上告理由としての審理不尽

 1審で勝訴したのに控訴審でまさかの逆転敗訴。そういうときに上告で何を考えればいいでしょうか。

控訴審で不意打ちで逆転敗訴したとき

 1審で勝訴したのに控訴審で逆転敗訴したという相談をときどき受けます。控訴審で相手方からいろいろと新しい証拠が出されたり、説得力のある主張がなされて、裁判所の判断が変わったという場合は、まぁしかたがないといえますが、特段新たな証拠も出ず、相手方も特に主張していないのに、控訴審の裁判官の考えでひっくり返されるということもあります。裁判官が、当事者・弁護士から言われてそのとおり判断するよりも、自分が気づいたポイントを重視して判決をすることを好むということがあるように思えます。
 弁護士の目からは、もともと1審が勝ちすぎでラッキーだっただけで、別の裁判官なら別の(逆の)判断をする可能性は十分あるよねと思えることもありますが、本人訴訟で1審勝訴した場合(1審が簡裁だと請求額140万円以下の事件ですから、弁護士をつけたらペイしないということも多いでしょうし)、控訴されても自分は勝っているのに控訴審から弁護士をつけようとは思わないでしょうから、逆転敗訴のリスクに気がつかないまま判決を見てびっくりということになることも出てくるわけです。そして、その場合、1審で勝訴しているだけに、諦めがつきません。しかし、上告で逆転するケースはとても少ないのが実情です。現に1審で勝訴している事件ですから、それほど無理な主張をしているというわけでもないのに、裁判手続上は、一気にかなり厳しい状況に追い込まれてしまったということになります。

 控訴審で逆転敗訴すると、敗訴した側は天国から地獄へと暗転するわけですし、その後のリカヴァーがかなり困難なので、裁判官は控訴審の中で(判決で初めて指摘するのではなく)その問題について指摘し、双方にその問題についての主張立証を尽くすように促すのがフェアな姿勢だと思います。裁判官の中にはそのような姿勢を持っている人もいます(法律雑誌での発言でそのように言っている人もいます)が、そうでない人もいるでしょうし、控訴審は1回結審がほとんどという運用の実情の下では、不意打ちの逆転判決も少なからず出てくるというのが現実です。

審理不尽が上告理由となるとき

 私が上告から担当して上告理由書を作成し、東京高裁で2021年6月9日に原判決破棄(逆転勝訴)の判決をもらった事案をもとに、審理不尽の上告理由が認められた事例を紹介します。(2021年には高裁への上告事件で原判決破棄は全部で8件しかありませんでした。この判決はその数少ない原判決破棄判決の1つです)

 事案の紹介

 信号待ちで停車していたタクシーが追突され、タクシー運転手が頸椎捻挫(いわゆるむち打ち症)で事故後74日間休業し、92日後まで通院しました。加害者の保険から治療費全額と21日分の休業損害相当分が支払われ、労災が認められて労災から74日分の休業補償(平均賃金の6割)が支払われました。

 この状態で、タクシー運転手が、加害者(追突車両の運転手)に対して、休業損害の不足分と慰謝料の支払を求めて損害賠償請求訴訟を提起しました。請求額が120万円ほどで140万円以下なので1審は簡裁の事件です。この種の事件の通例どおり、被告側は実質は保険会社が訴訟活動をしました。この事件では、何と言っても信号待ち停車していた車両への追突事故ですから過失割合はまったく争点とならず(当然、被害者0%、加害者100%)、損害額のみが争点となりました。

 1審判決

 1審判決は、原告が主張した休業損害(1日について労災認定された平均賃金+賞与分平均額)を92日分全額認め、慰謝料は交通事故損害賠償基準(いわゆる赤本)の他覚的所見がない頸椎捻挫の3か月通院の慰謝料額53万円に被告側の事故直後の対応を理由に5万円上乗せして認めました。

 92日後まで通院しているとは言え、休業したのは74日でその後は賃金を受け取っているはずなのに92日分の休業損害を認めたのは、本人訴訟で証拠がほとんど出されておらずはっきりしていなかったこともあるのでしょうけど、勝ちすぎでしたし、被告側の対応を理由に慰謝料を加算するのは、日本の裁判所が忌み嫌っている懲罰的慰謝料(アメリカではこれが認められていて、高額の損害賠償が話題となるときの多くはこれによるものです)に通じる考え方なので、私は、1審判決を読んだとき、ずいぶん大胆な判決だなと感じました。

