庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

  私の読書日記  2026年1月

14.図解いちばんわかりやすい頸椎症とストレートネックの治し方 田村睦弘 河出書房新社
 首の痛みや不調について解説した本。
 前半は、首に痛みがあるとき、ストレッチが有効になるのは筋肉疲労の場合のみで、それ以外はストレッチが症状を悪化させてしまう可能性がある(6ページ)とか、首ポキ整体は神経に障害が出る(4ページ)と脅し、とにかく医療機関に受診することを勧めていて、医師の営業のための本だという印象を持ちます。保険適用外医療(自由診療)の安全性に疑問を呈して保険適用医療を勧めている(65ページ等)のは、商売一辺倒ではないとも見えますが。
 終盤3分の1は「セルフケア」として日常生活での注意や体操の紹介が続き、ようやくホッとして読める感じになります。セルフ体操4「肩甲骨ゆるめ」で「背骨を1つずつ積み上げていくイメージで上体を起こす。」(133ページ)という説明がイメージできず、挫折。セルフ体操16「立位首伸ばし」(145ページ)で前屈して胸を膝につけようとしたら、腹筋が攣りました。日頃の鍛錬が足りん…

13.更年期からの健康寿命の延ばし方 ピンピン楽しく生きてコロリと死のう 関口由紀 主婦の友社健康ライフ選書
 女性が更年期を乗り越え健康寿命を延ばして死ぬ直前まで元気で生きられるようにするための方法論を語る本。
 このテーマでふつうに勧められる、食事や生活習慣の改善、体操なども書かれていますが、女性泌尿器科専門医の著者らしく、著者が「フェムゾーン」と呼ぶことを提唱してきたという女性器のケアと女性ホルモン(男性ホルモンも)投与によって健康が保たれることに力点が置かれているのがこの本の特徴と思われます。
 更年期と老化によるさまざまな不調には、女性特有のものもありますが、現れる場所や症状に違いがあっても、歳を重ねて体にガタが来る様子は他人事には思えません。この種の本を読むたびに、体に気をつけいたわり、といって休んでばかりでもいけないと、気を引き締めます。
 この本の場合、体の構造等の違いがあり、その通りに実行できないところが多々ありますが、女性器のケアが全身の健康につながるというような、からだ・健康にはふつうには思い至らないこともありそうだという気づきが刺激になりました。

12.モネ クリストフ・ハインリヒ 青幻舎
 印象派の著名な画家クロード・モネの作品と生涯についての解説書。
 人生の前半、賞賛と非難に揺れ経済的に恵まれず、後半は成功して財をなし拡げていった庭園ジヴェルニーで悠々自適の生活をしながら睡蓮等を描き続けたこの画家の作品では、私は困窮時代を支えた妻カミーユと婚前に生まれた長男ジャンを描いた「散歩、日傘をさす女性」(この画集では24ページ)が好きです。初期の、明るい色彩で意外に精緻な風景画もいいと思っていますが。
 ドイツの美術書等の出版社タッシェン(TASCHEN)のベーシックアートシリーズの1つとして1994年に発行された原書の日本語版が2000年7月にタッシェン・ジャパンにより出版されました。その後、タッシェンの日本からの撤退があり、2025年秋に青幻舎とタッシェンの提携によりタッシェンのベーシックアートシリーズを青幻舎が日本で発売することになってその第1弾がモネとゴッホと相成りましたということなのです。そういうことであれば、通常の感覚では、「本書は2000年にタッシェン・ジャパンから発行された『モネ(タッシェン・ニュー・ベーシック・アート・シリーズ)』を改装して(あるいは新訳して)発行したものです。」というような表示があってしかるべきだと思います。著者の表示が日本語カタカナ表示しかなく(Christoph Heinrichという原語表記は見られません)著者紹介は小さく、訳者名などふつうにはわからないくらい小さく、著作権表示は「1994 Benedikt Taschen」となっていて、タッシェンが著者から著作権を買い取っているなどしているのでしょうから、著作権法上の問題はないよう処理されていると思いますが、それを置いて、過去の出版について断っておくのは読者に対する最低限の誠意だと、私は思うのです。
※2000年7月バージョンと比較してみると、2000年7月バージョンにあったモネのデッサン2点、他の画家の図版4点、写真9点がカットされ、他方でモネの絵が1点(アルジャントゥイユの橋:34ページ)と写真3点が新たに収録されています。2000年7月バージョンにある巻末の図版目録もありません。出版社としては2026年がモネ没後100年で話題になる(アーティゾン美術館とポーラ美術館でモネ展が予定されています。近年、2026年に限らず、モネ展ラッシュの感がありますけど)のを見込んで大判・ハードカバー・光沢紙化して販売価格を上げて(1500円+消費税→2500円+消費税)一儲けと考えたのでしょうけれども、読者側から見て、旧版増刷ではなく新版として出版することにメリットがあったのかは疑問です。
※2000年7月バージョンも、訳者名はその気で探さないと見つからないくらい小さい(最初の方の著作権等表示の中に Japanese translation の1行があるだけ。日本語のでの表示なし)。翻訳者に対するリスペクトが決定的に欠けている出版社なのでしょうね。

