私の読書日記 2025年11月
27.ラブカは静かに弓を持つ 安壇美緒 集英社文庫
全日本音楽著作権連盟(全著連)資料部に勤務する25歳のイケメン橘樹が、上司の指示に従い、全著連が音楽教室での指導練習の際の密室での教師・生徒の演奏に著作権使用料を請求しようとして音楽教室側が訴訟を提起することが予想される中、最大手のミカサ音楽教室に潜入して指導過程をすべて録音して報告するという小説。
主人公の橘樹の感情の平板さ、人間としての魅力のなさが顕著に感じられます。橘は潜入調査に対して、子どもの頃にチェロ教室からの帰りに誘拐未遂に逢った事件を大人になっても引きずっていることに起因するチェロを弾くことについてのトラウマ・悪夢・不眠からの抵抗感はあっても、スパイ行為に関しての罪悪感は感じません。全著連はあくまでも正しく、使用料を払わない音楽教室が悪い、自分は月謝を払って指導を受けているだけだ、どこが悪いというのです。人を騙し、隠し録音をすることについて、悪寒や不眠を絡めた描写はあり無意識の後ろめたさの示唆にも見えますが、意識的な部分ではさしたる葛藤もなくとても表層的な印象です。一言で言えば薄っぺらい人間に見えます。音楽教室での教師浅葉桜太郎や他の生徒たちのおおらかさ、人のよさとの対比でそれが際立ちます。
一応はフィクションと断っていますが、JASRAC(日本音楽著作権協会)とヤマハ音楽振興会を中心とする音楽教室事業者の間の裁判とJASRAC職員のヤマハ音楽教室スパイ事件を素材にした小説であることは誰の目にも明らかです。その裁判の第1審で2020年2月28日に言い渡された東京地裁の判決は、JASRACの主張の主要な根拠のカラオケ法理(客が歌っても演奏の主体=演奏権の侵害者はカラオケ店である:18~20ページで橘が解説)を音楽教室にも適用してJASRACの請求を全面的に認めました。それを受けて2021年2月17日発売の「小説すばる」2021年3月号からこの小説が新連載されたのですが、その直後の2021年3月18日に、カラオケ法理を採用せず生徒の演奏の演奏主体は生徒であるとして(教師の演奏については使用料を請求できるが)生徒の演奏についてはJASRACは使用料を請求できないとする知財高裁判決が言い渡されました。この小説は、連載の前半段階で出されていた知財高裁判決には触れることなく、「全著連」全面勝訴の東京地裁判決とミカサ側の控訴の意向のみを指摘して(311ページ)終わっています。単行本が2022年5月に出版された後の2022年10月24日、最高裁が知財高裁判決を維持する判決を言い渡し、JASRACの一部敗訴、生徒の演奏については生徒が演奏主体であり(カラオケ法理の不適用)JASRACは使用料を請求できないという判決が確定していますが、文庫版でも知財高裁判決、最高裁判決に触れた記述の追記等はありません。実話に基づくフィクションの難しいところではありますが、この本だけを読んだ読者は、裁判所もJASRACの主張を認めて音楽教室での生徒の演奏についても音楽教室は著作権使用料を支払うべきとされている(「全著連」と橘の主張が法的に正しい)と思い込んでしまう可能性があります。作者は、連載中JASRACの全面勝訴を確信し、知財高裁判決後も最高裁がJASRACを逆転勝訴させるに違いないと踏んでいたのかもしれませんし、JASRACの言うとおりの判決を出し続けてきたそれまでの裁判所の姿勢からしてそう思うのも無理はありません。そのあたり難しいところではありますが、見立て違いとなってしまった以上は、そのことを直視し勇気を持って、訴訟の結果について何らかの示唆はしてほしいものです。
26.なぜ人口が減っても水はきれいにならないのか 武田育郞 京都大学学術出版会
宍道湖に流れ込む最大の河川である斐伊川での30年に及ぶ水質測定を中心とする著者の研究とそれに基づく考察を紹介した本。
斐伊川の窒素、リン、COD(化学的酸素要求量)などの水質(著者は「水質」を濃度の意味で用いていますので、汚染された状態が水質が高い、きれいな状態が水質が低いと表現していることに注意)の30年間の推移、それに流域の山林の間伐の程度の影響(間伐されないことで下草等がなくなり土壌の流出等が生じる可能性)、流域の水田の増減の影響(水田に水質浄化機能があるか)、流域の耕作放棄地の増減の影響(過去の肥料蓄積、土壌流出の可能性)を論じ、最後に水路・土壌からのリンの回収の可能性を論じています。
河川や湖沼の水質にさまざまなことが影響しうるのだなぁということは勉強になりましたが、表題の流域人口の減少と水質の関係については結局確たることは言えないということで終わっています(214ページ、230ページ)。著者はこの本で琵琶湖(南湖)よりも周辺人口が少ない宍道湖の方が水質が高い(悪い)のはなぜかという問いも立てていますが、それも明確な答えにたどり着けない(224ページ)とし、それでもその問いを立てた理由を出版企画を通すのに京都大学の先生たちの関心を引けるかもしれないと思ったから(220ページ)と自白しています。「本書の原稿を書き終える頃には答えがわかると思っていたが、どうも甘かったようだ」(220ページ)って。そうすると、タイトルの方も同じなんでしょうねぇ。困ったものです。
30年間の測定で水質に明確な変化があるわけではなく、リンの一部では低下傾向にあるのに、最近、斐伊川中流の測定地点で水の表情が「どよん」としている(60ページ)と嘆いています。こういう数値に表れない観察って大事だと思います。何か悪いことが起こっているのでなければいいのですが。
25.最高裁破棄判決 失敗事例に学ぶ主張・立証、認定・判断 田中豊 ぎょうせい
最高裁が原判決・決定(高裁判決・決定)を破棄した事例22ケースを分析検討して、それらの事案から学ぶべき点を論じた本。
最高裁判例を検討するというとき、憲法違反とか法令解釈の方を扱うものが多い(学者さんの本はふつうそっち)のですが、この本ではほとんどが通常の民事事件でふつうに要求される主張と立証に関わるものです。最高裁が原判決の事実認定の当否、現実の上告(上告受理申立て)理由としては経験則違反を理由として破棄した事案を中心に解説されているのが、弁護士にとってはとても勉強になりました。
