刑事事件の話
まだ最高裁がある?(刑事事件編)
 高等裁判所の判決にも不満がある場合、最高裁判所に上告をする道はあります。
 事件についての有罪無罪や刑罰を判断した判決以外の「決定」、例えば勾留や保釈についての決定とか裁判官忌避に対する決定などに対しては「抗告(こうこく)」という形で不服の申立をしますが、この抗告審の決定に対する不服申立は最高裁に対して「特別抗告」をすることになります。刑事事件の場合、少年事件の審判や再審請求事件での再審開始・不開始という事件そのものについての裁判も「決定」で行われますから、意外に「抗告」「特別抗告」の出番が多くなります。

  上告理由:上告等ができる場合

 刑事事件の場合、上告理由は憲法違反と最高裁判例に反すること(最高裁判例がないときは高裁判例)です。
 ただ、刑事事件の場合、上告審は上告理由(憲法違反、判例違反)がなくても判決に影響を及ぼすような法令違反、著しい量刑不当、判決に影響を及ぼすような重大な事実誤認等がある場合は控訴審判決を取り消すことができます(業界用語では「職権破棄事由(しょっけんはきじゆう)」と呼んでいます)ので、大抵それも主張することになります(実際にはそちらに重点が置かれることが多いです)。
 刑事事件でも民事と同様に上告受理申立の制度があり、上告受理理由は法令解釈に関する重要な事項を含むことです。上告受理申立は、理由があれば必ず受理されるわけではなく、最高裁が受理するかどうかを自由に決められることになっています。要するに最高裁が、判断したいと思えば受理するし、そうでなければ受理しないということです。

  上告の手続

 上告も上告受理申立も、控訴審の判決から(刑事裁判では判決言い渡しから)2週間以内に行わなければなりません。上告状、上告受理申立書は書類上の宛先は「最高裁判所刑事部御中」と書きますが、提出先は控訴審裁判所(高等裁判所)です。上告状や上告受理申立書には、上告・上告受理申立の理由を書く必要はなく、普通は書きません。
 刑事裁判では、上告と上告受理申立で扱いが異なります。刑事事件の場合、上告理由を書いた書面は「上告趣意書(じょうこくしゅいしょ)」といいます。上告趣意書は、上告審裁判所に記録が届いた後に上告審裁判所が提出期限を定めます。提出期限は法律や規則では決まっていなくて、事件ごとに定められ、交渉の余地があります。上告受理申立の場合は、控訴審判決の謄本が渡されてから14日以内に上告受理申立理由書を提出する必要があり、これに遅れると、民事裁判の場合と同様却下になります。

  特別抗告

 特別抗告は、憲法違反と判例違反の場合にだけできます。
 特別抗告の期間は5日間で、特別抗告の理由も申立書に書かなければなりません。つまり、すべてを5日間で書ききらなければなりません。これは、特に少年事件の審判や再審請求事件のような事件そのものについての判断が問題になっているようなケースでは、ものすごく大変です。

  最高裁での審理の実情

 最高裁は、日本に1つしかなく、3つの部(小法廷)に分かれていますが、3つの部15人の裁判官ですべての事件を担当します。そこに年間数千件の上告・上告受理申立、特別抗告等がなされるわけです。
 最高裁では、上告を棄却する(控訴審判決通り。上告した側の全面敗訴)ときには、弁論(公判期日)を開く必要がありません。もちろん、上告を棄却する場合でも最高裁側で弁論を開くのは自由ですが、忙しい最高裁としては、法律上必要でないときに弁論を開くことはまずありません。ただし、例外として、刑事事件で控訴審判決が死刑の事件だけは、控訴審判決通りに上告棄却(つまり死刑)の場合でも慣例として弁論を開いています。
 ですから、最高裁の場合、死刑判決の場合を除けば、弁論を開くという指定があれば、控訴審判決は何らかの変更がなされ、弁論が開かれずに判決なり決定が来れば、中身は見るまでもなく上告棄却・上告不受理となります。
 (特別抗告については、弁論を開かずに抗告を認めて原決定を破棄することができますけど)
 そして、最高裁の事件の大半は、弁論が開かれることなく上告棄却・上告不受理となります。上告棄却の判決・決定も大抵理由は書かれておらず(適法な上告理由に該当しないと書かれているだけ)、上告不受理の決定には理由は書かれません。
 但し、その判決・決定がいつ来るかは、弁論が開かれなければ予告されず、時期は予測できません。はっきりいって何でもない事件が何年も寝かされたり、それなりに理由があると考えられる事件でもあっという間に棄却されたりします。
 実際の審理では、上告趣意書をみて調査官(エリート裁判官です)が調査官報告書を提出し、担当裁判長に異論がなければその線で判決・決定が出るといわれています。その意味では、調査官の説得が重要な意味を持ちますが、よほどの事件でなければ調査官は面会に応じてくれません。

  弁論

 最高裁は、刑事事件の場合、死刑事件では弁論を開きますので、死刑事件では弁論の指定があるということは、もうすぐ判決があるということを意味します。もちろん、理屈としては、死刑判決が覆される場合も弁論が開かれるわけですが、現実的にはその可能性はかなり低いです。ですから、普通の事件で上告して弁論が開かれるとなると、それは上告が認められることを意味しますから、喜ばしいわけですが、死刑判決を受けて上告している場合、弁論の指定は、死刑確定が近づいたことを意味します。
 私は、最高裁での弁論は、これまでのところ、あさま山荘事件でやったきりです。内容的には聞かせる弁論をしたつもりですし、裁判官にもそれなりに聞いてもらえたようですが、結論を動かすことはできませんでした(それについて関心がある方は「あさま山荘事件の場合」を見てください)。

  まだ最高裁がある?

 「まだ最高裁がある」という言葉は、八海事件という刑事事件で有名になりました。そして八海事件では、高裁で死刑や無期懲役などの判決を受けた被告人たちが、最高裁で原判決破棄・差し戻しになり、最終的に無罪となりました。
 しかし、最高裁が事実誤認を認めたり実質的には事実誤認を他の理由をつけて救った例は、60年近い最高裁の歴史の中でほんの数えるほどです。また、最高裁に上告される事件の数を考えれば、最高裁が記録を1件1件きちんと検討することを期待するのは現実的ではありません。
 弁護士の感覚としては、まだ最高裁があるというのは、否定はしませんが、過大なニュアンスに聞こえます。

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