庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

  私の読書日記  2025年8月

26.夫よ、死んでくれないか 丸山正樹 双葉文庫
 大手不動産開発会社で商業ビルのブランディングを担当する30代半ばの薗部/甲本麻矢が、2歳年上の家庭内別居状態の夫甲本光博の無理解と仕事を頑張っても上司から女性だからと低く見られていることに不満を持ち悩まされ、バツイチのフリーライター加賀美璃子、夫にガーベ(生ゴミ)というあだ名をつけ元気なまま死んでくれないかとこぼす専業主婦の榊友里香との学生時代からの「三人組」の絆を確認しつつ愚痴を言う日々を過ごしていたが、友里香と夫との間の事件に巻き込まれ、自分の夫も失踪して翻弄されるという小説。
 主人公/視点人物の麻矢の描きぶりに、私はどうにも居心地の悪さ、違和感を覚えました。麻矢が現代日本社会での女性の息苦しさを体現し、自分がその抑圧する側の男性に属するから、ということではありません。一見女性の立場を代表している麻矢に対し、では自分は夫を理解しようとしているのか、男性の同僚や上司がどれだけ努力しているかを見ようとしているのかという疑問が自然に出てくるように書かれていると見えるからです。この作品は、女性がたいへんな思いをしていることを描いているかのように見せつつ、視野の狭いジコチュウ女が身勝手なことを言い続け、最後には自分の思い違いと愚かさに気づいて愕然とする、本当の敵は夫や男性上司ではなくて「女の敵は女だった」というのを見て、ミソジニー(女性嫌悪/女性蔑視)読者が溜飲を下げる、そういう作品だと、もう序盤を読んだ段階で見えてしまったからです。
 文庫本なのに掲載されている単行本版あとがき(294~295ページ)で作者は「夫たちよ、本書を読んで震えて眠れ」と結んでいます。しかしこの作品は、夫たちに夫が気づかない妻の恐るべき本音を知らせたり反省させるものではなく、夫たちに「無理解な妻」が過ちに早く気づいて欲しい、自分たちは悪くない、誤解している妻が目覚めるべきだと思わせるもののように見えます。(麻矢を離れて、一番最後だけは、夫たちに寒気を感じさせるかもしれませんが)
 女性作家名の解説(296~302ページ)では、「作中の彼女らと共通の属性をいくつか持つ私の心に、すっと滑らかに入り込んでくるのだ。麻矢の悩みが。璃子や友里香の愚痴が。キャリアと家庭の間で揺れる、彼女らの切実な叫びが。」「丸山さんは…主人公らへの共感を漂わせ、現代の三十代女性が胸に秘めた悩みややりきれなさを浮き彫りにする」などと書かれています。この解説者が、序盤はもちろん、最後まで読んで本心からそう言えるのであれば、きっと私の読み方がズレていて、私の感覚がひねくれているということなのでしょうけれど。

25.バスカヴィル館の殺人 高野結史 宝島社文庫
 数億円の料金で探偵として謎解きゲームを楽しみたいという富裕者のために、ストーリーとトリックを作成してそれに従い事件を起こし、真犯人にたどり着くための手掛かりを準備してキャストに演技させる「探偵遊戯」を提供する会社が用意した「バスカヴィル館の殺人」案件で、次々と予定外のことが起こり…というミステリー小説。
 ミステリーとしても、また人情的にも、さまざまに作り込まれていて、作者は達者な人だなぁというのが一番の感想でした。
 ただ自分が名探偵になった気分を味わいたい、それで同伴者に尊敬されたいという富豪の自己満足のために、殺人が実行されるという設定は、誉田哲也の「ストロベリーナイト」の殺人ショーのアイディアを見たときにも増して衝撃的というか、純粋な怒りを感じました。弱者を踏みつけにして(命まで奪って)平気な富裕層にも、そういうことを消費するアイディアとして思いつく作者にも。

