私の読書日記  2010年1月

28.シュガー&スパイス 野中柊 角川書店
 古ぼけたマンションの最上階にある知る人ぞ知るフランス菓子の名店「パティスリー・ルージュ」を舞台に見習い職人永井晴香が凄腕のシェフ・パティシエの柳原雅也に寄せる憧れと恋心を描いた短編連作。パリで若くして才能を発揮しアンファン・テリブル(恐るべき子ども)と賞賛されたが表舞台を去り、妻子ある映画監督と恋に落ちてシングルマザーとなっていた女優坂崎紅子に拾われて愛人関係になり、帰国して紅子の出資で店を開いた柳原は、紅子との関係を持ち続け、見習い職員の晴香には手の届かない憧れの人だったが、紅子にかつての愛人で今は妻と離婚して独身となった映画監督から映画主演のオファーがあり、紅子と柳原の関係は微妙になるという展開。他方晴香の方も、もともと同級生の彼がいて、柳原に憧れ、しかし同じ見習い職人の同僚近藤君にもキスを仕掛けと、迷い道。そんな2人を紅子のヘアデザイナーのゲイ「マシュマロ」が無責任にけしかけたりといった感じで進めていきます。それぞれがある面でしたたかである面で純情なキャラたちが見せる人間関係の機微が読みどころです。

27.純情エレジー 豊島ミホ 新潮社
 婚姻外で割と簡単にHしちゃう女と寄り添う男のまっすぐに幸せになれない関係を描いた短編恋愛小説集。2年あまりのうちの短編を集めたもので、2話目の「あなたを沈める海」と6話目の「避行」が同じ話の女側からの語りと男側からの語りで対になっている他は関連はありません。強いて共通点を挙げると、女が割と簡単にHしちゃう都合のいい女なんだけど、女の方もそれを楽しんでいて男の方もドライに利用するのではなく切なく思っていて、まっすぐな幸せには向かえないけど、しかし不幸というわけでもなく、どこか切ない思いが残るといった感じでしょうか。セックスシーンは多いんですが、官能小説というよりは、恋愛小説というか胸の方で感じる読み物だと思います。

26.だむかん 柄澤昌幸 筑摩書房
 豪雨・洪水の際に緊急放水してダムを守るために長期間宿直勤務するダム管理事務所の労働者の鬱屈とプロ意識などを描いた小説。緊急時のために必要ではあるが日常的には業務がなく無駄飯食いと低く見られる労働者たち、ダム管理事務所をオジ捨て山と軽蔑し勤務時間中も遊んでいる役立たずと見る本部の職員たち、ダム管理事務所を廃止するわけにはいかないがコスト削減のために労働者を減らしたい電力会社幹部の関係を描きながら、本部から派遣された職員がダム管理事務所ではお荷物になり次第に考えを変えていき、洪水の場面では力を合わせてようやく対処する姿を描くことで、効率重視のトレンドの中で削減されていく保安労働の意味を考えさせるようになっています。豪雨の際の放水を1999年の玄倉川ダム水難事故をモデルにして書いていて、そこは水死したキャンパーのわがまま・自己責任というマスコミ側、そして電力会社側の視点だけで書かれています。多数の人が死んだ事故をダム管理事務所の業務を正当化して死者を非難するために使うことには後味の悪さを感じました。この作品のテーマからは現実の事故をモデルとして書く必要もなかったように思えるのですが。

25.明日、アリゼの浜辺で 秦建日子 新潮社
 地道に会社勤めを続けたが退職勧奨を受ける山口彰男、大学時代司法試験受験サークルの希望の星だった先輩と結婚寸前までいったがドロップアウトした彼に失望し銀行に勤めて別の男と結婚した木戸文枝、軽薄なケータイ小説家に弄ばれつつあきらめられない愛子、ニューカレドニアで友人と共同出資でダイビングショップを開く仁多俊夫、怒鳴り散らしながらも有能な脚本家を世に出したいプロデューサーの倉木丈彦らが、交錯しながら織りなす群像劇。目次から短編集とは見えず、最後には書き下ろしと書いているのに、第2話を読む頃には短編連作かと思い、第3話を読み始めると登場人物の関連さえ断ちきられて短編連作でさえなく「ニューカレドニア」がキーワードとなる短編集かと思い、話が違うじゃないかとぶん投げたくなりました。しかし、第4話でこれまでの登場人物がニューカレドニアに集合し始め、最後には1つの話としてまとまります。そういうの、巧みというべきなんでしょうけど、通しの主人公がおらずメインストーリーがない群像劇なので、まぁ収まるところに収まったなという程度の感慨しか持てませんでした。ニューカレドニアは爽やかでのんびりして気持ちいいぞ、ウジウジしないでやりたいことやろうよって、そういうテーマは読み取れますが。

