庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

  私の読書日記  2025年9月

25.荒地の家族 佐藤厚志 新潮文庫
 仙台市郊外の海辺の町亘理町で、津波により2トントラックと仕事道具を失いながら東日本大震災を生き延びたものの2年後に妻晴海が病死し、その6年後に再婚した妻知加子も2年前に出て行き、小学6年生になる息子啓太とともに母親の実家で暮らす40歳の植木職人坂井祐治が、震災の記憶に引きずられつつ過ごす思うに任せない日々の様子を描く小説。
 震災後10年以上が過ぎてもなお残る震災の傷痕、変えられた人々の運命、祐治が時々見る海の膨張の幻影、なお感じる臭い(腐臭)などが象徴的で、心の奥底に痛みを覚えます。
 震災を描きながら、おそらくは意図的に「地震」「津波」という言葉を避け(地震は地響き、地面が動いた、地面が破壊的に揺れ、津波は海が膨張、波にのまれ、波は追いかけてきたと描いているので実質的に同じとも言えますが)、「災厄」と言い続けているのが目を引きます。

24.ヒトはなぜ恋に落ちるのか 愛と裏切りの進化心理学 ロビン・ダンバー 青土社
 ヒトがなぜペアボンド(夫婦・つがいの絆)を強化するようになったのかを、生物学的・進化論的な立場から論じた本。
 タイトルからは、現在を生きる私たちが恋に落ちる原因や機序などを心理学的な側面から解説する本のようにも見えますが、また序盤ではそれに近いテーマにも触れているのですが、著者の関心はあくまでも人類が進化の過程で、あるいは社会の時間的地域的広がりの中で(その意味では文化人類学的な面も)ペアボンドを選択したのかにあります。
 「私は、ヒトのペアボンドが進化したのはおそらく、男性の数が非常に多い環境の中で生きる女性が、男性からの嫌がらせや子殺しのリスクから身を守るために、男性をボディガードとして確保したことから始まったのだろうという結論に達した」(273ページ)というのが、著者が言いたかったことになりますが、それが300ページ近い本を読み進めてきた読者が聞きたかったことかは疑問です。
 化石人類の配偶システムを男性の第2指(人差し指)と第4指(薬指)の長さの比(母胎内での男性ホルモン:テストステロン曝露量に左右されるとされています)によって第2指が短いと一夫多妻制だったと判断する(277~278ページ)という基準を採用していますが、そんな単純で大胆な議論をされると、この本全体の議論・論拠が怪しく思えてしまいます。(私、第2指がけっこう短いんですけど…)
 化粧について、アイシャドウは排卵時におそらく血液の供給が増えるために自然と黒ずむ瞼を、口紅は興奮時に頬が赤らむのを模倣したものと思われるとされています(128ページ)。雑誌のモデルの女性の顔の輪郭を分析すると7歳の子の輪郭とほぼ同じだった(134ページ)とも。男性はそういう女性(の見た目)に魅了されるというのですね。

23.俺ではない炎上 浅倉秋成 双葉社
 住宅メーカーの大善支社(架空の都市名ですが、出てくる緯度経度からして水戸市を想定)営業部長の山縣泰介名義の twitter アカウントで腹部から血があふれ出している女性の写真を掲載して殺害をほのめかす投稿があり、それを発見した学生住吉初羽馬がリツイートしたのを契機に炎上/祭り状態になって会社には問い合わせが殺到しネット民が山縣泰介を追って自宅にも現れ、さらに自宅の倉庫内で別の女性の死体を見つけて驚愕した山縣泰介は逃走、ネット上は犯人と決めつけられ、警察も動き出すが…という展開のミステリー小説。
 歪んだ/独りよがりの正義感と無責任がテーマ、「自分たちは悪くない」がキーワードとなっています。
 ミステリーとしては、結果からいうと、しっかり騙されました。率直に言って、ちょっとずるいとも思いますが、作者はきちんと序盤からヒントを書いていて(少なくとも2つ)、気づかなかった私が浅はかでした。
 映画の公開に合わせて読みましたので、映画と比較しますと、終盤まではわりと忠実に原作がなぞられています。しかし、終盤で、青江(山縣泰介の取引先の担当者)の位置づけ・関係、芙由子(山縣泰介の妻)の警察への供述と過去の娘との会話などが変更され、えばたん(山縣夏実の同級生)の父の設定、病院での山縣親子の会話、真相解明後の周囲やネット民の反応などが加えられています。
 総じて映画の方がわかりやすく納得しやすくなっていますが、私としては青江の位置づけは原作小説のままの方がいいなと思います。

