私の読書日記  2010年8月

11.オシムの戦術 千田善 中央公論新社
 サッカー日本代表の元(になってしまいましたね)監督イビツァ・オシムの通訳だった著者が、オシムが在任中にトレーニング、試合を通じて目指していたものを論じた本。相手の出方に応じて、また果てしない進歩を志向してオシムはエレガントでスペクタクルな「変幻自在な日本サッカー」を目指していたとし、その基本的な戦い方は黄金の中盤を形成する(中村俊輔・中村憲剛・遠藤保仁のトリプルプレイメーカー+阿部・鈴木啓太・長谷部:「カミカゼ・スタイル」)、俊足のプレイヤーを攻撃・守備の両方で起用する、相手の出方に対する柔軟性(バイタルエリアは相手のフォワードの数+1で守る:守備のフォーメーションは固定しない)にあったと、著者は指摘しています。オシムが監督の最大の仕事と心得ていたトレーニングのアイディアの豊富さや、自分が選手時代に監督をどう見ていたかや選手のプライドに配慮した選手への接し方、敵に対する分析とリスペクト、そしてオシムを育てオシムが経験してきたユーゴの現実やオシムの誠実さなど、私自身がオシムに対して強い関心とリスペクトを持っているためでしょうけれど、様々な面から興味が尽きない本です。ワールドカップ南ア大会前に出版された本ですが、ワールドカップ後に読んでも、改めて、オシムが倒れていなかったら、と思わせてくれます。ザッケローニがそういう感傷を吹き飛ばしてくれる日がくるといいのですが・・・

10.ヴァンパイレーツ7 目覚めし者たち ジャスティン・ソンパー 岩崎書店
 海賊船(ディアブロ号)と吸血海賊船ヴァンパイレーツ(ノクターン号)とそれらに命を救われた双子の兄弟コナーとグレースの運命で展開するファンタジー。7巻はサンクチュアリで愛するローカンの目の治療を続けるグレースと師モッシュ・ズーの元に、ノクターン号で吸血鬼となったジェズとシドリオの反乱が起こり多くのヴァンパイレーツがシドリオの下に走ってそれを止める力もないほど衰弱して倒れた船長がダーシーの手で運び込まれ、作戦遂行の過程で殺人を犯して悩んだ末ディアブロ号を去ることを決めチェン・リーの新たな船の乗組員となることにしたコナーが訪れてサンクチュアリに集合し、他方サンクチュアリでも反乱が起こって治療中のヴァンパイレーツの一部がシドリオの下に合流するという展開を見ます。グレースサイドでもコナーサイドでも最初に絶対的存在と見えた2人の船長が偶像たり得なくなりますが、グレースにはモッシュ・ズー、コナーにはチェン・リーという新たな師が現れ、グレースとコナーの成長という点よりも新たな展開という印象になります。ただ2人とも絶対的存在というよりはより人間的友好的な先達という位置づけで、その分グレースとコナーの成長を感じさせるものではありますが。これまで原書の1巻を日本語版1巻と2巻、原書の2巻を日本語版の3巻と4巻(原作の1巻と2巻の間の外伝は未刊)と分けて翻訳してきたのですが、原書の3巻は日本語版では5巻から7巻の3冊に分けられました。日本語版の6巻の終わりがあまりにも中途半端なので変だなと思ったのですが、今回初めて作者のサイトをチェックしてそういうことかとわかりました。7巻はわりと展開が大きくてストーリーとしては読ませてくれるのですが、7巻の終わり、つまり原書3巻の終わりは未解決の問題ばかりでいかにも続くって終わり方です。そういうあたり、原書でもやっぱり安っぽい売り方をしてるのねと改めて感じてしまいました。
 5巻は2010年1月、6巻は2010年5月で紹介しています。