24.かけら 青山七恵 新潮社
 日頃父親と関わらず関心もない大学生の娘が意に反して父親と2人で日帰りバス旅行をするハメになりその機会に父親を見直し親しみを感じるという表題作、婚約者と結婚話を勧めながら別れた後も同じマンションに住み続ける元カノをことあるごとに思い出して婚約者と比べる未練男の後ろ髪話の「欅の部屋」、沖縄から東京の大学の下見に来た従妹に馴染めず苛立つ自分と馴染む夫の距離感を描く「山猫」の3つを並べた短編集。3編とも身近な人間関係の間合いや違和感を、特段の事件も大きな展開もなく淡々と描いています。口数も少なくお人好しで男としての魅力を感じさせない父親が、何となく邪険にされていた娘から見直されるという表題作は、川端康成文学賞の最年少受賞作だとか。あまり華を感じさせない作品ですが、選考委員が娘に見直されたい父親たちで、テーマがその琴線に触れたとかいうことじゃ、ないんでしょうねぇ。

23.永遠のかけら 高瀬ちひろ 講談社
 大学の同級生だった男杉生とルームシェアしながら杉生の親戚の未知子のところで家事手伝いのバイトを始めた24歳女希之果が、かつて仲良かった2歳年上の従兄晃の残像を追い求めつつ、何人かの恋人と付き合ってみたものの強く好きと感じられず、杉生とも微妙な距離感を保ちながら、人を好きになるとは・・・と模索する青春小説。恋多き母と妻子ある男との間に生まれ祖母の元で育ち、その後も奔放に生きる母とは馴染めず、近くにいながら母と別居して暮らす希之果。仲のよかった従兄に自らキスしつつ相手がその先へ進もうとしたところで逃げた経験とその後その従兄が年上の女と駆け落ちして消えたショックが尾を引き、従兄へのこだわりと「本当の」愛への憧れと渇望を持つ希之果。そういう設定の主人公が、自分は人を強く好きになることができないと感じ、信じ、思いこみつつ、シングルマザーとなる道を選びながら相手に愛されたかったのに愛されなかったというコンプレックスから乳児に愛を注ぐよりも自分が愛されることを求めそれがかなわないことに苛立つ未知子を間近に見、その未知子が乳児とのコミュニケーションを経て変わっていく姿を見て、自分がこもってしまった心の殻を溶かしてゆく、そういう流れがメインテーマになっています。人を好きになるとはどういうことかを、繰り返し問いつつ、その結果として希之果自身が変わることで先が見えるような、あるいはラブストーリーの結果自体はどうとでもなるような、そういうラストに爽やかさを感じました。

22.追憶の雨の日々 浅倉卓弥 宝島社
 29歳司法書士の川村祐司が、上司から紹介されたコールガールクラブを利用した際に派遣されてきた中学の同窓生平野佳織と再会し、それを機に佳織は祐司のマンションに転がり込み、中学生の頃の延長のように同棲生活が始まるが・・・という設定の青春小説。仕事に停滞感・倦怠感を覚える祐司と、その中身は語られないものの当然に辛い過去を背負ってきたはずの佳織が、楽しかった中学生時代の続きのようにままごとのような同棲生活を続けるその喜び微笑ましい日々の描写が続きます。作者は私より6つ年下で40代半ばにさしかかったところ。中年になると幼い頃や青春時代をともに過ごした人とまったりと過ごす時間に安らぎを感じ、またそれに憧れを感じます。そういうニーズに乗っかった作品かなと思いますが、中年おじさんとしてはそれでも注文通りにスムーズに入り込んでしまいます。登場人物の設定には29歳でノスタルジーに浸らせるかなという思いもありますが。小説としては、最初から結末をほのめかし続け、その結果として結末がどうなるかではなく、佳織の過去がいつ明らかになりいつ2人の甘い同棲に破局が訪れるかに関心が向いてしまいます。それを終わり間際まで先送りし続けるのは、ノスタルジーに浸る中年読者層へのサービスかなとまで感じてしまいましたが、結局佳織の過去は明らかにされないままに結末を迎えます。う〜ん、これだけ引っ張った挙げ句にこうなると、結局巧い設定を考えつかなかったのかなと感じてしまいます。ただ、最初から破滅の匂いを漂わせ、予定された破局を迎えるのは、幸せだった青春時代に帰り着けるなんて思うのはしょせん夢だよ、幻想だよというメッセージなのでしょう。小説を読み終えたら、待っているのは、変わらぬ現実。でも、祐司にとっては、実は都合のいい結末だったんじゃないの、だからこそ今ノスタルジーとともに振り返ってられるんじゃ・・・とも読めますけどね。

