◆短くわかる民事裁判◆
場外車券売り場と原告適格
大和システム株式会社が、競輪主催者(岸和田市など)に賃貸して収入を得る目的で、大阪市中央区日本橋1丁目に「サテライト大阪」という場外車券売り場を設置する許可(自転車競技法第5条)を2005年7月17日付で申請し、経済産業大臣が2005年9月26日付で設置許可をしました。
これに対し、施設から1000m以内に居住する住民(うち1名は施設から約120mの場所で歯科を開設し、うち1名は施設から約180mの場所で病院を開設し、うち1名は施設から約200mの場所で外科胃腸科医院を開設し、うち1名は施設から約800mの場所で内科医院を開設している)、同地域内で寿司店、会社を経営している者が、設置許可の取消を求めて提訴しました。
第1審の大阪地裁2007年3月14日判決は、自転車競技法と関連規定の趣旨からは、「一般的公益に加えて、場外車券発売施設の周辺地域において居住等する住民等ないし場外車券発売施設の周辺地域に存在する学校その他の文教施設又は病院その他の医療施設の設置者ないしこれらの文教施設に通学する学生、生徒等ないしその保護者等及びこれらの医療施設に入院ないし通院する者等の善良な風俗環境ないし生活環境に係る利益を個々人の個別具体的利益としても保護する趣旨を含むものと解することはできない」として、住民についても、医療施設設置者としても原告適格を否定して訴えを却下しました。
第2審の大阪高裁2008年3月6日判決は、自転車競技法が場外車券売り場設置を許可制にしているのは「場外車券発売施設の設置許可がされた場合に、当該施設に賭博及び富くじに相当する車券を購入する目的で広範な地域から不特定多数の者が参集し、このように来集する者らを通じて射幸的な雰囲気が当該施設の周辺地域に伝播し、その善良な風俗に悪影響を及ぼすおそれがあることを防止」する目的であり、「上記の趣旨及び目的に反した場外車券発売施設の設置許可がされた場合、そのような施設に起因する上記の被害、すなわち、善良な風俗及び生活環境に対する悪影響を直接的に受けるのは、当該施設の周辺の一定範囲の地域に居住し、事業を営む住民に限られ、その被害の程度は、居住地や事業地が当該施設に接近するにつれて増大するものと考えられる。また、当該施設の周辺地域に居住し、事業を営む住民が、当該地域で居住、事業を営み続けることにより上記の被害を反復、継続して受けた場合、その被害は、これらの住民のストレス等の健康被害や生活環境に係る変化・不安感等著しい被害にも至りかねないものである。」として周辺住民の具体的利益は一般的利益の中に吸収解消させることは困難であるとした上で、自転車競技法施行規則が「場外車券発売施設の設置許可申請者に対し、同施設敷地の周辺から1000メートル以内の地域にある学校その他の文教施設及び病院その他の医療施設の位置並びに名称を記載した1万分の1以上の縮尺による付近の見取図を添付することを要求し、場外車券発売施設は、学校その他の文教施設及び病院その他の医療施設から相当の距離を有し、周辺環境と調和したものであることとされていることにかんがみると 、場外車券発売施設の設置許可に関する上記の規定は、当該施設の敷地の周辺から1000メートル以内の地域に居住し、事業を営む住民に対し、違法な場外車券発売施設の設置許可に起因する善良な風俗及び生活環境に対する悪影響に係る著しい被害を受けないという具体的利益を保護したものと解するのが相当である。」として全員の原告適格を認めて、原判決を破棄し、大阪地裁に差し戻しました。
これに対して経産大臣が上告し、最高裁2009年10月15日第一小法廷判決は、「一般的に、場外施設が設置、運営された場合に周辺住民等が被る可能性のある被害は、交通、風紀、教育など広い意味での生活環境の悪化であって、その設置、運営により、直ちに周辺住民等の生命、身体の安全や健康が脅かされたり、その財産に著しい被害が生じたりすることまでは想定し難いところである。そして、このような生活環境に関する利益は、基本的には公益に属する利益というべきであって、法令に手掛りとなることが明らかな規定がないにもかかわらず、当然に、法が周辺住民等において上記のような被害を受けないという利益を個々人の個別的利益としても保護する趣旨を含むと解するのは困難といわざるを得ない。」として、周辺住民や(文教施設・医療施設以外の)事業者、近隣の文教施設・医療施設等の利用者の原告適格を否定しました。その上で、本件許可当時の自転車競技法第15条第1項第1号が「学校その他の文教施設及び病院その他の医療施設から相当の距離を有し、文教上又は保健衛生上著しい支障を来すおそれがないこと」を許可の基準として定めていた(注:その後の改正により現在は「位置は、文教上又は保健衛生上著しい支障を来すおそれがない場所であること。」とされ、「相当の距離を有し」の文言が削除されています)ことを「位置基準」と呼び、「場外施設は、多数の来場者が参集することによってその周辺に享楽的な雰囲気や喧噪といった環境をもたらすものであるから、位置基準は、そのような環境の変化によって周辺の医療施設等の開設者が被る文教又は保健衛生にかかわる業務上の支障について、特に国民の生活に及ぼす影響が大きいものとして、その支障が著しいものである場合に当該場外施設の設置を禁止し当該医療施設等の開設者の行う業務を保護する趣旨をも含む規定であると解することができる。したがって、仮に当該場外施設が設置、運営されることに伴い、その周辺に所在する特定の医療施設等に上記のような著しい支障が生ずるおそれが具体的に認められる場合には、当該場外施設の設置許可が違法とされることもあることとなる。」として、近隣の文教施設・医療施設の開設者の利益を個別的に保護する趣旨が読み取れるので、場外車券売り場の開設により具体的に業務上の著しい支障が生じうる者については原告適格が認められるが、それは施設から1000m以内か否かではなく「当該場外施設が設置、運営された場合にその規模、周辺の交通等の地理的状況等から合理的に予測される来場者の流れや滞留の状況等を考慮して、当該医療施設等が上記のような区域に所在しているか否かを、当該場外施設と当該医療施設等との距離や位置関係を中心として社会通念に照らし合理的に判断すべき」として、施設から120mないし200mの場所で医療施設を開業する原告3名について、さらに原告適格の有無を審理すべきとして第1審裁判所に差し戻し、その他の原告については原告適格なしとして(原告適格を認めた)原判決を破棄し(原告適格を認めなかった)第1審判決に対する控訴を棄却しました。
この判決で最高裁は、生命健康への影響や著しい財産的被害につながらない広い意味での生活環境の悪化については、法令に手掛かりとなる明らかな規定がなければ周辺住民の原告適格を認め難いとしていますが、その後住宅地での納骨堂建設では、周辺住民の原告適格を認めています。そちらは法令上手掛かりとなる明らかな規定があったというのでしょうけれども、今後最高裁がどう判断していくのか予断を許さないように思えます。
※なお、差し戻し審の大阪地裁2012年2月29日判決及びそれに対する控訴審の大阪高裁2012年10月11日判決では、差し戻された原告3名の原告適格を認めた上で、設置許可処分に違法はないとして請求棄却されています。
※サテライト大阪の開設者であった大和システム株式会社の経営破綻により、サテライト大阪は現在サテライト大阪株式会社が所有しています。
行政裁判については、「行政裁判の話」でも説明しています。
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