庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
映画「正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官」
ここがポイント
 「民主主義の国」、「言論の自由の国」で、発言を理由に身柄を拘束され国外退去させられるタズリマの無念は想像にあまる
 役人に強大な権限と幅広い自由裁量を与える法制度とそれを悪用する役人の前には、腕と熱意のある弁護士でも戦えない、そういう悲しい現実を再認識させられる

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 ロサンジェルスの移民捜査官の悩みをベースに移民社会アメリカでの「不法移民」をめぐる現状を描いた映画「正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官」を見てきました。
 封切り2週目都民の日・映画サービスデーは、ほぼ満席でした。娯楽性のほとんどない硬い作品とはいえ、「ハリソン・フォード主演最新作」が東京ではTOHOシネマズシャンテ1館だけの上映というのは寂しい話です。

 お話は、ハリソン・フォード主演ではありますが、移民税関捜査局(I.C.E.)の捜査官マックス・ブローガン(ハリソン・フォード)が摘発した不法就労者ミレア(アリシー・ブラガ)に頼まれてその子どもを救い出してメキシコの実家まで送り届けるがミレアは子どもを探して入れ違いに実家を出てしまい、マックスがミレアを探すというエピソードに、マックスの同僚のイラン出身の捜査官ハミード(クリフ・カーティス)の妹が殺害された事件をきっかけにグリーンカード(アメリカ市民権証)の偽造業者が発覚してマックスが監視ビデオ映像を検討して殺人事件の意外な真実が明らかになる話が絡み、ハリソン・フォードが直接出てくるのはここまで。さらにユダヤ人学校に雇われユダヤ教徒ではないがグリーンカード獲得のためユダヤ教のラビのふりをするギャビン(ジム・スタージス)、オーストラリア出身で女優を目指すその恋人のクレア(アリス・イヴ)はグリーンカードの偽造を依頼するがギャビンに止められビザの延長で役人とトラブって困り果てたところに偶然知り合った移民判定官コール(レイ・リオッタ)から求められるままに肉体を弄ばれ、学校で9.11の犯人たちの気持ちはわかると発表したイスラム教徒の移民タズリマ(サマー・ビシル)は移民局とともに自宅に乗り込んできたF.B.I.に拘束され移民弁護士デニス(アシュレイ・ジャッド:これがコールの妻)が懸命に弁護するがF.B.I.はタズリマの家族を引き裂いて国外退去させ、帰化を間近に控えた韓国人高校生ヨン(ジャスティン・チョン)が不良仲間に誘われてコンビニ強盗を実行するが居合わせたハミードが仲間を撃ち殺してヨンを救うという話が絡み合います。
 それぞれの話は、関係者が絡む形で関連は出てきますが、基本的には、移民をめぐる現状を象徴するエピソードをたくさん並べてみたという印象で、一本のストーリーとしては見にくいし、ハリソン・フォード主演の映画という印象もちょっと薄い感じがします。

 原題は Crossing Over で、多人種・多民族が行き交い混じり合う社会とその国境をイメージさせます。邦題の「正義のゆくえ」は、移民をめぐる現状で正義を考えさせるというイメージはありますが、映画自体は正義の方向性を指し示しているわけではなく、ちょっとイメージ違うかなという感じがしました。
 とりわけ、高校生のクラスでの発表を取りあげて自爆テロの危険などと言い募り、タズリマとその母親を弟・妹・父親と引き裂いて国外退去させるF.B.I.捜査官の悪辣さ冷酷さ加減は、なんとかならないものかと見ていて悔しく思えます。「民主主義の国」、「言論の自由の国」で、発言を理由に身柄を拘束され国外退去させられるタズリマの無念は想像にあまります。こういうやり方への憎しみが自爆テロ志願者を増やすのだと思いますが。
 ただ、同時に権力者・役人のこのような悪辣さを遠慮なく描くところもまたアメリカ映画のよさです。日本映画ではこういうテーマが描かれることも、大物俳優がそのような映画に出演することも、ほとんどないということも改めて考えさせられました。

 不法滞在・不法就労の摘発でマックスが悩まざるを得なかったり、グリーンカード獲得に絡めてコールが卑劣なマネをしたりする背景には、本来刑事罰や不利益処分をする必要がないケースにも広範に処罰や処分ができるような法律が作られ、役人の裁量が幅広く認められている法制度の問題があります。役人のさじ加減でどうにでもできるしくみが作られているから、必要以上に弱者がいじめられ、役人がやりたい放題にできて不正行為も容易になる構図です。日本の法制度は役人の裁量の幅が法律上もかなり広く、裁判所も役人の裁量をかなり尊重する姿勢をとっています。
 訴訟社会アメリカでさえ、人権派弁護士のデニスがタズリマのケースを法廷にさえ持ち込めずにF.B.I.の役人の前に屈した姿は象徴的でした。役人に強大な権限と幅広い自由裁量を与える法制度とそれを悪用する役人の前には、腕と熱意のある弁護士でも戦えない、そういう悲しい現実を再認識させられる映画でもありました。

(2009.10.1記)

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