主張整理(準備書面と書証の提出)

 民事裁判の前半:証人尋問前は、地味な書類のやりとり。でも現実にはこの段階でほぼ勝負ありとなることが多いんです。

口頭弁論と弁論準備

 民事裁判は、前半は原告と被告が事実関係やそれを元にした法律論を書面でやりとりし証拠書類を提出します。原告や被告の主張を書いた書面は「準備書面(じゅんびしょめん)」と呼ばれます。
 準備書面や証拠書類を提出する段階では、期日はほんの数分で終わります。
 この段階は、簡単な事件では1、2回、双方に弁護士が付いて争う事件で5、6回程度ということが多いのですが、複雑な事件になると十数回とか、まれには数十回の期日を要することもあります。

 準備書面や書証を提出する期日は、法廷で行う口頭弁論期日ではなく、法廷ではなく書記官室エリアの小部屋で行ったりWeb会議(裁判所ではマイクロソフトのチームズ:Teams を利用します)で行う「弁論準備期日(べんろんじゅんびきじつ)」として行うことができ、現在では、普通の民事裁判は、主張整理の段階は弁論準備期日で行い、口頭弁論期日に戻されるのは人証調べの期日(人証調べが不要な事件では弁論終結期日)というのがスタンダードとなっています。
 弁論準備期日は、原則非公開で当事者が連れて来た人(たいていは会社の法務部などの関係者)などの傍聴が許される程度です(民事訴訟法第169条第2項)。

 小説でイメージする弁論準備期日のやりとり

 このサイトに掲載している小説「その解雇、無効です!」シリーズでは、ラブコメ等の軽めの小説の形式で、解雇事件を例に民事裁判の進行を説明しています。弁論準備期日で裁判官と弁護士がどんなやりとりをしているかについては、「その解雇、無効です!3」でかなりリアルに再現していますので、そのイメージを掴みたい方はそちらをお読みください(部下へのセクハラ、上司への暴言等を理由に解雇された梅野さんの裁判の第2回期日から第8回期日として第5章から第11章で裁判官と原告側・被告側弁護士のやりとりが登場します)。

期日の欠席、電話会議

 地方裁判所の場合、第2回以降の期日では(第1回口頭弁論期日とは扱いが違って)擬制陳述(ぎせいちんじゅつ:擬制陳述については「第1回口頭弁論」のページで説明しています)の扱いができませんので、準備書面や証拠書類を裁判所に出しておいても、期日に出席しなければ、裁判上正式に提出されたことにはできません(判決の資料とすることができません)。原告の請求について「争う」趣旨の答弁書を出していれば(それが陳述か「擬制陳述」されれば)、第2回以降の期日を欠席しても、それで原告の主張を認めたという扱いにはなりません(「欠席判決」にはなりません)が、被告側の積極的な主張が裁判に出ないということになりますので、原告側の立証をさせてその主張に近い判決になる可能性が高くなります。被告がその後の期日に出席すれば、それまでの欠席していた期日に提出された被告側の準備書面をまとめて陳述した扱いとし、出されていた証拠もまとめて提出された扱いになります。ただし、第2回以降の期日を被告が欠席し続ける場合に、次の口頭弁論期日が指定される保証はなく、弁論終結となるリスクも、もちろんあります。
 弁論準備期日では、裁判所が相当と認めるときは、当事者は裁判所に来ずにWeb会議(Teams)や電話会議(自分の事務所で電話を受ける)で済ませることも可能です(民事訴訟法第170条第3項、第4項)。以前は一方は裁判所にいることが必要でした(そのため双方がWeb会議や電話会議の場合は、「弁論準備期日」ではなく、「書面による準備手続」(民事訴訟法第176条第3項)という扱いでした)が、2023年3月1日以降は当事者の双方がWeb会議でも弁論準備期日とできるようになりました。