24.鳥の夢の場合 駒田隼也 講談社
 4人で住んでいたシェアハウスから2人が結婚して出て行き、家賃負担が増えたことから引っ越しをしようとしている初瀬が、残った片割れの蓮見から、自分は既に死んでいるので殺して欲しいと頼まれ、決断を50日ほど先送りして過ごすという展開の小説。
 いつまでも進まない初瀬の引っ越しも、心停止しているが普通に生きているように見える蓮見も、何らかの寓意があるのでしょうけど、読んでいてもよくわかりません。いかにも観念的な、概念を弄ぶような文章/文体だと、さっさと諦めてジュンブンガクはわからんのうと結論づけるのですが、平易に思える語り口に、いや理解できるもののはずと見てしまうところに罠があるようにも思えます。「死んでいる」蓮見は、初瀬の幻想・観念と見るのが簡単なのです(タイトルにも「夢」とありますし)が、この作品には初瀬視点の文章のみならず蓮見視点のところも少なからずあるので、それは何だということもあってそう簡単に整理できません。
 ただ、わからないながら、小難しいというふうにはあまり感じさせないのは、文体とエピソード配置の軽やかさの賜物でしょう。

23.現代日本人の法意識 瀬木比呂志 講談社現代新書
 現代日本人の法についての考え方や法に対する期待などの「法意識」に関して、日本の法と法制度の歴史、家族法(特に婚姻関係)、刑事司法と冤罪、権利や契約と民事訴訟、裁判・裁判官制度などに分けて論じた本。
 日本において権利についての意識や思想が十分根付いていない原因は、それが民衆が戦って勝ち取ったものではなく外から与えられたものであるから、というのは、私も学生時代から考えていたもので(もっとも、そう言うと、サークルの先輩方から日本にも自由民権運動の歴史や日本国憲法制定時も政府案は大日本帝国憲法の焼き直しであったが民間からは相当進んだ案も提案されていた、そういったものを無視すべきではないと叱られたのですが)、目新しい指摘ではありません。総論的には、江戸時代の民事訴訟(実質は村間の行政訴訟)は意外に高度だったという指摘が目を引きました。
 現代日本人の法意識というタイトルからは、一般民衆の法意識が不十分である不適切であるという本だと予測しましたが、むしろ言いたいことは裁判官、検察官、弁護士の権利や法のあり方に対する認識が不十分だということのようで、業界人としては叱られているような気分で読みました。反省…

22.スラムに水は流れない ヴァルシャ・バジャージ あすなろ書房
 水不足で朝2時間夕方1時間しか水が出ない公共水道栓に人々が水を求めて行列するムンバイのスラムに住む12歳の少女ミンニが、15歳の兄サンジャニが水マフィアの悪事を目撃したと疑われ追われて逃走し、病に倒れて故郷で療養することになった母に代わってタワーマンションに住む富裕者宅に家政婦として通いつつ、水くみ、学校の勉強もこなし疲弊する日々を描いた小説。
 格差社会の不正義を説きつつ、その底辺で生活に追われ、さらに苦難に遭っても諦めずに、闘い続けることの大切さ、特に学業・学問の力を信じて続けることの重要さが強調されています。
 またスラムの他の住人の人情、助け合い、そして教師やコミュニティセンターに連なる人たち(シャンティ、コンピュータ教室の講師プリヤ・ディディ)の存在がミンニを支えています。日本の行政も困っている子どもたちを力強く支えてくれるといいのですが。

21.アルプス席の母 早見和真 小学館
 中学野球で有望視され引く手あまただったが、全国大会の優勝投手となっても希望した大阪の強豪校には誘われず、特待生待遇を申し出たそのライバルの新進野球部入りした秋山航太郞の母菜々子が、高校球児の母として、父母会の役員として過ごした日々を描いた小説。
 エースピッチャーから肘のケガ・手術などを経てショートの補欠に回った航太郞の立ち位置、心情、それを直接に聞かされずに遠くから眺めざるを得ない菜々子の心情、チーム内ではなく父母会・父母間での軋轢・嫉妬、監督に対する不信などの人間関係などがテーマであり読みどころです。
 最後に、それまでの経過を考えると予想外のサービスとも言える展開があり、読後感をよくしています。