22.うまく老いる 楽しげに90歳の壁を乗り越えるコツ 樋口恵子、和田秀樹 講談社+α新書
 女性・福祉関係の活動を続けてきた評論家と高齢者専門精神科医が、老いへの対処、高齢者の生き方について語る対談本。
 70代は運動機能や脳の機能を使う習慣を身につけていかに長持ちさせるかという「老いと闘う時期」、80代は文明の利器を用いて人にも頼り無理をしないでできることをする「老いを受け容れる時期」(43~48ページ)と。なるほど。これからの人生で心がけましょう。70代・80代になる頃にはもう覚えていないかも知れませんが。
 ちょっといやだなと思う相手にもいいところを見つける、他人のいいところを取り込んで自分のものにしようとする、他人に寛容になればなるほど自分がますます豊かになっていく…(181ページ)う~ん、なかなかその境地にはなれそうもないですが。
 長野県は長寿県で高齢者数が多いのに老人医療費が安く、その秘訣は人間ドック的な予防医学ではなくて栄養を摂るとか体操をするとかで病気にならないようにする予防医学にある、しかしそれでは病院が儲からないので他の地域に広がらない(136~137ページ)という指摘も、頷けます。

21.オパールの炎 桐野夏生 中央公論新社
 女性解放のために女性が自分の身体を自分で管理しなければならないとして中絶の自由とピルの解禁を主張し、ピンクのヘルメットを被って女性の敵を糾弾する「ピ解同」(ピル解禁同盟)を結成して派手な活動をし、その後宗教団体「女性光源教」を作って自ら教祖となり「女の党」を結成して参議院選挙に多数の候補を立てるが自らは立候補せず選挙に負けたら主婦になると宣言して惨敗した後、行方不明となっている「塙玲衣子」の活動と現状を若い記者が関係者に取材するという体裁のモデル小説。
 中ピ連の榎美沙子を再評価し光を当てようという試みですが、ノンフィクションのようにストレートに事実を述べ著者の評価を示すのではなく、関係者の談話を積み重ねさまざまな評価を並べながら自ずから方向性を示すという手法が用いられています。批判的な意見も取材しながら、「被害者」と主張する者は傲慢で身勝手に感じられるように(掲載誌が「婦人公論」ではなく男性誌だったら読者がそう感じないかも知れない程度の筆致で)。ただ夫の不貞の糾弾を依頼した女性が芸能人の不倫を責め立てることに反対だという語りから入っているのは、榎美沙子に依頼したある意味で彼女を利用した者の無節操をいうのか、支持者が普通の人だったというのか、作品自体の方向性を柔らかくするためかわかりませんが、今ひとつ意図が読めませんでした。

20.十三月の子猫 溝口智子 笠倉出版社(キキ文庫)
 22歳になる「人間の言葉がわかる」老猫こでまりを抱いて那珂親水公園とその周辺を散歩し続ける咲良と、高校生のときに咲良に家庭教師をしてもらっていた、今は脳梗塞で倒れてリハビリ中の祖父の屋台「春夏冬屋」(あきないや)を引き継いで焼き芋やわらび餅を売りつつキャリアコンサルタントも務める23歳になった香川祐司が、出会う人々と交歓するほのぼの系小説。
 前半は明るい咲良と優しい祐司がこでまりの後押しを受けながら思いを寄せ合うほんわかしたラブストーリーとして読めますが、後半、視点人物であるときでさえ咲良の挙動が不審になり、それは流れとしてはこでまりの衰弱が進んでいくことへの悲嘆とは見えるものの今ひとつその様子に納得がいかず、なんだか残念な読み物になっていく感じです。最後には締められていますが、最後だけそうされてもねという思いが残ります。
 咲良の方が年上の設定で、咲良視点で咲良主導で始まった作品が、後半は祐司主導で咲良がこどものように見えてしまいます。そのあたりもストンと落ちない読後感につながっているのかなと思いました。