 控訴審判決

 控訴審判決は、客観的所見がない頸椎捻挫であること、1週間後に後頸部が重たい感じがするという訴えで受診したがレントゲン検査で特に問題は認められずさらに6日経過後自宅近くの整形外科に継続して通院するようになり、時間が経過するにつれてかえって通院頻度が増えたことを理由に本件事故後の欠勤・休業については必ずしも全てが本件事故によるものとみるのは相当でないとして、事故から2週間は100%、その後の通院期間は30%の休業を本件事故と相当因果関係があるものと判断して、労災認定された平均賃金を基準とした(したがって賞与分は認めない)休業損害額を計算し、通院慰謝料は赤本どおり53万円として、1審判決と比較すると約80万円低い損害額を認定しました。

 控訴審は東京地裁民事27部(交通専門部)でしたので、弁護士の目には、まぁそんなものかなと思えるところで、ただ他覚的所見のない頸椎捻挫とはいえ、半年1年と休業しているわけではなく74日で復職しているのに2週間経過した後は30%しか認めないというのはちょっと厳しいかなというところかと思えます。

 相談を受けて考えたこと

 控訴審で逆転敗訴した後、このタクシー運転手が私のところに初めて相談に来ました。
 本人としては、まるで詐病であるかのような判決を受けて憤慨しており、弁護士費用が持ち出しになっても構わないからできる限りのことをしたいということでしたので、受任しました。
 本人が開示請求済の労災の資料や本人に請求してもらったカルテ類、謄写した裁判記録を検討し、実質的なポイントは、普通人がデスクワークで勤務するのならできたとしてもタクシー運転手として勤務できる状態だったかどうかはまた違うのではないかというところにあるのではないかと見当をつけました。
 それで調べているうちに、タクシー運転手が交通事故で右肩を受傷して手術を受け3か月後には運転並びにタクシー乗車業務ができない状態ではなかったという証言があり現実には事故から7か月あまりして復帰した事案で、最初の3か月は100%、その後復帰までは30%と認定した1審判決を、「当時の勤務先会社にタクシー乗車業務に復帰することを申し出たが、勤務先から中途半端な状態で復帰しないよう申し渡されて復職を断念した経過があると認められ、乗客の安全確保を最優先にすべきタクシー会社であってみれば、上記のような対応は、会社にとっても、控訴人にとっても、やむを得ないところであると考えられる。」ということを主な理由として取り消して復帰まで100%の休業損害を認めた判決(大阪高裁2003年11月19日判決)を発見しました。
 それで依頼者に復帰の経緯で会社とどのように協議したかを聞き、タクシー運転手が会社の担当者に相談したが運転に支障を来すのであれば回復後に復帰するようにいわれてその後定期的に協議して復帰したということでしたので、当時の会社の担当者にその旨の報告書を書いてもらいました。

 この裁判例(大阪高裁判決)を手掛かりに、被害者がタクシー運転手であることを十分に考慮せず2週間後は事実上稼働可能であったかのように判断したことが理由不備や法令解釈の誤りという上告理由は、一応は書けますが、上告理由として十分とは言えません。控訴審までに、被害者が会社と協議して復帰時期を判断したとか、協議の経緯について証拠がまったく提出されていないので、その事実を認定しないことが誤りということはできませんし、上告審では証拠の提出は予定されていないから、上告審はその事実を前提とすることができません。高裁判例を見つけても、前提事実が認定できない以上、高裁判例違反とも言えないわけです。

 私が作成した上告理由書

 そこで、私は、大阪高裁判決を引用した上告理由も書きましたが、それに加えて、審理不尽を重点に据えた上告理由書を作成しました。審理不尽を主張した部分は次のとおりです。