21.外務省ハレンチ物語 佐藤優 徳間書店
 元外務省主任分析官が小説形式で、外遊でハメを外した国会議員の事件もみ消しや外務省職員の下半身スキャンダルや「報償費」を使っての私的な飲み食いや不正蓄財、重要人物の弱みを握るためのソ連・ロシアの情報部や外務省の活動などを解説した本。ノンフィクションではないと断ってはあるものの、いかにも見え見えの仮名の上に、念を押すように誰がモデルかくどいくらいほのめかしています。さすが「アサ芸」連載といったところでしょうか。「アサ芸」連載のためでしょうけど、内容的には、下半身ネタが中心で、外交官が研修生や家事補充員の女性を職権濫用したり飲酒酩酊させてお手つきにする描写はかなりえぐい。そのあたりと不正蓄財の手口が、力を入れて書いてある感じで興味深いですが、私はどちらかというと外務省も含めた情報機関が政治家や新聞記者の弱みを握り意のままに動かすための陰謀の方に関心を持ちました。書き下ろしの3本目がエピソードがダブってちょっとネタ詰まりかなとも感じますが、読み物としては大変楽しく読めました。仕事がら、訴訟対策は大丈夫かいと思ってしまいますが。

20.ハリウッドスター、撮影開始! ジェン・キャロニタ 小学館
 「転校生は、ハリウッドスター」の続編。前作のラストで大物監督の新作映画への出演が決まったケイトリンですが、その映画にかつてケイトリンを売名に利用して振った元彼のドルーが共演し、さらにはまたしてもライバルのスカイも出演することになり、大混乱。その3人と周囲の人々の思惑が交錯してストーリーが展開していきます。ライバルのスカイがケイトリンを攻撃し続けるのは前作通りですが、これに売名の思惑からか強引によりを戻そうとするドルー、映画の宣伝のためにケイトリンとドルーの熱愛報道を流させようとする宣伝部長の指示が加わってケイトリンの恋人オースティンが心をかき乱され、板挟みになったケイトリンが悩みもだえるというパターンです。前作では、スカイとローリ以外は基本的にいい人という設定でしたが、今回は打算的で強引なドルー、利益第一の宣伝部長など、読者の反感を買う登場人物が増え、ちょっといらつくシーンが増えます。それでも基本は前作同様の軽いテイストを味わうのが正解でしょう。パターンが決まっているところに新しい登場人物を入れてかき乱すというおなじみのパターンで、流れから想定される続編でも同様の新たな登場人物が予告されています。原書はこれまでに4巻まで出ているそうですが、そういうパターンで続きそうです。

19.転校生は、ハリウッドスター ジェン・キャロニタ 小学館
 大ヒットしているテレビドラマシリーズ「ファミリー・アフェア」の主役の双子姉妹の妹役女優ケイトリン・バーグが、撮影のオフ・シーズンに休暇をかねて普通の高校に通いたいと言いだし、親友リズが通う高校に変装して偽名で転入生として通い、そこでラクロス部キャプテンのオースティンに恋心を抱くが、実は仲が悪い姉役のスカイ・マッケンジーがケイトリンの秘密をかぎつけ大騒ぎにというストーリーの青春ラブコメ。今どきの16歳にして「スター・ウォーズ」オタクという点を除けば、普通のむしろ普通よりまじめそうな人柄のケイトリンが、様々なトラブルに対処し乗り越えていく様子が読みどころだと思います。絵に描いたような少女漫画の悪役タイプのライバル・スカイや、高校での同じ役回りのローリとか、パターンにはまりすぎてますし、オースティンとの関係も純情すぎてちょっと優等生すぎる感じはしますが、あまり気にしないで読めれば危なげなく楽しめる軽いタッチの読み物です。