09.ニッポンの海外旅行 若者と観光メディアの50年史 出口誠 ちくま新著
 1996年をピークに若者の海外旅行が減少していることの原因を若者の変化ではなく海外旅行の変化にあるとして、若者向けの海外旅行事情の変遷を解説した本。長期滞在・低予算・周遊型の旅行として始まった若者向けの海外旅行が、当初の現地への溶け込み目的から低予算の旅行自体が目的、さらには海外での自分探し目的に変化し、低予算バックパッカーの貧乏旅行が「進め電波少年」の猿岩石ブームで頂点を極めるとともに自分がやってみたい旅行ではないと判断されてバックパッカーバブルが終焉を迎え、他方「ab−road」の成功で価格競争が激化して格安航空券販売から航空券+宿泊のスケルトンツァーに目玉商品が移行して短期・低予算・1か所滞在型が若者の海外旅行の中心となり、安く作れるのはアジアの都市とリゾートの3泊程度までのツァーなので結局ガイドブックで事前学習した忙しい旅行で現地の人々との接触や「歩く」機会のないパターン化したものとなって何度も行こうと思わない魅力のないものとなったというのが著者の論旨です。その傾向は、インターネットが「ab−road」に取って代わった今もさらに進むだけとなっています。さらにいえば、旅行の目的が現地の人々の生活や文化への接触から、自分探しか食事と買い物に変わってしまったら、行き先が海外であることの必然性もなくなってしまったということでしょう。ただ昔より旅行者の数が増え旅行商品も増えたために相対的に長期・低予算・周遊型がメインでなくなったということで、今でもそういう人は少数派として生き残ってはいると思いますが。

08.最後の骨盤 女力は骨盤で決まる 有吉与志恵 講談社+α新書
 様々な体の不調、特に女性の体の不調の多くが骨盤の歪みや骨盤周辺の筋肉の退化や硬化などから生じているとして、その改善のためのエクササイズについて説明し提案する本。日常生活での姿勢や癖などから骨盤やその周辺の筋肉等に負荷がかかり歪み等を生じていくという指摘は、なるほどと思います。また力を入れる必要もない、リラックスすることに意味があるというエクササイズで改善できるという提案は魅力的でもあります。ただ、書いている内容に重複が多く、特に提案されているエクササイズが同じものが多くて、同じ絵のページが頻出して見飽きるのが難点。半分くらいの量でまとめた方が締まった文章になると思うのですが、それだと売り物として薄すぎと編集者が感じたんでしょうね。せめてエクササイズの絵の重複を避ける工夫は欲しかったなと思いました。

07.ペギー・スー11 呪われたサーカス団の神様 セルジュ・ブリュソロ 角川書店
 15歳になった普通の少女ペギー・スーがテレパシー能力を持つ青い犬とともに冒険を続けるファンタジーシリーズの11巻。9巻でアンカルタ星にあるアンカルタ王国の王女であることを知らされて10巻で青い犬とともにアンカルタ星に行きアンカルタ王国の危機を救いながらアンカルタ王国を事実上支配した貴族と妖精たちに追われるハメとなったペギー・スーが、隣国ニコヴォドに逃げ込み、そこで他の星から逃亡してサーカス団の動物たちを装っている神たちのテレパシーの助けで壁を抜けたりものを小さくする力を使えるようになり、あらゆるものを小さくして体内に吸い込む象「ダボー」を使ってニコヴォドを侵略してきたダザックス星人と戦うという展開になります。10巻で繰り広げた貴族たちに抵抗する貧民たちという構図は消えますが、究極の兵器による「きれいな戦争」を皮肉っているところに社会派色を残しています。11巻は10巻の続きの扱いですが、10巻で残したアンカルタ王国の問題やペギー・スーを助けようとして湖に消えピンチになったら復活すると誓った少年コランなどはそのまま放置され、決着がつけられません。しかも10巻からアンカルタ星の新シリーズの開始を予想させていたのに(シリーズタイトルも10巻から変えられましたし)、11巻の最後には7巻で狼になってそのまま出てこなくなったセバスチャンが突然現れて、ケイティーおばあちゃん(9巻で他人とわかったはずですが)が危ないと言い出して「つづく」とされていて、12巻は地球に戻るようです(原書の11巻が出てから2年経ちますが、まだ原書の12巻は発行されていないようです)。なんか、話の展開がかなり行き当たりばったりになっている感じ。
 シリーズ全体として女の子が楽しく読める読書ガイドで紹介
 10巻については私の読書日記2009年3月分で紹介
 9巻については私の読書日記2008年5月分で紹介