19.仕事をしながら1日30分で売上が最大化する「超効率PR」 笹木郁乃 PHP研究所
 商品・サービスを売るためのPRの実践について解説した本。
 書かれていることの多くはそうだろうなと思うことではありますが、SNSでの拡散も口コミも積極的にお願いする、口コミは「こんなふうに書いてもらえるとうれしいです」などと文例も示す、1回2回で諦めない、5回10回と声をかけてようやく1人2人が動いてくれたらラッキー(37~42ページ)とか、メディアへのアプローチは担当記者に電話をかける(174~177ページ)など、実際にやるにはハードルが高い。
 SNSの使い方について、それぞれの特徴を捉えた解説が丁寧にされていて参考に(勉強に)なりますが、X(旧twitter)は朝6時に前日考えて作成しておいた内容を投稿、7時30分に投稿と返信、過去の自分の投稿3つに自分でリポスト、昼12時にも投稿と返信、過去の自分の投稿3つに自分でリポスト(198ページ)すべきだそうです。自分の投稿に自分でリポストって…それを恥ずかしがるような人にはPR活動をする資格適性がないんでしょうね。それにしても、Xの利用者って、朝6時から見てるものなんですか。
※一念発起して早起きし、朝6時台に投稿してみましたが、インプレッション数は昼過ぎや夕方投稿したのと変わりませんでした。1回じゃわからんといわれるのでしょうけど…

18.超合理的! ミステリーの書き方 中山七里 幻冬舎新書
 量産ミステリー作家がミステリーの書き方について語る本。
 毎回、三日三晩唸りながら考えたものを2000字のプロットにまとめて出す、これを編集者に見せておもしろくないと言われたらおもしろい小説にはならない、魅力のあるものはたった1行で表現できるはずで、2000字でおもしろいと言われないものは500枚書いてもおもしろくない気がする(36ページ)というあたりは、よく聞く気がします。しかし、そのプロットを(3日で)作る時点で500枚なら500枚すべてを頭の中でずっと文章を書いている、その段階で頭の中で推敲も終わっている、僕は頭の中の原稿を一言一句たがわずアウトプットしている(41ページ)と言われると、もう常人の世界ではありません。プロはそれぞれに特異な能力を持っているということでしょうけれど、それ前提にこう書いていけばいいと言われても、自分にはムリと思えます。
 1日1本映画を見ているけれどもそれは娯楽じゃなくてインプットのためで、あえて超駄作も見ている、駄作を見るとこれをやったらだめということがわかりやすい(51~52ページ)とか。生活すべてを仕事にかけているというスタンスで、「遊びたい」とか「休みたい」とか1回でも思ったら筆を折るつもり(188ページ)という「母に捧げるバラード」(海援隊)のような昭和な価値観を披露しています。
 こういう特異な著者の作法が一般人に参考になるか疑問を持つのですが、極めつけは、著者は小説講座の講師を依頼されて聴衆から何の反応もなくて「僕は人に教えるのが最高にヘタクソだってことは分かりました。だから小説講座の講演はもう二度とやりたくないです」(173ページ)というのです。そういいながら、なんで「ミステリーの書き方」なんて本を書くのだろうと思い悩んでしまいました。「人に教えたい」という気持ちを抑えられないのは「昭和なおっさん」の常なのでしょうね(自戒を込めて)。

17.眠れないほどおもしろい蔦屋重三郎 江戸を熱狂させたエンタメ界の風雲児! 板野博行 三笠書房(王様文庫)
 吉原遊廓のガイド「吉原細見」や狂歌絵本でのし上がって財をなし、東洲斎写楽や喜多川歌麿を見出して売り出した版元(板元)蔦屋重三郎の半生を軽い語りで紹介した本。
 歌麿も後の北斎も版元が見出し売り出さなければ世に出なかったということはそうでしょうし、江戸時代に浮世絵が掛け蕎麦1杯の値段で買えるほど大衆化できたことには版元の寄与が大きいのだと思いますが、作家・画家(アーティスト)よりも版元(プロデューサー)を持ち上げる近年の風潮には私は感心しません。芸能界で言えばいい演技・歌唱・作品等が見られるのはタレントよりも芸能事務所(プロダクション)の手柄ですと言うようなものです。彼らには「商才」があったのですが、他人の才能を利用して金儲けをしているだけで、それを賞賛するのには、ちょっと反感を持ちます。
 田沼時代と享保の改革、当時の江戸(人口世界一の都市だった)の様子と町人文化の発達・隆盛など、江戸時代の歴史について思い出し学べた点でも勉強になりました。

