第5章 格闘

1.上見-4

「なんだい、こりゃ。タイで少女買春したら職場の風紀を乱すって?」
 1月末、上見さんの控訴審で、裁判長から就業規則の解雇事由を意識して解雇理由を特定するよう指示された会社側の会良草先生から、またしても分厚い準備書面と書証が追加提出された。上見さんのタイでの少女買春は、就業規則第44条第5号の『素行不良で事務所内の風紀、秩序をみだしたとき』に該当すると主張している。
 これに関連して、玉澤先生が普通解雇事由として信頼関係の喪失があり得るとしてもそれは業務遂行についての信頼に限定されると主張したのに対して、『裁判例においても、観光バス運転手が勤務時間後にホテルでバスガイドと二度にわたって情交関係を結んだという私的な男女関係が「賭博その他著しく風紀を乱す行為をしたとき」という解雇事由に該当するとしてなされた普通解雇の効力が有効であると判断されている』とも主張している。
「先生、引用されているケイエム観光事件の東京地裁判決、従業員同士の不倫だし、中年の妻帯者の運転手が未成年のバスガイドに社内での地位を利用して脅迫的なことを言って関係を求めたという事案ですね。しかも判決はわざわざ『原告は、勤務時間中に、被告会社内において、運転手とバスガイドという職務上の関係を利用したり脅迫的な文言を使用する等してバスガイドを誘っていること』を解雇が有効である理由に挙げています。判決では明らかに業務との関連性が強く意識されているのに、業務と関係ない信頼関係の喪失でいいんだという根拠にこの判決を挙げるのは的外れに思えます」
「そのとおり。裁判例は、事案を押さえないと実務では使えない。狩野さんも、判決を見たらまずそこに注目する習慣が付いたね」
「ええ、先生から、そこは繰り返しご指導いただいてますので」
「勤務態度の方も、原審ではまったく主張しなかったじゃないかということに対して、一審判決後に調査してわかったからなんて言ってるよ。それこそ日常勤務での問題点の指摘なんだ。一審判決後に調査するまでわからなかったというなら、事実自体があったかどうかも疑問だけど、事実があったとしても現実に業務には支障がないから誰も上司とかに報告しなかったということじゃないか。業務に支障があるような問題だったらすぐに報告が上がるだろ。控訴人の主張だけを読んでも、もう上見さんに業務に支障があるような重大な問題がなかったことが明らかだ」
 勤務態度の不良を理由とする解雇は、業務に支障を生じるような重大なものであることや繰り返し注意しても改善されないということでないと解雇が有効とはされにくい。
 控訴理由書で読んだときは説得力があった会良草先生の主張も、控訴答弁書で玉澤先生が解雇理由判断の枠組みを整理してしまうと、私が見てもあらが目立つ。会良草先生のこの準備書面での立論、裁判長の指示に従って行った就業規則の解雇事由への当てはめは、理屈として考えただけでも、解雇を有効とすることができない。解雇の有効性の主張としてはまるで見当外れだ。
「どうしましょうか。次回期日は10日後ですが、期日前に反論してしまいますか、それとも反論はその次にしましょうか」
「簡単に理屈だけでばっさりやっとけばいいんじゃないか。事実を一つ一つ詳しく認否反論しなきゃならないような主張じゃないだろ」
「わかりました。今回は、私が起案してみます」
「あぁ、よろしく。ただ時間があまりないから急いでくれ」
「はい」
 私は、元気よく答え、会良草先生が控訴審だというのに1か月以上もかけて作成した分厚い書面をどう簡潔に、かつ無残に切り刻むか、ウキウキと思案した。

「事務所内の風紀、秩序を乱したというのは、何か具体的な事実があるのでしょうか」
「被控訴人の少女買春が知れ渡って、同僚の多くが一緒に仕事をしたくないと言っておりますので、現実に事務所内の風紀、秩序が乱れています」
 裁判長の質問に、会良草先生は得意げに答えた。玉澤先生は苦笑いしつつ黙っている。
「そういうことを、事務所内の風紀、秩序が乱れたと言っているのですか」
 裁判長はややあきれ顔だ。
「双方、主張はこれで出尽くしたと聞いていいでしょうか」
「被控訴人としては、裁判所の意向を聞いて、と考えておりますが、期日が続行されるのであれば、控訴人が主張する勤務態度不良等の解雇事由について個別に認否反論する準備はあります。こういうこちゃこちゃした主張を一々認否するのも何ですけど」
 弁論終結を匂わせる裁判長の確認に、玉澤先生が様子をうかがう。
「あぁ、これね。認否反論はけっこうです」