著者は、最高裁が破棄したことを、原判決の裁判所や当事者の「失敗」と位置づけて、その轍を踏まないように修練しましょうという姿勢ですが、最高裁が破棄したからその事件での裁判官や弁護士の活動・判断が間違っていたと考えるべきかには疑問があります。弁護士としては、最高裁が、こういうケースと考え方で経験則違反を認めたという事例が整理されているので、高裁判決の事実認定を問題にして上告理由書(上告受理申立て理由書)を書くときの参考にする本と位置づけておけばいいかと思います。
この本で扱っている最高裁判決等の大部分が、民集(最高裁判所民事判例集)登載のものではなく、判例時報の「最高裁民事破棄判決の実情」のみに掲載されているものです。民集登載の場合は、1審判決、2審判決の全文と上告理由書・上告受理申立て理由書も掲載されていますが、「最高裁民事破棄判決の実情」では最高裁判決自体全文掲載ではなくましてや1審判決や原判決も一部抜粋や最高裁調査官による要約しか出ていません。私自身も自分のサイトで民事裁判の手続等の解説をしていて、最高裁判決を引いて説明することが多いのでわかりますが、「最高裁民事破棄判決の実情」だけで読み取れる情報は、それなりにはありますが、踏み込んだ分析はかなり難しいと感じています。あの記事からここまでの分析をするというのは驚嘆すべきことと思います。元裁判官は着眼点も読み込みの深さも違うのかなと思いました。
24.入門図解 クレーム・リコールの基本とカスハラ対策 森公任監修 三修社
企業がユーザーからのクレーム・カスハラに対応するための心構えや体制作り、製品リコール(欠陥等による回収)、個人情報の取り扱い・漏洩防止等について解説した本。
雑多なテーマのようにも見えますが、要は企業側で、商品販売やサービス提供の場面以外でのユーザー/消費者への対応についてとりまとめたものということでしょう。消費者側からは、企業により被害を受ける場面で、企業がどう出てくるかという本と見ればいいでしょう。
クレーム対応マニュアルについて、マニュアルがあっても「それだけでクレーム対応の実践がうまくできるようになるわけではありません。マニュアルの本当の価値は、マニュアルを学ぶことで、企業が顧客をどのように捉えているのか、ということを社員に理解させる効果が得られるという点にあります。(略)マニュアルを通じて、顧客に対する企業の考え方を学ぶことによって、対応した社員は会社の基本思想に沿って最適な判断ができるようになります。『書かれていない部分こそが重要』というマニュアルの本質を理解しなければ、本当に役立つマニュアルを作ることができないということを忘れないようにしましょう」(116~117ページ)と書かれているのは含蓄があり、感銘を受けました。
23.経験する機械 心はいかにして現実を予測し構成するか アンディ・クラーク 筑摩書房
脳による行動と知覚の関係について、知覚からの信号を受けて脳がそれに対する行動を決定するという従来の考えに対し、脳は常に予測をしており知覚は確実度(予測に対する適合率)が高いときにはその予測に応じて生じる、脳はすべてを一から検討判断するのではなく予測からのずれ(予測エラー)による修正に注力しているとして、そこから思うとおりの動きを実現するためのイメージトレーニングの有効性や実現に向けての準備行動による環境整備の重要性・有効性などを説いた本。
第1章から第2章にかけて知覚の誤りに関するさまざまな例示による説明がなされ、例えば15センチの釘を踏んづけて釘が靴を貫通し激痛に見舞われた作業員が靴を脱いでみると釘は指の間を通っていてけがはなかったが、作業員の痛みは本当だった(56ページ)など、なるほどと思います。仕事がら(私は基本的に交通事故の事件は扱っていませんが)他覚的所見のない頸椎捻挫などで保険会社側は詐病を主張しますが、頸椎捻挫を生じるのがふつうだと脳が認識すれば頸椎捻挫の症状が実際に生じるということなのかなと、興味深く読みました。
「プロの外野手は目でボールを追いながら、ボールが上空に舞い上がるにつれ生じる見かけの加速度の変化を打ち消すように走る。こうして上空に舞い上がったボールの知覚された加速度を一定に保つように走ることで、ボールをキャッチするのに最適なタイミングで着地点に到達するのである」(112ページ)という説明は素人の私にはまったくイメージはできませんが、見てから全体を考えるよりも予想や通常との差異だけ考える方が有利というのがなんとなくはわかります。喉が渇けば水を飲み、それで直ちに渇きは癒やされるが、実際には我々の体は本当に水分が欠乏してから渇きを感じるのでないし水を飲んでから水分が血流に達して渇きを癒やすまでに20分はかかるはず(130ページ)という例も、言われてみれば、知覚が客観的な事実ではなく脳の(確実性の高い)予測に応じて生じていることを示しています。
もっとも、そういった短時間のことがらについての説明はなるほどと思いますが、長時間/長期間かかることについての実現までの準備行動になると、そこは意識的自覚的な計画との区別が自明とは言えなくなり、著者の理論(予測処理理論)でそこまでを説明しようとすべきなのかに疑問を感じました。
22.こうして脳は老いていく 遠藤英俊 アスコム
脳の衰えを遅らせ、脳の一部が衰えても他の部分でその機能を補う(バックアップする)ことができるようにするために、脳に負荷をかける(頭を使う:脳トレ)とともに有酸素運動を行うことを勧める本。
第1章で脳の部位ごとにその部位の衰えによる老化のサインが列挙され、「あなたも、ひとつや2つ該当する現象があったのではないでしょうか」(81ページ)と書かれていますが、いやぁ軽く2桁思い当たったりします。
脳は、一部の機能が衰えてもそれを補えるような回路(神経ネットワーク)を作りバックアップしている、それは特定の部位ではなく脳全体で支えているのだけれど、それをこの本では「予備脳」と呼んで、いわば脳の一部が衰える(この本では「脳の偏り」と呼んでいます)のはしかたないが、それを補う予備脳を強化すればよいということを主張しています。そして、その予備脳を強化する方法として、頭を使うとともに運動をすること(片方だけでなく両方すること)を提唱しています。