18.あの子の考えることは変 本谷有希子 講談社
 セフレと断言されている27歳脚本家をイギリスに行っているという彼女から引き離して独占するために太らせ見栄えを悪くする「モンスター計画」を進めるジェラート屋のバイト23歳Gカップ女巡谷と、同居する自臭恐怖癖のあるしかし実際不潔な引きこもりの23歳処女日田が、変化を期待しつつもがく様子を描いた青春小説。前半では日田の変人ぶりが強調され、普通の女と描かれていた語り手の巡谷が、後半になるとときおり過敏になりパニックを起こし、この子の考えることも変になる転換が少し巧み。ただ杉並清掃工場の煙突から出るダイオキシンを吸い続けることである日突然「発症する」ことに自分の変化を期待するという設定は、中途半端に現実が入り込みせこくもあり、今ひとつ興味を感じにくい。若い女性に清潔で清純なイメージを持ってきたし持たされてきた世代としては、ストレートに不潔で性欲を剥き出しにした23歳処女とか見せつけられると、幻想を壊されるというか辟易するというか、ちょっと考え込んでしまいました。

17.足利事件 松本サリン事件 菅家利和、河野義行 TOブックス
 冤罪事件の当事者(被害者)による対談本。事件の当事者が当時自分が体験した事実や当時の心境を語る部分、とりわけ警察の取調に関する点と家族に辛い思いをさせたことを振り返る部分は切実なものがあり、貴重な語りです。しかし、対談部分は160ページ足らずの上、編集者による補足がその4割程度を占めています。もちろん、補足があった方が読みやすい(なかったら業界関係者以外はわからない)のですが、正味の対談がすごく少ない。その上、自らも事件の被害者であり逮捕されることなく真犯人が判明して警察の謝罪も受け公安委員なども務める人と、一旦は自白し無期懲役の判決を受けて17年間も身柄を拘束され再審中の人の体験は、重ならない部分も多く、その短い対談の多くの部分が事件の当事者としての発言よりも他の冤罪事件の紹介や制度や体制の問題点についての運動家・評論家的な発言に費やされています。そういう解説本なら、本当の運動家に書かせるか弁護士に書かせた方が内容的には深まると思います。内容を掘り下げるよりは、それを冤罪事件の当事者に言わせることで、一種の「権威付け」をして読者の読む気を起こさせようというのが企画の狙いなんでしょうけど、有名な冤罪事件の当事者を組み合わせれば本になるという企画の安易さを感じてしまいます。事件の当事者としての体験を読ませるのならば、きちんと準備したインタビュアーかその事件の弁護人にインタビューさせた方が、踏み込んだものが出てくるでしょう。せっかく事件の当事者に話させるのだからその部分を充実させて欲しかったと私は思います。

13.14.15.16.甘苦上海 T〜W 高樹のぶ子 日本経済新聞出版社
 上海で成功したエステチェーン「Ladies SPA 紅」の経営者早見紅子51歳が、容姿端麗な元新聞記者・現在は翻訳業の石井京39歳に思いつめて貢ぎ、恋の駆け引きを続ける恋愛小説というか官能小説。通勤電車の中で読み続けるのがはばかられるような性的描写が繰り返されています。日本経済新聞の連載小説となると、こうなるものなのでしょうか。昔はこういうの夕刊紙でないと掲載できなかったんじゃないかと思いますが。50代の功成り名を遂げた女性経営者が、かつては腕利きの新聞記者で過去を引きずっているという設定ではあるものの現在は自活能力に乏しく容姿端麗を鼻に掛けて女などいくらでも言うなりになると豪語する高ビーなヒモ男に振り回され自尊心を傷つけられながらも貢ぎ未練がましく追いかけ続ける姿は、かなり見苦しい。私が男だからかもしれませんが、この主人公が惚れ狂う相手の石井京というキャラにほとんど人間としての深みや魅力が感じられないため、ただ容姿端麗な年下男というだけでそんなに価値があるのか、逆に50代女はそこまで卑下し自分を貶めなければならないのかと感じてしまい、共感を得にくいだけにますます見苦しく感じます。恋に落ちた人間はどんなに社会的地位があっても見苦しい愚かなものというテーマは、ありかなとは思います。しかし、このお話が、中高年女性が読む媒体に掲載されていたのなら、反省と共感を込めてそういうテーマとして読まれたのかもしれませんが、日本経済新聞連載となるとそうは感じにくい。女性経営者に反発と妬みを感じる読者層の、成功している女性経営者も女としては愚かな面を持っていると溜飲を下げたいというニーズに媚びているのではと勘ぐってしまいました。日本経済新聞らしく上海経済の動向に言及する場面がときおり登場しますが、それ以外にはチベット問題と農村の貧困問題をほんの上っ面だけなでている程度で、後はひたすら恋愛の濡れ場と嫉妬と見苦しく未練がましい駆け引きが繰り返されています。4巻あたりは私にはかなり惰性でやってる感じがしました。成功した経営者が主人公ですので、特に前半はブランドこだわり表現が頻出しています。私には縁のない世界で、出てくるブランドがどの程度の高級品なのかもわかりませんが、1つだけマネができそうな朝に飲む紅茶のブレンドのこだわりが「トワイニング3スプーン+マリアージュのローズ1スプーン+日東紅茶のミルクティー2スプーン+アッサムティー2スプーン」(1巻103ページ)って。「トワイニング」って言ってもプリンス・オブ・ウェールズなのかクィーン・マリーなのかダージリンなのか(はたまた「オレンジ・ペコ」とか「イングリッシュ・ブレークファーストティ」、それともまさかアール・グレイ?)でだいぶ違ってくると思うんですが、こだわりを見せながらそこが落とされています。こういう書き方されると他の描写も私が知らない世界だからわからないだけで実はいい加減なのかもと思ってしまいます。

