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  解雇事件の合意退職和解(金銭解決)

ここがポイント
 金銭解決の場合、解雇を撤回し、解雇日に遡って合意退職とすることが多い
 守秘義務(口外禁止)条項は不可欠ではないが、会社が求めることが多い
    
合意退職和解のときの標準的な和解条項
 労働者が解雇を争って、地位確認請求(解雇は無効だから復職させろという請求)の訴訟を提起した場合でも、裁判を継続するうちに現実に復職する気持ちが薄れたなどの場合(裁判での会社側の主張等を見ているうちにイヤになったとか、時間の経過によって事情が変わったり復職する気持ちが薄れたとか、本人は復職したい気持ちがあるが裁判の進行から見て勝ち目が薄いとか、様々なケースがあり得ます)、会社(被告)との間で、復職ではなく合意退職して解決金の支払いを受ける和解(金銭解決)をすることはよくあります。労働事件の1審での和解成立率は通常の民事裁判よりも高く、6〜7割に及んでいます。
 その場合の標準的な和解条項は、以下のようなものです。

1.被告(会社)は、原告(労働者)に対して○○年○月○日付で行った解雇の意思表示を撤回し、原告と被告は原告が被告を同日付で合意退職したことを確認する。
2.被告は、原告に対し、本件解決金として金○○○万円を支払う義務があることを確認する。
3.被告は、前項の金員を、○○年○月○○日限り、原告代理人名義の銀行口座(○○銀行○○支店普通預金、口座番号○○○○○○○、名義人○○○○)宛に振り込む方法により支払う。ただし、振込手数料は被告の負担とする。
4.原告と被告は、本件の経緯、本和解の内容について、正当な理由なく第三者に口外しないことを相互に約束する。
5.原告は、その余の請求を放棄する。
6.原告と被告は、原被告間に本和解条項に定める他には何らの債権債務がないことを確認する。
7.訴訟費用は各自の負担とする。

地位確認関係条項(合意退職日等)
 地位確認請求の裁判をしていたわけですから、会社側は、復職の和解をするのでない限り、和解に際しては労働者(原告)が会社(被告)の従業員ではなくなったことを確認しておく必要があり、労働者側では解雇が無効であることを確認したいとか、今後履歴書等に解雇されたと書かなくて済むように(書かなくても良心の呵責を感じなくていいように)という事情から、金銭解決の和解でも、まずは労働者の地位に関する条項が必要になります。
 書き方が決まっているわけではありませんが、多くの場合、両者の要求を満たす線として、会社側が解雇を撤回し、労働者が会社との合意により退職した(合意退職した)という内容の条項が選択されます。

 この場合に、雇用保険上の扱いへの影響を考慮して、「会社都合により合意退職したことを確認する」「退職勧奨を受けて合意退職したことを確認する」等の記載とすることもあります。
 現実的には、会社が解雇はしていない、勝手に辞めたと主張して離職票の離職理由を自己都合退職としているような場合には、雇用保険の受給のためにそのような記載をすべきことになりますが、離職票の離職理由が解雇になっている場合に、合意退職和解をしたからそれは自己都合だと認定されることはまずないと思います。心配であれば和解前にハローワークに確認してみればいいと思います。

 合意退職日をいつにするかについては若干の問題があります。
 解雇日より後の日に合意退職したという条項にすると、会社側は理論上は解雇を撤回する以上、解雇日から合意退職日までの間、社会保険(雇用保険、労災保険、健康保険、厚生年金等)の資格喪失を取り消して労働者の資格を回復させるべきことになり、その間の保険料の会社負担分を支払うなどが必要となり(現実にそこまで行う会社は少ないでしょうけれど)、様々な面倒なことが起こりかねないので、合意退職日を解雇日以外にすることには抵抗するのが通常です。
 労働者の方も、雇用保険(失業保険)給付を受けている場合、合意退職日を解雇日より後の日にすると、解雇日には失業していなかったことになって、受給した雇用保険給付を返せということになってしまいます。また解決金の性質が退職所得ではなく賃金だと認定されると課税額も増えてしまいます。そういう事情から、労働者側でも、解雇日に遡って合意退職とした方が有利だと考えることが多いのです。
 ただし、次の職を探す際のキャリアの関係上退職日を遅くしたい(外資系の企業の労働者の場合にそういうニーズが強い)とか、メンツの問題から、解雇日ではなく、和解日付けの合意退職にしたいというケースもあります。労働者側がそれを主張した場合、会社側がそれを飲まずに和解できないということもありうるので、その辺をどう考え、折り合いを付けていくかということになります。

