庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

  私の読書日記  2026年3月

11.地球を救う植物のすごい知恵 中西友子 日経サイエンス社
 植物の微量元素(貴金属・有害物質等)吸収や水の吸収、成長のメカニズム等について解説した本。
 著者の専門の放射化学的手法(放射性物質を植物に吸収させてその放射性物質の移動・配置を検出観察する)によるアプローチからの問題意識、切り口、検討が新鮮に感じました。そういう点で、ふつうの植物分類学とかの植物の本とは趣が違います。
 冒頭で紹介されている元素の含有割合で産地を特定する(産地偽装のチェック)可能性とか、貴金属の含有量や貴金属を集積しやすい種類の植物(金についてヤブムラサキ等)による鉱脈探しの可能性など、興味深く読めました。
 項目立てはされているのですが、理論的な流れにはなっていなくて、さまざまな事項のエピソード集のように見え、あれもまだわからない、これもまだ解明されていないというのが多いので、知的好奇心を刺激されるのですが、今ひとつ読んでわかった感は持てませんでした。

10.がんになった緩和ケア医が、本気でホスピスを考えてみた 大橋洋平 双葉社
 2018年6月に消化管間質腫瘍(胃・腸のがん)が発覚し、2019年4月には肝臓転移が発覚した緩和ケア医の著者が、終末期に過ごす場としての独立型ホスピス、病院併設型ホスピス(緩和ケア病棟等)、在宅療養についてのメリット、デメリットや患者の気持ちなどを語った本。
 著者自身の経験からも排泄機能がやられるととても苦しいそうです。「生きるために重要なのは、『入れる』よりも『出す』ことだと、身をもって実感しました。出せなくなると、人は苦しくて仕方ない」(37ページ)独立型ホスピスの利点は自由が利くことで、弱点は病気の進行で生じる苦痛にすぐ対処できないことがあることとして、例えば腎不全で排尿ができなくなると想像以上に辛いが励ましたりさすったりするしかできないということもあると紹介しています(37~38ページ)。
 緩和ケア病棟は痛みを取るプロがすぐに処置できるのが強みで、喫煙はまずNG、面会が特にコロナ禍後制限されがちなのが問題点とされます。
 在宅療養なら面会制限の問題はないけれど、排泄ケアや家族の介護疲れ、疼痛緩和の限界、緊急時対応等の不安などが出てきます。
 そういったことを考えて、自分と家族に合った道を考えようということですが、患者の立場から現状は医師側の都合でそうなっているところが少なくなく、家族との面会をできるように努力すべきとか、ホスピスにいたい患者を短期間で追い出すな(入院が継続すると診療報酬が減るしくみの問題)とか、病院内のコンビニは患者が自分で選べるようにベッドに寝たまま入店できるようにすべきとか、患者によかれと思って行動する前に患者にどうしたいか聞いてくれなど、改善すべきことも指摘されています。
 いろいろと考えるところ、思うところがある本でした。