脳を老化から守る食事についても書かれていて、カレーとシークワーサー、抹茶がお勧めだそうです(186~189ページ)。逆に避けたいものにバター、チーズ、甘いもの(えっと、脳は糖分を求めているんじゃ…)も挙がっている(195ページ)のが私にはつらい。
奥書に「本書プロジェクトチーム」として多数の人(44名)の名前が列挙されています。ふだん気にしませんが、1冊の本にこんなにたくさんの人が関与しているのだなと改めて感心しました。
21.弁護士不足 日本を支える法的インフラの危機 内田貴編著 ちくま新書
2001年の司法制度改革審議会意見書が2010年頃には司法試験合格者を年間3000人程度にと提言していたがそれが実現せずに年間1500人程度にとどまっていることを憂い、あるいはその水準を超えて、弁護士を増やすべきだということを述べた本。
司法制度改革審議会のときも、そして現在も、弁護士を大幅に増やせという要請は経済界から強力になされています。国際取引を中心に企業活動に奉仕する弁護士をもっとたくさん(そしてできれば競争させてより安価に)ほしいということです。この本で書いている弁護士は、1人を除いてすべて企業活動に奉仕する弁護士です(唯一のいわゆる町弁は、地方でも弁護士が不足しているとは述べていますが弁護士があふれるほどいるアメリカでも地域偏在はあり弁護士を増やせば弁護士過疎問題が解決するわけではないと述べています:228~230ページ)。編著者の学者が述べている望ましい弁護士の例も知的財産権やM&Aなどを扱う企業弁護士ばかりです(11~14ページ)。
そのように本音は企業活動を支える弁護士を増やしたい人たちが、弁護士を増やせと言うときには「権利を侵害されているのに声を上げられていない人々に寄り添って、救済のために立ち上がる弁護士。弱い立場の人の声にきちんと耳を傾けてくれる人生経験豊かな弁護士」(9ページ)とか、「時には社会の不正と戦い、人々の権利を守るために奮闘する、血の通った人間としての弁護士」(144ページ)とか言うのです。弁護士を大幅に増やして競争させれば質の低い者は淘汰されるなどというのですが、競争が激しくなれば儲かる仕事をとることに集中しなければ生き残れず、庶民のために働こう(儲からない事件をやろう)という弁護士など真っ先に経済的に淘汰されるでしょう。マスコミの論調(こういった本もその類いです)に浮かされて、弁護士が増えれば自分にも恩恵があるだろうと考える人が相当いるでしょう。まるで、アベノミクスで富裕層を優遇して儲けさせれば庶民もそのおこぼれにありつける(トリクルダウンがある)かもしれないというのと同じ、さもしい幻想に思えます。
ペーパテストによる選別では能力は測れない(55ページ、59ページ)、人数制限によるエリート意識を克服すべきだ(66ページ)なんてことを、ペーパーテストで選抜し難関であることでエリート性を堅持している東京大学の学者がよく言うと思います。編著者が東京大学の制度を左右できるわけではないでしょうけど、それなら東京大学こそ定員を10倍にするとか、志のある者は誰でも合格するようにしてみたらどうかと言いたくなります。
また、編著者は、旧司法試験でよい人材が得られたのは、試験が難しかったからではなく大学が西洋では弁護士がいかに重要な職業であるかを説いたから、いい人材が受験したことによるというのです(56ページ)。本当にそうなら、今もまた大学が弁護士がいかに重要な職業かを説けばいいじゃないかと思いますし、ロースクール側のことは非難しないことと併せて、いいことは大学のおかげ悪いことは弁護士会または一部の弁護士のせいという論調には辟易します。
20.戦力としての障がい者雇用実践ハンドブック 藤本雄、佐々木規夫、柊木野一紀 日本法令
社員316名中236名が障がいのある者という株式会社マイナビパートナーズの代表者が、自社の例を紹介して障害者雇用の積極的推進を言い、医師の共著者が精神障害者の特質と業務の向き不向き、健康管理上の注意等を、弁護士の共著者が契約書や就業規則などの制度の作り方と解雇雇止めに際しての注意等を解説した本。
タイトルにもあるように、使用者・企業の立場から、戦力になる、端的に言えば「使える」障がい者を選別して、障がい者が能力を発揮できるように合理的配慮/アシスト・サポートはするが、障害のない者と同等の成果を求めるという方針で(障がい者雇用による助成金も活用し)企業として利益を出そうという姿勢の本です。
著者は、それによって総体としての障がい者雇用を増やし、障がい者にとっても利益になるという姿勢で書いているのでしょうけれども、そして実際、障がい者であるというだけで能力があっても雇用機会がない者にとっては雇用拡大につながるのでしょうけれども、少なくとも障がい者側の権利という観点に立たないものであることは明らかです(障がい者であれそうでない者であれ、企業にとって「使えない」者は雇用すべきではなく、また早々に企業から排除すべきという姿勢が顕著です)。
労働者側の弁護士の目からは、弁護士の説明部分に関していえば、「使えない」者を雇用しないための情報収集、「使えない」とわかった者の解雇・雇止めにを容易にする制度の構築、解雇・雇止めした労働者の闘いを妨げるための工夫に徹したものに見えます。
※235ページの「合理的配慮指針」の引用(指針第4の1(2)ロを全文引用)は、但し書きの前部分は「合理的配慮として事業主に求められるものではないこと」の例示なのに、「合理的配慮の内容として要求されています」と紹介されていてミスリーディングです(まぁ、指針を知らなくても、読めばなんかおかしいなと感じますが)。同じページのその上の裁判例の紹介では判決文の引用だけで事件名・判決年月日等が落ちています(O公立大学法人事件・京都地裁2016年3月29日判決・労働判例1146号65ページと思われます)。また86ページなどで繰り返し引用されている最高裁判決の事件名は神戸弘陵学園事件です(広陵じゃなくて)。
