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たぶん週1エッセイ◆
映画「第9地区」
ここがポイント
 エイリアンの方が平和主義者で義理堅く、人間の非人道性、差別意識、業の深さを考えさせられる
 主人公のヴィカスがのずるさや非情さ、差別意識を描きつつ、同時に会社では社交的な人物であり妻との関係ではふつうの愛すべき人物でもあるという設定に、この映画の見識を感じる

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 謎の宇宙船に乗ってやってきてヨハネスブルグで難民状態となったエイリアンをめぐるSF映画「第9地区」を見てきました。
 封切り4週目土曜日、映画サービスデーということもあり、初回からほぼ満席。基本は娯楽作品とはいえ社会派色の強い作品でこれだけ入るのは、やはりアカデミー賞作品賞ノミネートの効果でしょうか。

 南アフリカ共和国のヨハネスブルグに突然現れた巨大な宇宙船。全く動きも反応もないので突入してみると中には昆虫か甲殻類のような外見のエイリアンが衰弱していた。南アフリカ政府はその地域に難民キャンプ「第9地区」を作って収容したが第9地区は直ちにスラム化し、エイリアンは宇宙に帰ることもできず定着し20年あまりが過ぎ、その数は180万にもなった。周辺住民の反対運動などもあり、南アフリカ政府は、ヨハネスブルグから200km離れた新たな難民キャンプ「第10地区」にエイリアンを移動させる方針を決定し、それを大企業MNUに委託し、MNUは平凡な会社員ヴィカス(シャルト・コプリー)をその責任者に命じる。ヴィカスは、退去勧告書をエイリアンに見せて同意のサインをあの手この手で取っていくが、ゴミの山から密かにある液体を抽出していた挙動不審のエイリアン科学者を追ううちにその液体を浴びてしまう。そのためにヴィカスは片腕からエイリアン化していった。エイリアンが持っていた多数の武器はエイリアンのDNAブロックが掛けられていてエイリアンしか扱えなかったが、半分エイリアン化したヴィカスはその武器を扱えることを知ったMNUはヴィカスの肉体を解体して半エイリアン化の研究を進めることを決定した。それを知ったヴィカスは逃走し、第9地区に逃げ込むが、政府は軍を派遣し・・・というお話。

 醜く、粗暴で知的ではない、しかし強力な武器を持ちながらそれで人を殺さないエイリアンは、これまでにないエイリアン像で、その部分は新鮮です。
 ただエイリアンの容姿がグロテスクな上、住居や餌とかも腐敗したような感じで、気持ち悪い映像が続きます。
 それに、ヴィカスは、エイリアンをすぐに銃で威嚇しようとする軍人に対してエイリアンを殺したくないという姿勢を示しますが、エイリアンの卵を見つけると栄養補給のパイプを抜いて火をつけてプチプチはぜる音がたまらないなどと笑って、人道主義者の顔をしながら自ら平然と虐殺に手を染めたりします。エイリアンに対する差別感情に加えて、エイリアン相手に好物のキャットフードを売りつけエイリアンの武器を買うナイジェリア人ギャング団を設定して黒人・外国人への差別感情も示されます。エイリアンやその生活の映像の不快感に加えて、この卵に火をつけて喜ぶヴィカスの偽善者ぶりを見せられたあたりから、私は吐き気を覚え本当に気持ち悪くなってしまいました。

 強力な武器を持ちながら、なぜエイリアンたちがそれを使おうとせず、買い叩かれる屈辱に耐えながらキャットフードと交換していくのかは、今ひとつわかりませんでしたが、そういう点も含め、エイリアンの方が平和主義者で義理堅く、軍隊はもちろんのことヴィカスもエイリアンの命など何とも思わぬ姿勢を示しエイリアンを騙し裏切ります。エイリアンに対する(さらにはナイジェリア人に対する)差別意識の強さも含め、人間の業の深さを考えさせられる映画です。
 しかも、主人公のヴィカスがそういったずるさや非情さ、差別意識を見せつけながら、同時に会社では社交的な人物であり妻との関係ではふつうの愛すべき人物でもあるという設定に、この映画の見識を感じます。
 見て愉快な映画ではありませんが(私は現に気持ち悪くなりましたし)、こういう考えさせられる映画を多数の人が見に来ることは、社会の層の厚さを感じさせて、ちょっとホッとします。

(2010.5.1記)

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