11.万事快調(オール・グリーンズ) 波木銅 文藝春秋
 茨城県北にある工業高校機械科2年生の女子3名、無職で暴力的な父と不登校の弟のいる家庭から離れたくて東海駅前のフリースタイルラップグループ東海サイファーに「ニューロマンサー」のMCネームで参加している朴秀実、中学時代漫研で絵が下手で挫折し東海の隣の駅そばのボウリング場でアルバイトする岩隈真子、原発作業員だった父が自殺して精神を病んだ母と暮らす陽気な優等生を演じることに嫌気がさしている矢口美流紅が、朴がレコーディングを餌に自宅に誘い込み襲ってきた著名クラブDJの金庫から持ち出した大麻の種子を栽培して売りさばき田舎脱出資金にしようとするが…という青春小説。
 ストーリーよりも3者のキャラ立ち、朴のラップ・SF愛、矢口の映画愛、岩隈の漫画・小説愛を味わう作品かなとも思えました。タイトルの「万事快調」は、矢口の愛するゴダールの映画(Tout va bien:1966年)から。この95分の映画を見た朴が「長かったー」という(151ページ)のですから、映画を愛する矢口が岩隈に「こういう相手と付き合うのはやめといたほうがいい、っての分かる?」と聞かれて「一緒に映画行って、見終わったあとの第一声が『長かったー』ってヤツね。」と答える(195ページ)のも無理からぬところか。
 映画を見る予習として読みました。映画は概ね原作に従っていますが、朴の祖母の死因に触れず、朴が水戸駅付近で自らブツを渡しに行って脅される「タタキ事件」の後原作では郵送販売に切り替えて利益を上げるのに映画ではさらに東京で脅されて儲けを得られないことにし、担任の教師が原作では今時あり得ない性別役割分業・女性抑圧的な発言を繰り返すのに映画では基本的にまともな姿勢であるなど、原作の背徳性を減ずる修正がなされています。
 また、どちらのニュアンスになるのかは微妙ですが、ラストに至る経緯が、原作では偶発的なのに、映画では意図的計画的なものになっていて、読み終わった/見終わった印象が変わってきます。
 そういう方向性に関わらないところでは、東海村で夫を殺害して逃げた原田瑞穂について原作では倒れているのを朴だけが見かけたのを映画では交差点で引かれたのを3人がそろって目撃したことになっている、教室での矢口の席が原作では窓側の朴の席の後ろなのに映画では朴と反対の廊下側、映画では藤木がどもらないなどの点で違いがありました。