06.嘘つきは恋のはじまり メグ・キャボット 理論社
 町の誇りの高校アメフトチーム選手のイケメンをボーイフレンドに持ちながら、別の同級生イケメンと隠れて浮気している、成績優秀な美女ケイティが、中学時代にアメフトチームのスター選手たちの不正を暴いて町の嫌われ者となって去った同級生トミー・サリヴァンが町に戻ってきたことをきっかけに思い悩むラブコメです。イケメンを見るとキスしたくなるケイティは、実は町の名物の貝が大嫌いで町一番の人気者のボーイフレンドセスにも退屈していたが、大勢に従って名物の貝を売り、セスとの交際を続けていました。このあたり、自分がしたいことを隠し、本当にしたいことがわからないでいたケイティが、信念を貫き町の嫌われ者となったトミーとの再会を機に、本当にしたいことを見つけていく、というようなことがテーマの青春小説という側面も持っています。しかし、そのケイティがイケメンであればキスしたくなるという設定で、トミーについても4年前はさえない男の子だったのに背が30センチも伸びてたくましくなりものすごいイケメンに変貌して再会したことが考え直す動機になっていることや、ケイティ自身も、またボーイフレンドも友達もすべてイケメン・美女揃いの設定ですから、どうも「人は見た目がすべて」というか、イケメン・美女であることがすべての前提というメッセージが感じられます。トミーが内面的に成長して外見はさえない男で帰ってきたのなら、あっさり追放されて終わりかと思ってしまいます。ケイティがセスに対して、外見のことはほめてくれるけど本当に大切なことに対しては何もいってくれない(268ページ)と不満を持ちながら、でも自分はただイケメンを求めているでは説得力がありません。ラブコメの主人公がジコチュウなのは、ありがちなことではありますが。

05.動詞がわかれば英語がわかる[改訂新版] 田中茂範、川出才紀 ジャパンタイムズ
 英語の基本動詞や前置詞の意味するところは複雑で多岐にわたるのではなく、単純であいまいなために応用が広く多義的に使われるのであり、そのコア・イメージをつかむことが大切ということを主張し、主要な動詞と前置詞のコア・イメージを解説する本。例えばlookは視線・注意を向けるという動作・しぐさに重点があり、その見た結果としての様子に意味が広がっているのに対して、seeは対象物を視野にとらえて見ることに重点がある、その結果、対象物が見える・見えないはsee、見ようとする行為はlookを使うとか、takeは自分のテリトリーに取り込む・受け入れる、giveは自分のテリトリーから外に出すという主体的な選択に重点があるのに対し、getはある状態や物を得るが得る意志があるかは関係がないとか、いろいろと勉強になります。英語と日本語で意味が細分化される領域の違いや着目点の違いがあることは、言葉が文化そのものともいえるものですから当然ですが、こういう基本的な言葉の本来的な意味・イメージからとらえていくことで英和辞典的な置き換えを超えてニュアンスを追っていくのは、知的好奇心に訴えます。中学とか高校の頃にこういう本を読めていたら、もっと英語が好きになれたかも。

04.語源でふやそう英単語 小池直己 岩波ジュニア新書
 英単語を接頭辞・語根・接尾辞に分けて、主として語根部分の語源を解説し、その語源に由来する英単語を列挙して説明した本。大部分を占める14章が語根の語源、終わり2章が接頭辞、接尾辞の語源を取り扱っています。説明を読むと英語の語根の語源の多くがラテン語、ギリシャ語にあり、一部フランス語ということや、その語源の意味が生きている単語が多いことがわかります。しかし、同時に、語源の由来から意味が変遷して元の意味とかなり違っている単語も多く、また語根や接頭辞も同じ綴りで語源が違う複数のものがあったりすることもわかります。例えば dismal (陰鬱な、憂鬱な)なんて、ぱっと見には接頭辞の dis (否定、分離)と思いますから、悪くないって意味のはずなのに、と思っていたら、dis は日を意味する語根で(131ページ)、悪い日という意味から陰鬱なになるとか、勉強にはなります。列挙されている単語例や、さらには本文で解説されている語源からの意味でさえ、どうしてこの語源でこういう意味になるんだと疑問に思うものが相当あります。ですから、こういう形で語根や接頭辞・接尾辞の語源を押さえれば、それで英単語の意味がわかるかというと、同じ綴りで違う語源だったり、意味が変遷していたりで、見当はずれな意味に解してしまう恐れが結構ある気がします。語源から英単語の意味を推測するためよりも、知っている単語の語源を学ぶことで言葉の変遷を学ぶという方向で知的好奇心を満たすというのが、正しい使い方かなと思いました。