解決金について
 解決金がいくらで合意できるかは、基本的には、和解しないで判決になった場合にどちらが勝つ事件かということによります。
 裁判官は、解雇が完全に無効で労働者側には落ち度がないという場合に賃金2年分(月例賃金24か月分)くらいを上限と考え、解雇無効の確実さ、労働者側にも問題があると考える程度を見て、それを削り、勤務期間が短い(特に試用期間中)とか、定年や有期雇用契約で解雇無効でも残る期間が短いとか、会社の支払能力が低いとかの事情があるとそれをさらに削りというようなことを考えていることが多いです。解雇事件で労働者にまったく落ち度がないということは少ないですから、裁判官の感覚は、結論的に解雇無効と考えていても、労働者側にも問題がないわけじゃないから賃金12か月分くらいとか、和解時点までのバックペイくらいがいいところじゃないかというようなことがわりと多いと考えておけばいいかなと思います。そのあたりの感覚は裁判官によっても違いはありますし、裁判官にいかにこの解雇が無効かを印象づけるのも、裁判官が考える「適切な」「相当な」解決金をどうやって変えていくかも、弁護士の手腕によるところはありますが。
 もちろん、裁判官が判決なら解雇有効と考えている場合は、多くを望めません。

 解決金の交渉をしているとき、会社側は、解雇予告手当を払っている場合、解雇を撤回するのだから当然それは返すべき金だと言って解決金から差し引くと言ってくることがあります。また、退職金が支払われている場合にそれをどうするか等も問題になります。
 和解交渉の過程では、解決金は、退職金や解雇予告手当とは別にいくらということで明示しておく必要があります。

 会社側は、法律上、源泉徴収義務がありますので、比較的大手の会社の場合は、解決金から源泉徴収した額を支払うと言ってくることがわりとあります(大手でも言って来ないこともありますが)。解決金の交渉では、その点も明確にしておく必要があります。源泉徴収する場合は、会社側から源泉徴収額を提出させて、和解調書上、それを明記して、支払額を明示させるのが通常です。和解調書上源泉徴収を明記していない場合でも法律上は会社には源泉徴収義務はありますが、その場合にいくら源泉徴収できるかが争いになることになりかねない(課税当局は次に述べるように退職所得を主張するのが通常ですが、厳密には慰謝料と解する余地があるので、会社側が和解調書に記載がないのに全額退職所得で源泉徴収して裁判になり、源泉徴収分は和解の未払いとして労働者に支払うよう命じられたケースもあります)ので、現実にはそこまでやってくる会社はまれだと思います。

 解決金への課税は、私は専門外ですので、正確には税理士に確認して欲しいところですが、解雇事件で、解雇日付けの合意退職とともに和解条項に定められた解決金は、課税当局は、全額退職所得扱いをすると聞いています(申告したことを私に報告してきた依頼者からは)。時に一時所得だと主張する担当者もいるようですが、国税庁のタックスアンサーでは「退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与」「退職しなかったとしたならば支払われなかったもので、退職したことに基因して一時に支払われることとなった給与」が退職所得とされていて、合意退職和解の解決金は、まさに退職することの対価として支払われるのですし、退職したことが原因で支払われるものですから、そのことを指摘すると納得してもらえています(私のアドバイスを受けて交渉した依頼者の話では)。そうすると解決金額から勤続年数(端数切り上げ)×40万円(勤続20年以上の場合、20年を超える年数については70万円)を差し引いた金額の2分の1を課税対象として所得税(復興特別所得税)、住民税を計算します。なお、裁判にかかった費用、弁護士費用は控除してもらえないそうです(確定申告した私の依頼者から聞いたところでは。まぁ、それより遙かに多額の控除があるので文句言えないでしょう)。
 会社側が源泉徴収する場合、この退職所得としての計算をするのがふつうです。
 ただし、損害賠償金は非課税ですので、解決金に慰謝料が含まれているとすれば、その部分は非課税となります。課税当局がその主張をどこまで認めてくれるかは、私には判断できません(地位確認請求訴訟で、解雇が不法行為でもあるとして損害賠償請求を付けていない場合解決金が損害賠償を含むとは考えにくいですし、損害賠償も請求していたとしても現実的には多額の慰謝料が認められる可能性は低いので、かなりハードルが高いとは思いますが)。

その他の通常の条項
 上の標準的な和解条項の例で、解決金の支払いを2項と3項に分けて書いているのは、和解調書の強制執行のために3項のような表現をすることになっているためです。
 5項は、裁判上原告が請求したものについて、和解条項で決めたこと以外を和解調書ですべて終わりにするためのものです。
 6項は、清算条項で、和解によって、和解で決めた以外の法的な関係が残らないことを確認するものです。もっとも、別に裁判等を抱えていてその問題はこの和解では解決せずにそちらで解決するというような場合は、そういうわけには行きませんので、清算条項を「本件に関し」という制限を付けたものにします。別扱いにするものがあること、それが何かということについて、合意がある場合は、「本件に関し」付きの清算条項で合意されますが、その点について意見が一致しない場合は、それでは和解できないということになって、和解が決裂することがままあります。
 7項は、訴訟費用についてそれぞれ和解前に負担したものは自己負担ということです。この条項を付けておかないと、後から訴訟費用額確定処分の申立がなされて想定していなかった追加負担が生じるリスクがある(といってもたいした額ではないでしょうけど)ので、必ずこれを付けます。この場合、訴訟救助で印紙の支払猶予を受けている原告は、裁判所から印紙額の請求を受けることになりますので、そのことを頭に置いておく必要があります。