09.小さな会社のリースの実務 いちばん最初に読む本 六角明雄 アニモ出版
 業務用の機器等を一定期間利用するために毎月使用料を支払いながら途中解約不可で解約した場合残期間の利用料全額の支払いを求められしかもそれでもその機器の所有権はリース会社にあり期間満了時は原則として機器をリース会社に返還するというしくみのリース取引について、そのしくみと契約形態、法的性質、会計処理、税務などを説明した本。
 ユーザー側から見たらまったく不合理で、経済的な意味は会計処理と税務で有利な場合があると聞いていましたが、そこもよくわからなかったので読んでみました。結局現在では、予想される使用期間が法定耐用年数よりも少し短いときに(大幅に短いときは結局ダメみたいです)減価償却処理上少し有利になる(158~159ページ)という点以外には、私が読んだ限りではユーザーにとっての経済的なメリットは見いだせませんでした。
 現実には多くのユーザーが理屈に合わず経済的にもメリットがないリース取引をしているのは、実質的にはそれ以外の方法での提供が難しい(ビジネスフォンなど)とか、故障・不具合時の不安があってメンテナンス契約なしでの使用が難しい(コピー機など)からだと思います。私の場合、それしかありません。
 それなのにこの本は、リース契約はユーザーが使用する商品を直接特定して購入する(リース会社を銀行やメーカーに紹介してもらう)のが原則形態だとしてしくみや契約形態はそれしか説明していません。むしろ通常はリース会社がメーカーと提携して特定の商品のリースのセールスをしてユーザーはリース会社が提案するパターンから選ぶだけでしょう。著者が説明しているような契約は、中小企業がするとしたら工作機械とか産業用ロボットをオーダーメイドするときくらいじゃないでしょうか。そして、会計も税務も平成19年(2007年)以降は賃貸借契約ではなく売買契約扱いでリース料総額の現在額(将来利息相当額控除)を資産計上し経費計上は減価償却しろとかリース料を支払利息とそれ以外に区分するなどの小難しいめんどうなことを延々と説明しています。ところが、中小企業の場合現在もなお賃貸借と同様に会計上リース料を単純に支払いリース料として損金控除でき(114ページ)、税務上も賃借料として損金経理した金額がそのまま償却費に含まれしかも明細書も不要と扱われている(146ページ)というのです。この本、「小さな会社のリースの実務」と題してるんですから、最初から中小企業では単純に支払いリース料を損金処理していい、税務上もそれで通ると書けばいいのに、延々と中小企業ではやらなくていいことばかり小難しく書き続けた挙げ句に、わずかに1~2ページ中小企業ではやらなくてもいいんだけどねって書いているのです。リース契約の実情がリース会社を免責しリース会社に都合のいい条項ばかりでユーザーには信じられないくらい不利なものとなっているのに、一見ユーザーに不利に見えるが実は合理的だとか不利ではないという記述を繰り返していることと合わせ、著者は、リース会社の利益と自分が書きたいことを重視し、中小企業のユーザーのことは考えていないんじゃないかと感じました。

08.司法はこれでいいのか。裁判官任官拒否・修習生罷免から50年 23期・弁護士ネットワーク編 現代書館
 1971年春、近年では「ブルー・パージ」とも言われる青法協攻撃の最中、青法協会員6名、任官差別・分離修習を許さぬ会会員1名の合計7名の裁判官志望者の採用拒否(裁判官任官拒否)と、終了式で任官拒否を受けた者の発言の機会を設けるよう求めた修習生1名の罷免(2年後に再採用)という洗礼を受けた23期司法修習生の有志が修習終了・弁護士登録から50年を経て当時を振り返った文集。
 裁判官任官拒否の歴史上最も多数の青法協会員またはその同調者に対する任官拒否を受けた23期ですが、問題意識、衝撃としては、任官拒否よりも阪口修習生の罷免の方が重大だったように見えます。法曹資格を失わせることになる修習生罷免の方が当事者への打撃が大きいのはわかりますが、既に2年後に弁護士資格を得ていることもあり、社会への影響は裁判官任官拒否の方が大きいはずですが。
 そういう意識を背景としてか、編集委員会による時代背景・経過説明の第1章では、「36、37、38期は任官拒否がなかったが、39期に3名が拒否された。それ以降、任官拒否はなくなった」(23ページ)と記載されています。37期(1985年春修習終了)で任官拒否された当該の私は、読んでいて衝撃を受けました。当時、最高裁に行政不服審査の申立てもし、相当数の弁護士会で抗議の会長声明等も出してもらい、当時は比較的ポピュラーだった週刊誌「朝日ジャーナル」(朝日新聞社:1992年廃刊)に4ページの記事が掲載され、法律業界誌「法学セミナー」(日本評論社)にもインタビュー記事が掲載されるなどかなり騒がせたつもりでしたが、著者たちの記憶には残らなかったようです。46期(1994年春修習終了)で任官拒否を受けた人(神坂直樹氏)に至っては国家賠償請求訴訟を提起しましたが、著者たちのアンテナにはかからずあるいはお眼鏡にかなわなかったのでしょうか。
 弁護士会の各種活動で著名なレジェンドというべき弁護士たちの文章が並び、あぁこの先生も23期と、またその文章の中で修習時の最高裁の仕打ちがそのエネルギーとなったことを語る様子に感慨を受けました。
 巻末近くに石田和外最高裁長官(当時)の来歴を語る文があり、その中で、東京地裁構内での撮影全面禁止は1957年年明け早々に石田和外東京地裁所長が発した所長命令に始まる(それまでは写真撮影は自由に行われていた:325ページ)とされているのが、知識としては初耳でした。昔からの伝統というわけではなく、他方で未だに石田和外の亡霊が威力を持ち続けているのですね。

