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    ◆活動報告
   オウム犯罪被害者救済法案与野党合意

 松本サリン事件、地下鉄サリン事件等のオウム真理教犯罪の被害者が、破産手続での正式の配当と善意の寄付による分配を合わせても被害額の4割しか支払を受けられないことから、被害者救済の特別立法を制定するため、民主党は2008年2月14日に衆議院に法律案を提出し(民主党案についてはこちら)、与党は2008年4月初めに自民党の法案骨子(自民党の法案骨子についてはこちら)をベースにした案を作成していました。その後与野党間で協議が行われていましたが、2008年5月27日に合意に達し、この合意を元に与党の法律案が作成され、6月初めに与党が法案を提出、中旬に成立の見込みとなっています。

与野党合意による法律案の内容
 与野党合意に基づいて作成された与党のオウム真理教犯罪被害者等を救済するための給付金の支給に関する法律案は、給付金の支給対象事件を地下鉄サリン事件、松本サリン事件の他、坂本弁護士一家殺害事件、滝本サリン事件、水野VX事件、濱口VX事件、永岡VX事件、公証役場事務長逮捕監禁致死事件の8事件とした上で、死亡者に対しては2000万円、介護を要する後遺障害がある者(労災後遺症1級、2級相当)に対しては3000万円、重度の後遺障害がある者(労災後遺症1級〜3級相当)に対しては2000万円、その他の後遺障害がある者(労災後遺障害4級〜14級相当)に対しては500万円、通院加療期間が1ヵ月以上の受傷者に対しては100万円、通院加療期間が1ヵ月未満の受傷者に対しては10万円を支給することとしています。申請は被害者の住所地の都道府県公安委員会に対して行い、都道府県公安委員会が支給・不支給の裁定を行うこととなっています。
 支給額以外は、与党協議による成案と同じで、支給額が死亡者、介護を要する後遺障害者、重度後遺障害者について与党案の2倍となったものです。

法律案、特に支給水準の評価
 この支給額について、給付金支給に充てる予算として約16億円とされ、マスコミ発表では総額15億5000万円とされていますが、現実の支給額はかなり下回ることが予想されます。15億5000万円(与党案時点では12億円と発表されていました)というのは、支給対象事件の被害者全員(3964人)が申請した場合の金額です。現在破産手続で債権届出している支給対象事件の人身被害者は1191人でこの被害者が全員申請したとして支給額は、地下鉄サリン事件被害者弁護団の中村事務局長が破産手続資料から試算したところでは7億3000万円弱にとどまります。オウム真理教の破産事件では、破産手続の初期に破産管財人が警察等が把握している被害者全員に郵便で破産債権届出用紙を送って債権届出を勧めています。私たち被害者側の弁護団は相談窓口をつくって債権届出の問い合わせに応じ、手続の代理もし、自分で届出する人には債権届出の被害額計算方法や届出の仕方を書いたマニュアルを郵送して、債権届出を援助しました。それだけやって、債権届出をした人が1191人なのです。今回の特別立法で破産手続で届出をしていない人が新たに申請をすることはあるでしょうが、それはごく少数だと予想できます。むしろ、法律案では破産債権届出とは別に申請が必要とされていますので、破産手続で債権届出をした被害者が全員申請するかどうかさえ定かでありません。そういうことから考えると現実の支給額はむしろ7億円を下回ることも考えられ、用意した予算の多くが国庫に戻ってしまうことが予想されます。また、私たちが強く希望した申請・裁定・支給事務の破産管財人への委託はされず、役所がすべて行うこととされ、事務の執行に要する費用が約1億円とされています。ずいぶんと無駄な費用を使ってくれるものです。国庫に戻る費用や事務費用をすべて被害者への分配に充てれば被害者の被害の8〜9割まで回復できたと思うのですが。
 この支給によって被害者が破産手続での配当とあわせて受け取ることになる金額は、被害者によって様々です。破産手続の配当は被害認定額に対して均等の配当率で行われますから完全に平等ですが、類型別定額の給付金が支給される結果、被害認定額以上の金額を受け取ることになる被害者(軽傷の場合にそういうケースが出てきます)がいる一方、これまでの配当なども全部合わせても被害認定額の50%程度しか受け取れない被害者もいるということになります。全体をならせば、破産手続の配当及び善意の寄付による分配で約40%、この法律による給付金で約20%の合計60%程度になります。
 私たちは、被害認定額のうち破産手続で配当を受けられない額全額を支給して、賠償問題を決着させることをめざしてきました。その観点からは、なお被害額の平均して40%程度が賠償を受けることなく残ることとなりますので、残念です。
 しかし、オウム犯罪の被害者を救済するための特別立法ができること自体、画期的なことであり、ここに至るまでの関係者の方々の努力に感謝しています。80歳を超えた体をむち打って、私たちとともに、さらには単独でも多数回にわたる国会議員要請をしていただいた阿部破産管財人、与野党の関係者の方々には深く感謝しています。公式非公式に様々な方に要請してきたことがあり、名前は挙げませんが、これまで私が批判してきた自民党案の作成に関わった方も含め、国会議員の方には含むところなく感謝しています。与野党を問わず、関係した国会議員の大半は、被害者の状況に共感し、気持ちとしては私たちの主張する被害全額の支給に理解を示していただいたと認識しています。それに対して役所が頑強に抵抗したため、役所との関係・立場により役所の圧力をかわせなかった議員が出てきてこのような結果に落ちついたということだと私は考えています。

今後の課題
 被害者が給付金を受けるための申請の手続、申請用紙の記載事項の内容や添付する資料の程度などの具体的内容はこれから規則で定められることになります(法律自体もまだこれから議決されるんですけど)。法律案では、「申請に関し利便を図るための措置を適切に講ずる」とされ、裁定に当たっても「オウム真理教犯罪被害者等が置かれている状況を踏まえて申請者に対し過大な負担を課することのないようにする観点から」「事案の実情に即した適切な判断を行うものとする」とされています。その観点から今後行政が作る具体的な規則の内容と運用をチェックする必要があります。13年以上前の事件ですから、当時の診断書とか要求されたり、申請で詳細な記載を求められたら、それだけで被害者が申請さえできないことになりかねません。裁定の方も、原爆症の認定とか水俣病の認定とかを見ていると行政に認定させるとすぐに狭き門になっていくおそれがありますし。
 被害額全額の支給がされないため、今後も被害者側でオウム真理教の残党(後継団体)から賠償金を取り立てして分配する困難で遅々として進まない作業が残ることになります。今後の取立と分配はオウム真理教犯罪被害者支援機構が行うことになりますが、取り立てた賠償金の分配も、これまでと違って被害者によって被害救済を受けた割合が異なることになる上給付金の申請・裁定は破産手続と関係なく行われるので支援機構が完全には把握できなくなるため、どう分配するのが公平かという難しい問題が出てきます。
 結局、今後も問題は山積したままということになりますが、特別法成立のめどが付き、それによって被害者に相応の給付金が支払われて被害者の生活と苦しみの慰謝に役立つことは間違いありません。とりあえず、そのことを素直に喜び、少しお休みをした上で今後も活動を続けたいと思います。
(2008.5.31記)
追伸:法案の審議状況
 2008年6月4日、衆議院内閣委員会で、与野党合意に基づく法律案の起草が全員一致で採択され、法案は委員会提案の法案として衆議院本会議に提出されました。そして6月5日の衆議院本会議で異議なく可決されました。参議院でも6月11日に可決されて法律として成立しました。

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