 会良草先生が延々とあげつらった上見さんの『日常勤務での問題点』の主張は、私たちの準備書面で、業務上の支障がなかったことが明らかなので解雇事由に当たらず、個別に認否反論するまでもなく主張自体失当だ、塵はいくら積み重ねても塵に過ぎないとあしらわれた挙げ句、裁判長から反論する必要はない、つまり反論するまでもないと一蹴された。
 安堵して法廷を出ようとしたとき、ふと背筋に寒気を感じて振り向くと、会良草先生が唇を噛みしめて、刺すような視線を私たちに向けていた。

2.茅豆-1

「ペナルティについて全部記録されている帳簿等の資料はありません」
「冗談じゃない。被告が主張するようにこれが業務委託契約だとしたら原告は外注先なり取引先なんだからその取引先から金を取ったら帳簿に記載しなきゃならない。こちらの主張通りに原告が労働者なら、それは賃金台帳に書かなきゃならない。会社なんだから帳簿も賃金台帳も法律上作成義務があるんだ。ないはずがないでしょ。どうしてそんな白々しいことが言えるんだ」
 2月も半ばを過ぎたある日の東京地裁労働部での弁論準備期日。原告側が会社が労働者の賃金から差し引いたペナルティについての記録提出を求めたのに対し、房緑建設の代理人の高森先生が拒否をし、玉澤先生が切れた。
 リフォーム会社の訪問営業をしていた茅豆さんは、『業務委託契約』と題された契約書を会社と交わしていた。労働者に対しては、解雇が簡単には認められないとか賃金不払いに対して労基署から指導が入るなど、使用者側の横暴が抑制されるしくみがあるため、それを嫌って『業務委託契約』の形にして、労働契約ではないと主張し、規制を免れようとする会社が少なくない。その背後には高森先生のような、会社側に入れ知恵する弁護士が控えている。茅豆さんは遅刻すると1週間の掃除当番を課せられたり坊主刈りを強いられたり、さらには賃金の半額を『ペナルティ』と称して減額されていた。茅豆さんは房緑建設を退職した上で、ペナルティの返還と坊主刈りを強いられたことへの慰謝料を請求している。房緑建設は労働者からペナルティを取りながら、労働者が強く要求しない限り領収証等の書類を出していないので、玉澤先生は、裁判の中で、房緑建設にペナルティを記録した帳簿等を提出するように求めているというわけ。
「まぁ、帳簿をきちんと付けていない会社もないではないですから」
 裁判官がなだめに入った。
「一定の時期以降は税理士の指導で領収証を出していますが、それ以前はそれもありません」
「その税理士は、労働者なり外注先から金を受け取ったときに領収証を切れば帳簿に付けなくていいと言ったと言うんですか?そんな税理士がどこにいるんです」
 高森先生は、『しまった』という顔をして黙り込んだ。
「房緑建設では、原告から取ったペナルティを、いったいどう会計処理してるんですか」
 玉澤先生がさらに追及する。
「いや、そこは私には…」
 高森先生が言いよどみ、また黙り込んだ。
「原告との金銭の出入りの時期と額は会社側が明らかにする必要がありますよ」
 裁判官が、高森先生に資料の提出を促し、高森先生がしかたなく頷いた。
「原告側が申し立てているペナルティを記録した帳簿または賃金台帳の文書提出命令を採用していただきたい。帳簿を付けていない会社も賃金台帳を作成していない会社もあり得ませんから、対象文書が『ない』ということはあり得ません。それでも提出しないなら、こちらの主張を真実とみなすことができるという民事訴訟法の規定を適用していただきたい」
「文書提出命令の採否は期日外で行いますが、原告が主張している方向になるでしょうね」
 高森先生のあまりにも白々しい主張に、裁判官もあきれて、玉澤先生の主張を採用する方向を示唆した。高森先生は、口元をこわばらせ、陰険な目つきで私たちを睨んだ。
 裁判官が、私たちがもう4か月も前に提出していた、『業務委託契約』の形をとっていても茅豆さんは毎朝朝礼への出席を求められ遅刻をしたら制裁があるなどの実情からその実態は労働者であるという主張について、次回こそは房緑建設が反論を提出するように指示して、弁論準備期日が終了した。