07.アセクシュアル アロマンティック入門 性的惹かれや恋愛感情を持たない人たち 松浦優 集英社新書
 性別の如何を問わず他者に性的に惹かれない「アセクシュアル」(「ア」は英語の否定の接頭語)、他者に恋愛感情を持たない「アロマンティック」の人々の存在と置かれている状況等について論じた本。
 性行為や性的な行為・関係・ことがらへの志向・指向・嗜好、他人との関係の持ち方や感情などは人それぞれであり得ます。私自身は、学生の頃に「性の署名」(ジョン・マネー、パトリシア・タッカー)を読み、外性器・染色体レベルでさえ無限に中間的な性がある(n個の性)という指摘に驚き、基本的に性に関してどのような特徴でも指向でも人それぞれにあるものとして受け容れるべきものと考えてきました(「性の署名」やジョン・マネーに対しては、性差を強調したい人々はもちろん、フェミニズムやリベラルの側でも批判・非難する人が少なくないのですが)。
 この本では、性行為や性的関係、恋愛などに対する態度が、それぞれの(それ以外も含め)ことがらでの組み合わせ、求める/嫌悪・拒絶する程度、求める/許容する頻度、時期による変化さらにはそのときの気分などでさまざまであることに注意を払い、誰も取りこぼさないこと、誰もが抑圧されないことを指向していて、そうすると、分類的なことをいうより「みんな違ってみんないい」で行くしかないんじゃないかと思います。他方で、何らかの集団としてのラベルを持つことで、アイデンティティが確立され、それを尊重する意識や運動が生まれると、マイクロラベルを貼りたがっています。両者は、理論的には相対立する契機を持っていて、常に自分はそのラベルの定義に含まれないとか、自分はそのラベルで見られたくないという人が出てきます。両者を追い求めれば一貫できず矛盾・ほころびを生じるのは、ことがらの性質上仕方ないと思いますが、読んでいてどこかすっきりしない感じがします。
 また、過去の研究の紹介では、学者さんが細かい差異で批判し合う様子が、政治(運動)の世界で多数派をとれない相対的少数派の左翼とか極左が少ないパイを巡って四分五裂している絶望的な状況を彷彿とさせ、これもまた読んでいて悲しいものを感じました。なお、著者の本来の研究分野がアセクシュアルではなくて2次元恋愛だというのが「おわりに」で最後になって明かされる(259ページ)というのも、私の読後感を悪くしました。

06.心を持つAIは作れるのか?いやそもそも人に心はあるのか? 前野隆司 PHP新書
 人間には「自由意志」はないと主張し、思い通りに行かなかったことがあっても自分だけの責任ではないから過剰に自分を責める必要はないとして、人を自己責任論から解放すべきことを論じた本。
 著者は、人が行動する(体を動かす)際の神経等の動きがその行動をしようと脳が意識した時点より先行しているという実験結果等に関する考察から、人間の行動の大半は無意識により決定されており、意識は経験をとりまとめ評価しエピソード記憶として残すために存在するに過ぎない、自分が(意識して)行動を決定したというの(自由意志の存在)は幻想に過ぎないと結論づけています。
 脳科学や心理学関係の書籍等で脳がエネルギー(リソース)の節約のために多くのことを意識的な思考なく直感で決定しているということはよく書かれています。それらの文献では、大部分はそのように決定しているが日常的でない判断では考えて決定しておりむしろそういう場合に集中するために重要でないことは直感で決めているのだとされています。この本では、その後者が存在しない、幻想だと言っているのだろうと思います。
 私には、会話は、深く考えなかったとしても、相手の発言を認識し、その上で自分の発言を選択しているもので、無意識で決定しているとは思えません。日常会話が半ば無意識でできたとしても、例えば私たち弁護士が法廷で行う反対尋問の際、敵性証人から出てくる答えは必ずしも予想できませんし、まったく予想外の答えをされるときもあります。それに対する次の質問や切り返しは、やはり答えを聞いてから意識して考えて行っていると思います。著者は意識しているという認識が幻想だと主張するのかもしれませんが、経験的に、それが正しいとは私にはとても思えません。
 著者の主張は、経験したことがない事態への対応や通常の予想を超えたことへの対応、あるいは目の前のことでない後日のことの意思決定や計画などの場面を無視し、ルーティーンの意思決定をすべての場合に拡張して論じているように思えます(著者の論述中にも、経験の学習中の場面は出てくるのに、その際の意思決定が無意識なのか意識なのかには触れられません。避けているようにも見えます)。
 また、自由意志、意識、自己、自我などの用語・概念を微妙にぼかしながら使っているような印象も持ちました。例えば「犯行の際に意識がなく、無意識的に手が動いて相手の命を奪ってしまったとしても、行為そのものを『犯罪』として扱うのが現在の法律です」(158ページ)という記述は、意識、無意識という言葉を通常の意味で用いている限り、あり得ない(間違っている)ものです。
 終盤では、人には個性や創造性があり、心を持っている、感情を込めた創作や表現こそがAIには決してまねできない部分だというようなことも述べています(152ページなど)。著者のいうその部分は、意識であり自由意志なんじゃないかと、私は思うのですが。
 終盤で展開している幸福論は、共感できるものですが、それは近時日本で、特にネット世論で吹き荒れている自己責任論の弊害や誤りを指摘すれば足り、著者のいう自由意志がないという主張に依拠する必然性はないと思います。

