庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
映画「SHE SAID その名を暴け」
ここがポイント
 原作よりも記者の人間味、悩みが描かれているのが厚みを持たせている
 この問題での弁護士の役割には考え込まざるを得ない
    
 #Me Too 運動拡大の転機となったハリウッドの大物プロデューサーのセクハラを暴いたニューヨーク・タイムズの調査報道を映画化した「SHE SAID その名を暴け」を見てきました。
 公開2週目日曜日、渋谷 WHITE CINE QUINTO (108席)午前10時30分の上映は3割くらいの入り。

 2017年、ニューヨーク・タイムズの記者ジョディ・カンター(ゾーイ・カザン)は、ハリウッドの大物プロデューサーハーヴェイ・ワインスタインによるセクハラの取材を始め、トランプのセクハラの調査報道をしたミーガン・トゥーイー(キャリー・マリガン)とともに関係者をあたるが、取材に応じる者は少なく、話は聞けてもすでに示談して秘密保持契約(口外禁止条項)に拘束されてオフレコでしか取材に応じられない(記事にはできない)と言われ続けた。取材の動きをつかんだワインスタインの抗議を受けながらも、関係者への根気強い取材で次第に重い口が開き、被害者の連絡先がわかり…というお話。

 原作はノンフィクションで淡々と多数の関係者への取材の経過を記述しているところ、映画も原作に登場するエピソードの大部分を入れ込もうとしていて、それはそれで記者たちの困難とワインスタインの悪行の広がりを示しているのですが、映像では、私の顔認識・識別能力が低いこともあって、どの人の話だったか、今話題になっているのが誰のことだか、わからなくなり混乱します。映画を観た後で原作を読んで、あぁこのエピソードがこの人で、このエピソードがこれとつながるんだとようやく頭が整理できた感じです。
 原作よりも肉付けされているのは、記者2人の私生活で、2人とも幼子を抱えた母親記者(父親も育児は分担している)として描かれていることが、取材者の人間性、弱さ、迷い等をも描いて、人間ドラマとしての厚みを増しています。
 そして、編集長ディーン・バケット(アンドレ・ブラウアー)が、ワインスタインに対しても、ワインスタインの弁護士に対しても毅然としていて、ぶれないのが、すごくかっこいい。現実はこんなにスッキリ行かないんじゃないかとも思いますが、映画としてみる分にはスカッとしますし、安定感があります。
 この2点は、原作よりも、ニューヨーク・タイムズ側のスタッフの様子・人物を描き込んでいるのですが、映画としてはそれが利点となっていると思います。

 さて、弁護士として、この作品を見て考え込まざるを得ないのは、この問題に関する弁護士の役割です。
 記者の取材と被害者の被害申告の障害となり立ちはだかるものとして秘密保持契約(Non-Disclosure Agreement : NDA。和解合意の中では、口外禁止条項)が採り上げられています。私の弁護士実務感覚では、例えば労働事件での和解の際には、会社側はたいていは口外禁止条項を要求し、労働者側でも応じることが多いのですが、違反して口外した場合のペナルティを定めないのがふつう(会社側がペナルティの定めを要求することも稀にはありますが、私は応じたことはありません)です。しかし、映画で明示はされていませんが、このケースでは違反した場合のペナルティなど違反できないような定めが厳重になされていたようです。富裕層の側で、被害者を抑圧するためにそういう契約条項の考案・検討に精を出す弁護士が存在し活躍しているわけです。
 そして、この作品では、人権派弁護士の娘リサ・ブルームが、ワインスタインの代理人として暗躍していることが描かれています。日頃被害者を守る側で活動していても、金儲けのためには平気で富裕者・加害者側に付くという描き方です。映画ではそこまでは出てきませんが、原作では、リサ・ブルームはワインスタインに、自分はこれまでセクハラ被害者と(称)して金を要求する側の代理人を多く務めてきたので、自分ならあなたをそういう相手から救えると売り込む手紙を書いたとされています。原作はノンフィクションですから、実際にそうだったのでしょうけれども、弁護士がそこまでするというのは驚きました。
※原作本も読んでからと思ったので書くのが遅くなりました。
(2023.1.29記)

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