庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

  ◆活動報告:原発裁判(六ヶ所)◆

 ウラン濃縮工場控訴審判決を読んで

 仙台高等裁判所第2民事部は、2006年5月9日、六ヶ所ウラン濃縮工場の事業許可取消訴訟について住民側の控訴を棄却する判決を言い渡しました。

  航空機墜落事故の危険性について

 六ヶ所村ウラン濃縮工場の10km南方には天ヶ森射爆撃場があり、戦闘機の爆撃訓練が年間数万回(戦闘機の飛行回数)も行われています。そのため六ヶ所村の核燃料サイクル施設については戦闘機が墜落した場合の事故評価をしています。しかし、その事故評価では戦闘機がエンジン停止状態でグライダー状に滑空して衝突した場合として毎秒150mの衝突速度で検討し、発回均質棟(壁厚90cm)は貫通しないとして事故評価は一切しませんでした。ウラン貯蔵庫(壁厚20cm)については事故評価をしましたが、戦闘機の面積分のシリンダが破壊されて燃料タンクの容量4立方メートル分の燃料の火災による気化での漏洩が評価されて被曝量は小さいとされました。
再処理工場1次審査資料1 1審判決後、国側が提出を拒否している再処理工場の1次審査資料の一部がたまたま手に入りました。その中には航空機墜落時の衝突速度は本来は毎秒215m程度であるが、ウラン濃縮工場で毎秒150mとしていることと整合性がなくなる等の理由から再処理工場でも毎秒150mにしておくということが書かれていました。
 右の3枚の写真はその資料の一部です。この文書の最初の方では、滑空して墜落した場合の衝突速度は215m/s(毎秒215m)さらには上限からの墜落だと340m/sも考えられるのでその速度を設定することを検討するとしています。再処理工場1次審査資料2この文書は続いて、その場合には大幅な設計変更により期間と費用がかかることを指摘した上、「その他の問題点」として、日本原燃産業(当時のウラン濃縮工場の事業者名)が使用している150m/sと整合性を取る必要がある、再処理工場でもこれまで150m/sと説明してきた過去の経緯から他の数値に変更すると社会問題になるとしています。そして、結局、そういう事情を考慮して再処理工場でも150m/sで評価するとしているのです。つまり、ウラン濃縮工場で誤った衝突速度毎秒150mでやってしまって今さら変更できないので再処理工場でも毎秒150mで押し切るというものです。再処理工場1次審査資料3
 ウラン濃縮工場の控訴審では、この資料を提出したり、安全審査で使用した衝突速度の計算式でF16がフル装備の時(当時)の16tで計算すると滑空速度は毎秒184mとなること(事故評価の計算ミス)、燃料タンクは実際には8立方メートル以上装備でき現にそうしていることなどを指摘しました。
 仙台高裁判決は、発回均質棟に戦闘機が墜落する確率は極めて小さい(100万年に1回未満)から「たとえ、航空機墜落により生じる本件施設の影響評価に誤りがあったとしても、それゆえに、直ちに本件安全審査の調査審議及び判断の過程の看過し難い過誤、欠落になるとはいえない」としました。そして、戦闘機の墜落の場合にエンジンが停止するとは限らないことは住民側の主張の通りだし、F16の重量が16tの場合の滑空速度は毎秒184mとなることも住民側の主張通り(事故評価は計算間違い)だが、事故評価は念のためにやったのだからあらゆる場合を想定する必要はなくエンジン停止も機体重量が10.2tの場合もありうる(その場合の滑空速度は毎秒150m)ので、事故評価があり得ない想定をしたとまではいえないから「あながち誤りとまではいえない」としました。他方、本来は毎秒215mという資料や燃料タンクには8立方メートル以上装備できるという指摘は、判決では一言も触れずに無視しました。
 墜落確率については、その評価手法が確立しているとはいえません。かつては原発の炉心損傷の確率は100万年に1回未満だと評価されていましたが、実際にはスリーマイル島原発事故(1979年)、チェルノブイリ原発事故(1986年)と2回も深刻な炉心損傷事故がすでに発生しています。原子力施設の事故は起こってしまったときの影響が極めて深刻です。確率が低いからいい加減な評価でいいという考えは不当なものです。原子力施設の事故評価は、あり得る場合の一番危険な場合を想定するのが当然です。あり得る場合のうち甘いケースを想定したことがはっきり認定されているのに、あり得ない条件で評価したのでないからいいというのは、安全を評価する姿勢ではありません。証拠上明らかな、本来は毎秒215mにすべきことや燃料タンクに8立方メートル以上入ることを無視したことも逃げ以外の何ものでもありません。

