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短くわかる民事裁判◆
判断の遺脱による原判決破棄:最高裁2000年9月7日第一小法廷判決
 「絶対的上告理由:理由不備」で説明したように、最高裁1999年6月29日第三小法廷判決以降、最高裁は、判断の遺脱は絶対的上告理由の1つである理由不備(民事訴訟法第312条第2項第6号)には当たらないとし、判断の遺脱自体が上告理由とはせずに、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反(民事訴訟法第325条第2項)として職権破棄するようになっています。上告との関係では結論として破棄するのならば同じとも考えられますが、判断の遺脱は再審事由(民事訴訟法第338条第1項第9号)でもあり、最高裁の姿勢は上告での対応に関して再審の補充性(民事訴訟法第338条第1項但し書き)がどう扱われるか(その点は「9号再審事由(判断の遺脱)と控訴・上告対応」で説明しています)、またどのような場合に再審事由に該当するのかという関心もあり、最高裁の判断の遺脱に関する判断は注目しておきたいところです。
 現在の最高裁の判断の遺脱とこれを上告・再審でどう扱うかについての考え方を理解するためにも、実際に判断の遺脱に該当するとされたケースを検討しておくことは重要で、意味があることと思います。

 隣地間の境界紛争で、原告(被上告人)が隣地所有者と係争地上に建物を有する者を被告として係争地の所有権確認、境界確定、建物収去土地明渡をを請求して提訴しました。
 第1審判決は、境界が原告主張通りであるとして原告の所有権を認め、建物所有者に対しては建物収去土地明渡を命じました。
 これに対し、被告らが控訴し、控訴審で、隣地所有者である被告が係争地を20年以上自主占有(所有の意思での占有:賃借等ではなく自分のものと考えての占有)しているから係争地は隣地所有者である被告が時効取得したと主張しました。
 第2審判決は第1審判決と同様原告(被控訴人)の所有権を認めましたが、被告の取得時効の主張(抗弁:こうべん)は当事者の主張としても判決に記載せず、判断もしませんでした。
 最高裁2000年9月7日第一小法廷判決(判例時報1744号27〜28ページ【6】)は、原判決は取得時効の抗弁を当事者の主張としての摘示していない(記載していない)ので、「原判決自体に主文を導き出すための理由の全部又は一部が欠け、あるいは原審認定事実と判断の間に矛盾抵触があるわけではなく、原判決に上告理由としての理由の不備又は食違いがあるということはできない」とした上で、「しかし、原判決には判決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断を遺脱した違法があり、本件については、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反というべきである」として取得時効が主張された係争地に関する部分を職権で破棄して差し戻しました。

 係争地の所有権の判断で、取得時効の主張が認められれば、占有者に所有権があることになるのですから、所有権の判断(所有権確認)、それに基づいて定まる境界、建物収去土地明渡の可否という原告の請求を認容するか否かのすべてに取得時効の主張の成否が影響します。被告の取得時効の主張は、判決の結論に直接に影響します。
 このような主張について判断をしないで、取得時効を主張している隣地所有者の所有権を否定し原告の所有権を認め、それに沿った境界確定と建物収去土地明渡を命じたというのですから、判決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断の遺脱があったと解されます。

 上告については「まだ最高裁がある?(民事編)」でも説明しています。
 モバイル新館のもばいる 「最高裁への上告(民事裁判)」もばいる「高裁への上告(民事裁判)」でも説明しています。

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