12.憂鬱たち 金原ひとみ 文藝春秋
 生活には困っていないうつ状態の女性神田憂が、今日こそは精神科に受診しようとして家を出るが、途中で別のことに関わってしまい精神科に行けないというシチュエーションを共通にした短編連作。すべての作品で「カイズ」という名前の中年男性と「ウツイ」という名前の若い初々しい男性が登場しますが、作品ごとに役割や職業が異なり、統一性・関連性はありません。主人公が被害妄想を持ち、「カイズ」や「ウツイ」に対してあらぬ事を勝手に想像して行くというパターンが多く展開されます。読者を刺激すること自体を目的とするような奇をてらった設定や表現がちょっと鼻につきます。うつの人ってこういう妄想を持つのだろうかというあたりにも、ちょっと疑問を感じました。連作だと思いますが、初出が「群像」、「文學界」、Mixi、「野生時代」とバラバラなのはどういう事情なんでしょう。

11.神々の午睡 あさのあつこ 学研パブリッシング
 大神クォリクルミテが君臨し160人の妻との間に384人の子をなし、大神の子は「クウ」と呼ばれ大神の意志により何かを司る神に選ばれたり選ばれなかったりするという世界での、神々と「クウ」と人間の織りなす物語の短編連作。絶対神の気まぐれで好色・絶倫ぶりと神々も人間と同じように失敗するというあたりの設定はギリシャ神話的で、しかし神々の心情が柔らかく人間的なあたりと舞台設定はアジア的です。大神を設定しながら、その大神が力を振るう場面は登場せず、雨の神シムチャッカ、死の神グドミアノ、沼の神フィモット、音楽の神ラマリリア、戦の神テレペウト、風の神ピチュと何人かの人間たちで話が進んでいきます。そのため神々の話でも厳しく非情な展開は少なく共感しやすいファンタジーになっています。短編同士のストーリーは無関係ですが、登場する神々の関係に少し流れがあり、死の神グドミアノは気に入ったのか「盗賊たちの晩餐」以外のすべてに登場します。通して一つの物語とは読みにくいので、散漫な感じが残りますが、じんわりとした味わいを感じます。

10.証拠収集実務マニュアル 改訂版 東京弁護士会法友全期会民事訴訟実務研究会編 ぎょうせい
 民事裁判で使う証拠の入手方法等について検討解説した本。公的な登記・証明書類や法令、裁判記録などの調査・入手に関する基本編と、各種の裁判パターンごとに解説した実践編からなっています。実践編では各種の裁判ごとに裁判手続や主張すべき事実の説明、その立証のために提出すべき証拠、その証拠書類の入手・作成方法が解説されています。全般的に言えば、弁護士にとって自分があまり経験のない分野では勉強になり興味深いですが、自分が多数経験している分野では物足りないし実務感覚とフィットしない部分もあります。多数の弁護士の分担執筆のため、証拠の入手についての実務的な配慮が行き届き新しい知識にも目配りされているできのいい役に立つ部分もあれば、抽象的な説明や条文・規則の説明に終始して肝心の証拠入手の具体的な記載が見られない部分もあり、ムラが大きいのが気になります。でも自分の知識のムラをならす意味で、弁護士にとっては読んでおいて損はない本だと思います。弁護士以外の読者は、たぶん想定していないでしょうし、読み通すのはかなり難しいでしょうね。