口外禁止条項
 世間では和解の場合、必ず口外禁止条項が付けられるものと思われているようですが、口外禁止条項は必須のものではありません。
 ただし、会社との間の事件では、会社側が口外禁止条項を要求してくることが多く、大手の会社やとりわけ外資系企業だとまず間違いなく要求してきます。

 通常は、上の標準的な和解条項例で書いているように、「正当な理由なく」とか「みだりに」口外しないという条項にします。
 労働者側は、例えば雇用保険を受給している場合、ハローワークから事件が解決したのなら和解調書を見せろと言われますし、解決金の課税について税務署に説明する必要上和解調書を見せざるを得ません。そういう必要から、無条件の全面的な口外禁止は受け容れられませんし、会社側もまともならばそういう要求はしません(まれに変な代理人や担当者が信じられないような強硬な条項案を作ってくることがありますが)。
 会社側は、通常、解決金の金額を他の者、特にその会社の従業員に知られることを嫌います。すでに退職勧奨に応じて退職した労働者や解雇した労働者、さらには今後退職勧奨を受けたり解雇される労働者が、会社が支払った解決金の前例を知ると、それを材料に同じだけ払えとかもっと払えと要求し始め、簡単には辞めてくれないことになりかねないからです。
 それとは別に、会社は、労働者との紛争がある/あったこと自体を外部に知られたくないということもあります。
 そういった事情から、会社側からは、口外禁止条項を付けることが和解の条件だとされることが多くなります。

標準的でない/あまり取れない条項
 合意退職和解の際に、労働者側が希望したり話題になるけれどもあまり取れない条項についても説明してきます。
 これらの条項は、現実にはなかなか取れませんし、取れる場合は労働者側がかなり確実に勝てるケースで会社側に相当な弱みがあるときです。また、和解交渉は全体的なものですから、労働者側が標準的でない条項を求めれば、会社側からも逆に会社側に有利な標準的でない条項を要求してきて紛糾することになりかねません。これらの条項を本気で取りたいのであれば、その分解決金で大幅に譲歩する覚悟をすべきでしょう(それでも取れないのがふつうです)。

謝罪条項
 話し合いでは解決できずに裁判になっている事案で、不当解雇であったことを認めて謝罪する使用者/会社は、まずないと言っていいでしょう。金なら払うが絶対謝らないというのが、ふつうの会社の姿勢です。
 謝罪条項を要求した場合、それを聞いただけで、もう和解は無理ですねということになるのがほとんどです。判決になったらほぼ勝ち目がない会社でも和解で謝罪することはまれですし、応じる場合でも「遺憾の意を表明する」とかの、ぼやけたものしか応じないということが多いです。
 私が、ストレートな謝罪条項を取れたケースについて、「勝訴判決以上の和解」で紹介しています。

名誉回復条項
 解雇、特に懲戒解雇をして、それを広く従業員に知らせたり、さらには取引先等にも告知した場合に、解雇を撤回して合意退職したことを、解雇を告知した相手に同じ方法で告知することを求める条項を付けたことがあります。
 これも、あまり取れませんが、労働者側がその関係者と現在も付き合いがある等の事情から名誉回復を強く必要とするときに、そういう条項を取ったことがあります。記憶にある限りで(昔の話はもうよく覚えていないので)、先に挙げた「勝訴判決以上の和解」で紹介したケースで2015年に、もう1例2018年に取れたことがあるというくらいです。

 同様に、解雇理由とされた事実が破廉恥な内容で、労働者が現在もその会社の関係者と付き合いがあって、名誉回復を強く必要とした事案で、解雇の理由とされた事実がないことを確認するという趣旨の条項を2020年に取ったことがあります。
 これも、裁判の過程で解雇理由とされた事実が事実誤認であることがほぼ明らかになった事案で、判決になれば解雇無効となることがほぼ確実な(裁判官がそのように心証開示した)事案で会社側が和解したい事情があったために取れたものです。

 こういった名誉回復条項がある場合は、当然、口外禁止はその部分には及ばない形で和解することになります。そうでないと名誉回復ができないので。

   【労働事件の話をお読みいただく上での注意】

 私の労働事件の経験は、大半が東京地裁労働部でのものですので、労働事件の話は特に断っている部分以外も東京地裁労働部での取扱を説明しているものです。他の裁判所では扱いが異なることもありますので、各地の裁判所のことは地元の裁判所や弁護士に問い合わせるなどしてください。また、裁判所の判断や具体的な審理の進め方は、事件によって変わってきますので、東京地裁労働部の場合でも、いつも同じとは限りません。

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