録音した証拠と民事裁判

 録音が証拠となることが多くなってきましたが、証拠にしたければ全部書き起こす必要がありますし、証拠提出した方がいいかは冷静に検討する必要があります。

録音(隠し録り)を証拠にできるか

 会話の録音を証拠に出す場合、相手に録音すると断って録音した場合は、問題なく証拠となります。
 自分と相手の会話を、相手に断らずに録音した場合はどうでしょうか。民事裁判では証拠の適格性について、特段の規定がなく、出してしまえば勝ちという側面があります。裁判官によっては、隠し録りした録音は証拠として認めないと、法廷で明言する場合もありますが、私の経験上は少数派のように感じます。どちらかと言えば、自分と相手の会話については、相手もその人と話しているということを認識して話しているわけで、それを記憶しているのと録音しているのはそう変わらないという感覚があるように思えます。むしろ、消費者事件で業者側が電話の録音を当然のように出してくるのに対して、ダメだという裁判官の反応は、私は見たことがありません。
 相手が録音を拒否・禁止している場合はどうでしょうか。非公開で、録音をしない運用をしている会議の無断録音について、違法性が高く証拠として採用できないとした判決(学校法人関東学院事件・東京高裁2016年5月19日判決)が報道されて話題になりましたが、この事例はハラスメントの調査認定を行いそのために申立人のセンシティブ情報を扱うという委員会の性質上秘密保護の必要性が極めて高いことと録音の証拠価値が乏しいことを挙げて、証拠提出が訴訟法上の信義則に反し許されないとしています。その意味で、録音が禁止された会議の無断録音一般について証拠とできないと言っているわけではありません。会議の性質上秘密保護の必要性が高くない場合や、録音の証拠価値が高い場合は、別の判断となると考えられます。

録音の証拠提出方法

 録音を証拠として裁判所に出すときは、録音した会話全体を音声データで提出するとともに、全部を書き起こした反訳書(はんやくしょ)とともに提出します。細かいことですが、裁判所の方で、反訳書の方を枝番1(例えば甲第3号証の1とか)、録音を枝番2と指示されることが多いように思えます。つまり、裁判所は、反訳書の方を本来の書証、主な書証と考えているようです。裁判所の再生機器の準備の関係で、音声データの出し方は、裁判所と協議が必要です。かつては録音テープでしたし、最近でも、mp4はダメ、mp3ファイル(wmvファイル、wavファイルなども可)でCDかUSBメモリーで提出してくれとか言われます。会話の一部だけ提出すると、なぜ一部だけの録音かが問われますので、録音自体会話の最初からしておくべきですし、録音したものを一部だけ出したり、ましてや編集して出すなどは避けるべきです。
 反訳書は、以前はほとんどの弁護士が反訳業者に依頼していたと思います。反訳業者に依頼すると、録音テープ1本で何万円かかかりますが、反訳の公平さが担保され、裁判所の信頼を得やすいと考えられたからです。ただ私の経験上、反訳業者の反訳は「聴取不能」がかなり多くて、こちらが是非とも反訳して欲しい一番大事なところが、「・・・(聞き取り不能)」なんて反訳になっていることがままあります。事件の内容を知っている者には出てくる用語がわかりますし会話の流れもわかりますから聞いていてわかることも、全くの第三者からは何を言っているのか判別できないとなったりするわけです。そういう事情からか、最近は反訳業者の反訳でない、当事者が反訳したと思われる(反訳者の署名がない)反訳書が提出されることが多くなっているように思えます。私の場合、近年は、たいていは、まず本人に反訳してもらい、それを事務員さんにチェック・修正してもらい、最後に私が聞いて確認・微修正して提出することが多いです。

録音の証拠価値:提出する価値があるか

 私の経験上、相談者、依頼者が「これが決定的な証拠です」という録音でも、多くは、裁判で使えません。第三者の立場で見ると、全然「決定的」でなかったり(例えば紛争になった後で長時間自分の言い分を言い続けてその中で相手がひと言「うん」とか「そうだね」とか言っている録音を持ってくる人がよくいますが、早く切り上げたくて言ってる感じや無理に言わせた感じがすることが多いですし、それで何を認めたのかはっきりしないことが少なくありません。また、具体的な事実を述べていないと説得力もありません)、全然有利でもなかったり、有利な部分もあるけれども不利な部分もあって弁護士としてはこれは裁判官に聞かせたくないなぁと思うことが多いです。当事者には、様々な証拠が自分に有利に(都合よく)見えがちですし、裁判において何が有利に働き何が不利に働くかを判断できないことが多いです。
 弁護士の立場からは、当事者が「決定的証拠」というものでさえ、実際に反訳書を読んでみたりさらには聞いてみたら使えない場合が大半です。そういう状況ですから、当事者自身が価値がないと思うものは、およそ使えないだろう、とは思います。そんなものまで反訳書に目を通したり、ましてや自ら聞くのは時間の無駄ですし、現実的にそんな時間はありません。だから、相談者、依頼者には、自分がその録音に価値があると思うのなら全文を書き起こしてきてくださいと言うわけです(当事者が書き起こすのがめんどうだと思うような録音なら反訳書を読んだり聞いたりする価値はないだろうと判断しますし、さらに言えば自分の事件についてそれくらいの労を惜しむような意欲のない人のために事件を受ける必要もないとも思います)。しかし、当事者のほとんどは、裁判で何が有利に働くかの正しい判断はできませんから、当事者が持っているが書き起こしてこない録音に、宝の山が眠っている可能性は、否定はできません。そこは悩ましいところですが、そこまで気を回していると仕事にならないので、それは相談者、依頼者のリスクで判断してくださいということです。