第3 上告理由第2点:上告人に主張立証の機会を与えなかったことの法令違反
 1 休業期間の評価に関する判断の変更の経緯
 原判決が判示した上告人の休業期間中の一定期間について本件事故との相当因果関係を否定ないし減ずる判断は、1審ではまったく議論されず、1審判決においてもまったく判示されていない。
 原審においても、被上告人の控訴理由書においては、「休業日数についても、本件事故発生時から最終通院日までの日数が92日間というだけのことであり、実際にその間に休業していたか否かについては証拠はおろか、被控訴人の主張すら存在していない。休業損害を算定する以上、少なくとも被控訴人の職務への復帰時期程度は明らかにせざるを得ないと思われる。」(控訴理由書2~3ページ)とされているのみであり、ここでは現実の復職時期(平成○○年×月△日)がいつかについては問題提起されているが、現実の復職前の休業が妥当であったかとかそれが本件事故と相当因果関係があるか、その割合がいかほどかなどということはまったく論点とされていないのである。
 口頭弁論においても、第1回口頭弁論期日において、裁判所からの求釈明に応じて、上告人が「休業損害につき、休んだ日数分の労災はすべて受給した。」と述べ(控訴審第1回口頭弁論調書)、第1回口頭弁論期日において弁論を終結している(同調書)。
 2 原審の訴訟手続の不当性
 原裁判所は、1審において何ら争点とされなかった上告人の現実の休業期間中の休業の妥当性ないしは本件事故との相当因果関係について、それを理由に1審判決を変更するに当たり、訴訟当事者にその点について主張立証すべきことをまったく促しもせず、示唆もしなかった。
 上述した控訴理由書の記載から、平成○○年×月▽日までの現実の休業期間に関して、本件事故との相当因果関係が争われていると読むことは無理があり、ましてや上告人は弁護士を付けず本人訴訟をしているのであり、原判決が1審判決を変更した現実の休業期間についての本件事故との相当因果関係の評価などということが争点となっているとか、なり得ると判断することは、およそ無理である。
 第2で述べたように、上告人においても、原判決のような判断があり得る、そのようなことが争点となっていると認識すれば、別紙のような当時の上司の見解を得るなどの反証が可能であった。しかし、原裁判所がまったくの不意打ちでそのような争点の存在を示唆することさえなく、当事者の主張立証を促すこともなく、聞く耳持たずに1審判決を裁判官の考えだけで何らの証拠収集もせずに変更するという挙に出られたがために主張立証を尽くすことができなかったものである。
 3 上告理由としての整理(訴訟手続の法令違反等)
 原裁判所が、1審判決に表れず、原審でも争点とされなかったことを理由に1審判決を変更するに際して、当事者、特に不利に変更された上告人に対して、当該論点に関してまったく主張立証の機会を与えなかったことは、著しく不公正なものであって、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反であり、また1審判決を変更する根拠について何ら当事者の主張立証をさせなかったことには審理不尽の違法がある。

 上告審判決

 上告審の東京高裁(第1民事部)は、この上告理由書を受けて、2021年5月10日に口頭弁論を開き、2021年6月9日、次のとおりの理由で、原判決を破棄し、東京地裁に差し戻しました。

 原判決は、上記のとおり、上告人の休業損害について、本件事故の態様、上告人の受傷内容、通院経過、業務内容等から、本件事故日後2週間を経過した後については、休業のうち30%を超える部分については本件事故と相当因果関係を認めなかったものであるが、本件事故の態様、上告人の受傷内容、通院経過、業務内容については、上告人自身の供述により容易に立証の追加をなし得るものであり、かつ、本件のような交通事故に係る損害賠償請求の事案においては、かかる立証がなされることが通常である。また、上告人がタクシーの運転手であったことに照らしても、休業をさせるか否かについては、職場の認識や判断も重要であった可能性が小さくないといえるところ、これについても、職場の関係者の供述等により立証がなし得るものである(現に、上告理由書には、これまで提出されていなかった上告人の職場の上司の作成に係る説明の書面の写しが添付されている。)。さらに、上告人の受傷内容、通院経過についても、担当医師の供述等により更なる立証がなし得るということも考えられる。そして、以上のような立証の追加がなされた場合には、休業損害に関する原審の上記判断は異なるものとなった可能性を否定することができない。
 本件において、第一審は、上告人が上記のような追加立証をするまでもないと判断し、上告人が請求する休業損害の全額を認容した。そして、上告人が訴訟代理人をつけずに自身で訴訟を追行していたということも併せ考えると、原審においても、裁判所から、立証が十分でない旨の示唆を受けない限り、上告人において、休業損害について立証を追加する必要はないと考えることも無理からぬことであったというべきである。
 このように、原審においては、休業損害について、上告人が容易に立証の追加をできることが明らかであり、これがなされれば裁判所の判断が異なるものとなる可能性があり、かつ、上告人が第一審からの経緯から追加立証の必要性がないと考えていることが容易に推測できる状況にあったのであるから、原審裁判所としては、立証不十分だとの心証を有していたのであれば、上告人に対し、その点を示唆し、更なる立証の機会を与えるべく、釈明権を行使する義務があったというべきであり、これをすることなく、休業損害に係る上告人の請求を一部棄却する判決をしたことは、著しく不相当である。したがって、原判決には釈明権の行使を怠り、ひいては審理を尽くさなかった違法があるといわざるを得ず、原審の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。(最高裁判決の引用部分は省略)
 以上によれば、論旨は理由があり、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、本件については、上告人の損害について更に審理を尽くさせる必要があるから、上記部分を原審に差し戻すことにする。