「それにしても、どうしてあそこまで恥も外聞もなく引き延ばしができるんだか」
 玉澤先生もあきれ顔だ。この事件は、実は、私が弁護士になる前から、玉澤先生が高森先生と交渉を始めていた。当初はペナルティの金額が違うと主張する高森先生が会社側で記録を突き合わせしているというので待っていたのに回答がないので玉澤先生が催促すると、高森先生が何と電話に出なくなったという。玉澤先生が裁判前に裁判所に送付嘱託を求めるという民事訴訟法に規定はあるけれどあまり利用されていない『訴え提起前における証拠収集の処分』の手続を申し立てて裁判所から会社側に帳簿等の提出を促してもらったけど、それに対しても会社側は、記録がないと提出を拒否した。それで玉澤先生はしかたなく、玉澤先生にしては珍しく裏付け資料なしで提訴したのに対して、高森先生は訴状の主張に対しても認否を避け、私たちが裁判上資料の提出を求めても『ない』と言い張っている。その間にも、提出すべき書面を、『今回は間に合わなかった』と言って何一つ提出せずに期日を空転させたり、とことんまで見苦しく引き延ばしを続けていたのだ。
「こんな弁護士が本当にいるんですねぇ。驚きました」
「金持ちにすり寄って弱い者いじめすることに全然良心の呵責を感じない弁護士が少なからずいることに情けなく思うのは、労働事件をやっているとよくあるけど、せめて多少はフェアネスの精神を持ち合わせて欲しいよなぁ」
 悪辣な企業には、悪辣な弁護士ということか。さまざまな事情から当初の志を失って行く弁護士が多数いるわけだけど、私は良心を、フェアネスを捨てまいと、玉澤先生の横顔を見つめつつ、改めて心に誓った。

3.夏井-3

 裁判期日は、私たちが優勢で攻め立てる事件だけではなく、追い込まれて守勢に回っている憂鬱な事件でも、確実にやってくる。
「期日間に提出された書類の確認ですが、原告側では準備書面(2)を陳述されますね。宿題となっていた納品指示のミスに関する原告の上司からの電子メールについては、そのような電子メールは見ていない、納品指示のミスはしていない、納品指示のミスは原告ではなく他の営業所であったものであるというだけで、それ以上の主張もなく、裏付ける書証もないということですか」
「現時点では、それ以上ありません」
 裁判官の問いかけに、玉澤先生が神妙に答える。夏井さんの事件では、玉澤先生らしくない守りの書面というか、言い訳、それもあまり説得力がない言い訳が続いている。
「被告側では、今回も、事前にはお出しできませんでしたが、追加の書証を提出いたします」
 熱三電機の代理人、蟻蔵先生が、鞄から書類を取り出す。
「乙第38号証として、本件解雇の約6か月前の一昨年12月8日付の原告の上司からの電子メールを提出します。これには、このような初歩的な納品指示のミスをするのは原告だけだ、他の営業所ではこれまでそういうミスはまったくない、大阪営業所では原告の事例を担当者に送ってこういうミスをしないようにという指示までしている、恥ずかしくないのかという記載があります。これに対して原告が同日付で、2度と同じミスはしないように注意しますと返信しています」
 またしても、こちらの主張を踏み潰すような電子メールが提出された。蟻蔵先生は得意満面、裁判官はやはりこちらに冷たい視線を送る。玉澤先生は思案顔だ。
「前回提出された乙第31号証と乙第32号証の間の時期ですが、前回これを提出されなかったのは何か事情があるのでしょうか」
 玉澤先生が静かに問いかけた。蟻蔵先生は、一瞬、虚を突かれ、目を見開いたが、すぐに不機嫌な声で答えた。
「前回は見落としただけです。致命的な証拠を出されたからといってつまらんことでケチを付けるのはやめていただきたい」
「提出時期が別々になったからといって証拠価値が変わるということにはならないでしょうね。原告代理人、先ほど、現時点ではと含みを残されましたが、何か今後見通しがあるのでしょうか。原告が返信している電子メールを提出されて、見ていないというご主張はいかがなものかと、裁判所は考えています」
「現在調査中のものがありますので、少しお待ちいただきたい」
 裁判官からの厳しい問いかけに、玉澤先生はようやく答えたが、その声には力がなかった。
「原告代理人がそうおっしゃるのであれば続行しますが、裁判所としてはいつまでも待っているわけには行きませんので、それを前提にご対応願います」

