庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
映画「繕い裁つ人」
ここがポイント
 偉大な先代を持つ2代目の自己規定とその解放がテーマ
 しかし、現代の職人気質の自営業者の置かれた環境からの必然とも読めてしまう

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 ブランド化の誘いを断る頑固な職人気質の仕立屋のこだわりと思いを描いた映画「繕い裁つ人」を見ていきました。
 封切り2週目日曜日、東京では3館の上映館の1つヒューマントラストシネマ有楽町シアター1(161席)午前9時50分の上映は2〜3割の入り。

 神戸の坂の上の洋館で祖母が開いた南洋裁店の2代目店主南市江(中谷美紀)は、先代がつくった一生ものの服の修理とサイズ直し、先代のデザインに沿った手作りの新作を知人の葵(片桐はいり)の店に卸すだけにとどめていた。市江が作る服が即日完売するのを見て、神戸のデパートの営業担当者藤井(三浦貴大)はブランド化の企画を持ちかけて日参するが、市江はまったく興味を示さなかった。先代の服を持って来て仕立て直しを依頼し世間話をしていく近所の人たちと接する市江の様子を見て藤井は感心しつつ、先代のデザインではない市江のオリジナルの服を見たいと思い、市江を挑発するが…というお話。

 先代の仕事をまっとうするのが2代目の役割といい、先代の服の修理とサイズ直し、先代のデザインした服の制作に自分の仕事を限定して、先代の時からの顧客とのつきあいを中心として業務を運営する前半の市江の姿勢には、偉大な先代を持った2代目の悩みと自己規定(限定)と、職人気質の自営業者の幸福と悲哀が見えます。
 先代を乗り越えられるかという課題は、男性を主人公とする青春ものやスポーツ根性ものでは親や師匠を乗り越えるというテーマである種普遍的に描かれ続けています。ここでは、先代も2代目も女性という点がやや新味というところでしょうか。
 先代の顧客と技術を活かして職人気質でやっていけるというのは、現代の個人自営業ではかなり幸福な部類に属すると思います。古くからの顧客に愛され、先代のつくった服を一生ものと位置づけて繰り返し仕立て直し、サイズ直しを依頼する顧客が多数いて、それで経営が支えられるという環境ならば、その維持を自分の務めと自己規定することも合理的と言えます。しかし、古くからの顧客は次第に年老いて亡くなり、若い層は手作りの服を尊ぶこともなくまた服を一生ものだなどとは考えもしないから新たな顧客は発掘されない、新たな顧客は職人などではない大量生産志向の宣伝上手がさらっていくわけで、現代は職人気質の自営業者には厳しい環境です。職人気質の仕立屋市江が新たな一歩を踏み出す後半は、先代の軛を逃れた市江の心の解放として描かれていますが、零細自営業者の私には、同時に現代の自営業者の必然であり避けがたい苦しみとも読めてしまいます。弁護士の業務など、私にはまさしく職人気質・職人芸だと思えるのですが、そうは考えない人が多くなって、似たようなことが進行しているように感じられます。

 神戸の海が見える坂を登るシーンの繰り返しが効果的に使われています。神戸なのに夜景を出さないのかと思う頃合いで夜景が入るのも巧みかなと思いました。

 先代の葬送の列のシーン、モノクロにしたのはいいですが、女性が全員黒のベールを被っているのは、まるでイスラム原理主義者の世界のようで異様に感じました。女性の活躍を描く作品で、どうしてそういう表現手法が採られるのかという点でも疑問を持ちます。

 市江が行きつけの喫茶店で食べるホールのケーキ(「チーズケーキ」といわれていましたが、生クリームでコーティングされているのか、あるいはタルトがないレアテーズなのか、真っ白です)。5号のデコレーションケーキくらいのサイズです。食べっぷりが気持ちいい映像ですが、神戸ではああいうホールのケーキをふつうに出す喫茶店があるのでしょうか。少なくとも、ロケで使われた喫茶店(サンパウロ)では、食べログその他でチェックした限りでは出していないようですが。
(2015.2.8記)

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