10.サイト別 ネット中傷・炎上対応マニュアル[第5版] 清水陽平 弘文堂
 SNSやネット上のサイトでの書き込みで誹謗中傷されたり個人情報をさらされたりしたときに、書き込みの削除を求めたり、書き込んだ者を特定するための情報開示を請求する方法、手続について説明するとともに、炎上への対応についても解説した本。
 素人や経験の浅い弁護士でもできそうに思える程度に、請求書式への到達までとフォーマットを示した記載方法が解説されていること、この本の後半半分にわたって各サイトごとの相手先と相手が所持している情報、従って請求すべき情報、請求した際の相手方の対応、それに応じて取るべき手続などが解説されていることに感心します。全然知らないサイトもあり、読んでもふ~んと思うだけという面もありますが、実際やることになったら、是非そのときに参考にしたいと思います。
 もっとも、この分野の法制度や裁判実務運用の変化、さらにはネット環境の変化はとても速いので、実際に必要が生じたときにはもう古い情報になっているというリスクもありそうです。そのときにはこの本の新しい版が出ているかもしれませんし、別の弁護士がまた別の本を書いているでしょうけど。

09.商標のツボとコツがゼッタイにわかる本 井髙将斗 秀和システム
 商標の意義と登録の手順、登録後の使用、ブランド力の育成・維持、商標をめぐる紛争などについて解説した本。
 弁護士の立場からは、商標登録をして商標法や不正競争防止法を用いてブランドを守る側での主張とともに、商標法違反を指摘され差し止めや損害賠償を請求された競合他社の側での主張も対比して書かれているのが、理解を深めるのに役立ち、考えさせられる点で参考になりました。
 その点は、商標等をめぐる紛争は企業・事業者間での争いですから、会社側の弁護士にとってはどちら側も顧客・依頼者になり得るからなんでしょう。従業員の不適切投稿(いわゆるバイトテロ)関係では、アルバイト従業員の制服にポケットを付けずスマートフォンの持ち込みを物理的に防ぐ工夫をしている飲食店の例を紹介し、正社員が監視する、監視カメラを活用する、問題を起こした従業員に対して法的措置を取る(142~143ページ)など、使用者側の立場で従業員に対して厳しいスタンスを取っています。労働者側から相談や依頼を受けることは頭にないのでしょうね。
 商品の特性を示す普通名称として商標登録・権利行使が認められない場合とともに、まったく新しい商品で「ふつうの名称」がない場合に当初独自性があった商標が普通名称化するのにどう対応するか(味の素や、ベトナムでのHONDA:ベトナムではバイク一般がHONDAと呼ばれた。134~136ページ)も、門外漢には興味深く読めました。
 半分以上は法的な話ですが、3割くらいはブランドの構築や営業のコンサルタントのような話が書かれています。著者は弁護士ですけど、そういう分野にも造詣が深いのか、そちらの方も、私には新鮮でした。

08.目撃証言 エリザベス・ロフタス、キャサリン・ケッチャム ちくま学芸文庫
 心理学者エリザベス・ロフタスの研究と専門家証人として経験した事件に基づいて目撃証言の危うさを解説した本。
 第3章以降の、エリザベス・ロフタスが関与した8件の事件(実際に法廷で証言した事件は5件。1件は依頼を拒否し、1件は証言準備中に本人が死亡し、1件は裁判官が証言を許可しなかった)の紹介が詳細で、目撃者の供述が具体的にどのように変遷していったか、それに何が寄与したのかが解説され、目撃証言の危うさが実感できますし、単純にノンフィクションとしても興味深く読めます(リーガル・サスペンスが好きな人には、そういうものとして楽しめます)。
 特に第6章では、子どもの何気ない言葉に疑念を持った母親が性的虐待があったのではないかと子どもに繰り返し問いかけ、子どもが次第に母親の望む(心配する)答えに近づき、そのうちに母子ともに性的虐待があったと確信して行く様子が描かれ、決して「悪意」ではない(子どもに虚偽の証言をさせようというつもりはない)母親が我が子のことを心配するあまりに実際にはなかった性的虐待があったと確信し、子ども自身も記憶を変容させて被害を受けたと確信するという不幸、たぶんあちこちで起こっている不幸に哀しみと困惑を感じます。
 アメリカのリーガル・サスペンスの法廷シーンではよく登場する専門家証人が、実際にいること、証言の報酬がその事件では3500ドルの予定である(332ページ)ことなど、認識を新たにしました。日本の裁判でも鑑定になると鑑定人から数十万円請求されるのはふつうですから、アメリカの裁判だから高額な報酬が払われているというのではなく、むしろリーズナブルな報酬に思えます。