16.迷うな女性外科医 泣くな研修医7 中山祐次郞 幻冬舎文庫
 泣くな研修医シリーズの主人公雨野隆治の4年先輩の外科医佐藤玲の研修医時代から9年を、研修医時代の指導医だった東凱慎之介がステージ4の直腸癌で入院してきて主治医となることを中心に描いた小説。
 消化器外科医が直腸癌に罹患するという運命の皮肉、病状や予後を患者自身が正確に予測してしまうことの残酷さ、人生への見方処し方、そして通して描かれる師弟愛+αの心情の切なさに感じ入ります。
 2巻と3巻とダブる時期で、2巻3巻で書かれていたことの一部は再現されていますが、逆に2巻3巻では、2巻には佐藤玲の視点からのエピソードもけっこうあったのですが、東凱の件は影も形もありません。さすがにその時点で7巻を書くことは想定していなかったのでしょうね。
  1巻~5巻は2023年9月の読書日記03.~07.で、6巻は2025年7月の読書日記14.で紹介しています。

15.JK Ⅳ 松岡圭祐 角川文庫
 1巻で川崎の不良たちに目の前で両親を殺害されて犯され「輪姦島」送りにされたが脱出し江崎瑛里華の名で帰還し復讐を遂げ、3巻で深手を負い血まみれで断崖から消えた有坂紗奈が、輪姦島で助けた仲間の復讐を続ける続編。
 スプラッターものともいうべき流血・暴力シーンの多い作品で、残酷シーンが苦手な人は手を出さない方がいいシリーズです。
 解説者が、江崎瑛里華が、「実際のところ、三分の一ほど読んでも、その名前すら登場しない。これは本当に《JK》シリーズなのだろうかと訝しんでも不思議ではない」(233~234ページ)などと書いていますが、1巻から3巻を読んだ読者なら、そんなことみじんも思わないと思います。登場の瞬間からわかりますし、10ページにたどり着いても気づかなければその鈍さに驚きます。
 作品として読ませる作者の筆力には毎度感心させられますが、アイディア・展開としては、3巻と輪姦島で一緒だった女性のために有坂紗奈/江崎瑛里華が復讐しボロボロになるという点で共通していて、私には今ひとつ新味がないように感じられました。
  1~3巻は2024年6月の読書日記02.~04.で紹介しています。

14.ふらっとアフリカ 藤原章生 毎日新聞出版
 1995年10月から5年半毎日新聞記者としてアフリカに駐在していた著者が、60歳となり定年となった2021年4月にコロナに罹患して退院するとき、あとはやりたいことだけをやろうと考えてアフリカ再訪を思い立ち、2023年11月7日~2024年4月5日と同年11月8日~2025年3月14日の2回アフリカを旅した際の旅行記とエッセイ。
 著者が30歳後半を過ごしたもののその後四半世紀訪れることもなかったアフリカ旅行を切望した趣旨は、今ひとつわかりませんでした。人々の人情、助け合いの精神、緩い時間などが描かれるのかと思いましたが、もちろんそういう描写は多々あるものの、そうでもない裏切りや怒り、暗い思いなども同じように描かれていて、ある種の楽園というイメージでもありません。いろいろなことを合わせて、水が/性が合うというのでしょうけれども、頭ですっとわかる感じはしません。なんとなく、なんでしょうね。
 書かれた媒体が複数のためか、前半は著者の旅行を日を追って綴り、後半は時期の前後とか流れを感じないテーマ別的な記事になっていて、通し読みしていると途中で流れが止まる感じがします。

13.国立大学教授のお仕事 とある部局長のホンネ 木村幹 ちくま新書
 神戸大学大学院国際協力研究科の部局長(研究科長)を務める著者が、大学教授になる道、大学の組織を説明し、大学教授が行う/負担する教育・研究・学内行政等の業務と資金獲得、学会での業務等について解説した本。
 著者が度々断っているように、これらは基本的に著者が経験したことに基づく説明であり、自然科学系であったり、部局長等の地位になかったり、マスコミに時々コメントするような立場でなかったりした場合はもちろん、時期や大学によっても異なってくるものと考えられ、まぁ大学教授がこんな種類のことに追われていることがままあるのだろうなぁくらいに読んでおけばいいのでしょう。
 「はじめに」で自らの1週間を紹介しているところは、著者は雑務に追われることへの愚痴をいうとともに忙しさ自慢をしているのでしょうけれど、私が読んで感じたのは、マスコミでコメントしている大学教授が「研究」に充てている時間がこんなにも少ないのかという驚きです。昼食を取る時間がなくて売店や生協で買ったおにぎりだけというのに同情してもいいですけど、もう若い頃に昼食を食べなくても支障はないと判断しそれに慣れてしまった身には、必ず食べようとしているだけでもまだ余裕がある(しかしそれは偉い)と思えてしまいます。
 「むすびにかえて」で、著者は大学教員の魅力として「自らの名前を出し、自らの才覚でかなりの部分の仕事を切り盛りできる一方で、失敗しても組織に所属している間は、ある程度立場が保障されている。だから、その最大の特色は『失敗を恐れずに仕事ができる』ことにある」(252ページ)とした上で、しかし今の日本の大学では、この点が危機に曝されていると指摘しています。著者の指摘は、主として資金獲得の点から失敗が許される余地が乏しくなっている、成果が見えるものにしか資金がつかないという点にありますが、大学教員の労働事件をやっている立場からはそうでない点でも大学に余裕がないというか当局の寛容・度量が小さくなっているように思えます。嘆かわしいことです。

