、定年前は正社員で期間の定めのない労働契約だったものが、定年後再雇用では、期間1年の有期労働契約とされることが多いです。その場合、契約更新の合理的期待はどうなるでしょうか。
 有期労働契約としては1年目で更新の実績がない場合でも、定年後再雇用は、ゼロからの有期雇用ではなく、定年までの勤務の事実を前提とした継続雇用であること、高年法が「65歳までの安定した雇用を確保するため」に継続雇用制度を設けることを求めていることからして、労働者は、当然に雇用継続(契約更新)の合理的期待を持っていると考えられます。
 したがって、定年後再雇用で契約期間が満了しても、使用者が、期間が満了した(過ぎた)ということ以外の理由なしに契約更新を拒絶する(雇止めする)ことはできません。

定年後再雇用の契約更新拒絶:労使協定で定めた再雇用基準の適用

 高年法は、希望する労働者全員の再雇用を求めていますが、この規定は2013年4月1日施行の改正法で定められたもので、それ以前の高年法は、労使協定(ろうしきょうてい)で再雇用基準(さいこようきじゅん)を定めている場合にはその基準に基づいて労働者を選別することを許容していました。
 労使協定で定めた再雇用基準の内容については、高年法は特段の規制をしておらず、使用者側が好きなように労働者を選別できるようなあいまいで主観的な規定が多く見られます。例えば「勤務意欲に富み業務に前向きに取り組んでおり、周囲に好影響を与えていること」とか、「定年到達迄を含む直近3年間の勤務状況が標準的な水準以上と評価できること」などのような、労働者が標準以上の成績や勤務態度でなければ再雇用されないかのような規定が、ごくふつうになされていました。
 高年法は、2013年4月1日施行の改正の経過措置として、2013年3月31日までに継続雇用制度を設けて労使協定で再雇用基準を定めていた企業については、一定年齢(厚生年金受給開始年齢)以上での更新の際には、その労使協定で定めた再雇用基準を用いて労働者を選別することを許しています。経過規定をまとめると下の表(↓)のようになります。

更新時期 再雇用基準適用可能な更新
2013年4月1日~2016年3月31日 61歳以上の労働者の更新
2016年4月1日~2019年3月31日 62歳以上の労働者の更新
2019年4月1日~2022年3月31日 63歳以上の労働者の更新
2022年4月1日~2025年3月31日 64歳以上の労働者の更新
60歳定年到達・再雇用開始時期 労働者の生年月日(参考) 再雇用基準適用可能な更新
2012年4月1日~2015年3月31日 1952年4月1日~1955年3月31日 61歳以上の更新
2015年4月1日~2017年3月31日 1955年4月1日~1957年3月31日 62歳以上の更新
2017年4月1日~2019年3月31日 1957年4月1日~1959年3月31日 63歳以上の更新
2019年4月1日~2021年3月31日 1959年4月1日~1961年3月31日 64歳以上の更新

 労働者の側からみると、上の表(↑)のようになります(労働者の生年月日は、60歳の誕生日=定年となり、その日から再雇用という場合のものです。現実には定年を60歳の誕生日ではなくその月の月末とか次の給料の締め日とかにしている場合もありますので、あくまでも「参考」です)。2021年4月1日以降に定年後再雇用が開始された労働者に対しては、経過規定の適用はない(希望しさえすれば、解雇事由等がない限りは、65歳まで更新される)ことになります。

 この高年法の経過規定、言い換えれば労使協定で定めた再雇用基準による労働者の選別的な更新拒絶は、現在は64歳以上の労働者の更新について適用されます。(2022年3月31日以前は63歳以上でした)
 現在は、60歳定年時には、無条件で再雇用された労働者が、63歳に達した後の更新時期に更新拒絶されて裁判等で争われているケースが多く、今後64歳に達した後の更新時に更新拒絶されて争うケースが増えてくることになります。

 経過規定により労使協定で定めた再雇用基準が適用される場合、理論的には、その再雇用基準に当たるかどうかで更新拒絶が違法か適法かが決せられるということになります。労使協定で定めた再雇用基準が、使用者側が好き放題に選別できるようなあいまいで主観的な規定の場合、裁判で争うことは難しいということになってしまうのでしょうか。そのあたりは、現在裁判で争われているところです。先ほど例に挙げた「勤務意欲に富み業務に前向きに取り組んでおり、周囲に好影響を与えていること」とか、「定年到達迄を含む直近3年間の勤務状況が標準的な水準以上と評価できること」などの再雇用基準を定めている企業が、本当にこの規定の文言通りに再雇用の更新を判断してきたとすれば、再雇用基準が適用される際に更新が認められる労働者は半数程度まで減少してしまうはずです。私が担当した事件で、その企業に過去の再雇用労働者の更新実績を求釈明で回答させたところ、更新拒絶の実績は0.1~0.2%レベルでした。そうすると、この再雇用基準の運用は、規定の文言通りではないということになります。であれば、裁判でのこの再雇用基準の規定の解釈も、その運用を反映したより緩やかな(更新拒絶される場合が相当限定される)ものとすべきでしょう。

 高年法の経過規定の適用がない企業、つまり2013年3月31日までに労使協定で再雇用基準を定めていない企業の場合は、再雇用の更新の際にも、労働者が更新を希望すれば、解雇事由等がある場合以外は、更新を認めなければなりません。
 私が担当した事件で、相手方が著名企業であるにもかかわらず、労使協定で定めた再雇用基準がなかったということがあり、驚きました(もちろん、とっても有利に進めることができました)。労使協定で再雇用基準を定めるかどうかはその企業の自由ですから、意外にそういうケースもあるのかも知れません。

再雇用制度がない企業の場合

 高年法の規定に違反して、再雇用制度を設けていない企業の場合、60歳定年となった労働者は企業に再雇用を要求できるでしょうか。
 高年法の規定は、それに違反した場合、行政庁からの助言・指導、勧告、企業名公表の対象にはなりますが、罰則はなく、継続雇用制度を設けたとみなすという規定があるわけでもありません。
 現在の裁判所の立場では、再雇用制度を設けていない企業に対しては、損害賠償請求をする余地はあっても、再雇用がなされたものとして労働者としての地位を確認したり、賃金の支払を請求することは、残念ながら、難しいです。


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