 このように、口頭弁論期日や弁論準備期日に、出席しないで(裁判所に行かないで)裁判を進める方法は、一応用意されています。現実には5分かそれより短く終わる期日のために裁判所まで行くのはばかばかしいと考える人には便利な手段とはいえるでしょう。
 しかし、弁護士が口頭弁論期日や弁論準備手続に出席する意味は、裁判官が現時点でどのような心証を持っているか、どの程度事件の内容とこちらの(あるいはあちらの)主張を理解しているかを把握して、誤解や無理解があるのであれば次の準備書面や、弁論準備手続なら可能ならその場で、説明して理解してもらう、その判断をしたり、手掛かりを得ることにこそあります。そのためには、裁判官がいる場に臨み、裁判官の発言を注意深く聞き、可能ならその場で自分が発言する必要があります。欠席は論外ですし、電話会議でも微妙なニュアンスをつかみ損ねる危険が高くなります。私は、少なくとも真剣にやる事件では(現実には、事実関係が問題とならずその主張もほとんど相手にする必要がないアイフルあたりが相手の過払い金請求事件か、相手の主張がお金がないから払えないくらいしかない最初から敗訴の可能性が全くない事件以外では)、自分が裁判所に行かない(電話会議で済ませるなど)という選択は、望ましくないと考えています。
【新型コロナ体制の下、裁判所は、Web会議システムや電話会議システムによる手続を利用するように誘導しています。弁護士もそうしたがる人が増えてきています。私は、嘆かわしいことだと思い、原則として裁判所に赴いて手続を行うことを希望しています。ただし、コロナ禍の状況により裁判所が裁判所に赴くことを拒否したり、近時はWeb会議を愛用する裁判官が裁判所に来る当事者を疎ましく思う心情を露わにすることもあり、ケースによっては仕方なくWeb会議に応じることもあります】

準備書面の提出

 準備書面は、民事裁判の当事者が、その主張を記載した書面で、訴状以外のものです。法令上の定義では、答弁書も準備書面に含まれます(民事訴訟規則第79条第1項)。しかし、実務上は、原告側は訴状以外で主張を書いた書面、被告側は答弁書以外で主張を書いた書面を「準備書面」と呼ぶと考えておけばいいです。
 民事裁判で準備書面を書くときは、基本的に、相手から提出された書面(準備書面)に対する反論のために書く場合と、これまでの主張を整理しとりまとめるために書く場合があります。
 口頭弁論なり弁論準備手続の現実の運用では、裁判所から次回はどちらの主張と指定され、その指定された側が準備書面を作成します。準備書面の提出は、裁判所と相手方に渡す(多くの場合、裁判所には持って行く、相手方には郵送)かFAXして行います(民事訴訟規則第83条、第47条)。提出期限が定められることもあります(民事訴訟法第162条)が、提出期限が定められていない場合であっても、規則上、準備書面は「これに記載した事項について相手方が準備をするのに必要な期間をおいて」提出しなければならないと定められており(民事訴訟規則第79条第1項)、実務上は期日の1週間前というのが1つのスタンダードになっています。しかし、現実には、提出期限を守らない弁護士が多く(私の実感では提出期限を守る弁護士は半分くらい)困ったものです。(※民事訴訟法の2022年改正で裁判所が定めた提出期限「の経過後に準備書面の提出又は証拠の申出をする当事者は、裁判所に対し、その期間を遵守することができなかった理由を説明しなければならない」という規定設けられました:民事訴訟法第162条第2項。施行は2025年で施行日未定ですが)
 準備書面の作成に当たって私が心がけていることについては「準備書面の作成:私のスタンス」で説明しています。

書証の提出

 書証(証拠書類)は、訴状や答弁書、準備書面での主張でその主張の裏付けとして引用したり(これらの書面での主張には、その証拠を記載すべきこととされています。訴状につき民事訴訟規則第53条第1項、答弁書につき民事訴訟規則第80条第1項、準備書面につき民事訴訟規則第79条第4項、第81条)、明確に引用していなくてもその主張に関連したり裏付けとなると判断すれば、それらの書面の提出の際に一緒に提出するのがふつうです。
 基本的な証拠、その当事者が当然に持っているであろう証拠が、なかなか出てこないと、裁判所はなぜ出さないのかという不信感を持ちます。そういう書証は、早めに、準備書面での主張とあわせて提出すべきです。
 他方、数打ちゃ当たるという発想であまり関連性のない証拠書類を大量に提出することは、昨今は裁判所から嫌われる傾向にあります。
 証明したいことがらと関連性がある(そして信用性のある)証拠を、適切な段階で(基本的には早い段階で)適切なだけ(重要なものは惜しみなく、必要性が低いものは避けて)提出することが、勝訴へとつながっていくことになります。