12.妄想美術館 原田マハ、ヤマザキマリ SB新書
 美術館キュレーター経験者の作家と、イタリアで油絵を専攻していた漫画家が、好みの美術館と画家・絵画を語る対談本。
 イタリア在住のヤマザキマリのあまり日本ではなじみのないイタリアの画家と絵画の紹介が、目新しく興味深い。2人の「好きな作品ベスト10」(100~101ページ)、「好きな作家ベスト10」(152~164ページ)でも、原田マハの方は概ね聞きおぼえがあるけれど、ヤマザキマリの方はほとんど知らないマニアックなもの。終盤で激推しされているパオロ・ウッチェロは今ひとつ食指が動きませんが、一推しのアントネロ・ダ・メッシーナはけっこういいかも(特に「書斎の聖ヒエロニムス」:75ページ)。
 初心者の方にまずお伝えしたいことは、展示されているものをわからなきゃいけないという義務感を一切、払拭して欲しいということ(48ページ)、とにかく行ってふらふらと楽しめと。至言です。

11.ユニヴァースのこども 性と生のあいだ 中井敦子、森岡素直 創元社
 体のしくみは女で性自認は男であったり女であったり揺れ動く、介護施設で自己紹介のとき「私は『おにいちゃん』って言われたり、『おねえちゃん』って言われたりします。いろいろですわー。私はそのあいだやから『おぬうさん』です」と言ったのが最高の自己紹介という一人と、そのパートナーとなり友人から精子提供を受けて産んだ子どもを育てている女性のカップルが、セクシャリティや生き方を語る本。
 人生の時期により、さらにはその日により、自己規定や性自認が揺れ動き、そこでの一貫性やそもそも分類するカテゴリーへの当てはめに対して反発ないし違和感を持っているという語りがベースとなっています。男とか女とか、こうあらねばみたいなことにこだわらず、それぞれでいい、自由にありのままに生きたらいいというメッセージです。

10.医療過誤弁護士銀子 富永愛 経営書院
 元外科医で医療過誤訴訟の患者側を専門とする弁護士白川銀子がステージⅠの直腸癌手術の術後3日目に大量出血し意識不明のまま3か月後に死亡した患者の遺族の依頼で訴訟提起した事件を描いた小説。
 作者自身が元外科医なので、実際にそうなのでしょうけど、一般に病院やクリニックでは医療関係者の患者は喜ばれない、家族等が医療関係者の患者はカルテに密かに「医療関係者マーク」をつけたりしている(14ページ)というのが生々しい。
 作者が現役の弁護士なので、証人尋問を始め裁判期日でのやりとりはよく練られている感じがしますが、なぜか初歩的なミスも目立ちます。1審判決の主文「原告らの訴えを棄却する」(242ページ)というのですが、1審での原告敗訴は通常「原告らの請求を棄却する」、訴えが適法要件を欠くときが「原告らの訴えを却下する」で「訴えを棄却する」というのは聞きません。2審判決について「『ひ』の一文字で勝敗はわかる。『ひこく』で始まれば被告に何円かの支払いを命じる原告勝訴の判決であり、『げんこく』で始まれば、原告の請求を棄却する、という敗訴の判決だからだ。」(254ページ)というのも、それは1審判決の話で、控訴審での控訴側勝訴は「原判決を取り消す」か「原判決を次のとおり変更する」か、その前に「控訴人の控訴により」がつくかです。もし控訴審判決が「ひ」で始まったら、「被控訴人の附帯控訴により原判決の控訴人勝訴部分を取り消す」のような控訴人敗訴の判決くらいしか考えられません。「東京地裁の民事第36部は、いわゆる医療集中部といわれている」(184~185ページ)もギョッとします。民事第36部は労働専門部で、医療集中部は民事第14部、第30部、第34部、第35部です。依頼者とともに判決言渡に立ち会いながら、すぐにでも判決書を受け取ってその理由を知りたかったから翌日事務員に判決書を取りに行かせた(244ページ)というのも奇妙です。わざわざ裁判所に判決言渡を聞きに行っているのですから早く判決書を受け取りたいならそのまま書記官室に行って受け取ればいいし、法廷に来ている依頼者も理由を知りたいはずですから依頼者に説明するためにもそうするのが弁護士のふつうの行動だと思います。

