◆短くわかる民事裁判◆
法人の訴訟救助と資力要件
訴訟救助の申立てができるのは「訴訟の準備及び追行に必要な費用を支払う資力がない者又はその支払により生活に著しい支障を生ずる者」(民事訴訟法第82条)と定められていますので、自然人だけでなく、法人も、要件が満たされる限り訴訟救助を受けることができます。
司法支援センター(法テラス)の代理援助は基本的に法人は対象外ですし、私が訴訟救助申立てをするのは実際上法テラス事件だけですので、私は法人について訴訟救助の申立てをしたことはありませんが。
法人の場合、法人は税務対策上のこともあり赤字法人にして代表者は資産が豊富という例はよくあります。法人名義の資産がない、赤字法人だということなら、それで訴訟救助の資力要件を満たすでしょうか。
そういうことが争われた事件を紹介します。
まずは前段が長いのですが、1993年9月28日に設立された有限会社浜千鳥リサイクルが、紀伊長島町(2005年合併により現在は紀北町)内に産業廃棄物中間処理施設を建設する事業計画書を1993年11月5日に保健所に提出したことからその計画を知った紀伊長島町は1994年3月18日の町議会で紀伊長島町水道水源保護条例を制定し、建設予定地を含む相当な地域を水道水源保護地域に指定し、浜千鳥リサイクルへの使用水量の問い合わせに対する回答に基づき、1995年5月31日、浜千鳥リサイクルが建設予定の施設を、条例上水道水源保護地域には設置できない水道水源の枯渇をもたらしまたはそのおそれのある事業場(規制対象事業場)と認定しました。浜千鳥リサイクルは、1995年5月10日付で三重県知事から廃棄物処理法に基づく産業廃棄物処理施設設置許可を得ましたが、廃棄物処理法とは別の観点での規制である紀伊長島町水道水源保護条例の規制のため、産業廃棄物中間処理施設を建設することができず、規制対象事業場認定処分取消請求訴訟を提起しました。第1審判決(津地裁1997年9月25日判決)も控訴審判決(名古屋高裁2000年2月29日判決)も事業者の請求を棄却しましたが、最高裁2004年12月24日第二小法廷判決は、紀伊長島町は浜千鳥リサイクルが産業廃棄物中間処理施設設置許可申請の手続を進めていることを知っていたのだから、「上告人に対して本件処分をするに当たっては、本件条例の定める上記手続において、上記のような上告人の立場を踏まえて、上告人と十分な協議を尽くし、上告人に対して地下水使用量の限定を促すなどして予定取水量を水源保護の目的にかなう適正なものに改めるよう適切な指導をし、上告人の地位を不当に害することのないよう配慮すべき義務があったものというべき」として、義務違反の有無を審理判断すべきとして原判決を破棄して名古屋高裁に差し戻しました。水源の保護のためとはいえ計画後に狙いうち的に条例を制定した上、使用水量についての答えを受けて協議や指導もなくそれを根拠に水源の枯渇のおそれで設置ができないと認定するのは乱暴に過ぎるというわけです。差し戻し審の名古屋高裁2006年2月24日判決は認定処分取消を認め、紀北町が上告しましたが棄却され2007年6月7日確定しました。
このように行政訴訟は事業者浜千鳥リサイクルの勝訴に終わったのですが、浜千鳥リサイクルは、施設設置が全面的に禁止されて損害を被ったとして、2008年1月17日、施設が設置運営できたら得られたはずの12年間分の利益として160億0520万円を紀北町に対して請求する訴訟を津地裁に提起しました。この際、浜千鳥リサイクルは訴訟救助の申立てをしました。津地裁は、これに対して、訴訟救助の無資力要件の判断に当たっては申立人の他訴訟の遂行に経済的利害関係を有する者がある場合、その資力も加味して判断すべきである、原告の当初の代表者で筆頭株主の者は実質的経営者であるだけでなく自らが本件施設の敷地の購入費用を借り入れ、原告の経費を負担するなどいわば自己の計算で行うのと極めて近い形で本件事業の遂行に当たっていて本件訴訟についても原告に準ずる立場で利害関係を有する、筆頭株主の母、姉、弟(いずれも取締役)らの資産、収入に照らすと原告は利害関係人の1人または複数人から調達する方法等を用いることにより本件訴訟の遂行に必要な費用を支払う能力があるとうかがわれ、無資力との疎明(一応の証明)がされたとはいえないとして却下し(2008年4月30日決定)、即時抗告審の名古屋高裁2008年11月19日決定も抗告を棄却しました。