障がい者を1社で236名も雇用していることは快挙だとは思うのですが、障がい者を障害のない者並みの成果を求め戦力として使ってきたという自負をずっと読まされてきて最後に、会社設立(2016年)から10年かけて、障がい者枠から一般枠へとコース変更できた社員は合計10名、今年初めて課長が誕生した(263ページ)と書かれているのを見てちょっと肩透かしを食らった感がありました。
19.筋肉はすごい 健康長寿を支えるマイオカイン 青井渉 中公新書
筋肉のしくみと筋肉が健康状態に及ぼす影響、筋肉をよい状態にして健康を保つための運動や食事等について解説した本。
筋肉はマイオカインと呼ばれるホルモンの一種を分泌している(筋肉から分泌されるホルモンをマイオカインと呼んでいる)ということが、サブタイトルとなっているようにこの本の売りだと思うのですが、マイオカインの研究は近年急速に進み新たなマイオカインが次々と発見され善玉マイオカインだけではなく悪玉マイオカインもあるということで、率直なところ、マイオカインの全貌や詳細は今ひとつ理解できませんでした。臓器だけでなく筋肉もまたホルモンを分泌しているということは新知識ですが、その筋肉特有のホルモンの働きがどういうものかなどが読んでいてよくわかりません。
運動前の糖分の摂取について、少量であればエネルギー補給に役立つけれども大量にとると血糖値を下げようとインスリンが分泌され、運動を続けると筋肉が糖分を吸収し続けエネルギー供給のために解糖し低血糖によるショックを招いたり、インスリン濃度が高まると脂肪の燃焼が抑えられ、脂肪をうまくエネルギーに使えずにスタミナ切れになることがあるそうです(46~47ページ)。
運動と食事の関係について、ご飯をたくさん食べると高血糖になり、食後に運動すると血糖が筋肉で使われて高血糖を防げるが運動しないと高血糖を招き多くは脂肪細胞に取り込まれて体脂肪になる(159~160ページ、176ページ)、しかし食後すぐに激しい運動をすると消化吸収に悪影響を与えるし食べた栄養素がまだ筋肉に届いていない可能性があるので運動は食後2時間くらいして行う方がいい(160ページ)とされます。他方で、筋肉作りのことを考えると筋トレ直後の食事でタンパク質を補給することが重要だとか(176~177ページ)。う~ん、食前にも食後にも、運動ですか。
食事では、いろいろなものをバランスよくということが強調されていますが、鮭(アスタキサンチンが筋肉中のミトコンドリアの働きを強め脂肪燃焼を進める:180ページ)、食物繊維(腸内の善玉菌の餌になり腸内環境を整える:190~191ページ)、抹茶(腸内の善玉菌を増やし悪玉菌を減らす:193~195ページ)が特にお勧めのようです。
筋肉は使わなければ萎縮し(75~76ページ等)、また長時間同じ姿勢でいると筋肉の血流が悪くなり酸素の供給が不十分になってミトコンドリアでの代謝が十分に行えず水素イオンが多く出て疲労の原因となる(53ページ等)、座位時間が覚醒中に8時間を超えると死亡率が上昇する(122ページ)とされ、「30分以上続けて座らない」ことが推奨されています(211ページ等)。事務仕事の者には、集中力で仕上げなきゃならないことが多く、そういわれても無理かと思いますが。
18.幻のネズミ、消えたY 性の進化の謎を追う 黒岩麻里 岩波科学ライブラリー
日本の固有種のアマミトゲネズミとトクノシマトゲネズミにはY染色体がなく、通常の哺乳類では雌がXX、雄がXYの染色体を持つのに、この2種では雌も雄もX0(X染色体が1本だけ)という特殊性があることが1970年代後半に明らかにされていたが、ではこの2種では性決定はどのようになされているのかの研究はなかったところ、著者がその研究に取り組んだ経緯とその経過・成果を書いた本。
トゲネズミ属には3種しかなく、この2種のほかにはオキナワトゲネズミだけだが、オキナワトゲネズミはY染色体を有し、近隣種でも性決定が異なるという研究者の好奇心をそそる事実がありながら、この3種がすべて特別天然記念物かつ絶滅危惧種であるために研究に手が出せなかったのだそうです。
それらの事情も含め、大変興味深いテーマですし、著者の研究の失敗や困難の経緯も多々あり、内容的にも面白いものと言えるのですが、いかんせん専門用語に満ちあふれ、著者が解明したという性決定のしくみも常染色体にタンパク質が結合する短いDNA領域であるエンハンサーの特定のものが雄でのみ重複しているものが見られこれが性決定をしていると考えるが、(トゲネズミでの再現実験ができないので)その重複エンハンサーをノックインしたマウスで再現実験をしたがX染色体のみで雄を作るには至らなかった、しかし胎児段階では雄化の「萌芽」は見られたという著者の研究結果の理解と評価は素人には難渋します。私には、岩波科学ライブラリーにしては難解なものに思えました。
17.生殖記 朝井リョウ 小学館
同性愛指向を隠している家電メーカーの総務部総務課に勤務してその独身寮に住んでいる30過ぎの男性達家尚成の生殖器に宿る「生殖本能」が、尚成の会社や私生活で過ごす日々と思考を語る体裁の小説。
梁和生議員の性的少数者を「生物学上、種の保存に背く。生物学の根幹にあらがう」とした発言(24ページ)、杉田水脈議員の「生産性のないLGBTQ+のカップルに税金を投入するのがいいのかどうか」という発言(119ページ)等を批判的に取り上げつつ、それに対して批判する声について尚成に「しっくり」とこない(120~122ページ)という考えを示させ、多様性やどんなふうに生きてもいいんだよという者を無責任で無反省と断罪し(177~179ページ等)、「人それぞれ」という者も茶化しています(205ページ等)。この多様性をいう者に対する批判的な姿勢は、前作の「正欲」でも作品を通底していたもので、作者はよほど多様性をいう者を嫌っているように見えます。
