◆私のお薦め本◆
  ジャングルの子
 幻のファユ族と育った日々 (原題 : DSCHUNGELKIND)

 ザビーネ・キューグラー著 2005年 (日本語版は 松永美穂・河野桃子訳 2006年 早川書房)
 西パプア(ニューギニア島西部、インドネシア)で外部と接触せずに暮らしてきたファユ族の村で少女時代を過ごし、その後スイス、アメリカ、ドイツで生活している著者がジャングルで暮らした少女時代を描いたノンフィクションだそうです。
 著者の父親は発展途上国支援を目指す言語学者、母親は子どもの頃シュヴァイツァーのことについて聞いて発展途上国支援を人生の目的と悟った宣教師・看護師。その両親が、著者が5歳の時に活動の目的地をインドネシアと定め、父親が未知の部族の調査を依頼されてたどり着いた先のファユ族の地に居住することになったというわけです。調査団と位置づけられていますので、ファユ族の居住地に住むのは著者の家族だけですが、ベースキャンプ地には支援のスタッフがいたり、時々はヘリコプターで物資を運んだりしていますから、文明と完全に隔絶した生活ではないのですが。著者は姉、弟とともに17歳まで西パプアのジャングルで生活しますが、大人になってきたことや兄弟のように生活していたファユ族の青年の死のショックなどから17歳の時スイスの寄宿制の学校に行き、その後西洋文明の中で生活することになります。
 この本は30代になった著者が、ジャングルで暮らした少女時代を振り返って書いたものです。
 著者は、西パプアでの生活と西洋文明下での生活について、次のように述べています。「西側の世界の人たちはほとんどが自分のため、自分たちの幸福のためだけに生きていて、そのくせ、それを手に入れることができずにいるのではないか」「朝になれば仕事に行き、夕方には疲れて帰ってくる。月末にはすべての支払いをすませ、わずかに残ったお金を貯金通帳に入れる。貯めた中から休暇旅行の費用を捻出し、日常の暮らしの気ぜわしさをもう一度リセットしてなんとかしようとする。そんなふうに毎日が過ぎてゆく。単調な生活から抜け出すために、私たちはぜいたくを求める。雑誌やショーウィンドウで見た高級車や大きな家、新しいデザイナー服を買うために借金に身を投じる。そしてついに新しい車を手に入れて、通帳にはいくらかお金が入っている。そんな状態になってもやっぱり満足することはできず、また最初から同じことを繰り返すのだ。」(57頁)「危険があるのはジャングルじゃない。」「危険があるのはこっちの方だ。わたしは朝、車に轢かれるかも知れないし、別の事故で死ぬかも知れない。わたしの子だって、誘拐されるかも知れないし、暴行されたり、殺されてしまうかも知れない。わたしは仕事をなくし、家も車も失うかも知れない。これはみんな危険なことではないだろうか。」「わたしにとって、この文明社会はジャングルでの暮らしよりも危険の多いものだ。西側の世界ではみんながたくさんのものに依存している。ほんの少し例をあげるだけでも、労働市場、収入、年金などさまざまな状況に支配されている。」「これに対してジャングルでは、何もかもが白か黒かのどちらかで、いわゆる文明社会のグレーゾーンは存在していない。人は敵か味方のどちらか、天気は雨が降るか太陽が照るかのどちらかだ。友人と家族は命がけで保護し、敵から守ってやる。何もかもがずっと単純で明確で、何がどうなるべきか、いつも分かっている。」(60頁)「ジャングルでの生活は肉体的には辛いけど、精神的にははるかに楽」「西側世界での生活は。体にとっては楽だけど、心にとってはずっと、ずっと難しい」(61頁)。
 こういった評価や、著者がドイツでの生活になかなか適応できずに、子どもができた後にも自殺を図るなどの事実が書かれている終盤を読むと、文明論的な読み方になりがちです。そういう面から読むと、石器時代のままの暮らしを続けてきたファユ族に道具を渡したり、西側の価値観による影響を与えたことの是非なんて難しい問題も出てくるでしょう。さらにそれがインドネシア政府の利害とどう絡むかとか・・・。それに著者が結局は今ドイツに身を置いていることも。
 でも、この本の価値は、学術的な観点ではなくて、単純に子どもがジャングルで生活して楽しかったよというところにあると思います。読んでいて、子どもの頃、リンドグレーンの「やかまし村」シリーズを読んだときの楽しさとあこがれを思い起こしました。しかも、それがノンフィクションです。著者も、自分は学者でも研究者でもなく書いていますから、視点がユーモラスで、ジャングル時代の話はとても楽しい仕上がりです。字数がけっこう多いのですが、一気読みしてしまいました。
 戦争を繰り返してきたファユ族に、父親が自分たちの生活と行動を通じて平和と愛の価値を教えたなんて話も、父親が、自分で、学者として書いたらちょっと読んでいていやな気がするでしょうけど、娘が書いているとそんなに気にならず、わりと素直に頷けます。
 子どもたちのジャングルでの生活のワクワク感で読み進み、異文化の接触で分かり合えたときの感動を時々感じた上で、私たちの生活のありようにも思いをはせる・・・と、読んでお得感があります。
 堅めのノンフィクションとしてではなく、エンターテインメント系の読み方をするものとして、お薦めしておきます。

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