原発訴訟の反対尋問

法服の王国

 黒木亮さんの小説「法服の王国」(産経新聞出版、2013年)の単行本下巻214~219ページで、「日本海原発訴訟」での北越電力原子力本部付部長に対する妹尾弁護士の反対尋問が展開されています。小説なので、尋問のやり取りのほかに内容の解説や状況描写がありますが、まずはそのまま引用します(縦書きを横書きにするので数字は漢数字をアラビア数字にします)。

-(妹尾)スクラム(緊急停止)信号についてお訊きします。中性子の検出器が20ヶ所あるということですが、どういう場合にスクラム信号が出るのでしょうか?
(北越電力原子力本部付部長)〈中性子検出器は、20×4で80ヶ所あり、うち16を選んで4つの平均値を求め、その2つが120パーセント以上になると、スクラムになります〉
 原子炉の中で核分裂が進みすぎると、中性子の数が増加する。そこで中性子の数を常に測定し、多くなりすぎたときは、緊急停止するように設計されている。
-SDV(スクラム・ディスチャージ・ボリューム)についてお尋ねします。これは何系統あるのでしょうか。
〈2系統あり、全体の半分ずつの制御棒を動かすようになっております〉
 炉心を緊急停止させる制御棒は、普段は高圧の水で押さえられており、この高圧の水を取り除くと、制御棒が入り始める。SDVはL字型のパイプで、押さえの水を流し込むところである。
-1980年6月にブラウンズ・フェリー3号炉(米国アラバマ州)でSDVに水が溜まってスクラムできなかったことがあるのはご存知ですか?
〈はい〉
-日本海原発でも同様の事故が起こるのではないでしょうか?
〈溜まった水は抜くように改良されているので、そういった事故は起きません》
-1979年に福島第一原発の3号機でSDV配管が詰まってスクラムする事故があったのはご存知ですね?
〈はい〉
-なぜ詰まったのでしょうか?何が詰まったのでしょうか?
〈分かりません。異物としか聞いていません。日本海原発では配管口径を以前の2センチから5センチに大きくしてあるので問題ありません〉
-何が異物かも分からずに安全だと断言できるのですか?1981年にも福島第一原発でSDVの水位が高くなって、スクラムする事故が起こっていると思いますが。
〈知りません〉
 61歳の技術社部長は苛立った。
-去年、ラサール2号炉(米国イリノイ州)で出力が激しく上下振動し、中性子束高信号でスクラムした事故がありましたが、原因は何だったのでしょうか?
〈再循環ポンプ2台が止まったことと、出力分布が上に偏り平均化されていない異常な運転が行われたことです。こうしたことは、ふつうの運転では起きません〉
-では、どういう運転だったのでしょうか?
〈分かりません〉
-分からなければ再発を防げないんじゃないでしょうか?
〈日本海原発では、そうならない運転マニュアルがあります〉
-マニュアルだけで対応するというのはチェルノブイリで批判されたのではないですか?
〈……はい〉
 技術者部長は悔しそうに顔を歪めた。妹尾が容易ならざる相手であることが分かってきた様子である。
-機械的に止める手段はないわけですね?
〈はい〉
-給水加熱もなくなりますね?
〈はい〉
-するとラサールと同じことになりますね?
〈環境としては同じです〉
-この事故でAEOD(米国原子力規制委員会運転データ評価室)は、こうしたときは、制御棒を80パーセント以上挿入するように勧告していますね?
〈知りません〉
-しかし、出力異常振動のときは、スクラムすべきなんじゃないでしょうか?
〈いや、再起動に時間がかかるし、所内電力も必要ですから〉
-北越電力は電気が切れても大丈夫といっていたんじゃないですか?
〈いや、しかし、(所内電力は)多いほどいいですから〉
-電気が切れたときラサール2号炉と同じ状態になるんじゃないですか?
〈手動でスクラムするマニュアルがあります〉
-では、再循環流量がどれくらい増えたら即発臨界(暴走)になるのでしょうか?
〈覚えていません。しかし、即発臨界にも一気の上昇にもなりません。自動制御で押さえられますから〉
-あなたたちの解析条件が外れたらどうなりますか?
〈リミッター(速度制限器)が働きます。だから大丈夫です〉
-設置許可申請書の8の1の125から128では、このリミッターの耐震設計はCクラスとなっています。普通の建物と同じ、もっとも緩い基準ですね?
〈はい〉
 傍聴席がざわつく。
-地震などで故障することも考えられますね?あなたがたの解析には、故障したら止まるという前提はありませんね?
〈検討はしています〉
-検討しても申請署には書かないということですか?ところで申請書の10の2の5(冷却水の再循環量を解析したグラフ)で、中性子束123パーセントでもスクラムしないのはどうしてですか?
〈記憶していません〉
-この結果は間違いですか?スクラムしないのはおかしいですね?
〈はい〉
-再循環配管の破断の解析(北越電力が想定した冷却材喪失事故)に関して、申請書10の3の78の図を見ると、0.3秒で90パーセントの炉心流量の増加とあります。このときの投入反応はどれくらいになりますか?
〈……10ドルほど、それ以下か……〉
 原子炉では通常、核分裂1世代あたりにかかる平均時間は約0.1秒である(すなわち1秒間に10世代の核分裂反応が起きる)。また、核分裂反応を増加させるとき、1世代あたり0.1パーセント程度増えるよう制御する(これを「0.1パーセントの正の反応度投入」と表現する)。このとき原子炉の出力上昇は、1秒当たり1.01倍というゆるやかなものである。しかし、1ドル(0.7パーセント)と呼ばれる値を超える反応度を与えると、原子炉の出力は瞬間的に上昇する。
-原子炉の停止余裕から考えて、制御棒が2本抜ければ暴走になりませんか?
〈流量急増での暴走は解析してみないと分かりません〉
-今のあなたの知識では分からないということですね?
〈……〉
-試運転のときには、どういう試験をどれくらい行うのでしょうか?
〈負荷遮断、停止余裕など30くらいです〉
-営業運転開始後の試験は?
〈主蒸気関係の弁の閉鎖時間、ECCS起動テストなど、2、30種類の機能確認テストをやります〉
-スクラム信号系でバイパス(無効化)するものは?
〈ありません〉
-先の123パーセントでもスクラムしていないのに、安全審査をパスしているとすると、バイパスがあるんじゃないですか?
〈……〉
-申請書の10の2の52「給水加熱喪失」の解析では、123パーセントでスクラムしているのですよ。
〈そのあたり、記憶にありません〉
-130パーセントをバイパスする状態での解析はどうなっていますか?
〈バイパス・スイッチは特定状態でしか選択できないようになっています。カバーや鍵を付けて、物理的に防止しています〉
-ということは、バイパス・システムが存在するわけですね?
〈……はい〉

