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  裁判官の言葉に惑うとき:諭旨解雇無効のときの退職願の効果は?

ここがポイント 
 裁判官から諭旨解雇が無効の場合に退職願の効果はどうなるか主張を整理してほしいといわれたらそれをどう考えるべきか
 裁判で、弁護士は、担当裁判官が事件をどう見ているか、端的に言えば今判決になったら裁判官はどう書くのか、こちらを勝たせてくれるのかを、常に気にしています。通常は裁判官が自らそれを明言することはなく、和解の際に、暫定的な心証だがと前置きして語ることがあるくらいです。裁判官が自ら示さない場合に、主張や証拠に対する裁判官の言葉や、こちらから投げかけた言葉への反応、態度から裁判官の心証を窺い読み取るのが、弁護士の仕事というか、テクニック・ノウハウでもあります。
 読み取った裁判官の心証を基に、主張立証の補充を考えたり、和解に臨んだりするので、これは重要な作業なのですが、ときにこれに失敗することがあり、そのときは大変な思いをします。

 使用者から諭旨解雇処分(退職願の提出を勧告し、応じないときは解雇する)を受け、退職願を提出した(退職金ももらった)労働者の地位確認等請求事件(解雇の無効を主張し復職を求める裁判)で、双方の主張が出そろいそろそろ人証申請という段階で、裁判官から、主張を検討してみたところ、諭旨解雇が無効の場合に退職願の効力がどうなるかについて、主張がなされていないのでその点について主張を整理してほしいといわれました。
 諭旨解雇の場合、諭旨解雇は懲戒処分であり、退職願を提出させること自体が処分の内容に含まれているのだから、懲戒処分が無効なら退職願も当然無効だろうと、私は考えていました(「諭旨解雇を争う」のページの説明もそういう趣旨です)ので、その場でそのように言ったのですが、裁判官は、裁判所の方でも調べてみたのですが、適切な判例が見当たらなくてというのです。私の方では、使用者側の代理人(弁護士)に、被告も、諭旨解雇が有効だと主張しているもので、もし無効でも退職願を提出したから有効に退職しているなんて主張してないですよねと聞き、被告代理人もそんな主張はしないと答えましたが、裁判官は、それでも主張をしてくれというのです。確かに、その点について明確な判断を示した裁判例は探しても見当たりません。通常の判決は、諭旨解雇処分が無効と判断したらその後退職願の効力などにはまったく触れずに労働者として(権利を有する)地位を認めていますので。私は、仕方ないなと思いつつ、1.退職願は諭旨解雇処分に含まれており独立の効力を有しない。だから諭旨解雇処分が無効なら退職願も当然無効、2.退職願は諭旨解雇の手続として提出したものに過ぎないから作成者(労働者)に退職するという効果意思がない、3.仮に効果意思があるとしてもそれは諭旨解雇処分が無効の場合には遡って効力を失うという解除条件付きの意思表示である、4.諭旨解雇処分が客観的に無効であるような場合はそれに基づいて作成された退職願は労働者の自由な意思に基づくものではないという趣旨の準備書面を作成して提出しました。被告側は何も提出しませんでした(被告側は、諭旨解雇が無効の場合に、退職願が有効だなどという主張をそもそもしていないのですし)。

 その事件では、使用者が主張する懲戒事由の事実関係にはほとんど争いがなく、実質的には、それが解雇に値するほど重大な問題かという評価のみが争点でした。私は、こんなものは到底解雇に値しないと考えていましたが、評価の問題なので、担当裁判官の価値観に大きく影響されます。そのころその裁判官を含む合議体で類似の事案で解雇有効の判決がなされたのが判例雑誌に掲載され、私は不安に思っていました。
 しかし、被告が何も主張しないのに、裁判官から、諭旨解雇が無効だった場合について主張しろと言ってくるのですから、当然その裁判官が本件の諭旨解雇は無効という心証だと受け取りました。当然、原告(労働者)にも、裁判官は解雇無効と考えている可能性が高いと伝えました。

 ところが、判決では、原告の言動は軽視しがたく、復職させることは到底困難であり、本件処分が社会的相当性に欠けるものであったということはできないとして、諭旨解雇は有効と判断されました。

 解雇事件ですので、原告(労働者)にとって生活・人生がかかっているところがあり、敗訴の痛手は大きいのですが、この件では勝訴の見通しでいただけに敗訴のショックは通常よりも大きかったと思います。

 労働者の言動の評価が主要な争点の事件で、裁判官の価値観に左右されがちな事件ですから、結論が解雇有効となること自体には、弁護士としては、その裁判官はそういう価値観なんだなと思うだけです(当事者はそれじゃ納得できないでしょうけど)。
 しかし、自分は解雇有効と思うということなら、そのように振る舞ってほしい。この裁判官は、あのとき、一体どういう考えで、自分から、諭旨解雇無効の場合について書面を出すように求めたのか、今でもときどき考えることがあります。
 私の読みが甘かったのでしょうか。あの言葉を聞いて、裁判官が実は解雇有効の心証だなどと思う弁護士はいないと思うのですが。
(2026.1.28記)
【解雇事件よもやま話をお読みいただく上での注意】
 私の労働事件の経験は、大半が東京地裁労働部でのものですので、労働事件の話は特に断っている部分以外も東京地裁労働部での取扱を説明しているものです。他の裁判所では扱いが異なることもありますので、各地の裁判所のことは地元の裁判所や弁護士に問い合わせるなどしてください。また、裁判所の判断や具体的な審理の進め方は、事件によって変わってきますので、東京地裁労働部の場合でも、いつも同じとは限りません。

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