09.ヴァンパイレーツ 5 さまよえる魂 ジャスティン・ソンパー 岩崎書店
 海賊船(ディアブロ号)と吸血海賊船ヴァンパイレーツ(ノクターン号)とそれらに命を救われた双子の兄弟コナーとグレースの運命で展開するファンタジー。5巻では一旦は合流したが再度別の道を歩み始めたコナーとグレースが、コナーは4巻で弟をヴァンパイアに襲われて失ったモロッコ・レイス船長がそれをきっかけに長らく仲違いしていた別の弟バーバッロ・レイスと再会してともに新たな襲撃を計画するがバーバッロの妻トロフィーや息子のムーンシャインの冷淡な態度に不信感を持ち続け、しかもヴァンパイアになって生き返ったジェズがコナーの元に戻り、グレースはローカンの目を治すためにヴァンパイレーツのサンクチュアリを訪れそこで導師モッシュ・ズーに不思議な力を見出されという展開です。コナーの方は危機また危機、グレースの方はヴァンパイレーツと船長・導師の謎への接近といった展開が今後予想されます。日本語版5巻と6巻が原作では1冊で、5巻は2009年12月発行で6巻は2010年4月刊行予定。これまで同様、1冊の原作の途中で放り出される5巻は「つづく」で終わり、6巻でようやく落ちつくということになるのでしょう。でも、6巻が出る頃には5巻の内容は忘れてるでしょうね。前にも言いましたが、原作で1冊のものを分冊にするにしても、せめて同時に出して欲しいものです。
 1巻〜3巻は2009年6月に紹介、4巻は2009年9月に紹介

08.新版 大学生のためのレポート・論文術 小笠原喜康 講談社現代新書
 大学生向けのレポートと卒業論文の書き方のマニュアル。この本では論文の書式や文献の引用表記などの形式面の決まりを重視している。卒業論文もテーマよりまずスケジュールを決める、章立てと各章の枚数を先に決めるといいという。段落は1ページあたり5つか6つがいいと繰り返されている。このように、形から入るのが、この本の特徴である。「文章をわかりやすくする原則はただ一つである。それは、/一文を短くする。/たったこれだけである」(ゴシック体原著、小笠原、2009、p. 197)というこの言い切りがすごい。「」内の最後に句点をつけたり、算用数字やアルファベットを全角文字にするのは「間違い」だという(同上、p. 24)。マニュアル世代に迷いを与えないためには言い切る必要があるのだろうが、やり過ぎの感もある。「よい論文かどうかは、題名と最初の三〜五行を読めばわかる」(ゴシック体原著、同上、p. 171)は、裁判用の書類にも当てはまりそう。心しておきます。現実にはそういう書き方は難しいのですが。

07.ボーダー&レス 藤代泉 河出書房新社
 飛び抜けて楽な部署ということで労務管理を担当する何ごとにも熱中できないいい加減社員の江口理倫が、同期の韓国籍のスマートな在日青年趙成佑との交遊を通じて、自分と成佑、日本人と在日韓国人、などの溝・一線に直面する様子を描いた小説。主人公は、女性との関係も惰性と責任回避だけで過ごしていき、大学時代の恋人とは、自分だけ北海道から東京に出て連絡もせず会うことも避けて当然の結果としてメールで別れを切り出されながらそうしたら不満に思い、フットサル仲間の独身女性には何の感情もないといって泊まりながら結局やりたくなって肉体関係を結び、気持ちよかったからとセックスだけの関係を続けたけど、相手が「しまった。情がわいた」とつぶやくのを聞くや逃げ始め、相手に「セックスだけの関係でいい」とまで言われても会うことすら避け、やはり当然の結果として「やり逃げかよ」とメールで言われ「普通に生きてるだけなのに、なんだかいっつも悪者な気が。」(103ページ)とか言ってます。どこが「普通に生きてるだけ」なんだか、普通、そこまで冷たく無責任にはなれんでしょ。そういう何ごとにもいい加減な半端な無責任男江口が、なぜか成佑との関係では、避け続けてきた在日韓国人をめぐる問題を突きつけられると、無知無責任なりにも向き合おうとして行く、そういうわずかながらの成長を見せるところと、在日韓国人の心情と友情を描いたところに読みどころがあるというところでしょうね。芥川賞候補作となりましたが、「候補」で終わりましたね。