09.恐竜研究の未来 化石から見えること、見えないこと デイヴィッド・ホーン 原書房
 恐竜研究の現状について、いくつかの問題領域に分けて、わかったと思われること、なお決め手がなく断言できないことを説明し、研究者のもどかしい思いを述べた本。
 化石の発掘が進み、さまざまな技術が発達したことによって、わかってきたことがあり、たぶんこうだろうという知識は増えているが、他方で科学的にそれを証明する、結論づけるためには足りない点が多く、それがそもそも化石として残りにくいこと・ものであったり、うまくそのようなものが発掘されていなかったりで、多くの問題について(マスコミは好きに騒いでも)学者・研究者としてはもやっとした言い方しかできないことに歯がゆい思いをしているという記述になっています。
 多数の化石が発掘されている種の恐竜であっても、最大級あるいは平均的な重量も体長もわかったとは言えず、唇があるのか(牙がむき出しなのかふだん口を閉じているのか)とか、体色や皮膚の模様などもわからず、生活状態やどうやって交尾するのかとか、ティラノサウルスのあの短い腕は一体何に用いていたのかなどもまるでわからないのが実情だそうです。
 そういう学問的な嘆きに加え、一般人の興味を引く分野の研究者がインターネットの発達により変人に絡まれる機会が増えたことへの嘆き(344ページ)なども書かれていて、同情します。

08.機械ビジネス 那須直美 クロスメディア・パブリッシング
 日本の機械工業について、機械工業の歴史、工作機械、機械加工、ロボット、輸送用機械、建設機械、宇宙開発、超精密加工、機械ビジネスの今後などに分けて紹介・説明した本。
 ふだん見聞きすることがない技術の世界を垣間見、技術力の高い/素晴らしい製品を開発製造している中小メーカーの存在と名前を知ることは勉強になりました。
 他方で短い説明はつけられていることが多いものの、技術、機械、工法等の専門用語/業界用語が、(写真はあっても)図解がないこともあって、理解・イメージできないことが多く、消化不良気味でもありました。
 日本企業の技術力は高い、日本の中小メーカー捨てたもんじゃないぜ的なノリの本で、どこか「プロジェクトX」みたいな印象が残ります。

07.外国人労働者に関する重要労働判例と今後の展望 山川隆一編著 第一法規
 外国人労働者に関する労働関係、在留資格関係(就労可能な範囲、資格外活動等)などに関する裁判例を紹介し、関連する法的な問題を解説する本。
 在留資格関係はあまり知識が深くないので、その分野について裁判例がまとめられていること、労働法分野についても新しい裁判例を紹介していることから、私にはとても勉強になりました。もっとも、全体としては多数の裁判例を紹介しているのですが、個別テーマについては1つか2つの裁判例に基づいて論じていて、その取り上げられている裁判例が標準的なものといえるかには疑問を感じるところもあります。この本のテーマが外国人労働者の労働問題という狭い領域を深掘りする本ですから、労働事件についての初心者・初学者が読むことは想定されていない(紹介されている判決の判断はあくまでも事例判断で、同じ結論になるケースが多いとは限らないことは、自力で判断できると期待されている?)のでしょうけれど。
 執筆者4名のスタンスに相当程度の差があり、外国人労働者の権利保護を重要視する記述、外国人労働者を使用する事業者の利益に寄った記述(刑事裁判関係は使用者に厳しい裁判例を批判せずこのように処罰のリスクがあるので精通した弁護士等の助言指導を受けられる体制の構築が必要不可欠という弁護士の営業的記述も…)が混在しています。これもそういうことを頭に置いて読むべきですが、初学者が無自覚に通読しようとすると混乱・違和感を持つでしょう。
 モンドリアンのコンポジションのような装丁が、私には魅力的に思えました。法律書らしくないのがいいと思うか好みが分かれるかも知れませんが好みが分かれるかも知れませんが。