20.非暴力主義の誕生 武器を捨てた宗教改革 踊共二 岩波新書
 「悪人に手向かうな。もし、だれかがあなたの右の頬を打つなら、ほかの頬をも向けてやりなさい」「敵を愛し、迫害する者のために祈れ」というイエスの教えに忠実に非暴力を貫こうとしたキリスト教の少数派であるメノナイト、アーミッシュ等の誕生とその後を紹介した本。
 非暴力主義といえば、ガンディーやキング牧師らの非暴力不服従運動が思い起こされ、それを想起して手に取りましたが、非暴力不服従運動は一定の政策・権利の実現を目的とする運動でありまた抵抗の一形態である(非暴力であることは広範な世論の共鳴を得るための手段・方法論である)のに対し、メノナイトやアーミッシュは攻撃・加害に対し抵抗しない(ノンレジスタンス)、防御さえしない(ディフェンスレス)(ただし加害を避けるために潜伏・逃亡することはある)し、何かの目的のためにではなく非暴力で加害者をも愛し赦すことが信仰生活そのものであるとされます。
 生き方として見たときに崇高さ・畏敬を感じますが、そのようなコミュニティにおいても暴力を振るう者はおり、性的虐待や家庭内暴力の被害者に赦しの実践が求められるという暗部も抱えることになります(97~98ページ、145ページ)。
 戦時体制や徴兵制下での兵役拒否や非暴力を説くこと自体に対する圧力(権力者によるもののみならず、戦わないことが愛国者でない・非国民とか、不公平だなどの妬みをいう民衆からも加えられる:現代日本でいえば生活保護受給者バッシングなどに見られる心情に近いと思います)などで理念を貫けずにさまざまな妥協がなされてきたこと、団体側からいえば生き残りのための戦術・現実を踏まえた対処の記述に、いろいろと考えさせられます。

19.ピンクと青とジェンダー 石井国雄、田戸岡好香 青弓社
 現代社会ではピンクは女の子に、青は男の子に結びつけられているが、それ自体は比較的最近のことであり子どもたちがそれを選考するのは親と社会の志向・期待によるものであり、これからはジェンダーニュートラルな社会に向けてそのような縛りを弱めていくべきことを論じた本。
 この本が論じていること、方向性については、特に異論はないのですが、それを直感でなく学者(社会心理学者)が科学的・実証的に論証するものとしては、例えばピンクと女の子の結びつきは広く認められるが青と男の子の結びつきはそれほどでもないという研究も紹介されているがまとめ的にはピンクと青が並列的にジェンダーと結びつけられているようにまとめられたり、本文では着衣(の色)が行動に影響するとしつつコラムで着衣認知研究の再現性に疑問を呈するなど、どこかちぐはぐな印象があります。また、紹介されている実験でサンプル数が明記されているものはたいてい2桁の前半で、その程度のサンプルでの実験1回で何かが実証されたというのもどうかと思います。72~74ページで紹介している実験・研究でコーヒーのパッケージやスマホの色がピンクの場合「暖かい」青の場合「有能な」と評価されたとしているのですが、これはステレオタイプを論じる Warmth and Competence Model で人柄と能力の次元・要素を論じているものと思われ、確かに辞書的な訳語では competence は有能とか能力、適性ですが、コーヒーを評価するのに「有能な」はないんじゃないかと思います。
 この種の本は、1970年代や80年代に書かれているべきものだと思っていました。今頃までなかったとしたら驚きです。