05.日本のインフラ危機 岩城一郎 講談社現代新書
 笹子トンネル天井版崩落事故(2012年)や八潮市での道路陥没事故(2025年)を例に、道路橋、トンネル、道路、上下水道等のコンクリート構造物によるインフラが劣化してきており、特に日本の場合高度経済成長期に集中的に整備されたため50年を経過したものが多く、その延命、補強、付け替え等が必要となっていることを説明した本。
 コンクリート構造物でも昔造ったもの(1900年代前半に造ったもの)は人力で丁寧に施工されていたので長持ちするが高度経済成長期に機械化され迅速に造る工法を採用した結果耐久性が低下した(110~111ページ)というエピソードには考えさせられます。木造の場合も法隆寺や薬師寺東塔が千数百年経ってもびくともしないのに今どきの木造住宅は数十年でガタが来ます。技術が進んでよくなり続けているといいにくい場面がいろいろとありそうです。
 笹子トンネルの事故や八潮市の事故が取り上げられていることからトンネルや下水道のメンテナンスや補強工事の話があるかと思いましたが、著者の専門の関係で、ほとんどは道路と道路橋関係の記述です。
 耐久性のある道路の建設について、高耐久床版の製造・施工の試みの紹介(112~122ページ)が、技術面では目を惹きます。
 予算の少ない市町村管理の道路・橋梁での実践として、村民による生活道路の整備(170~174ページ)や橋の補修(欄干塗装)や日常点検(176~186ページ)なども、多額の資金を投入してゼネコンを潤わせるやり方でなくできることがあると目からうろこの思いでした。

03.04.ハヤディール戀記 上下 町田そのこ PHP文芸文庫
 ウェトナ大陸西端の王国ハヤディールで、守護神ペリウスに嫁ぐこととなった巫女エスタが宮中から攫われ、エスタに恋い焦がれて通っていた騎士団長レルファンがエスタ救出のために奔走するという設定のファンタジー。
 もともとは他人に読ませるためでなく自分の娯楽として書いていたものと作者自身が語っています。自分が読みたいものをという観点だとすると、エスタの視点から、思い人がどんなに困難に遭ってもまっすぐに自分を思い続けあきらめずに追い求めてくれる姿を楽しむというのがメインテーマということでしょう。一般読者からは、攫われた後のエスタの様子は、長らく窺うことができず、レルファン側で思い人の行方がつかめず手がかりもない中、苦悶と憤激を抑えいやな想像に苦しむ姿を読まざるを得ず、なかなか妄想にキュンキュンするのは難しいのですが。
 おそらくは作者が自己投影するエスタも、そして同じくレルファンに思いを寄せるレルファンの従者リルも、あまりにもうぶで心根がかわいすぎ、ファンタジーというよりもラノベのキャラ設定に思えます。一般読者は、長らく過去場面でしか登場しないエスタよりもリルの側でリルの恋の成就を願いながら読むことになりそうです。
 この2人の女性キャラに加えて主人公となるレルファンもまっすぐで、爽快感があるとともに、読み物としては陰影とかひねりは少ない印象です。ファンタジーの常として冒頭に地図がありますが、場所的に大きな展開がなく使い切れてない感がありました。もっとも、それはその地図の作りの投げやりな印象から予測されたことではありますが。