07.令和時代の公用文 書き方のルール〈改訂版〉 小田順子 学陽書房
 文化庁文化審議会国語分科会の「公用文作成の考え方」等の文書に準拠して、行政が対外的に作成発表する公用文と、併せて国民全般に向けた広報文の書き方を論じた本。
 公用文では、常用漢字表にない漢字(表外漢字)、常用漢字表にない読み方(表外音訓)は用いないか仮名書きにするかふりがなを振る(60~61ページ)というのですが、例えば裁判所に出す書類(準備書面とか)で「忸怩たる思い」を「じくじたる思い」とか、ましてやふりがなを振ったりしたら、裁判官に自分を子ども扱いしてるのかと不快感を持たれそうな気がします。そういう言葉自体を使わずに言い換えるべきなのかもしれませんが。
 進捗の「捗」(ちょく、はかどる)について、手偏に歩むの異体字(捗󠄀)は使わないと書かれている(82ページ)のですが、この本では進捗、捗るの表記はその異体字ばかりが用いられています(66ページ、68ページ、144ページ)。そもそも手書きで書いたら異体字の方を書いてしまいそうです(改めて気にして初めて、右側のつくりが歩でないのに気づきました)し、公用文の書き方を指導している著者が気がつかないくらいですから、この字を使わせること自体に無理があるようにも思えます。
 以前から疑問に思っていた、法律業界で頻出の「貸主」と「借り主」(なぜ「借り主」の方だけ「り」を振る?)については、それが正しいルールだと説明しつつ、著者も不思議なルールだとしています(79ページ)。
 そのように、考え始めると今ひとつ納得できないところはあるのですが、役所のルールと、読者にわかりやすい表記の心がけについて、いろいろと勉強になるところのある本でした。

06.検事の心得 元東京地検特捜部長の回想 伊藤鉄男 中央公論新社
 東京地検特捜部長を1年3か月務め、東京地検検事正、高松高検検事長を経て次長検事(最高検のNo.2)に就任し、2010年12月27日、大阪地検特捜部での証拠改ざん・犯人隠避事件で引責辞任した著者の回想録。
 法務省側では会計課長を1年経験しただけですが、検察庁側では検事総長以外の一通りの役職を経験した著者がそれぞれの時期の担当業務を説明しているので、検察庁で検事が配置される部署ごとの業務内容、検察官の日常などを知るのに適切な読み物だと思います。記述に沿って著者の異動を読んでいくと、異動の間隔の短さに驚きます。検察官は2年か3年で異動するものと思っていたのですが、出世する人はそうなのでしょうけれど、著者は1年で異動することも多く、東京地検交通部長は8か月、東京地検刑事部長は6か月、高松高検検事長も6か月で次のポストに移動しています。そういった検察人事の妙に触れるのも興味深いのですが、他方で在任期間が短いためその間に経験したことがあまりなく流すように書かれているところがあり読み物としては興が薄くなります。
 著者が在任中経験した事件・できごとについては、当時の週刊誌の記事に違うと抗議しているところも含めて、検察の公式見解の線で書かれている印象で、あまり目新しさは感じませんでした。
 事件とは関係ないエピソードで、著者が司法試験に合格して間もない頃受験者団体(中央大学真法会)の採点用答案をタクシーに置き忘れた際、著者は自分が乗ったタクシーは赤い色のタクシーだと自信を持って繰り返し述べたが、実際に置き忘れた会社のタクシーはグリーンだった、人の認識や記憶を過信してはならない(104ページ)というのが、印象に残りました。目撃証言の信用性を論じるときに補足的に使えるかも。

