庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
映画「私がやりました」
ここがポイント
 司法の機能不全を指摘するとともに1935年を舞台にしながら現代的なフェミニズムのトーンを持った作品
 ポーリーヌ弁護士の選択は弁護士としてやっていいのかは悩ましいが、過去のフランスの状況を笑えるかは疑問
    
 有名映画プロデューサーの殺人を巡る裁判とその後日談のドタバタ劇「私がやりました」を見てきました。
 公開3日目日曜日、WHITE CINE QUINTO (108席) 午前11時の上映は2割くらいの入り。

 売れない女優のマドレーヌ(ナディア・テレスキウィッツ)は、有名映画プロデューサーに役をやると言われてその自宅に行くが、端役をあてがわれ愛人になれと言われて抱きつかれて激高して外に飛び出した。マドレーヌが帰宅すると、家主から5か月分の滞納家賃を払えと言われて疲弊したルームメイトでやはり売れない新人弁護士のポーリーヌ(レベッカ・マルディール)が待ち受け、大企業の御曹司だが働きもせず借金をして競馬につぎ込むろくでなしの婚約者アンドレ(エドゥアール・シュルピス)が訪ねて来て金を作るために別の女と結婚すると言い出し、気落ちしたところへ、警察官がやってきて、プロデューサーが頭を撃たれて殺害されたと言い、マドレーヌに疑いをかけた。予審判事(ファブリス・ルキーニ)に呼び出されたマドレーヌに同行したポーリーヌは…というお話。

 基本的に一見してコメディなので深刻に考えるべきではないのでしょうけれども、弁護士として見たときには、科学捜査のない時代の裁判で、無能というか、公正さを心がけない(最も本人は自分が公正なつもりでいるのかもしれませんし、その方がよりやっかいかもしれませんが)者に裁かれるというのはとても怖いことだと再認識しました。
 1935年のフランスという設定ですが、銃による殺人なのに、発射痕鑑定も硝煙反応検査もなく、予審判事が手袋もなく直接銃に触っているところからして指紋鑑定さえない(まじめには調べていませんが、指紋鑑定は1935年なら既に実用化されていたと思うんですが)。
 客観的証拠がきちんと確認されないままで、予審判事の推測(たとえて言えば「名探偵コナン」の毛利小五郎レベルの決めつけ:事務官がそれは無理じゃないかと進言して退けられたりしていましたが)で容疑が固められていくのを見ると、こういう時代に生まれなくてよかったと思ってしまいます(現代は現代で、何らかの事情で例外的に間違った判断がされたり客観的証拠が捏造されたりしても、客観的証拠あるという思い込みで是正されないなど、昔とは違った怖さはあるのですが)。

 そして、弁護士としては、ほんとうはやっていないのに正当防衛を主張するというポーリーヌの選択がまた、悩ましい。
 セクハラプロデューサーに襲いかかられたという状況があり、やっていれば正当防衛が成立する可能性が相応にあると判断しても(ただし、この作品ではそこまで詰めていないけれども、プロデューサーの行為の切迫性・重大性が立証できないと、なんせ銃で撃って殺害ですから、過剰防衛と判断されて減刑はされても有罪のリスクは考える必要があります)、やっていない殺人をやったという主張をすることには、弁護士としてやっていいのか疑問が残ります。
 ろくに証拠がなくても、予審判事の思い込みストーリーで進められるような司法では、まっとうに無実を主張して退けられるより、リスクを取っても正当防衛を主張する方がまだ可能性があるという判断なのでしょうけれども。弁護士として、それはあまりに悲しい。
 もっとも、戦前のフランスの状況を笑ってられるかというと、私が刑事弁護をやっていた頃(2000年代初め頃まで)の日本の刑事裁判でも、否認すると保釈されないという「人質司法」の下、やっていないと主張すれば長期間(1年以上など)身柄拘束され続けるので、有罪でも執行猶予とか罰金が確実な事件ではやったことにした方がはるかに実生活への影響が小さいという状況があり、幸いなことに私自身はそういう事案でほんとうにやっていないと言われたことがないので窮地に追い込まれることはありませんでしたが、弁護士としては周囲の弁護士の話を聞き自分がそういうケースに直面したらどうしたらいいのかと悩んでいたことを思い出しました。

 なれ合いと思いつきで容疑を決めつける予審判事、証拠をきちんと把握せず女性嫌悪丸出しの傲慢な検察官など、低レベルの法律家が跋扈する中、女性の無権利状態を指摘し、検察官からマドレーヌとの同性愛疑惑を指摘されても毅然として女性の権利を主張する新人弁護士のポーリーヌが少しりりしい。
 司法制度の機能不全を指摘する(こっちはコメディ、パロディとして)とともに、1935年を舞台にしながら現代的なフェミニズムのトーンを持った作品だと思えます。
(2023.11.5記)

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