この間、津地裁は、原告の申立てにより、原告の請求のうち1996年に得られるはずだった利益とされる12億8570万7495円分を他の請求と分離して審理することとし、原告が2008年11月12日にそれに対応する訴え提起手数料360万円を納付して、2009年1月から口頭弁論を実施する運びとなっていました。
これを受けて、160億円余の請求に対応する訴え提起手数料と納付済みの360万円の差額分の訴訟救助について抗告許可がなされ、最高裁が判断することとなり、最高裁2009年6月3日第二小法廷決定は、無資力要件について当事者だけでなく利害関係人からの調達可能性を考慮することに関し、「所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。」として抗告を棄却しました(判例時報2085号6~7ページ【5】)。判例時報の解説記事で、最高裁調査官は「法人の無資力要件の認定に当たり、その資金調達可能性を考慮し得ることは当然ともいえ」としています。
※判例時報の記事では、「上記請求額に対応する訴え提起手数料2200万3000円から納付済みの360万円を控除した1840万3000円について、訴訟救助を求める申立てをした。」と記載されていますが、訴訟救助の申立ては全額で、津地裁の却下決定後即時抗告決定前に一部納付されたというのが実際ですし、10億円を超える請求で訴え提起手数料に1万円未満の端数が生じることはありませんので、上記請求額に対応する訴え提起手数料は2203万円、差額は1843万円の間違いだと思います。
※この訴訟救助の却下決定確定後、原告は2009年6月24日、分離されていた残額(1995年と1997年から2006年の間に得られたはずと主張する利益合計147億1949万2505円)の訴えを取り下げました。原告は、その後、2010年6月3日に訴えの変更をして、請求額は207億5112万1300円の内金60億円と主張し、2011年1月11日には請求額を49億6307万0493円に変更するなどしました。
※津地裁2013年7月11日判決は、原告主張の逸失利益(操業すれば得られたはずの利益)は認めず、原告がプラント建設会社に支払い済みの7307万8500円と1995年5月31日から年5%の遅延損害金のみを認容しました。これに対して双方が控訴し、名古屋高裁2014年11月26日判決は紀北町側の控訴を一部容れて3908万8500円の遅延損害金のみを認容、双方が上告しましたが2016年4月26日最高裁が棄却して確定しました。紀北町は遅延損害金込みで7996万0546円を供託したそうです。
(事実関係は、判例時報の解説記事に加え、紀北町の議会の会議録により補充しています)
※この事件では、裁判所はいったん弁論を分離しましたが、再度併合することもでき(民事訴訟法第152条)、原告が分離した一方の分だけ訴え提起手数料を納付しても結局は一部しか納付しておらず、未納付分を取り下げても納付すべき額は変わらず、未納付分について補正命令を出し、訴え全体を却下することも可能でした(訴訟救助が一部認められてその認められた部分以外を取り下げたという最高裁2015年9月18日第二小法廷判決のケースとは異なります)。それをしなかったのは、行政訴訟では原告の主張が認められていることへの配慮があってかなと思われ、他の事件でも裁判所がそのように扱うかはわかりません。
訴訟救助については「裁判所に納める費用が払えないとき(訴訟救助)」でも説明しています。
モバイル新館の「訴訟費用が払えないとき(訴訟救助)」でも説明しています。
**_****_**