庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
映画「フェイブルマンズ」
ここがポイント
 スピルバーグの自伝としてではなく、夢を捨てて専業主婦となった女性の葛藤とそれをめぐる家族の物語として観た方がいい
 高校生の時に受けたユダヤ人差別が強調されているが、ユダヤ資本下のハリウッドで財をなしたユダヤ人監督に言われても感銘を受けにくい
    
 ハリウッドの巨匠スティーブン・スピルバーグの自伝的作品とされる2023年アカデミー賞7部門ノミネートにして受賞0の映画「フェイブルマンズ」を見てきました。
 公開3週目日曜日、新宿ピカデリーシアター7(127席)午前10時25分の上映は9割程度の入り。

 幼少期に両親に連れられて初めて映画を観たサミュエル・フェイブルマン(サミー:ガブリエル・ラベル)は、その映画「地上最大のショウ」の列車衝突(crash)シーンが忘れられず、誕生プレゼントに列車の模型をねだり、映画のシーンの再現を試みる。技術者の父バート(ポール・ダノ)から何故破壊するのかと叱られても衝突シーンにこだわるサミーに、母ミッツィ(ミッシェル・ウィリアムズ)は、衝突シーンを撮影して繰り返し見るように勧め、サミーは模型での衝突を再現して撮影した。その後撮影とフィルム編集を続けるサミーに対して、バートは趣味はほどほどにしておけと言い、サミーは趣味じゃないと抗議し、家族の行事を記録したり、友人を集めて演技指導して映画を作り続けるが…というお話。

 スピルバーグの「自伝的作品」と紹介されるのですが、描かれるのは幼少期から映画の仕事に就くまでで、仕事を始めてからどのようにして映画を作っていったか、どのように巨匠となっていったかは、まったく触れられません。映画監督としてのスピルバーグについての描写を期待した(誤解した)観客も多かったと思われ、エンドロールが始まるや足早に退出する人が多くいました。
 この作品で、スピルバーグが映画に興味を持ち、子ども時代からフィルム撮影と編集を繰り返し手作りで映画を制作していたことは描かれていますが、むしろピアニストとしての才能を持ちながら専業主婦となり、優しく包容力があるもののワーカホリックの夫との関係と夫の仕事(転職)のために転居を強いられることに不満を持ち耐えられなかった母の女性としての生き様、葛藤、それをめぐる家族の物語としてみるべきでしょう。その意味で、それが映画監督の母であるかは2次的なものともいえる、そういうふうに割り切って観ることができれば(スピルバーグの自伝的作品という枠を取っ払っても観る気になれれば)味わい深いものと言ってよいと思います。
 サミーが高校の最上級生の時にバートがIBMに転職したためにカリフォルニアの高校に編入し、そこでユダヤ人差別を受けたことが描かれ強調されています。ユダヤ人差別について告発する映画が作られることはいいと思うのですが、ユダヤ資本が支配的なハリウッドで巨匠となり財をなしたユダヤ人映画監督が、ハリウッドで働き始めた後のことには一切触れないままに、それ以前の高校時代のユダヤ人差別を今になって採り上げて許しがたいこととしてアピールしても、今ひとつ観る側の琴線に触れません。
 母リア・アドラー(2017年没)と父アーノルド・スピルバーグ(2020年没)が亡くなるまでは作品化できなかったという事情なのでしょうけれども、芸術家としての成功を捨てる選択をした専業主婦の葛藤や高校生時代のユダヤ人差別というテーマが、今強い関心を持てるかというと(その種の作品はすでにたくさん観てきた人が多いと思うので)、難しいように思えます。
(2023.3.19記)

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