03.小さな大国ルクセンブルグ 建部和仁 かまくら春秋社
 面積は神奈川県程度、人口約50万人の小国でありながら、EUで相当な発言力を確保し1人あたりGDP世界一というルクセンブルクの政治や社会のシステムと歴史を解説した本。著者は元駐ルクセンブルク日本大使。ドイツとフランスという大国の狭間で占領を受け翻弄されてきたルクセンブルクが生き残るために平和と欧州統合に向けて積極的に発言し続けることは必然ではありますが、その中で得たマルチリンガルな国民の能力と小国故の迅速な意志決定が武器となっていることは興味深いところです。経済力も鉄鋼資源を活かした製鉄主体の産業構成からヨーロッパの中央に位置し通貨がベルギーフランと連動していたために独自の通貨政策を要しないという中立性を活かして短期間に金融センターとしての発展を勝ち取ったことなど、小国の発展のモデルとして注目に値します。比較的低い税率や移民政策も含めた自由主義的な政策と政労使協議による協調的な労使関係をベースに発展を勝ち得ていることは、保守側の人たちにとっての希望の星という性格を持つわけですが。それを置いても小国故の職住近接なども含め生活面での豊かさはうらやましく、学ぶ点の多いところです。

02.「結果を出す人」はノートに何を書いているのか 実践編 美崎栄一郎 Nanaブックス
 仕事や思考、経験の蓄積のためのツールとしてのノートの活用法をインタビュー形式で説明紹介した本。タイトルにある「何を書いているのか」よりも、ノートの取り方の工夫、ノートそのものや筆記用具、付箋も含めたツールの使い方の方に重点が置かれています。自分の仕事をビジュアル化したものをノートの表紙に貼っておいて、相手に関心を持たせて商談への導線とするとか、ノートやクリアファイルは高級なものを使うことでビジネスの相手への印象をよくするとか、ビジネスアドバイスとしてはわかりますが、ノート術じゃないでしょ、それ。終わった仕事のチェックはグレーのラインマーカーでとか、付箋の使い方とかそういう指摘の方が参考になりました。何を書くか自体は、ノートのビジュアルが見開き2ページだけで、インタビューもそこにあまり重点が置かれていないので、深められてなくて、いろいろなノートの使い方、余白の取り方とかがあるんだなという程度でした。この種のビジネス書は、1つでも自分が使えそうなネタがあればいいものですから、そういう意味ではぱらぱら眺めるにはいいかと思います。

01.エミリーの記憶喪失ワンダーランド ロブ・リーガー 理論社
 田舎町ブラックロックの公園に現れた記憶をなくした13歳の少女エミリーが、度々いたずらなどで警官に罰金の違反切符を切られたりしながら、記憶喪失の謎を追い、自分の祖母の宿敵と戦うというストーリーのミステリー小説。元々はキャラクターが先に作られ、そのキャラクターを使った絵本ができ、日本ではその絵本を宇多田ヒカルが翻訳したことで売れたものが、改めて小説化されたというもの。イラストのエミリー自身、意志の強そうな目と口が印象的なキャラで、それを反映して小説でもエミリーはとてもたくましい。記憶喪失状態で無一文で公園にいながら怖じ気づくこともなく、すぐにカフェでバイトをしながら、そのカフェの横に段ボールハウスを作って生活し始めます。そして冷静で観察力、洞察力があり、メカにめちゃくちゃ強い。ストーリーは、アドヴェンチャー系のミステリーとして悪くはないけどすごくいいというほどでもないまぁまぁのできだと思いますけど、エミリーに加えて好奇心満々の行動的なお友達のモリー、ブラックロックの創始者エマ・ル・ストランドらの元気な女性キャラの魅力で読ませています。
 女の子が楽しく読める読書ガイドでも紹介しています。

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