◆短くわかる民事裁判◆
労災保険料とメリット制
労災保険は、労働者を雇用する事業主は当然に強制加入で、労災保険料は全額使用者の負担です。労災保険料は、全労働者の年間賃金額に業種ごとの労災保険料率をかけて算出し、毎年予想額で概算払いして、翌年度の支払時に賃金等の確定額で算出して精算します。
労災保険料率は厚生労働大臣が定めます。2024年度、2025年度の労災保険料率はこちらの表の通りで、例えば一般の建築事業は9.5/1000、交通運輸事業は4/1000、食料品製造業は6/1000、パルプまたは紙製造業は7/1000、小売業、飲食店、一般の事務などは3/1000、金融業、保険業は2.5/1000といった具合です。
そうすると、平均賃金が500万円で従業員100人の企業(賃金総支払額5億円)は、建築事業なら年間475万円、小売業や通常の事務であれば年間150万円の労災保険料を支払うことになります。
(これらは、基本的には、事業所ごとに判定・カウントします)
これが原則なのですが、規模の大きな使用者(企業)には、メリット制という割引制度があります。
メリット制の適用対象は、労災保険加入から3年が経過し、その(3年間の)各年度の従業員が100人以上か、20人以上で一定の算式(従業員数×(業種別労災保険率-0.6/1000)>0.4)を満たす事業主です。後者はこちらの厚労省の説明資料の16ページに早見表がありますが、一般の建築事業だと45人以上、食料品製造業だと82人以上、パルプまたは紙製造業だと63人以上、交通運輸事業、小売業、飲食店、一般の事務、金融業、保険業などは100人以上がめやすになります。
メリット制が適用される事業主の場合、過去3年間の(支払)労災保険料額に対する(被災労働者への)労災保険給付額の割合(0%から150%まで、70~75%と85~90%以外は10%刻みの17段階)に応じて、翌々年(2023年3月末日までの3年間の実績で2025年度)に適用される労災保険料率が(5%刻みで40%減から40%増までの17段階で)修正されます(具体的にはこちらの厚労省の説明資料の5ページを見てください)。建前は労災が多発すると労災保険料が増額されますが、実際はほとんどが減額とみられます。
メリット制の実際の適用事例はほとんど公表されず、実際の計算は難しいのですが、ざっくりしたところを試算すると、平均賃金500万円従業員200人の保険業の場合、本来の保険料は年間250万円です(賃金総額10億円の2.5/1000)。3年間労災保険給付がなかった場合、その翌々年度の労災保険料は(非業務災害率0.6/1000を除外した保険料率が40%減の1.74/1000となって)174万円となり、76万円の割引となります。この事業者が過去3年いずれもその前3年間労災認定がなかったが今回従業員が被災して400万円の休業補償等の給付を受けたとすると、メリット収支率は400万円/(174万円×3×調整率0.67)で114%になってしまい、翌々年度の労災保険料は(非業務災害率0.6/1000を除外した保険料率が20%増の2.88/1000となって)288万円となります。労災がない場合と比較すると114万円労災保険料が増えるということですね。
ふだん労働者側では労災保険料は意識しません(労働者は負担しませんので)が、企業はけっこうな額の労災保険料を支払っているとともに、メリット制により本来の労災保険料よりも相当な割引を受けていることがわかります。この割引は、比較的大規模な事業主にのみ適用され、端的にいえば、メリット制の適用を受ける余地がない小規模事業主は問答無用で法律通りの労災保険料を支払わされ、その犠牲の下に大規模な事業主の労災保険料の負担を軽減するものです。保険給付を受けていないのだから保険料が軽減されても合理的、と思いますか?同じく社会保険でも健康保険料は医者にまったくかからなくても1円たりとも減額してもらえません。この国では、弱い個人に優遇や負担軽減をすることは稀で、小規模な者を犠牲にして大規模な者を優遇する制度ばかりが作られます。
労災保険料のメリット制はその象徴の1つと言ってよいでしょう。
そして、労災保険給付がなければ労災保険料が減額されるというこの制度は、それにより企業が労災防止に力を入れるだろうというメリットがあると公式には言われているのですが、労災保険料の支払を惜しむような経営者にはむしろ労災がなかったことにしようとする(労働者に労災申請させない、労災隠し)インセンティブをも与えかねません。
行政裁判については、「行政裁判の話」でも説明しています。
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