06.命の灯を消さないで 死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90編 インパクト出版会
 確定死刑囚に対して行ったアンケートへの回答を紹介した本。2008年7月に当時の確定死刑囚105人に対して、郵便のやりとりが可能な家族経由または福島瑞穂事務所から国政調査権の一環としてアンケートを送付してそれに対して返送された77人からの回答を、死刑確定日の早い順に並べて紹介しています。無実を主張するもの、被害者・遺族への謝罪を述べるもの様々で、法制度についての誤解に基づくと思われるものも散見されますが、それぞれの死刑囚が様々な思いを持つことが実感されます。死刑を執行するなら拘置所の職員に行わせるのではなく法務大臣や死刑判決を言い渡した裁判官が立ち会いボタンを押すべきだという意見が多数あるのも、死刑囚がそういう心情を持つことにいろいろと考えさせられます。少しでも人の役に立ちたいと、死刑執行後の臓器提供を希望する死刑囚が何人かいることにも考えさせられました。死刑執行の発表によって死刑囚の家族に迷惑かがかかるからやめて欲しいという、現在のマスコミ報道と犯罪に対して極端に厳しい「世論」を反映した結果的に以前の法務省の死刑執行を秘密にする姿勢を正当化する意見も、意外に多数寄せられています。拘禁され全文検閲されていることからすると、当局側に遠慮して回答内容にバイアスがかかっているのではないかという問題はありますが、そしてまた内容的に共感できないもの・不愉快なものは当然にありますが、死刑囚が現実に持つ思いを知ることができる貴重な資料です。

05.らいほうさんの場所 東直子 文藝春秋
 インターネットで「シスリー姉さんの生まれ月別運勢占い」サイトを運営する世話焼きの長女志津と、姉のお節介をうっとうしいと思う市民センター勤めのバツイチの次女真奈美、体は大きいが精神未発達のガテン系アルバイターの弟俊の3人兄弟が、両親の残したマンションで同居する日々を描いた小説。平穏な日々の中で潜在化していたそれぞれの不安と不満が、志津の昔の占い客の来訪や俊の職場での諍いと家庭内での暴走を契機に、兄弟間の関係にひび割れを起こして行く様子、そして一種の諦めと開き直りで乗り切り、また新たな平穏な日々へと続いて行く様子が描かれています。家族、兄弟にありがちな葛藤、不満と折り合いのつけ方が読ませどころでしょう。タイトルの「らいほうさんの場所」は、マンションの専用庭の志津と俊が花を植えている一角で、冒頭から謎めいた言及がされ続けますが、最後まで明確な説明はありません。終盤での言及がややホラーっぽくなっていますけど。そのあたり、納得できるか、ずっと意味ありげに関心を持たせておいて何だと欲求不満を感じるか。本のストーリーと関係ないですが、志津が行う個別メール相談。私が電子メールでの相談をお断りしている理由でもあるのですが、相談者からの電子メールだけ読んでも、回答する側には必ずこの点はどうなってるんだろと疑問に思う点が多数出てきます。志津もそう思いながら、そこは勝手に想像してかつ当たり障りのない回答を書いていきます。占いだからそういう対応もできるんでしょうけど、法律相談だったらそれは無理というか、そういう回答じゃ相談になってない。回答する側も大変だと思いますし、こういういい加減なものにお金を払う気になる人が少なからずいるっていうことにも驚きます。

04.向日葵とRose−Noir 鏡征爾 講談社BOX
 元彼の似姿のマネキンを作り続ける姉レイカに毎夜抱擁される生活を送る尊大で反抗的な態度の16歳高校1年生佐藤守が、同級生の高ビーな美少女雛見雛と親しくなり肉体関係を持つがラリっているうちに雛が死んでしまい死体を隠蔽して何食わぬ顔で放浪し日常に戻る空想・妄想小説。主人公の自己認識は、授業は一切聞かずしかし成績は超優秀、髪を金髪に染め容姿端麗、しかし趣味はウサギの監禁で特技はクレーンゲームのぬいぐるみゲット、読む側から見れば身勝手で誇大妄想を持つオタクというところ。この主人公が、向精神薬でラリったりしながら、姉との怪しげな関係や同級生の美少女と肉体関係を持った末に死体処理と隠蔽・逃走を図るという展開ですから、全体として現実感は希薄です。主人公の行動も、自分のしたことも他人事の感覚で責任感などまるで感じられず、責任回避と自暴自棄の間を行き来するだけで、責任を回避できると見れば隠蔽と忘却へと流れていきます。かつての吾妻ひでおの漫画の世界を、ギャグとしてではなく小説化したような感じがします。こういう語り自体がギャグとして読むべきなのかもしれませんが、私にはそういう読み方ができず、世代のギャップを感じます。