若干の検討

 審理不尽の主張の説得力

 審理不尽というのは、最高裁判決でも、民事訴訟法上の上告理由として挙げられていないにもかかわらず、ときどき上告理由として認められています。高裁への上告の場合は、「判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反」が上告理由となっているので、最終的にはそこに持っていくことになります。上記の東京高裁判決でもそうしていますね。
 裁判所がどの程度審理をすれば審理を尽くしたことになるかは、事案の内容、審理の経緯によってさまざまで、相対的な評価になりますので、審理不尽という主張自体は、ある意味であらゆるケースで言う余地はあります。しかし、裁判所で、上告理由として、それが認められることは、極めて稀です。自分が行うべき主張を十分に行わず、出すべき証拠を出さずにいて、審理不尽だと主張したり、逆に事件の内容から見て必要とは思えない主張をし、重要と思えない人証申請や送付嘱託申請などをして裁判所が採用しなかったから審理不尽だと主張しても、裁判所で通るはずもありません。
 あくまでも、裁判官から見て、あまりに酷い不意打ちだとか、いくら何でもこの事件でこれを調べないのはおかしいだろうと思えるような事案であること、上告理由書で裁判官にそれを納得させることが必要です。

 上告理由書での別紙添付の有効性

 上告審は法律審ですから、原則として上告理由は法令解釈等についてのものです(実際には理由不備や経験則違反等を主張して事実認定の誤りを主張することも多いのですが)。しかし、原判決の法令解釈の誤りを主張する場合でも、裁判官にこの事件は原判決を破棄しないと(覆さないと)不当な結果になる(正義に反する)と思ってもらわないと、原判決は破棄されないのがふつうです。
 控訴審までに提出されている証拠に基づいて、この事案では原判決の結果は不当だと論証できればいいのですが、証拠が十分提出されておらず、追加で出したいものがあるとき(私が控訴審判決後に相談を受けた場合に、判決と事件記録を見ながら、こういうものはないのかと聞いているうちに、有効と思われる、控訴審までに出しておけばよかったのにと思われるものが発見されるということがときどきあります)、どうすればいいでしょうか。上告審で書証を出すことは予定されていません。上告理由書に書証を添付してもそれは証拠になりません。ですから、そのような証拠があることを理由に原判決は間違っているなどと主張しても、そのような主張は受け入れられません。出さなかった自分が悪いのです。
 しかし、上告理由書に、主張の説明資料、主張をわかりやすくするための資料をつけることは、当然、問題ありません。そういうと、素人の方は(あるいは弁護士でも)悪乗りして大量の書証を添付するかも知れません(労働審判申立書について、申立書は審判員に渡すが書証は渡さない運用をしている裁判所で大量の書証を添付書類にする弁護士が出て、裁判所のひんしゅくを買いました)。
 私は、事案に応じて、上告理由書に別紙を1枚とか2枚添付することもありますが、いつもそうするわけではなく、その事案での有効性、主張する上告理由との関係を個別に検討して判断しています。要はその事件の内容、その上告理由書の主張から合理的で説得力を増すものかという判断だと思います。この事件の上告理由書に私は、被害者(上告人)のタクシー運転手が当時の上司に書いてもらった報告書1枚を別紙添付しました。それは、そこに書かれていた被害者と会社の協議自体をそれで認定することを求めるものではなく、つまり証拠として提出しているのではなく、事実上この事案が会社の意向もあって中途半端な回復状況では復帰できなかった事案だと説明し、裁判所に原判決を破棄すべき事案だと認識させつつ、主張としては控訴審裁判所が機会を与えてくれていれば有効な証拠が出せたにもかかわらず控訴審裁判所が不意打ちしたために出せなかったのだという審理不尽・手続の不当性を説明する資料として裁判官に見せているのです。

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