05.炒飯狙撃手 弐 第3の銃弾 張國立 ハーパーBOOKS
 「炒飯狙撃手」(第1作)から8か月後、台湾総統選挙の最中に現職の総統候補が選挙カーの上で狙撃されたが軽傷にとどまりなぜか腹部に傷を負わせた総統の血のついた弾丸が上着の中で見つかるという事件が発生し、何者かから伍元刑事の名をかたって呼び出されて事件現場直近にいた艾禮が台湾警察から容疑者として追われることになり、退職後保険会社の調査員として働いている伍元刑事が同僚だった台北市警副局長の依頼で捜査に協力することになるという展開の小説。「炒飯狙撃手」の第2作。
 第1作で主要な視点人物の1人でありながら人間味を感じられず私にはまったく共感できない人物であった艾禮が、今回は義理堅く、無関係な人のものを盗んだり壊すという場面はなく、伍元刑事の息子に慕われ、伍元刑事も恩義を感じ、など人間味があるように描かれています。この作品から入ったら艾禮にそこそこ共感できると思いますが、前作からの流れで読んだので、私には今さらという感がありましたけど。
 実在の事件をベースに作られているということで、その事件を前提とすれば、大胆な推理とか描写なのかもしれませんが、それと関係なく読むと、さしたる驚きもなく、また散々関心を持たせた選挙の行方・選挙後の動きなどの結末が、なんだよと思う期待外れ感があり、前作に続き、私には長々と読まされたのにというフラストレーションが残る作品でした。

04.炒飯狙撃手 張國立 ハーパーBOOKS
 台湾の軍の狙撃隊で訓練を受け除隊後フランスで傭兵となり、現在はイタリアの小さな漁村マナローラで炒飯店を営みながら軍時代の恩師である鉄頭教官の指示を受け諜報部員・潜伏工作員としての任務に就いている狙撃手艾禮(小艾)が、鉄頭教官の指示により観光客でごった返すローマのトレヴィの泉脇のカフェで暗殺を実行したところ、そのターゲットは台湾総督府戦略顧問であり、艾禮は狙撃隊の元同僚の狙撃手に襲われ…という展開の小説。
 基本的に、艾禮と、犯人を追う台湾刑事局の刑事伍(老伍)の2人の視点で話が進められるのですが、主人公であるはずの艾禮が、狙撃手である以上冷酷(冷静)であることは織り込まれるものの、無関係な他人の車等を盗んだり破壊したりすることなどに何ら良心の呵責を感じもしない(たいていの作品では、主人公は少なくとも内心の言葉として持ち主に済まないとか述べたり、何らかの償いをしたりするものですが、この作品ではそういう描写も一切ありません)など人間味も感じられなくて、艾禮には全然共感できず、伍の側の視点・価値観に沿って読んでしまい、狙撃手艾禮が主人公の話なのに、艾禮が敵に殺害されるか逮捕されることに期待するというねじくれた読み方をしました。
 ミステリーとして読むと、なんだ結局はそこかよという思いを持ちますので、一狙撃手の物語、あるいはそれよりも退職間際の一刑事の物語として読んだ方がいいかと思います。

