シンプルな上告理由書

上告理由書の長さ

 大野正男元最高裁判事は、よい上告理由書について、「まず分かりやすいことが前提条件である。」とした上で、上告理由書の長さに関して、「あまりにも長い文章は読む者を閉口させる。長い文章には同義反復を含むことが多く、論理的には矛盾する傾向もあり、心理的にはうんざりさせられる。通常の民事事件当事者の上告理由書で八〇〇頁に及ぶものがあったが、それは論外としても、二、三十頁がほぼ限界であろう。」と長すぎる上告理由書を批判したのち、「しかし短かければ良いものでももちろんない。あまりに短いものは、いい加減にしか考えていないと推測される可能性がある。」と述べています(「弁護士から裁判官へ」岩波書店、2000年、43~44ページ)。
 私は、大野正男元最高裁判事のこの本を読んでから、上告理由書はおおむね20枚程度をめやすに作成するようにしているのですが、ケースにより、といいますか、上告理由のポイントによっては、長々と書かずにあっさり短くまとめた方がいい場合もあります。大野正男元最高裁判事も「表現の明晰さは、文章の長短以上に重要である。」「必要にして十分というのは、口で言うのはやさしいが、現実には難しい。しかしそれをやるのが弁護士の腕であり、現に読んでなるほどと感心する理由書もある。」としています(同書44ページ)し。

シンプルな上告理由書が功を奏した事例

 私が上告から担当して上告理由書を作成し、東京高裁で2016年11月17日に原判決破棄(逆転勝訴)の判決をもらった事案をもとに、シンプルな上告理由書が功を奏した事例を紹介します。

 事案の紹介

 年金生活者の老人が、ある年の3月分と4月分の電気料金を滞納したため、東京電力が5月13日に電気の供給を停止し、5月28日に電気需給契約(第1契約)を解除しました。老人が電気の供給再開を求めたので、東京電力は滞納電気料金の支払について速やかに協議することを条件に6月2日に第2の電気需給契約を締結して電気供給を再開しました。老人は6月3日に4月分の電気料金を支払いましたが3月分、5月分はすぐには支払えず、東京電力は3月分、5月分、6月分(5月8~27日使用分)の電気料金(第1契約に基づく電気使用の料金)滞納を理由に、7月23日、第2契約に基づく電気供給を停止しました。8月15日、老人はこれらの第1契約に基づく滞納電気料金を支払って、東京電力に対して、電気供給の再開を求めましたが、東京電力は、その時点で第2契約に基づく6月分(6月2~4日使用分)の電気料金64円が滞納となっていることを理由に電気の供給再開を拒否しました。老人は、猛暑の中電気供給を再開してもらえず熱中症になったとして、東京電力に対して損害賠償請求訴訟を提起しました。
 少しややこしいですね。現実の事件の事実関係というのは、この程度にはややこしいもので、ふつうはもっと複雑なものです。さらに簡単に要約すれば、電気供給の原因とされた滞納電気料金は支払ったが、支払時までに(電気供給停止予告時点ではまだ支払期限が来ていなかったために供給停止の原因とはされていなかった分の電気料金の支払期限が過ぎて)別の滞納が生じたことを理由に東京電力が電気供給再開を拒否したということです。