 書証を提出する際には、証明すべき事実及びこれと証拠との関係を具体的に明示することとされています(民事訴訟規則第99条第1項)。実務上は、「証拠説明書(しょうこせつめいしょ)」を作成し、証拠説明書と書証を同時に提出します。近年は、裁判所が、証拠説明書の提出を強く求め、証拠説明書を提出しないと、書証を提出扱いにしないということが多くなっています。証拠説明書の裁判所の標準書式では、書証番号、証拠の標目(書類のタイトル等)、原本・写しの別、作成日、作成者、立証趣旨(りっしょうしゅし)を記載することとなっていて、これがけっこう手間がかかります。裁判官は、証拠説明書を重視していて、特に判決を書く際には証拠説明書の記載を頼りに証拠を読む(読む証拠を選別する)と言われているので、手抜きをせずに作成・提出する必要があります。
 証拠説明書の「原本・写しの別」に「原本(げんぽん)」と記載した書証は、書証の提出時(提出扱いにする口頭弁論期日・弁論準備期日)に原本を持って行って、裁判所と相手方に示します。原本そのものを裁判所に出したままにする必要はなく、裁判のために作成した陳述書・報告書等以外は、裁判所にもコピーを提出します。

裁判所を通じた証拠収集

 裁判での立証は、基本的には手持ち証拠によるべきですが、証拠の種類と事件の内容によっては裁判所を通じた証拠収集がポイントになることもあります。
 進行中の裁判と関連する別の裁判の記録を見たいという場合、その裁判記録が別の裁判所にあるときは文書送付嘱託(ぶんしょそうふしょくたく)の手続によって、同じ裁判所にあるときは記録提示(きろくていじ)申立によって、事件記録を取り寄せることができます。「記録提示申立」というのは、法律の規定はありませんが、慣例として同じ裁判所の場合はそういう名称で行われています(昔は、もう少しおどろおどろしく「記録顕出(きろくけんしゅつ)」申立と呼ばれていました)。
 相手方や第三者が持っている文書について、裁判所が要請すれば任意に出してくれそうな場合は、文書送付嘱託の申立を利用できます(民事訴訟法第226条)。官庁や各種の団体に対して一定の事項の調査を求める「調査嘱託(ちょうさしょくたく)」という手続もあり(民事訴訟法第186条)、調査事項を書くときに書類を特定して写しの交付も求めると書類自体の写しをつけて回答してくれることが多いので、書類取り寄せの手段ともなります。文書送付嘱託と調査嘱託は実質的には同じようなものですが、文書送付嘱託の場合は文書を特定しないとできない、調査嘱託は「団体」に対してしかできないという制約がありますので、そこを考えてどちらを使うか考えることになります。
 書類の所持者が任意には提出しそうにない場合、特に相手方が書類を持っている場合で送付嘱託では提出しないような場合には、文書提出命令(ぶんしょていしゅつめいれい:裁判業界では「文提(ぶんてい)」と略されることもあります)という手続があります(民事訴訟法第221条)。現在の法律の規定では、「もっぱら所持者の利用に供するための文書」、職務上の秘密等に関する文書以外は提出義務があります(民事訴訟法第220条)。「もっぱら所持者の利用に供するための文書」は、内部の非公式な文書ということになりますが、銀行の稟議書について激しく争われ、最高裁は銀行の稟議書は原則としてこれにあたり提出義務はないと判断しています。提出命令に反して提出しない場合は、裁判所はその文書の内容について命令を申し立てた側の主張通りに認定できる(民事訴訟法第224条。裁判所がその気になればということで、裁判所が拘束されるわけではありません)というしくみで、理論的にはかなり強力なものです。
 しかし、どの手続も、担当裁判官が事件の審理のために必要だと認めないと採用してくれません。文書提出命令も、対象文書に当たるかどうかの議論よりも、所持しているという証明がないとか必要性がないとかいう理由で不採用になることが多いです。必要性についての判断は、裁判官によってかなりばらつきがあります。
 裁判所を通じた証拠収集は、対象文書の内容が事前に予想できないことが多く、取り寄せた場合には相手方も利用できますので内容が不利なものであった場合ダメージがあり、また裁判官が採用してくれない可能性も相当あります。ですから、最初から裁判所を通じた証拠収集に頼ることはかなりリスクが大きいということを頭に置いた方がいいでしょう。


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