作品としては、ストーリー展開は少なく、語り手である「生殖本能」による説明、意見が大部分を占め、端的に言えば小説というよりも御託を並べているものという印象で、読んでいるのが苦痛に思えました。意見を書くのなら、ストレートに論文にしてもらった方がいいと思います。
16.正欲 朝井リョウ 新潮文庫
特殊な性的指向を持つ佐々木佳道、諸橋大也、桐生夏月らがそれを隠して周囲の者と微妙な距離感を持って生きる様子を中心に、3名とその周囲の者と検察官寺井啓喜らの視点でつないでゆく小説。
ダイバーシティを推進し様々な人がそのままで生きられる社会を目指す者に対する非難・嫌悪・恨みがこの作品を貫いています。マジョリティから逸脱する者を許さない側で、寺井、佐々木の上司の田吉幸嗣が攻撃するのはふつうのパターンですが、佐々木や桐生、諸橋が自分の特殊な状況を理解できるはずがないのに聞いた風な口を利くなとばかりに蔑んだり激高するのはいかがなものかと思います。そのような主張や運動によって、確実により生きやすく過ごしやすくなっているのに、自分のことを全面的に受け入れられるはずがないなどといって全否定する姿は、何様かとか子どもみたいと思えます。とりわけ諸橋の自己中で高飛車な物言いは、それこそ容姿故に低く見られたこともないイケメンの驕りそのものに見え、それに対する容姿にコンプレックスを持ち続けてきた神戸八重子の反撃(442~460ページ)に、数少ないすがすがしさを感じました。
全体テーマは性的マイノリティにあるとして、作品の構成が、元号が変わることで社会が変わるみたいな期待感に依拠している(元号が変わる日までのカウントダウンとその後の経過の体裁をとり続けている)のも、何なんだろうと思いました。多様性をいう者を非難する姿勢に最終盤で神戸の反撃を置いたことと合わせ、そういう風潮を皮肉ったのかもしれませんが。
15.男性のいない美術史 女性芸術家たちが描くもうひとつの物語 ケイティ・ヘッセル パイインターナショナル
女性の画家等の芸術家に焦点を当てた美術史の本。
著者はこの本を書いた動機として、自分に向けて「女性のアーティストの名前を20人、即座に挙げることはできるだろうか?1950年以前に活躍した10人の名前は?1850年以前までさかのぼると、1人でも挙げられるだろうか?」と問うたことを書いています(9ページ)。この本では300名を超える女性芸術家が紹介されていますが、それを読んでも、私が知っていたのは、1950年以前に作品が発表されていたのがベルト・モリゾ、マリー・ローランサン、タマラ・ド・レンピッカ、フリーダ・カーロ、1850年以前に作品が発表されていたとなると葛飾応為だけ。1950年以降で草間彌生くらい(作品は知らないけど名前だけなら、オノ・ヨーコも…)でした。
私には、エリザベッタ・シラーニ「アレクサンドロス大王の武将を殺すティモクレア」(40ページ)、ローザ・ボヌール「馬の市」(72ページ)、フローラ・ユコノヴィッチ「温かく、濡れていて、野性的」「強きもののなかから甘美が生まれる」(455~456ページ)あたりが、初見で収穫でした。
これまで見たことがない絵を多数見ることができてよかったのですが、本文で作品を紹介されこういう絵だと書かれ、著者が賞賛しているのに図版がないものがけっこうあって、そこはちょっとしんどいというか歯がゆい思いがありました。ほかで探して簡単に見ることができそうもない作品だろうと思いますし(現実にググってもいないので無責任な言い草ですが)。
14.個人事業の事務がひとりでこなせる本 齋藤一生、小森康弘監修 成美堂出版
個人事業者が業種を問わず行う必要がある事務全般、営業事務(見積もり、発注・受注、納品、請求、売掛金回収、買掛金支払い)、経理事務、労務事務(雇い入れ、解雇等)、給与計算、年末調整、決算、税務(確定申告)等について、説明した本。
会計処理関係で、税理士監修で経費の費目ごとにこれは計上できるとか、計上の際の注意とかが書かれているのが参考になります。しかし、その一方で事業主貸は事業主から個人に貸すから「事業主貸」とした同じページに、事業主から個人がお金を借りるから「事業主借」なんて書かれている(120ページ)のを見ると(2つ並べて読んだら誰でもおかしいとわかるでしょ)、執筆者は何者なのか(編集協力:パケットという表示なので編集プロダクションなんでしょうけど、紹介なし)、税理士が監修してるというけどどこまで見ているのかと心配になります。
ほかにもいくつか気になる記載(例えば、個人事業者が源泉徴収義務を負う場合の要件を「雇用しているのは2人以下で家事使用人ではない」と書いている(247ページ)けど、「常時2人以下のお手伝いさんなどのような家事使用人だけに給与を支払っている個人」は源泉徴収義務を負わないというのが国税庁の説明で、書いている人が理解してるのか不安です)があります。
どこまで信用していいのかに疑問はありますが、それなりに親切に書かれている感じがして、個人事業者が一通りのことを頭に入れるのにはいいかと思います。
13.これだけは知っておきたい 独立・起業の基本と常識 改訂版 高橋敏則 フォレスト出版
起業(個人事業・法人化)をするに当たって、考えること、準備すること、開業後やる必要があることなどを簡単に説明した本。
具体的にどうするとか、ノウハウとかは別に調べる必要がありますが、大方こんなことが必要になるのねという、起業のイメージを作るのには適切なものかと思います。
店舗物件を居抜きで借りるのは設備投資が大幅に抑えられるが「逆に考えると、繁盛しない条件がそろっている危険性もあるので、慎重に多角的に判断しよう」という指摘(97ページ)は、なるほどと思います。前の借主はその店舗で売れなかったから撤退したのですから、同じ店舗で自分なら儲けられるというのは幻想/妄想というべきでしょう。
「資格を生かした起業」の「士業」に、税理士・司法書士・行政書士・社会保険労務士・土地家屋調査士・弁理士などと記載されていて(29ページ)、弁護士は、起業を目指す人の視野には含まれないのかと、残念に思いました。ふつうに「士業」というときは、弁護士が最初に挙げられるものと思うのですが。
12.恋とか愛とかやさしさなら 一穂ミチ 小学館