 控訴審判決

 一審(東京簡裁)は司法支援センターの代理援助で弁護士がつきましたが敗訴、二審(東京地裁)は本人訴訟でやはり敗訴して、本人が上告した上で、私のところに相談に来ました。
 二審判決(東京地裁2015年9月8日判決)は、7月23日の送電停止の文書に8月6日までに滞納電気料金を支払わない時は現在の電気需給契約も解除することがあると記載されていることを理由に第2契約も解除済という東京電力の主張に対しては、解除することがあるというだけでは8月7日以降に第2契約が解除されるかどうかは不確定なのでこれを解除の意思表示と認めることはできないとして、解除を否定しました。つまり8月15日時点で第2契約は生きている(有効という)ことになります。その上で、二審判決は次のように述べて、老人の請求(控訴)を退けました。「本件第2契約未納分は被控訴人が控訴人に対し請求することができる電気料金である。そして、本件約款の供給停止の解除の規定(37)が、供給停止の理由となった事実の解消とは別に、支払を要することとなった債務の支払を供給停止の解除の要件としてあげていることからすれば、供給停止の理由 となった未払電気料金以外の未払電気料金(すなわち本件第2契約未納分)の未払を理由として、電気供給の再開を拒否できる。」(この後にもあれこれ判示してはいますが、東京電力の電気供給再開拒否を正当化する判断の実質的なポイントはここです)
 老人は第2契約の電気料金未納があるとは知らなかったとか、電気は健康で文化的な生活に不可欠で当日が真夏日で第2契約に基づく電気料金の滞納が64円に過ぎなかったから再開義務があるなどの主張をしていましたが、それらも当然一蹴されています。

 私が作成した上告理由書

 この原判決に対して、私が作成した上告理由書は、次のとおりです(これで全文です)。

 本件において被上告人の電気供給停止の理由が本件第1契約の電気料金の未納であることは、原判決の認定するところである(原判決4頁)。そして、本件第2契約の電気料金の未納について、被上告人はそれによる本件第2契約の解除を主張していたが、原判決は解除は認められないと明確に判断している(原判決12頁)。そうすると、結局、原判決の判示上、被上告人の電気供給停止の理由は、本件第1契約の電気料金の未納のみであって、本件第2契約の電気料金の未納は被上告人の電気供給停止の理由ではあり得ない。
 原判決は、そのことを認めつつ、「本件約款の供給停止の解除の規定(37)が、供給停止の理由となった事実の解消とは別に、支払を要することとなった債務の支払を供給停止の解除の要件としてあげていることからすれば、供給停止の理由となった未払電気料金以外の未払電気料金(すなわち本件第2契約未納分)の未払を理由として、電気供給の再開を拒否できる」としている(原判決12頁)。
 しかし、原判決の約款解釈は以下の通り、誤りである。本件約款の供給停止の解除に関する37項は、「36(供給の停止)によって電気の供給を停止した場合で、お客様がその理由となった事実を解消し、かつその事実にともない当社に対して支払いを要することとなった債務を支払われたときには、当社はすみやかに(略)電気の供給を再開いたします」と定めている(乙第1号証46頁)。原判決は、「供給停止の理由となった事実の解消とは別に、支払を要することとなった債務」として、まるでその債務は全く無限定であるかのように、約款の規定とは異なる表記をしているが、約款が供給停止の解除の要件としている別の債務は、供給停止の理由となった事実に「ともない」支払を要することとなった債務である。この約款を普通に読めば、ここで想定されている債務は供給停止の理由となった未払電気料金の遅延損害金等であり、供給停止とは関係がない債務がこれに含まれることはあり得ない。本件第2契約の未払電気料金は、供給停止以前の電気利用によって生じた電気料金であって、いかなる意味でも、供給停止の理由となった電気料金の未払に「ともない」被上告人に対し支払を要することとなったものではない(供給停止前から支払を要していたし、供給停止がなくても支払を要していたものである)。原判決の判示は、本件約款の文言をことさらに変えて引用した上で、本件約款の文言からは導き得ない解釈を行ったものであり、本件約款の規定に違反するものである。
 原判決は、この本件約款に違反する解釈を直接の理由として、被上告人が電気供給を再開しなかったことを違法でないと結論づけて、債務不履行及び不法行為の成立を否定している(原判決12~13頁)のであるから、この約款違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
 よって、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

 上告審判決

 上告審の東京高裁(第8民事部)は、この上告理由書を受けて、2016年9月20日に口頭弁論を開き、2016年11月17日、次のとおりの理由で、原判決を破棄し、東京地裁に差し戻しました。