18.運命の男たち ナディーファ・モハメッド 早川書房
 ソマリ人の元船員で白人女性ローラと結婚してウェールズの首都ガーディフの港町タイガー・ベイに住み着いた28歳の黒人男性マハムード・フセイン・マタンが、1952年3月6日夜にユダヤ人商店主ヴァイオレット・ヴォラッキが殺害された事件の犯人と疑われた事件を描いた小説。
 マハムードの半生が、船員時代の前向きで活動的な様子と、船員を辞めてイギリスに定住した後の失業と賭博に浸る日々で対照的に描かれています。ページの大部分が、イギリスに来る前は問題なく生きてこられたのにイギリスに来て偏見を持たれ底辺に押し込まれたということを示すのに使われている印象です。
 訳者あとがき(371ページ)で、この小説は実話をもとに構成されていると明かされ、驚きます。254ページから290ページまでの公判シーンは裁判記録をそのまま書き写しているそうだ(373ページ)とのことです。確かに、とんちんかんな問答も含めたこの尋問を独自に創作するのは難しいでしょう。私には、この部分が一番読みやすかったのですが…
 被害者の妹と姪が、事件直前に殺人事件現場である商店を訪ねて来た黒人男性はマハムードではないと証言したにもかかわらず、マハムードが有罪とされた原因は、マハムードが事件当日の行動について嘘を言っていたことにあると思われます。犯人だから嘘をついているのだろうとか、嘘つきは他のことも嘘をついているのだろうと考えられがちです。しかし、刑事裁判でもそういう考えでいいのでしょうか。1983年に司法研修所に入ってすぐ、私は刑事裁判教官が、「不合理な弁解」を有罪心証の理由や検討項目に挙げたことに慄然としました。不合理な主張が採用されないのは当然として、それはゼロではなくマイナスに、有罪認定の積極要素になるというのです。私は、それはおかしいと反発したのですが、熟練した刑事裁判官にもそのような考え・感覚が浸透しているのです。裁判での事実認定とその際の姿勢、考え方について改めて考えさせられました。

17.忙しい人のための美術館の歩き方 ちいさな美術館の学芸員 ちくま新書
 働き盛りの人(20代後半から50代の人)が美術館に来ないということに問題意識を持ち、忙しい人こそ美術館に来てほしいと訴える本。
 忙しい人も美術館に来るべきだとか、美術館に足を運ぶメリットやモチベーションについて語るところが多く、タイトルから期待される忙しい人に向けた技術的なアドバイスは見られないように思えます。
 最初に(16ページで)著者が列挙する美術館に行けない理由の中で、私にとって一番は「混雑していて疲れるから」。今どきの企画展は、新聞社・テレビ局が主催して大宣伝し、入場者数を増やすことに血道を上げるせいで、行けば大行列で監視員から立ち止まらないでくださいなどといわれておちおち見てもいられない、ただ有名な絵を遠くからチラッと眺めあぁネットで見たのと同じ絵がここにあるなぁと確認するということになりがちです。このようなものは美術展でも、ましてや美術鑑賞でもない、ただの興行だと思います。東京に出てきて(もう40年になりますが)有名な画家の展覧会に行くとたいていこういう具合で、年々その程度が酷くなっているように思えます。しかも近年は目玉になる作品が小粒になり、それにもかかわらず入場料は高騰し、ただ主催者のメディアが自画自賛するのに踊らされて観客が殺到するのを見るにつけ、美術館から足が遠のきます。著者にそれを求めても仕方ないでしょうけど、それに対する回答は見られません。
 著者のペンネームのように、小さな美術館で所蔵品に気に入った絵があるところを探して通うとかすればいいということなのでしょうけれども、たぶん「忙しい人」にはハードルが高すぎるだろうと思います。
※と、あれこれいいつつも、著者が指摘するように(114ページ)、実物を見るのは、印刷物やパソコンで見るのとは大きく違うというのはそのとおり。で、一念発起して、太田記念美術館の葛飾北斎 富嶽三十六景 行ってきました。混んでて会場自体もその歩行スペースも狭くて行列して3歩進んで2歩下がる(いや下がりはしないか)カタツムリペースでしたが、会場の構造上特に2階の展示はガラス越しとはいえ至近距離(たぶん10cmくらい)で実物を見れて感激しました。印刷物ではのっぺり一色ないしはグラデーションに見えるところの微妙な色の変化・混ざり具合とか、和紙の質感、霞雲などの色がつかない部分がばれんで擦るときに裏側から押されて浮彫様になっている、そもそも版画なので刷りによって微妙に違うなどで、印刷物やネット画像で見るのとはだいぶ印象が違います。ついでに、広重や国芳、さらには北斎自身が富嶽三十六景シリーズとは別の機会に同じ場所を描いた作品も並べてあるのを見て気づいたのですが、富嶽三十六景の富士山って、山頂が尖っているのが特徴に見えます(他で見る富士山はたいていは山頂に平らな部分があり、山体もよりなだらかに思えます)。そんな気づきもあり、やはり美術展に足を運んで実物を見るのがいいと、思いを新たにしました。

