たぶん週1エッセイ◆
映画「リンカーン弁護士」
ここがポイント
 弁護士にとっては悪夢を二重三重に背負い込んだ設定で、弁護士にとってはいろいろ考えさせられる
 アメリカの刑事事件の陪審審理の証人尋問で地雷を踏むか?

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 マイクル・コナリーの同名のリーガル・サスペンスを映画化した「リンカーン弁護士」を見てきました。
 封切り3日目月曜日祝日、新宿ピカデリースクリーン8(157席)午前9時20分の上映は4割くらいの入り。

 高級車リンカーンの後部座席を事務所とする弁護士ミック・ハラー(マシュー・マコノヒー)は、麻薬の売人や娼婦たちを主要な顧客として司法取引での減刑を勝ち取るが、違法すれすれの手段をものともせず依頼者から高額の費用をふんだくるちょい悪の敏腕弁護士だった。大手の不動産業者の御曹司ルイス・ルーレ(ライアン・フィリップ)が出会い系パブで知り合った女性に重症を負わせたとして殺人未遂で逮捕され、ミックを弁護人に指名してきた。相棒の調査員フランク(ウィリアム・H・メイシー)が入手した逮捕記録とパブの監視カメラに写っていた被害者がルーレを誘う映像から楽勝だと判断していたミックは、検察官(ジョシュ・ルーカス)に対して強気の交渉を仕掛けるが検察官は乗ってこない。偽の逮捕記録をつかまされたと知ったミックは証拠を検討するうちにルーレが真犯人であるばかりか、ミックが2年前に担当した殺人事件の真犯人でもあるのではないかとの疑いを持つ。無実を主張しながら2年前ミックに説得されて有罪答弁をして無期懲役となっていたマルティネス(マイケル・ペーニャ)の無罪を証明するため、ミックはフランクに調査を指示するが、フランクはミックの留守番電話にマルティネスを釈放する切符を見つけたという伝言を残して射殺される。罠にはめられ、身の危険にさらされるミックは・・・というお話。

 原作とは、調査員(原作ではラウル・レヴン)とミックの依頼者だった服役囚(原作ではメネンデス)の名前が違う、担当裁判官が男性になっている、映画では秘書のローナもミックの元妻であることが明らかにされていない(私が聞き逃したのかもしれませんが)、原作では元妻のマギー(マリサ・トメイ)の家にいった夜にHしたかどうかを深酒のために思い出せなくて残念に思っているが映画では明確にHしてる、2年前の被害者レンテリアの顔の負傷が原作では顔の左側なのに映画では顔の右側になっている、服役囚にミックが写真を見せたときの反応が違う、原作では示唆されているだけのコーリスへの働きかけが明示されている、マギーの家の前でミックとルーレが対峙するという原作にないシーンが挿入されている等の比較的細部での違いはありますが、概ね原作に忠実に描かれていると言ってよいでしょう。う〜ん、原作を読んでから見ると細かい違いにマニアックに目が行ってしまうんですね

 法廷シーンが多く、リーガルサスペンスファンにはうれしい作品ですが、弁護士の視点からは、わかるわかるという側面とともに違和感がありました。特にそれを感じたのは、証人尋問で尋問者が地雷を踏むシーン。ルーレの母(フランシス・フィッシャー)の証言でミックの主尋問で不動産業者が客を案内してレイプされた事件がありそれをきっかけにルーレがナイフを常時携帯するようになったとだけ言わせ、検察官が反対尋問でどうしてその事件を詳しく覚えているのかと聞いたのに対して、「自分が襲われた日は決して忘れない」と証言、凍り付いた検察官はそこで反対尋問を切り上げます。コーリスの反対尋問でコーリスがルーレの別事件の自白を聞いたとして被害者の特徴まで述べたときにも、同様に見えます(ここはミックの主観としては、違うわけではありますが)。こういう証人のまったく予想外の証言というのは、敵性証人に事前に接する機会がまずない日本の裁判では、わりとあり得ます。ですから、尋問中に地雷を踏んで凍り付くというのは、日本の弁護士にとっては、もちろん可能な限り避けたいしそのために努力するわけですが、ふんふんよくわかるという思いです。しかし、アメリカの場合、陪審審理開始前にディスカバリーの手続があり、そこで証人には予備的な尋問がなされているはずですから、こういった主要部分でのまったく予想外の証言というのはそうはないと思います(コーリスについては陪審審理が始まってから言い出したのでディスカバリー手続が行われていても予備的な尋問はできなかったことになりますが)。重罪事件の陪審審理、それも依頼者が金持ちで費用面からもディスカバリーでの尋問を避ける理由もないケースで、ディスカバリーがまったく描かれていないのは、不思議な気がします。カリフォルニア州では、あるいはロサンジェルス郡ではディスカバリーが制限されるようになっているのでしょうか。作者が弁護士でない(ジャーナリストだそうです)ためにディスカバリーが失念されているなんてことでなければいいのですが。
 ルーレの高級車や時計(ロレックス)を見て狙いをつけたのではないかというミックの反対尋問に対して被害者が彼の車を見たことがないと証言した後、ルーレが他の女と出て行くのを見た、車に乗せていくのを見たと述べたのに対して、ミックがさっき車は見ていないと証言したではないかと切り返すシーン。弁護士にとっては条件反射のような尋問です。もっとも、記録をよく読み、事件の内容・構造を頭によく入れて、集中力が持続していないと、この反射的な対応が出て来ないのですが。第三者の視点からは、被害者いじめにも見えるかもしれませんし、保身のためのとっさの嘘が証言全体を信じてもらえなくするということは残酷にも見えます。しかし、小さなことであれ、法廷で嘘をつくということは、大きな代償を払うことにつながりかねませんし、また身から出たサビで仕方ないことかなとも思います。裁判の場で小さな嘘をついたためにすべてを失う当事者の姿を見るたびに、複雑な思いをするのですが・・・

 別事件での殺人を明言し裁判中の事件でも真犯人と見られる被告人を無実と主張し、自分の依頼者である被告人に罠にはめられて脅され、かつて証拠上勝ち目がないことから無実を主張する被告人を説得して有罪答弁をさせて減刑したがその服役囚が本当に無実だとわかるという、弁護士にとっての悪夢を二重三重に背負い込んだという設定ですから、職業柄多くのことを考えさせられました。自分であればどうしたか、現にそうなってみないとなかなか決断できないところです。悪人をなぜ弁護するのかと言いたがる人たちからは、ルーレの弁護をどうするのかが弁護士を問い詰める格好の材料に思えるでしょうけど、ここではやはり、裁判中の事件自体について任意に認めているわけでもないのですから無罪主張で弁護することになるのではないでしょうか。弁護士の心証として有罪に思えるから無罪主張しないというのでは、それこそ2年前に証拠上どう考えても有罪と思い込んだがために無実のマルティネスに有罪答弁を説得して無期懲役にしてしまった失敗を繰り返すことにもなりかねません。事案の内容とその時の状況で簡単にはいえませんが、たぶんそれが弁護士の仕事上進むべき道となることが多いと思います。

 業務上のテクニックとしてまた職業倫理としてどこまでが許されるか、また許されるとしても(違法ではないとしても)アンフェアな手段を取るかどうか、どのような事件を受け、また受けに行くか、どういう報酬の取り方をするかなど、多くの点で主人公は私とは考え方が違いますが、直面しうる問題は他人ごととも言い切れませんし、極限的な場面での判断には、また事件をめぐる基本的判断では通じるものもあり、弁護士にとってはいろいろな意味で考えさせられる作品でした。

(2012.7.19記)

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