  地震による破壊の危険性について

 六ヶ所ウラン濃縮工場は、最大想定地震を「震度5」として設計されています。その最大想定地震を検討する際に周辺の活断層は一切考慮されていません。旧科学技術庁の安全審査(1次審査)を担当した証人も六ヶ所村で震度5を超える地震が起こりうることを認める証言をしました。この証人はたびたびウラン濃縮工場を、たかだか2階建ての建物ですからと言っていました。その程度の感覚で安全審査がなされていたのですね。
 仙台高裁判決は、ウラン濃縮工場についての安全審査指針が原発や再処理工場と違って活断層の考慮を求めていないことも、ウラン濃縮工場の危険性が原発や再処理工場とは異なることによると考えられるので、必ずしも不合理であるとはいえないとしました。その上で指針も活断層の評価を積極的に排斥しているとまではいえないので「その存在が明らかであって、かつ、活動性が高い活断層は当然これを考慮すべきものと解される」としました。この立場からすれば、その点を評価していない安全審査はやり直すべきこととなるはずです。ところが、仙台高裁判決は、その後、安全審査で検討されていない周辺の活断層について、明らかとはいえないと独自に評価していき、結局、本件安全審査において当然考慮すべき活断層があったとはいえないとしました。
 仙台高裁の判断を見ていると、後川−土場川断層については「日本の活断層」にも記載されていないと言って明らかではないとし、「日本の活断層」に明記され、海域の活断層研究の第一人者であった東京大学の米倉教授(故人)が最終氷期以降も活動を継続している可能性が高いと述べていた六ヶ所村沖の海底活断層についてさえ「当然考慮すべき活断層とまではいえない」としています。政府の地震調査委員会が行った三陸沖北部での地震評価予測で六ヶ所村では震度6の地震となることについてさえ、「六ヶ所村全域が震度6弱の揺れに見舞われる区域とはなっていないことは明らかであり、本件施設付近が震度6弱の揺れに見舞われる区域に含まれているか否かは明らかではない」としています。判決文を読んでいても、裁判官が、活断層でない可能性を示す証拠がほんのわずかでもないか、震度6にならない可能性が少しでもないかという視点で証拠探しをしていることがありありです。

  行政庁審査資料の不提出について

 原子力施設の安全審査は、担当行政庁の審査(1次審査、行政庁審査)と原子力安全委員会の審査(2次審査)の2段階になっています。ウラン濃縮工場の裁判では安全審査に提出された資料を裁判所に提出するようにという裁判所の要請に対して、国側は、当初は2次審査の部会資料についても「ない」と言っていました。これについては1審の法廷で何度もやりとりしたあげく「部会資料」はないが「メモ」はあると認めて、事業許可申請書の数倍の厚さの「メモ」が提出されました。それでもなお国側は1次審査資料は「メモ」も存在しないと言い張りました。ところが、ウラン濃縮工場の裁判の1審終了間際に低レベル廃棄物埋設事業と高レベル廃棄物管理事業については1次審査資料が見つかったとして提出されました(それぞれ5cmファイル十数冊)。その後も国側はウラン濃縮工場と再処理工場については、1次審査資料は見つかっていないと言いつづけています。
 この点について仙台高裁は、安全審査の司法審査の本質的部分は原子力安全委員会の調査審議及び判断についてであるから行政庁審査の資料が提出されていなくてもよい、行政庁審査の資料は散逸しその存在の有無についても判明しがたい状態であることがうかがわれ、事実としてもその提出は困難であると認められると判断しました。
 国側は、行政庁審査+原子力安全委員会の「ダブルチェック」ということを強調していますし、裁判での証人も行政庁審査の担当者の方が多数証言している状態です。行政庁審査が重要でないというのは無理があります。そして高レベル廃棄物管理事業の1次審査資料に紛れ込んでいた航空機墜落事故の衝突速度に関する再処理工場の1次審査資料(上の写真)を見ても、国側が当初2次審査資料もないと言い張っていたことを見ても、散逸しているのではなく、中身が出したくない資料だから「ない」と言っているものと考えられます。仙台高裁の判断は、行政に甘いものといえます。

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