元報道写真家だった父が経営する写真館を手伝いつつ父の元同僚のフリーの写真家(作者は「カメラマン」の語を用いていますが)久保玲子のアシスタントをしたり様々なルートからの依頼で写真撮影をしている関口新夏が、5年越しの恋人神尾啓久が、プロポーズした翌朝に駅で女子高生のスカートにスマホを差し込んで盗撮をしたことに衝撃を受け、別れるべきか交際を続けるべきかを悩み続ける表題作と、神尾啓久の職場や性加害者のワークショップで知り合った者との関係、さらには被害女子高生と絡む後日談の「恋とか愛とかやさしさより」の2編を合わせて出版した本。
パッと見には1編目の付けたりにも見える2編目ですが、1編目では過ちは犯してしまったが優しい謙虚な人と描かれている神尾が、神尾視点の2編目で思い上がりや相手への見下しを暴かれ自覚しと、より抉られ、2編目の存在で深まっている面があるように思えます。厳しいですけど。
一度道を踏み外した者の社会復帰に極めて厳しい/冷たい近年の日本社会のありようと、他方で懲りない性加害者にどう接するのが適切なのか(仕事がら、懲りない人はよく見るもので…)を考えさせられます。
11.記載例からみる民事裁判文書作成と尋問の基礎技術 喜多村勝德 弘文堂
民事訴訟で作成提出する訴状等の各種の書面と証拠説明書、陳述書の作成のポイントと作成に当たり注意すべき点、証人・当事者の尋問のポイントなどを解説した本。
様々な訴訟の類型ごとに訴状や被告側の反論で落としてはいけないことがらや記載例が掲載されていて、改めて勉強になりました。
尋問に関しては、主尋問について「陳述書に記載されていない事実が尋問で初めて現れるというのは、裁判官にとって違和感があり、ひいては陳述書の信用性に疑問を抱かせるおそれもある」(191ページ)、「裁判官は、陳述書と書証の内容を事前に読んでいるので、矛盾があれば当然認識しており、法廷で人証がそれをどのように説明するかに関心がある。それを聞くために尋問期日に臨んでいるようなものである」(204ページ)、「裁判官は、双方から提出された陳述書その他の書証を事前に読み、人証尋問によってそれを検証することで、書証による点と陳述書による線を結ぶストーリーを把握し、そのいずれが合理的で経験則に合致しているかを判断している」(209ページ)、「はっきり言って裁判官は反対尋問で劇的な効果が生じることを期待していない」(同)など、肝に銘じておきたいところです。
解雇を争う(解雇の無効を主張する)訴訟での賃金請求の請求の趣旨の文例として「被告は、原告に対し、令和○年○月○日(訴訟提起後最初に来る給料支払日)から口頭弁論終結日の属する月の前月まで、毎月末日限り金○○円及びこれに対する各弁済期から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え」とされています(23ページ。52~53ページの「よって書き例」も同じ)が、将来請求との関係での請求の終期は、確かに理論的には「口頭弁論終結日の属する月の前月まで」とも考えられますが、裁判実務は「本判決確定の日まで」で行われています。遅延損害金の起算日は「弁済期から」は間違いで「弁済期の翌日から」です。12年間裁判官でその後20数年弁護士の著者が実務上定着している記載を知らないくらい労働事件は専門性が強いということでしょうか。(106ページの文例で「賃貸借」であるはずのところが「消費貸借」となっているのは単純な誤植でしょうけど)
10.これは経費で落ちません!13 落としてみせます森若さん 青木祐子 集英社オレンジ文庫
中堅石鹸・入浴剤メーカー天天コーポレーションの経理部に勤務する森若沙名子と経理部の面々、営業部の山田太陽らの会社勤めと人間関係、仕事上の駆け引き等と恋愛関係を描いた小説。
12巻で森若沙名子と山田太陽が結婚して新婚旅行に出た留守中(休暇中)の経理部などの様子を、経理部の佐々木真夕、森若に横恋慕する営業部販売課の鎌本義和、営業部販売課の山野内亜希、営業部企画課のお荷物社員馬垣和雄、経理部長新発田英輝の5名視点の短編連作になっています。5巻以来2度目のパターンです(それ以外の巻は、森若沙名子と山田太陽視点の連続ストーリー)。
鎌本と馬垣の勘違い・妄想男の話が、濃いというかエグい。ほかの話はそれぞれが社会人として成長してゆく安心感・爽快感があるのに、この2人は全然。まぁ、こういう人も確かにいるのだと思いますが、小説で読みたいかというと、ちょっとね。
1巻~11巻は2024年7月の読書日記で、12巻は2024年11月の読書日記で紹介しています。
09.クリムト作品集 増補改訂版 千足伸行 東京美術
世紀末ウィーンの絵画シーンをリードしたグスタフ・クリムトの画集。
クリムトの紹介では、クリムトがずんぐりと太った巨体の体育会系の人物であったこと、「分離派」を主宰し非難を受けることも多かったが反体制派ではなくウィーン画壇の第一人者として行政や富豪のパトロンから高額で受注していたことなどが強調されています。そのように存命中から高く評価されていたクリムトが日本で世間に知られるようになったのは「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ」が史上最高値で落札された2006年からでそれまではあまり知られていなかったように思えます。それはクリムトのシンボルのような作品での金ぴかや幾何学模様が、ルネサンス絵画や印象派好きの日本人の感性に合わなかったことが原因かと思います。私は学生の頃から知ってはいました(それくらい昔から日本でも画集は出版されていたのだから、一定の評価はあったわけです)が、あまり好きな画家という位置づけではありませんでした。
作品集では、有名どころの作品のみならず、神話や寓意画、肖像画に加えて、風景画も多数収録されていて、クリムトの印象をわりと拡げ、変えてくれました。裏表紙にも使われている「公園」なんていわれなかったら(いわれても)クリムトの絵とはとても思えないのですが、意外に味わいがあります。
私には初見の作品も多数あり(これまでにも何冊か画集は見ているのですが)、クリムトへの憧憬を深めてくれる画集でした。