06.かきたくないのに止められない 汗っかき・多汗症で悩んだら最初に読む本 山城絵里 すばる舎
 大量に汗をかき日常生活に困るような状態の人の実情と対処法、治療法等について解説した本。
 私は若い頃、暑いのが苦手で大量に汗をかいていたのですが、その後職業的な緊張感からか特に法廷などでは上着を着ていてもさほど汗をかかなくなり、汗かき体質が治ったのかと思っていたら、福島原発事故後裁判業界でもクールビズが徹底されて上着を着ないようになって慣れたこともあってまた暑さに弱くなっていますし、50代あたりからやたらと首から上だけ汗をかくようになりました。人それぞれでしょうけど、体質も変わるのかなと思っています。
 私の場合、特に50代(男の更年期というやつかなと思いましたが)の頃、著者の言う頭部顔面汗さんだったので、興味を持って読みましたが、手汗、足汗、脇汗の人は衣服類での対応が可能なのに対して、頭部顔面は隠しようもなく、クリーム状の制汗剤(97ページ)の後は、いきなり後頭部へのボトックス注射(110~111ジ)となり、「今の時点では完璧な治療法はない」(112ページ)とのことで、やはりとも思いますが驚きました。あの頃、ひとつにはどうして首から上だけ汗をかくのか原因がわからない気落ち悪さと対処法のなさに困っていました。私の場合、幸いに時の経過(老化)によりそういう症状はなくなりましたが。
 いろいろな汗かきさんがいるということ、そういうものなのだということが紹介されているだけでもよかったなと思います。

05.入門日本美術史 山本陽子 ちくま新書
 古墳時代から明治期までの日本美術の流れを、仏教伝来以前、飛鳥時代の仏像、奈良時代、異色の仏教(密教美術)、浄土信仰、12世紀の絵巻、慶派(運慶、快慶ら)、肖像画(伝源頼朝像等)、水墨画、戦略としての絵画(天守閣と狩野派等)、狩野派その後、琳派、浮世絵の始まり、北斎と広重、西洋画の導入、日本画のゆくえに分けて解説した本。
 全体の流れを、仏教伝来以降の外来文化の模倣期、遣唐使廃止後の国風文化(独自の熟成)、鎌倉時代から再度外来文化の模倣期、鎖国後の独自の熟成、開国後の外来文化の模倣期というふうに極めてシンプルに捉えてその枠組みで説明するなど、流れやそれぞれの動きの関係の説明が巧みで、すごくわかりやすい。解説で取り上げるエピソードやさまざまなできごとの書きぶりなども読者の興味を(単に私の関心を、かも知れませんが)うまくつかんでいます。
 たぶん、日本美術にそれほど興味がない人でもわりとさらさらとおもしろく読めるのではないかと思います。

04.わかりあえないイギリス 反エリートの現代政治 若松邦弘 岩波新書
 トニー・ブレアの「ニューレイバー」への不信から現在に至るまでのイギリスの政党の模索と人々の投票行動を解説した本。
 本来は労働者のための政策を推進する政党を支持しあるいはそちらに注文をつけてしかるべき低所得労働者層が、どうみても労働者の敵(お金持ちに奉仕する、口先はさておいても富裕層優遇政策しかしない)の政党や政治家を支持する(そちらに投票する)という、哀しい状況が、アメリカでもイギリスでも、そして日本でも顕著に表れています。そういう問題意識で手に取り読みました。
 イギリスでの事実の流れを具体的に把握できたのはよかったと思いますが、現代政治ということがらの性質上仕方ないとも思えますが、「だからどう」のところが今ひとつストンと落ちず、また私には文意自体をとりにくいところもあり、ちょっとスッキリしない読後感でした。
 イギリスの地方都市が多数記載された地図が冒頭(2~3ページ)にあり、イギリスの地名(ただし、イングランドにかなり偏っていますが)の勉強になりました。