03.フェイクに惑わされないための情報を見抜く技術 瀬戸口誠 ナツメ社
 インターネットを中心に各種のメディアを用いた調査の方法の入門書。
 検索の方法や利用価値のあるサイトの紹介など小技的な知識が参考になります。
 半分以上はインターネット上の調査について書いていますが、著者の本音は図書館を利用して紙の書籍を探してほしいというところにありそうな匂いがします。
 タイトルにあるフェイクかどうか、情報の確かさに関しては、情報の発信元の信頼性にかかっていて、まぁそう考えるしかないのですが、官公庁と研究者について、信頼性が高いとしています(20~21ページ等)。研究者でも特定の意図を持って発信する人はいるし、どうかなと思うところ、(研究者ではなく)学術誌については、適切な査読が行われず論文の質が保証されていない悪質な学術誌(ハゲタカジャーナル)があると注意喚起しています(167ページ)。そういう指摘をするなら、どういう学術誌がハゲタカジャーナルなのかとかどうやって見抜けばいいのかを説明してくれないと一般人には見分けがつかないのですが。まぁそれを書いたら著者が訴えられるのでしょうから仕方ないかとも思いますけどね。また生成AIによる偽画像・偽音声などのディープフェイクに注意喚起し「本物と偽物の区別が困難となるほど精度の高いものが生成されることが多く、情報を精査する目を養う重要性が高まっています。」とされています(113ページ)がそこで止まっていて、どうやって偽情報を見抜くのかの示唆もありません。これも、現状、仕方ないでしょうけど(でも、それを見抜く技術を書く本なんでしょ?)。
 フェイクを問題にする本で、安倍政権下で厚労省がデータねつ造を行い裁量労働制の労働者の残業時間が少ないかのように見せたり、平均賃金が低くなるような操作をして統計をゆがめたという事件にまったく触れずに、政府統計は信用性が高いとだけ書くのはどうかと思います。政府統計も疑えといってもそれを見抜くよすがもない一般人はとまどうだけではありますが、同じく一般人が見抜きようもない生成AIによるディープフェイクやハゲタカジャーナルについて見抜き方を書くことなく指摘するなら、この問題も指摘するのがフェアじゃないかなと私は思うのです。