本当は聞くべきなんでしょうけれど:自戒を込めて

 録音と反訳書を提出した場合、裁判官が録音自体を自ら聞くことは、ふつう期待できません。民事担当の裁判官は、ふつう3桁の事件を同時並行で担当しています。忙しいのにそんなことしてられないと思います。
 では、弁護士はどうするでしょうか。率直にいって、ふつうは弁護士も、録音そのものを直接聞いてはいられません。
 証拠書類は、長ければ流し読みできます。録画(ビデオテープ)なら(これも疲れるパターンですが)、まだ速回ししてポイントをつかむ余地があります。ところが、録音は、速回ししたら何を言ってるかわかりませんから、そのまま聞き続けなければなりません。90分の録音なら、ただ聞くだけで90分以上かかります(ふつう大事そうなところや聞きにくいところを確認のために聞き直しますから)。といって、相談者・依頼者の言う「大事なところ」だけ目の前で聞かされると、その発言自体の意味がわかりにくかったり、発言者の意図が確認しにくかったりします。そこだけ聞いたら相談者・依頼者の言う意味に取れるけど、本当にそうだろうかという場合があります。人間の話や会話は、流れがあるわけで一部だけ切り取ると全然ニュアンスが変わることがよくあります。だから、依頼者が指定する特定の部分だけを聞いて、それで安心することはできません。
 相手方から出された証拠も、普通の事件では、反訳書は正しいものという前提で反訳書だけ検討するのが実情です。理屈としては、それではいけないのはわかりますが、最初に言いましたように、そんなの聞いてられないわけです。

 しかし、ケースによっては、それが危ないこともあります。私が経験したケースで、録音を直接確かめることの重要性を改めて実感した事例を紹介しましょう。
 今どきはネット上での取引が主流なので、最近はほとんど見ませんが、かつて商品先物取引被害が消費者事件の中心的存在だった時代がありました。その頃に、ある商品先物取引の事件で、商品先物取引業者が、管理部からの注文の確認電話の録音を証拠として提出しました。商品先物取引の事件では、国内市場の商品先物取引では、顧客が利益を上げるか損を出すかには関係なく取引1回ごとに決まっている手数料が業者の収入となりますので、業者はできる限り頻繁に売り買いを繰り返そうとします。商品先物取引の経験のない客を勧誘して営業担当者が連日電話で今日はこうしましょうと客が十分理解しないままに注文への同意を取りつけて注文していきます。その結果、業者が多額の手数料を稼ぎ、客は取引そのもので利益を出しても手数料のためにトータルでは大きなマイナスになるということが出てきます。取引そのもので損が出ればさらに全体の損失は大きくなります。そのため商品先物取引の事件では、営業担当者が手数料稼ぎのために客から逐一注文を受けるのではなく実質的には一任の売買をしていたのではないかということがよく問題になります。それで、近年では商品先物取引業者は、営業担当者が注文を取って売り買いをした後に管理部からその客に電話をして、その日の売り買いを報告して録音しています。それを出して、一任売買ではなく、きちんと客に確認していると、立証したいわけです。
 ごく機械的な売り買いの報告が数十回続いている録音です。はっきり言って、証拠提出されても聞く気にはなれません。しかし、そのケースでは、依頼者に出てきた録音テープをダビングして渡しておいたところ自分で聞き直して、確かに自分の声だが、職場にいるときに電話されて同僚に聞かれたくないので電話がかかってくると携帯を持って走ってベランダに出て聞いていたので、外の雑音や救急車の音とかが入っていますという指摘があったので、念のために聞いてみました。
 すると、依頼者の指摘はもちろんその通りでしたが、もっと驚くことがありました。数十回の報告のうち2回だけですが、管理部の報告が実際の取引と違いました。20枚の取引を、なんと200枚と言っていたのです。反訳書は売買報告書の通り20枚と書かれています。反訳が録音通りに反訳していなかったのです。管理部の職員はただ数字を読み間違えただけです。しかし、依頼者が業者に預けてあった証拠金では200枚の取引はおよそ不可能です。依頼者が商品先物取引のルールや自分の取引内容を把握していたら、取引可能な量の10倍の量を言われたら驚くはずです。ところが、それを聞いた依頼者は全く誤りに気がつかず、わかりましたと答えるだけでした。このことから、依頼者が取引当時自分の取引内容を十分に把握しないままで業者の言いなりに取引していたことがわかるということになります。録音テープを直に聞くことで、反訳書の嘘に気がつき、業者が客が取引内容を把握していることを立証しようとした録音テープで逆に客が取引内容を把握していなかったことが立証できるということになったのです。

 私自身、録音が証拠提出された場合に必ず聞いているわけではありませんし、最初から言っているようにそんなことしていられないと思っています。しかし、相手によっては、こういうふうに反訳書に嘘を書いたり、相手の録音の中からこちらに有利な事情が出てきたりすることもあるのですから、録音は、怖くて難しいと再認識しました。


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