03.悪いことはしていない 永井するみ 毎日新聞社
 社交的でなく地味目の性格で飾り気のない26歳事務職の真野穂波が、美形で社交的で女の子っぽい同僚坂東亜衣やスポーツクラブで知り合った落ちついた40歳女性麻生潤、ワーカホリックのできる上司山之辺、体育会系の先輩営業職幸田らに囲まれながら、仕事上や人間関係での悩みを感じ乗り切っていく姿を描いたお仕事・友情小説。穂波が大手企業の営業アシスタントとして仕事にやりがいを感じ山之辺に引きづられながらワーカホリック気味に仕事にのめり込む「ピスタチオ・グリーン」と、独立した山之辺のベンチャー企業に付いていき予想外の業務に意欲を失い惰性的に指示に従って仕事をこなす「デビル・ブラック」の2本立てになっています。1作目の後半でそれまで亜衣の社交的な面や女らしさにコンプレックスを持っていた穂波と亜衣の関係が大きく変化し、同時に穂波には憧れの存在だった潤も素性が明らかになり、2作目では山之辺も変化し・・・と、穂波のまわりの人物像が変化していくあたりが巧い見せ方かなと思います。その中でも穂波の亜衣への友情が軸になるところが、腐れ縁っていう感じもするけど、和みます。1作目、2作目ともにミステリーっぽい部分がありますが、その部分は、ちょっと作りすぎの感じもします。1作目の方は展開が見えてしまうし、2作目の方は読めませんけど真相がわかってもスッキリしない感じですし。私は、ミステリーとしてではなく、穂波の仕事と亜衣への思いを描いた小説として味わう作品だと思います。

02.Q&Aこれで安心! 改正特定商取引法のすべて[第2版] 村千鶴子 中央経済社
 訪問販売・通信販売・電話勧誘販売・連鎖販売取引(マルチ商法)・特定継続的役務提供取引(エステ・外国語会話教室・学習塾・家庭教師派遣・パソコン教室・結婚相手紹介)・業務提供誘引販売取引(内職・モニター商法)を規制する消費者保護法「特定商取引に関する法律」の解説本。規制対象商品・サービスの限定の撤廃、次々販売の規制、通信販売での返品原則可能化等を決めた2008年の法改正(2009年12月1日施行)を含めて、法規制の内容をQ&A形式で解説しています。法律の条文の意味内容については手際よく説明されています。本文ではクーリング・オフによる解除を積極的に呼びかけ、契約文書や広告の内容に問題がある業者とは取引しないよう呼びかけるなど、消費者個人向けを意識しているようです。しかし、最初の方の訪問販売ではやや具体的な例を出して解説されていますがそれ以外の部分は具体的なケースに乏しく抽象的な条文の解説に終始している感じで、法律の言葉や概念が説明抜きに使われる部分も割とあり、一般の消費者の読者が読み通すにはちょっときついように思えます。この種のものを読み慣れているか、業務の必要に迫られて読む人、つまり消費者相談員とか法規制に対応する必要のある業者側の担当者向きかなという気がしました。

01.賢い皮膚 傳田光洋 ちくま新書
 皮膚のしくみについての入門書。皮膚については、皮膚の病気と治療法の研究は進んでいるが、健康な皮膚の機能についての研究者は少なく、著者のような企業の研究員と他の分野の研究者が関心を持っているという嘆きを交えながら、皮膚の機能についてわかったことを説明するというスタンスです。5感の作用のうち皮膚感覚(触覚)については、ほとんどわかっていないそうです。温度を感じるタンパク質装置が発見されたのは1997年、その後痛みを感知するタンパク質がいくつか発見されたが痒みについてはまだ想像の域を出ない(118〜119ページ、130〜134ページ)とか。表皮の細胞ケラチノサイトには痛みや温度の受容体、さらには光を感じるタンパク質なども発見され、表皮が様々な知覚に関与している可能性があるという指摘は刺激的です。皮膚が傷つけられたときの回復速度は、皮膚から蒸散する水分量や電位差(マグネシウムイオン等の分布)によって変わり、皮膚はこれらをモニターしながら回復させる程度を決めているというのも興味深いところです。冬の寒さは緩和されてきたのに冬の皮膚科外来受診者数は増えているそうで、それは低湿度では肌荒れが生じやすいところ皮膚は環境変化に応じてバリア機能を対応させることができるがその対応には数日はかかるのに、日本の都市の環境湿度は都市化(コンクリート化)により劇的に低くなり他方家屋の機密性が飛躍的に向上して室内の湿度は高くなって1日の湿度変化の急変動に皮膚のバリア機能が対応できなくなって破綻するためではないかとされています。マッサージやツボの再評価とかも含め、まだわからないことがとても多いという意味でも、いろいろ考えさせられる本でした。民間研究所の研究員という著者の立場を反映してか、ちょっとやっかみとか金儲け志向の表現が気になるのが残念ですが。

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