08.カフネ 阿部暁子 講談社
東京法務局八王子支局供託課に勤務し弁護士の夫と離婚して生活が荒れアルコールに逃げていたところに唯一心を通わせていた弟春彦が死に、絶望する40歳の野宮薫子が、弟が遺言で財産(預金)の一部を遺贈した家事代行サービス会社カフネに勤務する29歳の小野寺せつなと出会い、家事がまともにできなくなり生活が荒れた家庭の現場を見、他人になじまない小野寺との関係を深めていくという小説。
春彦が29歳の誕生日に遺言を作成し薫子と夕食をともにした後その夜に死亡したことから、薫子がその死に疑念を持ち関係者に聞いて回るのがサイドストーリーになっていますが、メインストーリーは薫子と小野寺の関係とその変化にあります。
カフネの事業、経営者常磐斗季子の姿勢や、薫子の夫だった弁護士滝田公隆のスタンスなど、民間事業者の善意というか奉仕を描いているのは、作者の希望・期待なのでしょうけど、無償奉仕や過剰なまでの作業・配慮をそうすべきことそうあるべきことのように言われたら事業者は破綻・破産するか健康を害することになります。滝田弁護士の場合は、児童相談所の非常勤弁護士か協力弁護士だ(163ページ)というのが前提で、それでもそういった活動には頭が下がりますが、そうでない弁護士にはそういう姿勢を期待しないでほしいなと思います。
07.バイバイ!噛み爪 親子で始めるネイル・キッズセラピー はないかなこ 英智舎
爪を噛むのが癖になっている子どもに、爪のギザギザをヤスリできれいにする、ささくれなどもとり、あるいはネイルをデコるなどしたり、オイルを塗る、マッサージするなどのネイルケアを続け、指先・爪の大事さを意識させて、コミュニケーションを図ることで、かみ癖をなくしていこうと勧める本。
責めたり圧力をかけるのではなく、太陽作戦でいこうというところが好ましく思えます。
爪の構造(60~64ページ)とか、爪が指先までないと指先の腹側からの力を抑えられずものがうまくつかめない(54ページ)など、日頃考えないことの指摘があり、勉強になりました。
06.独裁体制から民主主義へ 権力に対抗するための教科書 ジーン・シャープ ちくま学芸文庫
独裁体制を倒し永続する民主主義体制を確立するために民主化勢力がとるべき闘いの方法を論じた本。
著者の主張は大きくは、民主化勢力は暴力によらず非暴力闘争(政治的抵抗)を選択すべきこと、自然発生的なあるいは短期的な視点によらず少ない被害で効果を上げることを十分に検討した全体計画に基づいて行動すべきことの2点に集約されます。
非暴力闘争を選択する理由は、宗教的倫理的あるいは思想的な問題ではなく、暴力による闘いは独裁者が最も有利な場での闘いになり勝ち目がほとんどないこと、独裁体制は民衆の独裁者への従属と屈服、民衆からの知識や労働、資金等の提供に支えられているからこの支えがなくなれば弱体化し崩壊するのでありそこが最大の弱点なのであるからそこを変えることこそが民主化勢力が有利に闘いを進め独裁体制を倒すポイントであることにあるとされています。
闘争の計画は彼我の力量を踏まえたものでなければならず、初期の取り組みにはリスクが低く自信をつけさせるようなもの(例えば服をいつもと違った風に着るといったことによる異議の表明など)を選択すべきであり、独裁政権をすぐに根こそぎ転覆することを狙うべきではないと論じ、民主化勢力が目前の問題に集中し独裁政権打倒のための包括的戦略を見失いがちなのは自分たち自身の奮闘により独裁政権に終止符が打てるのだということを心の底で信じていないためだと喝破しています。
巻末に非暴力行動198の方法が列挙され、自分にもすぐに取り組めそうなものが多数あるということを指摘し、民主化勢力のリーダーたちがこういった容易なことからより広範で効果(独裁政権への打撃)のある方法へと闘争の計画を練り実行していくことを求めています。
運動論として説得的で、読みやすく要領よくまとまっていて、「賃労働と資本」を読んだときに似た驚きと気づきを与えてくれました。
05.武器としての非暴力 日常からはじめる抵抗論 中見真理 NHK出版新書
独裁政権を打倒して民主主義政権を樹立し維持する、さらにその後独裁者の台頭を許さず民主主義を守るために、宗教的・道徳的な理由からではなく政治的に賢明な策として、意識的な戦略的な(自然発生的で場当たり的なものではなく考え抜かれた)非暴力闘争を行うことを提唱したジーン・シャープの運動論を紹介し、シャープの姿勢の問題点も指摘した上で、非暴力闘争の優位性を論じた本。
前半は、ミャンマーの民主化運動のために書かれた「独裁体制から民主主義へ」がセルビアの民主化運動、リトアニアの独立回復運動を成功に導いたとして、シャープの運動論を紹介し、「普通の人」ができる抵抗として198の方法(巻末217~222ページ)を挙げているとしています。たくさんの選択肢(例)があることで、イメージを広げ創意工夫しろということでしょうけど、それぞれの方法をどのように実践すれば権力者に対する有効な闘いになり得るのか、一人ではなく結束して大きな勢力になること、慎重に考え抜かれた戦略にすることがどのようにして可能になるのかという点で、実行までには高いハードルがあるように感じられてしまいます。
後半では、シャープのアメリカに対する強い信頼と無批判ぶり、民主的に行われた選挙で強権的なリーダーが生まれることへの無警戒などを指摘し(128~131ページ)た上で、シャープの理論と別に1900年から2006年までに政府を打倒した参加者1000名以上の抵抗運動323件の分析でも非暴力的抵抗の方が成功率が高かったという研究を紹介し(152ページ)、日本での実践例として60年安保闘争時の「声なき声の会」、イスラエルの軍事企業と提携している伊藤忠商事の子会社に対する抗議行動、イスラエル軍に軍服や装備品を供給している団体と提携している東京藝大に対する署名運動、戦前の柳宗悦の活動、沖縄での阿波根昌鴻の活動などを紹介しています。