「ふう、ほとんど最後通告ですね。玉澤先生だから待ちますけど、それでもあと1回ですよというニュアンスでした。調査中って、先生、何か勝算があるんですか」
「勝算も当てもない。狩野さんも、夏井さんとの打ち合わせは聞いていただろう。夏井さんが探してみるというのが、か細い希望だね」
「胃が痛くなりますね」
「ああ。でも、どうして大阪営業所なんだ」
「えっ」
「夏井さんは、自分はミスをしていない、ミスをしたのは大阪営業所だと聞いていると言った。私はそこはぼかして準備書面では大阪営業所とは書かなかった。しかし熱三電機は、大阪営業所が夏井さんのミスを担当者に示してミスをするなと注意する材料に使ったという。大阪営業所で何かあったんじゃないか…」
 玉澤先生は何か考え込む風情だった。熱三電機の大阪営業所で納品指示のミスに関して何かがあった?私には思い過ごしというか考えすぎ、悪く言うとこじつけにさえ思えるが、玉澤先生は何でもない情報から何かを紡ぎ出すのかも知れない。他方、私は、別のことを考えていた。私は、この間美咲と飲んだとき、夏井さんの件で大阪営業所の話をしたのだろうか。またしても、私はペラペラとしゃべりながらもそれを覚えていないということがあるのだろうか。私は、どちらの考えについても、あえて自分の意見は言わずに、玉澤先生を見つめていた。

4.ホットライン

『この間も注意したよね。それであなたもう同じ失敗は繰り返しませんって言ったでしょ。何を聞いてたんだろ。いったいどういう神経してればこれだけ同じ失敗を繰り返せるわけ。親の顔が見たいね』
(うわぁ…陰湿でねちっこいヤツ…私はダメだな、この声だけでもう…)
『親は関係ありません。私だって気をつけてるんです。そんな言い方…うぅっ、グスン、あっあっ…』
(あぁあ、泣いてるじゃない)
『何、泣けば許されると思ってるの。子どもじゃないんだから、仕事続けたいなら少しはプロ意識を持ちなさいよ』
(ひゃあ、ここまで言う?これで、パワハラなんかしてません、ふつうに注意しただけですって言われてもなぁ…)

 今日は、玉澤先生は楠里さんの事件の口頭弁論で千葉地裁に行っている。私と六条さんは、部下へのパワハラを理由に解雇された労働者が問題とされている部下への叱責の場面を録音していたという録音の音声ファイルを、その労働者が作ってきた書き起こしを見ながらチェックするという宿題をこなしている。
(自分で録音してるってわかっててこれだもの。録音してないときはどういう言い方してるんだか。自分で聞いて、これがパワハラじゃないって言えるとか、これを聞いた人が自分にいい印象持ってくれると思うこと自体、かなり価値観がずれてるよね)


