庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
映画「プリズナーズ」
ここがポイント
 娘を誘拐された父親の心情と暴走が一つのテーマ
 しかし、フランクリンの理性の声を抑え込む様は押しつけがましさを感じる

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 6才の娘が行方不明の父親が誘拐犯と疑う青年を監禁するサスペンス映画「プリズナーズ」を見てきました。
 封切り4週目日曜日、丸の内ピカデリー2(586席)午後1時の上映は1〜2割の入り。

 感謝祭の日、ケラー・ドーヴァー(ヒュー・ジャックマン)夫妻は友人のフランクリン・バーチ(テレンス・ハワード)宅を訪れてくつろいでいたが、ケラーの娘アナ(エリン・ゲラシモビッチ)が自宅でなくした赤いホイッスルを探しに行くと言ってフランクリンの娘ジョイ(カイラ・ドリュー・シモンズ)とともに外出し、戻ってこなかった。ケラーは、昼間に近くに停車していたRV車が怪しいと警察に通報、そのRV車に乗っていた青年アレックス(ポール・ダノ)は警官に囲まれ逃げようとして逮捕されたが、RV車からはアナらの遺留物は何も発見されず、アレックスは10才程度の知能と評価され、釈放される。アレックスの釈放を聞きつけたケラーが警察署の駐車場でアレックスの胸ぐらを掴み問い詰めると、アレックスは「僕が一緒だった間は泣かなかった」と口走った。警察官に取り押さえられたケラーは、担当刑事ロキ(ジェイク・ギレンホール)にそのことをいうが、ロキが聞いてもアレックスは何も言わず、警察はアレックスを伯母(メリッサ・レオ)の元へ帰した。納得できずにアレックスを追うケラーは、アレックスがアナが歌っていたジングルベルの替え歌を口ずさんだのを聞きとがめ、アレックスが犯人に間違いないと判断しアレックスを拉致するが…というお話。

 娘を誘拐された父親が容疑者と考える青年を拉致して口を割らせるために拷問することの是非が一つのテーマとされ、公式サイトでも「父親ならば当然の愛なのか?モラルを超えた狂気なのか?」と謳っています。法律家の業界では「自力救済の禁止」(権利が不法に侵害されている場合でも、その回復は適法な手続によるべきで、実力行使で強制的に解決することは許されない)という問題でもありますが、娘の命がかかった緊急事態という設定に、相手が犯罪者(と疑われているということなんですが)なんだから遠慮することないじゃないかという感情論で、世間的には是の方に傾きがちな問いかけになります。
 この作品では、ケラーが、フランクリンを誘い込み、最初は自分もジョイを取り戻すためなら何でもする、しかしこれは間違いだというフランクリンが結局は黙認し、妻ナンシー(ビオラ・デイビス)に問い詰められて耐えられずフランクリンが事実を伝えると、ナンシーもフランクリンにかかわるなと言いつつケラーの邪魔をするなと言い、最後にアレックスの監禁を知ったケラーの妻グレイス(マリア・ベロ)もあの人がやったことはアナを取り戻すためで感謝していると言いという具合に、肯定的に評価されています。娘を誘拐された父親が感情的になり居ても立ってもいられず常軌を逸した行動を取るという心情はわかります。私だって、そういう局面に置かれたら何をするかわかりません。しかし、同時に、理性的に振る舞おうとするフランクリンに対するケラーやナンシーの姿勢と圧力、言葉を失うフランクリンの描写は、死刑廃止派の発言に対してお前の妻や娘が輪姦されて殺されてもそう言えるのかという言葉を投げつける死刑存置派や親を殺された子どもに敵討ちを迫る親族のような無神経で野蛮な押しつけがましさを感じてしまいます。

 ストーリー展開では、ケラーの行動が中心ということでもなく、ロキ刑事の捜査の方が次第に中心となり、サスペンス映画としての性格が次第に強まっていきます。見終わった段階では、娘を誘拐された父親の心情という問題提起は薄まっている印象がありました。
 サスペンス映画としては、「呪われた一族」ふうの猟奇的で偏執的で狂信的な個人の問題に帰されているようで、ちょっとこぢんまりとした感じがしました。
(2014.5.25記)

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