03.芸能界を変える たった一人から始まった働き方改革 森崎めぐみ 岩波新書
 芸能人の多くが労働者として雇用されるのでなくフリーランス(個人事業主)扱いの上明確な契約もなされず就業条件が不明確で劣悪であることを示し、近年労災の特別加入制度やフリーランス新法によって労災適用の道が開け適正な契約をすべきことが定められるなど制度が整いつつあることを解説し、さらなる改善を目指し求める本。
 第1章、第2章の著者らが行ったアンケートで示される撮影現場の状況(トイレ、更衣室がないなど)、長時間労働、ハラスメントなどの実情が読みどころかなと思います。そのアンケート作成に当たって答えてもらうように「起承転結」の構成を工夫した(48~49ページ)というのですし、せっかくならアンケート用紙と回答の集計も掲載してくれるとよかったのですが。
 契約書が作成されないことの問題を指摘するに当たり、コロナ禍のときの持続化給付金の申請ができなかったということを取り上げています(133ページ)が、持続化給付金は、契約書などなくても確定申告をしていれば前年の確定申告書の写しと当年の各月の収入の計算書(裏付け資料は求められない)だけで支給されていましたので、もし申請できないとしたらそれは契約書を作成していないからではなく、所得を確定申告していなかったからだと思います。
 芸能人の就業条件の劣悪さ・不安定さを訴えるのに、もっぱら法制度の欠陥を問題にして、芸能事務所・プロダクションを非難する書き方はしていないのは、一種の忖度なのか、著者の関心が芸能事務所に所属していない芸能人に向いているからなのか。

02.社会福祉を学ぶ50の扉 貧困に対する支援 岩永理恵、野田博也編著 法律文化社
 生活保護を中心とする日本の貧困対策、社会福祉事業について、50の項目に分け各4ページで解説した本。
 基本的に制度の沿革や法令上の制度内容についての解説で、その法令や通達で定められたルールが現実にはどのように運用されているか、具体的にはどのような給付・サービスが受けられるかを、利用者・貧困者の側でイメージできるような説明、さらにはどのようにすればよりよいサービスが受けられるかに関するノウハウのような説明は見られません。制度を運用する側から見た制度・メニューの説明という印象です。「はじめに」で社会福祉士養成課程のテキストとして利用していただくことを想定していると書かれているので、利用者・貧困者が読むということは想定していないのかも知れませんが。
 学者が書いていることから、制度の問題点についての指摘を期待しました(それがないなら、制度説明は役人が書いたものの方が信頼感がありますし)が、制度間の谷間での漏れとか、制度を作っても利用されていない等に関する批判的言及はあっても、特に生活保護の実情・現状に関しては問題の指摘があまりなされません。特に安倍政権下での生活保護の切下げについて、裁判が係属中であることだけが指摘され、執筆者の意見は何一つ書かれていない(37ページ、64ページ)というのは驚きです。この引下げを違法とした最高裁判決(2025年6月27日第三小法廷判決)が出されたのはこの本の出版後約3週間経ってのことなのでこれに触れていないのは当然として、それ以前に高裁レベルで受給者側勝訴の判決が相次いでいたのですから、少なくとも国が敗訴したケースが相当数あることに触れないのは異常ですし、裁判所が違法という判断を重ねているにもかかわらず学者が引下げに対する批判を手控える、行政に忖度するのでは、何のために学者が書いているのかと思います。

01. 「若者の性」白書 第9回青少年の性行動全国調査報告 日本性教育協会編 小学館
 1974年から原則として6年ごとに行われている青少年の性行動全国調査の第9回(2023年実施)に基づいて、その調査方法の説明、学校での性教育と性に関する知識・態度・行動との関連、性的同意の認知と意思の確認、暴力被害および性的被害、避妊の知識と実践、性感染症予防の知識と行動、家庭環境・親子関係の影響、恋愛観、性についての悩みについて分析・解説し論じた本。
 さまざまなことが論じられています。その多くは普通に予想されていることです(それを統計調査で確認していることに意味があります)が、ところどころ驚くようなことも紹介されています。私には、高校生女子で「卵子は子宮で作られる」と誤解している者が過半数(50~51ページ、264ページ)というのが衝撃的でした。
 アンケート調査の報告書なので、質問紙は掲載して欲しかった(集計資料の「問い」が質問紙の問いと完全に一致しているのか、その問い以外の記載がないのかが明確ではありません)のと、集計表で例えば基数77とか83(特定の回答が1人いれば、その1人だけで1.3%や1.2%に相当)で、0.7%という集計結果がある(213ページ。矢印の集計表)などどういう集計処理をしているのかに疑問が生じそうなものについて何ら説明なく掲載されているなど、正確さあるいは親切さを欠く点があるのが残念に思えました。

**_**区切り線**_**

私の読書日記に戻る私の読書日記へ   読書が好き!に戻る読書が好き!へ

トップページに戻るトップページへ  サイトマップサイトマップへ