庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
民事裁判と弁護士業務は「不要不急」か?
ここがポイント
 裁判所と弁護士会は、その重責をもっと自覚して、裁判を進行し法律相談を続けるべきではないか
 こういうときでも、淡々といつもと変わりなく業務をこなしていくことが、私たちの使命だと思う
    
 新型コロナウィルス禍の中で、「3つの密」を回避するように言われています。私たち弁護士は、「密閉した部屋で」「互いに手を伸ばせば届く距離で」「長時間会話をする」法律相談や打ち合わせを日常的にこなしています。裁判所での手続も、法廷で行うものもありますが、小部屋で行うものも多く、同じような環境での業務になります。それを嫌がっていては、仕事にならない、と私は思っていましたし、今もそう思っています。ですから新型コロナウィルスをめぐりメディアでさまざまなことが言われ出してもこれまで通りに相談や打ち合わせをこなし、裁判期日にももちろん出席してきましたし、今後もそうするつもりです(現在は、裁判期日はありませんが、あれば当然に行きます)。
 私は、(刑事裁判はもちろんですが、それとは性質が異なる)民事裁判も、国民生活の基盤をなすシステム、一種のインフラであり、現実に権利を実現できなかったり紛争に巻き込まれて困っている人がいるから裁判が行われているわけで、その一翼を担う者の矜持として、こういう状況の中でも業務を続けるべきだと思っていましたし、自分自身は今後も業務を続けるつもりです。
 裁判所も弁護士会もほぼ機能停止してしまった今、そのことに困惑し、強い疑問を持っています。

 2020年4月7日の「緊急事態宣言」を受けて、東京地裁と東京高裁は(おそらく緊急事態宣言の対象の他の裁判所も)すでに指定されていた5月6日までの民事裁判の期日を、原則としてすべて取り消し、新たな期日は「追って指定」としています。新規提訴も受付はするものの、期日指定はされません。「緊急事態宣言」中は(特別に緊急の事情があると認められた事件を除いては)民事裁判は進行せずに止まったままになります。
 民事裁判は、もともと時間がかかるもので、例えば私が主要な業務としている解雇・雇止め事件では、判決までに1年半くらいかかることが多いのが実情です。その意味で、1か月だけと決まっているのなら、進行が止まっても劇的に状況が変わるとまではいえないかも知れません。しかし、解決に向けて努力して進行してもなお結果的に時間がかかるというのと、一律に一定期間進行を止めるのは違いますし、新型コロナウィルス対策でということの性質上、一度休止してしまったら現実には再開はかなり難しくなりこの状態が数か月はかかることが容易に予測され、権利の救済の観点からそれはかなり大きな問題だと思いますし、民事裁判の存在意義が問われることになると思います。
 私は、新型コロナウィルス禍の中でも、裁判所が期日を延期することは、個別に当事者が感染して出席できない等の事情での延期を別にすれば、ないと予想してきましたし、依頼者にもそう言ってきました。「緊急事態宣言」後の裁判所の迅速一律の期日取消には驚きました。
 裁判所は、現実に困っているから裁判を起こしている当事者の存在を、その権利の実現や紛争の解決のための自らの業務・職責の重さをどう評価しているのでしょうか。もちろん、裁判所にも苦悩はあったと思いますが、感染防止のための方策を採りつつ裁判の進行は維持するという選択をしなかったのはなぜでしょうか。さらにもう一つ言えば、「緊急事態宣言」も含めた行政の行動をチェックし、その違法性を判断することも、司法の重要な役割です。その裁判所が行政の宣言一つで自らの主たる業務を即日停止するようなありさまでいいのでしょうか。いずれの点でも、裁判所の矜持が問われるべきだと私は考えています。

 司法支援センター(法テラス)は、「緊急事態宣言」前は、面接での法律相談を継続していましたが、「緊急事態宣言」を受けて、面接の法律相談を中止し、本部の業務も原則として休止しました。現在、民事代理援助の申請をしても当分審査もしない、すでに継続中の案件も特別に緊急の事情があると認められない限り決定しないと告知されています。そのため、これから代理援助の申請をしても「緊急事態宣言」中はその決定が出ないし、継続中の案件についての決定も出ません。私自身、雇止めの事件で解決して会社から解決金の入金もあり終了報告をしてある事件もありますが、終結決定が出ないために依頼者に解決金を渡すこともできない状態です。
 司法支援センターは、法務省の指導下にある組織ですから、役所的な体質をもともと持っていて、行政から言われればそうなるかなとは思いますが、利用者は貧しく生活に困っている人が大半であるのに、長らく業務を停止していいのか、そのことをどれくらい重く考えているのか、疑問に思います。

 さて、今回の新型コロナウィルス対応で、私がさらに愕然としたのは、弁護士会です。裁判所には、三権分立の見地からもっと毅然として欲しいとは思いますが、それでも裁判所も国家機関の一部ですし、司法支援センターも法務省所管の法人ですから、「緊急事態宣言」を受けてそれに沿った対応をせざるを得ないという事情もあるでしょう。しかし、弁護士会は、弁護士自治を誇りとし法務省からも監督を受けない在野の集団のはずです。
 東京三会(東京の3つの弁護士会)が運営する法律相談センターは、司法支援センターが「緊急事態宣言」までは面接の法律相談を継続していたにもかかわらず、なんと2020年3月2日から面接の法律相談を全部中止し、電話相談のみに切り替えました。「緊急事態宣言」より前に弁護士会の会議もほぼ全部中止となりました。「緊急事態宣言」を受けて電話相談さえ中止し、法律相談は個別の弁護士事務所に行ってくれと言っています。
 私の感覚では、こういうときだからこそ、困っている人が多数いるはずで、弁護士会は法律相談を拡充すべきだと思うのですが、現在の弁護士会は反対の方向に進んでいます。今回、裁判所より早くあらゆる会議等を中止して機能を停止し、司法支援センターより早く法律相談を放り出した弁護士会を、今後人々が信頼してくれるでしょうか。

 今回の新型コロナウィルス禍と、それに対する対応は、おそらく人々の考え、大きく言えば文化に、大きな影響を及ぼすと思います。他人との間の分裂を深め猜疑心を強めたことが社会と文化に及ぼす影響は計り知れませんし、なくても生活でき社会が回るとみなされたことがらに対しての評価は、仮に新型コロナウィルス禍が終息してもその後元には戻らないでしょう。東日本大震災と福島原発事故後に原発がすべて停止しても停電一つ起こらず社会生活に大きな影響もなかったことを知った人々が、原発がなければ生活レベルが江戸時代に戻る等の原発推進派の宣伝を信じることはもうあり得ないのと同じように。
 こうした世情の下でも、淡々といつもと変わりなく業務をこなしていくことが、私たちの使命だと、私は考えているのですが。
(2020.4.12記)

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