 最近では、録音ファイルを持ってくる依頼者が、とても多い。玉澤先生は、そういう依頼者に、まず、自分に有利な証拠になると思う録音があるなら、自分で書き起こすように指示する。それで面倒くさがるなら、録音は使わない。依頼者自身が書き起こしを面倒がるレベルなら、内容はたいしたことはないという判断だ。それ以前に、依頼者にとってその事件自体がその程度の労力をかけるほどのものではないということかも知れない。そういうときは、事件依頼自体をお断りすることもある。
 依頼者が書き起こしてきたら、それをまず私か六条さんがチェックする。書き起こしが不正確だったり雑だったりするのを直すという意味ももちろんある。しかし私たちがチェックする目的はそれだけではない。録音と書き起こしから、いろいろなことがわかる。まず依頼者の人柄。書き起こしがどの程度正確か、丁寧かということや他人に対してどのような話しぶり、態度をとっているかなどから、依頼者の人柄が見えてくる。依頼者の判断力というかものごとを評価する能力、価値観。録音内容にどの程度依頼者に有利な点がありどの程度不利な点があるかや録音を聞いたときに受ける依頼者の印象と、それを自分に有利だ、決定的な証拠だという依頼者の評価とのズレの度合いから、依頼者に冷静なあるいは客観的な判断力があるか、価値観が常識的か非常識かがわかる。録音を聞いての印象もけっこう重要だ。書き起こしを読むだけではふつうに聞こえる会話も、言い方や声で非常に悪い印象を与えることがある。
 玉澤先生の考えでは、依頼者が有利だと言って書き起こしてくる録音で使えるものはかなり少ない。玉澤先生は、録音の提出にかなり慎重だ。一部に有利な部分があっても、不利な部分がないかにかなり神経を使う。私には、そこまで気にしなくてもいいのにと思えるが、玉澤先生が相手が出してきた録音を逆手にとって反論材料に使っているのを見ると、なるほどと思う。もっとも玉澤先生のように相手が出した証拠を使った反撃を厳しくしてくる弁護士が多いというわけではないように思えるのだけど。

 それにしても、今日のこの録音は、使えるかどうか検討する以前のレベルだ。それがわからずに、有利な証拠だと言って弁護士に聞かせること自体信じられない。こういう人の事件は受けちゃダメだなと思う。
 六条さんの方を見ると、やはり顔をしかめている。同じようなものなんだろう。六条さんは、私よりも忍耐強いから、どうしようもないものでも一応最後まで聞くのだけど。
「あ~あ、疲れた。そろそろおやつのケーキ、買ってこようかな」
 六条さんが、立ち上がって背中を伸ばしながらつぶやいた。
「そうですね。なんか、疲れる録音ですよね」
「玉澤くん、今、どのあたりかなぁ」
 録音の聞き取りでくさくさしていた私は、六条さんから玉澤先生のことを言われて、つい浮かれた気持ちになった。
「あ、確かめてみます」
「えっ」
「私と玉澤先生はホットラインでつながってるんです」
 私は、スマホを操作し、しばらく画面を眺めて玉澤先生からの発信を読んだ。
「今、錦糸町を過ぎたところのようですよ」
 私は、にっこり微笑みながら、六条さんに伝える。六条さんの顔がこわばる。
「そう…それなら、玉澤くんが帰ってくるまでに買って帰ってこれるわね」
 六条さんは、うつむきながら事務所を出て行った。
 我ながら、ちょっと意地悪だったかな。私は、スマホの画面に表示されている玉澤先生からの発信を見やってにんまりした。私と玉澤先生は、今、ホットラインでつながっている。

「ただいま。玉澤くんはまだ?」
「ええ、まだですよ。確認しましょうか?」
「いいわ。そんなに頻繁に確認されたんじゃ玉澤くんが迷惑でしょ」
「そんなことないと思いますけど」
 私がすました顔で言うと、六条さんの口元がゆがんだ。
 六条さんが買ってきたお菓子を冷蔵庫にしまい、お湯を沸かし始めたところで、私はおもむろにスマホを操作し、画面を睨んだ。
「あ、帰ってきました♪もうドアの前です」
「ただいま」
 玉澤先生の声がして、六条さんが目を見開き固まった。

第6章 誕生日 に続く

 
 この作品は、フィクションであり、実在する人物・団体・事件とは関係ありません。
 写真は、イメージカットであり、本文とは関係ありません。

 この作品のトップページ(目次ページ)に戻る ↓


「小説」トップに戻る ↓


 他の項目へのリンク