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短くわかる民事裁判◆
原告適格とは
 行政庁から不利益な処分を受けた者がその処分に対して行政訴訟(典型的には処分の取消訴訟)を提起できるのは当然ですが、行政事件訴訟法は、法律上の利益を有する者が行政訴訟を提起することができると定めています(取消訴訟につき行政事件訴訟法第9条、無効確認訴訟につき同法第36条、非申請型の義務づけ訴訟につき同法第37条の2第3項、差し止め訴訟につき同法第37条の4第3項)。このように、行政訴訟を提起することができる資格を原告適格(げんこくてきかく)と呼んでいて、法律上はその請求をすることについて「法律上の利益を有する者」という形で規定されています。

 処分を受けた者以外の第三者に、どのような処分についてどの範囲で原告適格を認めるべきかは、なかなか難しい問題です。原告適格については、歴史的にも危険・有害施設についての周辺住民の提訴の可否=原告適格の有無が主に問題とされ、当初非常に消極的だった最高裁が次第に住民の原告適格を認め拡大する方向を示し、それを受けて行政事件訴訟法が改正されて原告適格を拡げる方向の規定が設けられたということから、第三者の原告適格を認めることが適切であるように見えます。しかし、例えば労働者が労災にあって働けなくなり収入を失って困っている状態でようやく労災の認定(休業補償支給決定)が出たときに使用者がその支給決定の取消訴訟を提起することを認めたら、労働者は長期間にわたり取消のリスクに怯えなければならず被害救済の趣旨に反することとなります(これについては、「労災支給決定に対する使用者の原告適格」などのページで詳しく説明しています)。安易に原告適格を拡大することはこういった不当な結果を招くことにもなることに注意が必要です。

 危険・有害施設についての周辺住民の原告適格に関しては、当初主婦連ジュース訴訟で第三者の原告適格を認めることに非常に消極的な姿勢を見せた(原告適格問題の起点:主婦連ジュース訴訟で詳しく説明しています)最高裁が、周辺住民の騒音被害が甚だしく第1審も第2審も裁判官が夜間飛行差し止めを認めて国が上告した大阪空港訴訟で「行政訴訟の方法により何らかの請求をすることができるかどうかはともかくとして」民事訴訟による救済を拒否した(原告適格拡大の契機?:大阪空港訴訟での民事差止否定で詳しく説明しています)後、あくまでもその行政処分の根拠となった法令の解釈の体裁をとりながら周辺住民の原告適格を認め、拡大する方向に舵を切り(原告適格拡大の兆し?:長沼ナイキ基地訴訟原告適格拡大への転換:新潟空港訴訟で詳しく説明しています)、もんじゅ訴訟で周辺住民の原告適格についての判断枠組みを確立しました(原告適格拡大への転換:もんじゅ訴訟で詳しく説明しています)。
 この最高裁の判決の流れを受けて、行政事件訴訟法の2004年改正が行われ、原告適格を拡大する方向の規定(行政事件訴訟法第9条第2項)が新設されました。なお、最高裁はその後、小田急高架化訴訟大法廷判決で危険・有害施設についての周辺住民の原告適格について判断枠組みを整理し(原告適格の現在の基本判例:小田急高架化最高裁判決で詳しく説明しています)、これが現在の原告適格についての基本判例となっています。

 行政事件訴訟法第9条第1項は、「処分の取消しの訴え及び裁決の取消しの訴え(以下「取消訴訟」という。)は、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者(処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)に限り、提起することができる。」と定めています。
※処分を受けた者は、いきなり行政訴訟を提起せずに、行政庁に対して不服申立て(異議申立て、審査請求)をすることができます。その不服申立てに対する行政庁の判断(決定)が「裁決」です。処分を受けた者は不服申立て後、処分の取消訴訟を起こすことも、裁決の取消訴訟を起こすこともできますので、この条文はそれをあれこれ書いています。この条文をごく簡単にすると「処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができる。」となります(一般人の条文の理解としてはこれで十分です)。
 処分を受けた者以外の第三者の原告適格の判断方法について、行政事件訴訟法第9条第2項は、「裁判所は、処分又は裁決の相手方以外の者について前項に規定する法律上の利益の有無を判断するに当たつては、当該処分又は裁決の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮するものとする。この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たつては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌するものとし、当該利益の内容及び性質を考慮するに当たつては、当該処分又は裁決がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案するものとする。」と定めています。長い条文ですが、これをごく簡単にすると、「裁判所は、処分の相手方以外の者の原告適格を判断するに当たつては、当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令と関係法令の趣旨・目的、当該処分において考慮されるべき利益の内容・性質と処分が違法になされた場合に受ける被害の内容・性質・態様・程度を考慮するものとする。」ということです。

 これらの判例や法改正の結果、現在では、周辺住民の生命・健康が害される怖れが想定される場合には、許認可の際に健康・環境影響調査などを行うなど影響が想定される地域に居住する住民、原子力施設の場合は福島原発事故時の最悪の想定などを考慮して一定の放射線被ばくが想定される地域(施設から数十km~数百km)に居住する住民には原告適格が認められています。
 他方で、生命・健康以外の、良好な風俗環境とか広い意味での生活環境といった利益を理由とした周辺住民の原告適格はほとんど認められず、施設からの距離に応じて被害の程度が変わる類型ではない特定の商品の消費者とか、特定の電鉄の利用者といった類型での原告適格は認められない傾向にあります。
※最高裁が第三者の原告適格に非常に消極的な姿勢を見せた主婦連ジュース訴訟は、距離に応じて被害の程度が変わるような類型ではなく、その後も最高裁は距離に応じて被害の程度が変わるという類型以外では原告適格を認めていないので、最高裁は一貫しているという見方もあり得ます。私は、大阪空港訴訟大法廷判決とその後の最高裁の動きを見れば、大阪空港訴訟大法廷判決とそれに対する批判が最高裁の姿勢に影響したとみるのが素直だと思っていますが。

 なお、競業者・既得権者の原告適格やそれ以外の利害関係人の原告適格については、さまざまな問題があり得ますので別のページで説明します。

 行政裁判については、「行政裁判の話」でも説明しています。
  

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