02.デジタル時代の基礎知識 「SNSマーケティング」(第4版) 長谷川直紀、本門功一郎 翔泳社MarkeZineBOOKS
 企業のSNS担当者・マーケティング担当者向けにSNSの利用方法について解説した本。
 一般のSNSユーザーにも、各SNSごとのプロフィール画像や投稿画像の最適サイズ(154~157ページ、167ページ)などの情報は有用と思われますし、営業目的でなくても閲覧・視聴の拡大を追求したい人には、各SNSごとのフィードのアルゴリズム(92~97ページ)、分析機能の説明(130~143ページ)、公式情報の掲載ページ(217~219ページ)などの情報は重要なものと思われます。
 しかし、それら以外のアドヴァイスも合わせ、やはり人を(金も)かけられる企業でないと、そこまではやれないよなと思います。
 商品・サービスを購入する際に参考にしたアカウントの調査データ(169ページ)を示しながら、1位の「知り合いでない一般人」について、解説ページ(168ページ)でまったく触れないというのに違和感がありましたが、別の調査での同様のデータ(183ページ)では、アンバサダーに口コミを広めてもらおうという対策が推奨されていました(182~185ページ)。そのあたりの書きぶりにちぐはぐ感があり、後者もステマというかサクラというか、何だかなぁという印象を持ちます。
 いろいろ新しい情報に触れることができ、刺激を受けましたが、読後感としては、企業の広告担当者もたいへんだなぁというのと、そういう広告・企業の思惑に乗せられないようにしたいというのが半々くらいでした。

01.消費者法入門 消費者と企業の視点から カライスコス・アントニオス、牧佐智代、住田浩史 志部淳之介 有斐閣
 消費者保護に関わる法制度について、契約法の基本と消費者契約に関する主な法規制を説明した上で、美容医療・エステティック、サブスクリプション(定期購入:月払いサービス)、不動産取引、通信販売、電気通信サービス(携帯電話、固定電話、プロバイダー、名誉毀損等)、インターネット(検索による業者選択、広告、口コミ、詐欺的勧誘等)、金融商品・投資被害、金銭関連(電子決済、多重債務等)、製造物責任・暮らしの安全などの分野別に問題や法規制を説明し、相談と被害救済の窓口を紹介し、消費者法分野の今後の課題などを論じた本。
 さまざまな領域について、古典的な問題に加え新しい問題について論じられているのが、勉強になります。
 消費者法を学ぶことが消費者の権利行使のみならず、企業・事業者側でも健全なビジネスと長期的な信頼獲得のためにも有用だということを指摘することを、特徴として誇っています(はしがき)。事業者教育を強調するのなら、クーリングオフ(無条件の撤回)ができる期間は法定書面の交付日から起算する(そこまでは何度も書かれています)が、その法定書面にはクーリングオフが可能であることを明示していなければならないこと(なぜかこの本では、クーリングオフの説明が何度も出てくるのにこのことは1度も書いていません)とか、今どきは消費者からの苦情が信販会社(クレジットカード会社)の加盟店審査に影響を及ぼし消費者を誤認させるやり方が営業上もリスクになりうることなどは、書いておいて欲しかったなと、私は思います。
 さまざまなことにリスクを指摘していながら、シェアリングエコノミー(280~281ページ:他人の資産・労働を利用・仲介して利益を得るビジネス。その先駆者であり典型がUber、airbnb)には手放しの期待をしているのには、私は強い違和感を持ちました。現実の事業者が、そのサービスを実行する者(ギグワーカー)を労働者ではないと主張して労働者保護規制を守らずにワーキングプアを量産しながら自らは濡れ手に粟の利益を得ているのを、消費者問題ではないと考えてスルーしているのでしょうか。それを是認するのが「企業の視点」を入れたということなんでしょうか。

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