 この反対尋問は、志賀原発訴訟(1審が住民側が勝訴して有名になった2号機の差止請求訴訟ではなく、その前に提訴されて敗訴に終わった1号機の方の裁判)の1990年7月5日の口頭弁論で、私が復代理人(この尋問のための助っ人ですね)として行ったものです。途中、布石の尋問や別の話題に行っている部分を端折ってありますが、質問と答のやり取りはほぼ調書(速記録)どおりです(もちろん、「日本海原発」とか「北越電力」とは言っていませんけど)。

志賀原発訴訟と志賀原発の臨界事故

 このときの北陸電力の技術者の尋問では、日本の原発でも炉心流量の急速な増加というような反応度投入があった場合に制御棒のうち2本が挿入できなかった場合は解析もしておらず、暴走事故に至らないかを確認していない(暴走しないとは言えない)こと、試運転中や営業運転開始後に行う試験の際にスクラム信号がバイパスされうることがわかりました(ほかにも、暴走事故につながりかねないラサール2号炉事故のような出力の異常振動の防止対策や、緊急停止の失敗につながるスクラム・ディスチャージ・ボリューム満水事故の防止対策がかなり心もとないこともわかりました)。
 これは、日本の原発では「自動制御性」があるからチェルノブイリ原発事故のような暴走事故は起こり得ないとか、チェルノブイリ原発事故は試験中にスクラム信号をバイパスするという異常な規則違反によるもので日本では考えられないなどという、当時の電力会社、原発推進者たちの主張が嘘である(少し控えめに言えば「誤り」、かなり慎重に言ったとしても「少なくとも確実なものではない」)ことを意味しています。

 この尋問の9年後の1999年6月18日、志賀原発1号機では、定期点検中に制御棒が3本引き抜かれて臨界に達し、しかもスクラム信号が出てもスクラムしないという事故が起こり、北陸電力はそれを2007年3月15日に発覚するまで隠し続けていました。

 このような証言を引き出しつつ、志賀原発1号機差止訴訟で1994年に住民側の敗訴判決(1審)が出る当時の司法の実情が、北陸電力のこのような安全軽視と傲慢な姿勢を許してしまったのだと思うと、大変残念に思います。

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