02.図解即戦力 デジタル時代の著作権 基本と対策がこれ1冊でしっかりわかる本 佐久間明彦 技術評論社
 「デジタル時代の著作権想定例・各論」として72のQ&Aを並べた第1章と「デジタル時代の著作権法・総論」の第2章からなる著作権法解説本。
 SNSやYouTube、AI等現在のネット環境等の下での設例が比較的多いこと、総論=著作権法解説→各論=Q&Aの順ではなく、Q&Aを先に書いていることが、特色かなと思います。
 比較的新しい話題についての設例(Q)が多いので勉強になりました。
 Q51(部活動のための楽譜のコピー)のAは「部活動では部員の人数に関係なく授業とはいえないため著作権侵害となります」(114ページ)と記されていますが、本文では「令和3年改正著作権法35条運用指針によれば、『授業』には、初等中等教育の特別活動のひとつである部活動も含まれます」(114ページ)とされ、ただ授業で使用する場合でも人数が多いときは「著作権者の利益を不当に害する場合」に当たって複製権侵害としています(114~115ページ)。Q53(Xのスクショの投稿)のAは「ポストの画像、すなわちスクリーンショットは著作物に当たりません」(118ページ)と記されていますが、本文ではスクリーンショットも著作物に当たりうるとした上でXのポストのスクショの投稿は多用されている方法だから引用として公正な慣行に反しないから著作権侵害にならないとしています(118~119ページ)。Q57(卒業式での校歌の歌詞のコピーの配布)のAは「校歌の著作権者は学校であり、卒業式は授業に含まれるため問題ありません」(126ページ)と記されていますが、本文では学内従事者に作らせたのなら学校自身が著作者だが、専門家に外部委託することが多いでしょうとしています(126ページ)。このように、Aの記載が本文と符合していないのは、図を含めて編集者か他の人が作成しているからでしょうけれども、記述の信用性に疑念を生じさせます。
 さらに、応用美術(大量生産の工業製品)の著作物性について「裁判例をみると、かつて応用美術の範囲に入る量産品が著作物にあたるというためには、実用的な機能を離れて美的鑑賞の対象となり得るような創作性を備える必要があるとされていましたが、知財高裁平成27年4月14日判決は、純粋美術と同視しうる美的創作性を応用美術品に一律に要求すべきではなく、個別具体的に、作成者の個性が発揮されているか否かを検討すべきであると判示しました(TRIPP TRAPP事件)。」(33ページ、44~45ページ:引用部同文)とし、さらに48ページでもこの判決を引用して、応用美術の著作物性について解説しています。確かにこの判決はそのようなものなのですが、知財高裁は2015年(平成27年)から翌年にかけて同じ裁判長の下でそのような判決をいくつか出しているものの、2018年以降は、この本の説明でいえば「かつて」の立場である「実用品の形状等の創作的表現について著作物性が認められるのは、それが実用的な機能を離れて独立の美的鑑賞の対象となるような部分を含む場合又は当該実用品が専ら美的鑑賞目的のために制作されたものと認められるような場合に限られると解するのが相当である。」という判決を繰り返し、知財高裁令和6年(2024年)9月25日判決は、上記の判示をして子供用椅子TRIPP TRAPPの著作物性を否定しています(同じ製品について、平成27年4月14日判決が著作物性を認めた判示を否定する判示をして、著作物性を否定しており、この判決を読めば、平成27年4月14日判決が否定されたことは誰の目にも明らかと思います)。もしこの本が2015年から2018年までに書かれたのであれば理解できますが、2018年以降の本で平成27年(2015年)4月14日判決を現在もなお知財高裁の立場を示すリーディングケースであるかのように書くのは、著作権の専門家としてはいただけないものだと思います。
 著作者死亡後について「著作者が存しなくなつた後においても、著作者が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為をしてはならない」という著作権法第60条(の一部)を引いた上で「それゆえ、モナ・リザの写真にヒゲを落書きしてブログに載せたり、浮世絵のうりざね顔を酷評したり、ダビデ像の局部が短小でみっともない等、名作を愚弄するようなインターネット上のコメントをすると、著作者の遺族から差止請求(法112条)や損害賠償・名誉回復措置請求(法115条)を受ける恐れがあるので(法116条1項)、注意が必要です。」(129ページ)というのも、ヒゲを書くのは著作者人格権(同一性保持権)侵害となり得ますが、酷評したり愚弄するようなコメントをすることがどうして著作者人格権(公表権、氏名表示権、同一性保持権)を侵害するとか「著作者人格権の侵害となるべき行為」になるのか、私にはまったく理解できません。
※モナ・リザにヒゲを書くというのを著作者人格権侵害の例に挙げる以上、著者はマルセル・デュシャンの「L.H.O.O.Q」も許しがたい著作者人格権侵害だと考えているのでしょうけれども、それならそれも明示してパロディの許容性の範囲の議論をしておいてほしかったと思います。

01.私たちは何を捨てているのか 食品ロス、コロナ、気候変動 井出留美 ちくま新書
 「食品ロス問題ジャーナリスト」の著者が食品ロス問題についてさまざまな観点から論じた本。
 食品ロス問題を論じるとき、他方で飢餓に陥っている人がいるのにという問題意識からフードバンク等の食糧支援団体への供給・寄付につなげることに力点が置かれる場合と、生産者や企業にとっての無駄、資源問題等に力点が置かれる場合がありますが、この著者は、前者の問題を指摘してはいますが、基本的に後者で、それを気候変動問題と、哲学の問題につなげ、国や企業の政策・指向の問題点を指摘する(よい取り組み例の紹介もされてはいるのですが)よりは消費者個人レベルの思考と行動の改善を求めています。
 企業が無駄を省くために食品廃棄率を下げる努力をすれば必然的にフードバンク等への寄付が細るわけですが、著者はそれを指摘しつつもその問題よりも食品ロスを減らすことの方が大事だという姿勢のように見えますし、食品の価格が安すぎると何度か述べているのも消費者よりは生産者・企業側の視点を重視しているものに見えます。
 全体としては、為政者・企業サイドに理解を示す立場から、無知な消費者を啓蒙するという志向が端々に感じられました。私の見方がひねくれているのでしょうけれども。

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