コスタリカが軍隊を持たずに軍事費を教育に使い平和国家としてやれてきたのは反共姿勢をとってアメリカを安心させ、近隣の左翼ゲリラを討伐するための基地を提供するなどしてきたからだと、理想主義ではやっていけないことを強調しているのも、戦略的であれという意図からではありましょうけど、心情的にはちょっと萎えるところです。
いろいろと勉強になり、また考えさせられる本でした。
04.介護現場のモヤモヤに弁護士が答える 介護職六法 中谷ミホ著、外岡潤監修 中央法規出版
介護職員が介護現場や勤務に関して迷いそうな50の疑問について原則各4ページで回答した本。
基本的に介護職員と介護事業者側の利害安全を重視したスタンスで回答されています。
ケアプランに書かれていないサービスは断る(14ページ)、買い物代行でも嗜好品の購入は断る(16~19ページ)、電球交換を頼まれても断る(20~23ページ)、かゆいから市販薬の軟膏を塗ってくれと頼まれても断る(96~99ページ_)、シートから錠剤を取り出すのも断る(100~103ページ)、前髪を切ってくれと言われたら断る(116~118ページ)って、杓子定規な役人のスタンスで、利用者のニーズに関係なく事業者が責任を問われるリスクの回避を最優先にしている印象です。まぁ、弁護士として法的にどうかと聞かれたらそういう建前で答えざるを得ないのでしょうけれども。
介護職員はこれでモヤモヤがすっきりするんでしょうか。利用者やその家族が読んだらモヤモヤがつのりそうにも思えます。
03.わかりやすさよりも大切な話し方 自分視点から相手視点に切り替える話し方改革 横山信弘 東洋経済新報社
「わかりやすい話し方」と「相手を動かす話し方」は違う(3ページ)として、相手を7つのタイプに分けて相手に合わせて話し方を変えることで相手を動かすための技術を論じた本。
部下を、頭の回転が速く論理的で納得すれば即行動に移る「エリート自燃人」、直感と情熱で動く「ピュア自燃人」、人に認められたい評価されたいという意識が原動力となる(期待した応答がないとやる気をなくしへそを曲げる)「アピール自燃人」、すぐには動かないが何度か声がけしたり周りが動き始めれば動く「アーリー可燃人」、周りが実際に成果を出し口々によかったと言い始めてようやく行動に出る「レイト可燃人」、合理的な理由や筋の通った説明を受けて納得しないと動かない「ドライ不燃人」、最初から非協力的な「アンチ不燃人」に分類して、話し方を分けようと提案しています。まずアピール自燃人にあなたに真っ先に相談したいと特別に選ばれた感を出して火をつけ、次にエリート自燃人に率直に意見を聞き味方につけつつアイディアをもらい、そのアイディアも含めてドライ不燃人をデータと合理的理由で説得し、その後に全体告知してピュア自燃人は聞くだけで動くので、アーリー可燃人に声がけして多数派形成をしていくというようなやり方が提唱されています(286~295ページ)。
まぁ、本で読む分には、なるほどとは思いますが、長く付き合っている人でないと分類もできないし、人はそうそう思い通りには動いてくれない(予想外の反応はままある)もので、策士策に溺れる的なことにならないといいけど、と思いました。
02.賢く主張する技術 ディベートから学ぶ「納得と共感」のロジカルスキル 名和田竜 メイツユニバーサルコンテンツ
会議での発言や上司とのやりとりなどのビジネスシーンでのコミュニケーションについて、ディベートのスキルを用いることで、上達しようと勧める本。
競技ディベートでは、設定された論題について賛成側と反対側が機械的に割り振られ、賛成側は賛成理由、反対側は反対理由を論じ、相手方に質問をし、その上でさらに主張を述べて、第三者の判定で優位に立つことを競います。論題に対する自分の意見と関係なく立場が割り振られることで、自説と別に特定の主張の利点を見いだす力、相手の主張の疑問点を探すことで別の主張を把握し自説とは別にその利点と疑問点を見いだす力、そして自説とは別に特定の主張を第三者にアピールする力が必要となり、少なくともそれを意識した考え方を持つことができると考えられます。特に自説を離れてみることで冷静な視点と判断力を、相手方ではなく第三者を意識することで表現力と説得力を磨くことができるということでしょう。
ビジネスシーンでは、それに加えて相手の感情を考慮することも必要と指摘されています。
弁護士にとっては、日頃やっていること、心がけていることですが、それを少し違う視点で整理されているのが、気づきになるところがありました。
01.裁判官!当職もっと本音が知りたいのです。 岡口基一、中村真、原章夫、半田望、佐藤裕介、横田雄介、岬孝暢 学陽書房
民事裁判での裁判官の思考、当事者への要求、当事者の訴訟活動への評価等と弁護士が抱いている疑問に関して、岡口基一裁判官(SNSでの発言を理由に罷免)と弁護士の質疑の形で開いた講演会(2023年12月16日:九州弁護士会連合会主催)とその後の座談会の内容を出版した本。
高裁での審理(控訴審)が1回終結が大原則になっていることについて、「1回終結って本当よくないですよね。もう終結しちゃった後はね、裁判官の思い通りなんですよ。事実審の最終審なのでもうオールマイティーの神様になってて、自分を完全にフリーハンドにした状態で和解を持ちかけるってね、あれ、本当卑劣ですよね」(86ページ)とか。元高裁の裁判官がいうか、というか、裁判官もそう思ってるんだとわかります。
大量の証拠とか動画を出すと、読まない、見ない裁判官が多いが、逆にすごく読む裁判官もいて当事者が気づいていないことをめざとく見つけて終結前に指摘もしないでいきなり判決で拾われるリスクがあるという指摘(145~148ページ)など、実務上気をつけておきたいところです。
内容としては、長く弁護士をやっていれば、まぁそうだろうなと思うことが大半ですが、それが裁判官の言葉でやっぱりそうだと聞いて納得するというところに意味がある本かなと思います。業界外の人はたぶん意外に思うことが多いでしょうから、裁判の当事者になる人には特にためになるかと思います。
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