 前記2の事実関係によれば、被上告人による本件供給停止は、上告人が本件第1契約未納分を支払わなかったことを理由とするものであることは明らかである。そうすると、本件においては、本件約款37項にいう「その理由となった事実」とは、本件第1契約未納分の不払をいうものであるところ、同項にいう「その事実」は、上記の「その理由となった事実」と文理上同義に解すべきであるから、「その事実に伴い被上告人に対し、支払を要することとなった債務」とは、本件第1契約未納分に係る遅延損害金等、本件第1契約未納分の不払に伴って被上告人に対して支払いを要することとなった債務であって、本件第2契約未納分は、これに当たらないというべきである。
 しかるに、原審は、これと異なり、本件第2契約未納分が本件約款37項にいう「その事実に伴い被上告人に対し、支払を要することとなった債務」に当たるとして、その不払を理由に被上告人は電気供給の再開を拒否できると判断したのであるから、この原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

若干の検討

 シンプルな上告理由書の必要条件

 この事件での私の上告理由書は、原判決の約款解釈の誤り1点に上告理由を絞り、上告審判決も私の上告理由をほぼそのまま採用しています。
 私のこの事件での上告理由書は、上告理由書としてはかなり(通常は考えられないくらい)短いものですが、その中でも、原判決の判断全体の枠組み(構成)の要約指摘、原判決の判示(誤り部分)の引用、原判決の誤りの指摘、それが原判決の結論に与える影響、民事訴訟法上の上告理由へのあてはめという論理の運びをきちんととっていることに注目してください。
 シンプルな上告理由書で勝負する場合も、もちろん単に短ければよいということではなく、押さえるべきツボを押さえていることが大前提です。

 シンプルな上告理由書で闘える場合

 この事件でシンプルな上告理由書が功を奏したのは、事実関係に争いがない(もちろん実際には事実関係に争いがあるのですが、原判決での敗訴の重要なポイントとはなっておらず、上告理由で事実認定の誤りをいう必要がない)こと、憲法違反とか憲法解釈の誤りを争点にしないで、単なる東京電力の約款解釈の誤りで勝負できる事案だった(私がそのように判断し、争点をそこに絞った)ということが重要な理由となっていると思います。
 裁判官がした事実認定を、別の裁判官にそれが誤りだと説得するのは、簡単ではなく、事実認定を争う場合の主張は、上告理由書であれ控訴理由書であれ、(できることなら新たな証拠を提出した上で)証拠を具体的に引用した緻密な議論を詳細に展開する必要があり、シンプルな上告理由書が有効に働く余地はありません。
 そして、憲法違反、憲法解釈の誤りを主張する場合も同様です。なぜなら素人が上告理由書で書きたがるような、あるいは弁護士が手抜きで形作りの上告理由書で書くような、簡単な憲法違反・憲法解釈の誤りの主張(例えば憲法第13条の幸福追求権の侵害だとか、憲法第25条の生存権の侵害/違反だとか、憲法第32条の裁判を受ける権利の侵害だとか、憲法第31条の適正手続違反だとか)は、通常、すでに最高裁で繰り返し上告理由に当たらないと判断されています(上告審の裁判官は見飽きています)(実際、この事件でも控訴審段階で老人が憲法第25条を持ち出してその手の主張をしていますが、当然に一蹴されています)。そういう論点で(本気で)勝負する場合は、本件では同様の憲法解釈が問題となった(示された)過去の判例の事案とどう違うか、本件で同様の解釈をした場合にどれほど不当な結果が生じるか、あるいはそうでなければ立法の経緯や諸外国の立法や国際条約さらにはアメリカやEUの判決などを詳細に論じて別の視野から原判決の法解釈の不当性を説得するか、といった作業が必要になり、これまたシンプルな上告理由書が有効性を持つことはほとんど考えられません。
 この事件では、東京電力の約款の解釈という、これまでの判例で最高裁の判断が示されていない問題が決定的なポイントとなっていて、しかもその解釈の問題点がかなり単純でわかりやすいものであったために、シンプルで力強い上告理由書が有効だったと考えられるのです。
 その意味で、こういうシンプルな上告理由書が功を奏する場面が多いとはいえませんし、その判断はケースバイケースになります。

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