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  裁判官の言葉に惑うとき:解雇後の収入は?

ここがポイント 
 裁判官から解雇後の収入を明らかにするよういわれたらそれをどう考えるべきか
 裁判で、弁護士は、担当裁判官が事件をどう見ているか、端的に言えば今判決になったら裁判官はどう書くのか、こちらを勝たせてくれるのかを、常に気にしています。通常は裁判官が自らそれを明言することはなく、和解の際に、暫定的な心証だがと前置きして語ることがあるくらいです。裁判官が自ら示さない場合に、主張や証拠に対する裁判官の言葉や、こちらから投げかけた言葉への反応、態度から裁判官の心証を窺い読み取るのが、弁護士の仕事というか、テクニック・ノウハウでもあります。
 読み取った裁判官の心証を基に、主張立証の補充を考えたり、和解に臨んだりするので、これは重要な作業なのですが、ときにこれに失敗することがあり、そのときは大変な思いをします。

 解雇事件では、通常、労働者側は、解雇が無効であることを理由に、労働者としての権利を有する地位(実質的には賃金の支払いを受けられる地位)の確認(地位確認請求)と、解雇後(判決確定まで)の賃金(判決後に解雇時点まで遡って払うので、「バックペイ」と呼んでいます)の支払いを求めます。解雇後、解雇された労働者は、その使用者の下で働いていない(労務の提供をしていない)のですが、解雇が無効とされた場合にそれでも賃金の支払を(遡って)受けられるのは、民法第536条第2項前段の「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。」という規定が根拠です。労働者の労務提供を求める権利がある(債権者である)使用者が不当解雇(無効な解雇)をしたがために労働者が労務提供という債務を履行できなかったのですから、使用者は労務提供の対価(反対給付)である賃金の支払いを拒むことができないというわけです。
 この民法第536条第1項は、その後段で(先ほどの条文に引き続いて)「この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。」と定めています。解雇によって使用者での就労(勤務)の義務を免れたことによって得た収入、要するに本来の勤務時間に別のところで働いて得た収入は、バックペイの支払いを受ける際に使用者に戻す必要があるということです。その結果、労働者が(解雇前の勤務をしていてもできた副業のような場合を除いて)他社で就労して収入を得ていた場合は、その収入がバックペイから差し引かれることになります。業界用語ではこれを「バックペイからの中間収入控除」といいます。ただし、労働基準法第26条の休業補償の規定との兼ね合いで、バックペイから差し引かれるのは、月例賃金については4割分までとされています(解雇された使用者での月例賃金が月30万円なら、他社で就労して得た賃金が12万円を超えていても、差し引かれるのは12万円までです)。
 解雇後裁判での係争期間中の他社での就労は、このように勝訴した際のバックペイの金額に影響します。また、他社で就労した場合、解雇された使用者(裁判の被告)での就労の意思が失われたとして、それ以降の賃金請求権全体を認めないとか、解雇が無効でも地位確認を認めないという学者の見解や一部の裁判例もあります。それについては「係争期間中の他社での就労」のページで詳しく説明しています。

 いずれにしても、解雇の裁判で、解雇後の収入が問題にされるのは、裁判所が解雇無効と判断した場合です。解雇が有効なら単純に地位確認も賃金請求も、労働者に解雇後の収入があるかないかにまったく関係なく、否定されます(請求棄却になります)。
 したがって、裁判官から、労働者側(原告)に、解雇後の収入を明らかにしてくれというのは、ふつう、裁判官が解雇無効の心証を持っていることを意味します。
 使用者側(被告)が、いわゆる仮定抗弁(解雇は有効だが、仮に解雇無効とされる場合でも賃金請求は…という主張)としてバックペイからの中間収入控除の主張をし、それに合わせて労働者側に解雇後の収入を明らかにするよう求める求釈明などをすれば、裁判官としては、理論上は明らかにする必要があると考え、自分の心証と関係なく、労働者側に答えるように指示することになりますが、経験上、これを聞いてくる使用者は多くはありません。実質的に、敗訴を予期している、あきらめていると、裁判官にも原告にも(自分の依頼者である使用者にも)見られてしまいますから。

 私の経験上も、解雇後の収入が話題になるときは、勝訴は固いのですが、そうならなかったことがありました。
 解雇理由は些細なことばかりなのですが、使用者が繰り返し注意し続けている、使用者側がよく「塵も積もれば山となる」というタイプで、なかなか悩ましい解雇事件でした。
 賃金仮払い仮処分を別の弁護士がやって、まさに問題言動の数量に裁判官が圧倒されて却下(敗訴)となり、私に依頼が来て、地位確認等の本訴を提起しました。こちらは労働者の言動による使用者の業務上の支障がほとんどないというのがメインの主張になります。最初はなんと仮処分の担当裁判官が出てきて、当然旗色が悪かったのですが、すぐに担当裁判官が交代し、新しい裁判官は、私の主張に合わせて、被告に対し業務上の支障について具体的に主張するように求め、形勢が逆転しました。その後、合議に移され、裁判長が体調不良で休職し担当していた主任裁判官が異動になって、合議の裁判官が全員交代するなど紆余曲折を経て、裁判官交代に合わせて従前の主張の整理をしたところで、新しい裁判長から、解雇後の収入について明らかにし併せて裏付け資料(給与明細等)も提出するように指示がありました(被告からは中間収入控除の主張は、もちろんされていません)。
 実質的には、いくら注意しても改善されないという使用者側の視点か、結局たいした業務上の支障がないという労働者側の視点か、どちらに乗るか、裁判官の価値観で決まる事件と、私は思います。それが、裁判官の頻回の交代に翻弄されてきたのですが、まぁ決まったなと思いました。
 ところが、判決は、仮処分決定とほぼ同じ理由で解雇有効の敗訴でした。どこかの時点で裁判官の心証が変わったのか、被告側の証人(上司)の尋問でも裁判官の補充尋問で証人を追及していたことを考えると、最後の原告(労働者)本人尋問での態度が悪かった(反省の態度、改善の見込みが感じられなかった)ということなのかなぁと、裁判官の内心のことはわかりませんが、残念な経験でした。

(2026.2.15記)
【解雇事件よもやま話をお読みいただく上での注意】
 私の労働事件の経験は、大半が東京地裁労働部でのものですので、労働事件の話は特に断っている部分以外も東京地裁労働部での取扱を説明しているものです。他の裁判所では扱いが異なることもありますので、各地の裁判所のことは地元の裁判所や弁護士に問い合わせるなどしてください。また、裁判所の判断や具体的な審理の進め方は、事件によって変わってきますので、東京地裁労働部の場合でも、いつも同じとは限りません。

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