16.余命一年、男をかう 吉川トリコ 講談社文庫
 中規模クラスの機会商社の営業事務として働き、20歳のときに父が亡母の思い出のある家を建て替えると言い出したのを機に築13年のマンションを購入し、徹底した倹約生活を続けて相当な額の預貯金を持ち住宅ローンの完済も近くなっている40歳の片倉唯が、子宮頸がんの診断を受け、放置すれば余命1年といわれて、あと1年で死ぬなら節約なんてしないと考えたところに、父親の入院費が払えず追いつめられていた髪をピンクに染めたホスト瀬名吉高から金を貸してくれといわれてクレジットカードを差し出して70万円余の支払をしたのを機に瀬名のサービスを時間買いすることにし…という小説。
 医者から余命1年といわれてこれでやっと楽になれると思い(58ページ)、「私は安心が欲しかった。もう老後の資金を残しておかなくていいという安心が。」(36ページ)と考え、むしろ誤信の可能性もあると思うと恐ろしい、「何かの間違いで生き延びてしまう可能性が1%でも残っていたら、心おきなく金を使うこともできない。」(36ページ)という主人公唯の心情は、特別な人のあるいはコミカルな描写のように書かれていますが、実は多くの人が思っていることではないでしょうか。いつの間にか税金も社会保険料も高負担になりながら、社会保障水準は低く、老後の生活に大半の人が不安を持つ、健康不安よりも長生きしたら生活できないことに不安を感じさせる現在の日本社会の問題をこそ、考え込んでしまいます。

15.夜に星を放つ 窪美澄 文春文庫
 双子の妹弓子を2年前に失いその同棲相手だった村瀬と弓子を懐かしむ会を重ねつつ婚活アプリで知り合った34歳のプログラマー麻生に思いを寄せる32歳の綾(真夜中のアボガド)、8月を海のある祖母のうちで過ごし乳児を抱えて近隣の実家に戻ってきた人妻たえに思いを寄せる高校1年の真(銀紙色のアンタレス)、学校でいじめに遭いながら交通事故死した母(の幽霊)を思う中学1年の佐倉みちる(真珠星スピカ)、アリゾナに去って行った妻子特に4歳の娘希穂を慕いつつ隣に越してきたシングルマザー船場に思いを寄せる沢渡(湿りの海)、継母渚になじめないまま夕方まで渚から閉め出されるようになり同じマンションに住む独居老人佐喜子と語らうようになり母ともっと会いたいという思いを募らせる小学4年の想(星の随に)らのままならぬ思いなどを描いた短編集。
 5編の話に関連性はなく、星か星座にかかわるギリシャ神話が出てくるところや人間関係の微妙な不器用さやままならぬ思いが描かれているというところが共通点というところかと思います。
 年齢はだいぶ違うのですが、年上の女に淡い憧れを持つ真に、思い入れを持ってしまいました。

14.プロカウンセラーの人を見る技術 福島哲夫 創元社
 カウンセラーとして来談者(臨床心理業界用語ですね)の気質や性格、病的なものも含めたパーソナリティについてどのような見方で判断し対処していくかなどについて解説した本。
 自閉スペクトラム症(ASD:空気が読めない)、注意欠如・多動症(ADHD)とか、キレやすい人、極端に情緒不安定な人など、さまざまなタイプを説明していますが、一般に困った人と思われているそれぞれに良い面もあり(ASDの人には論理的で優秀な人が多いとか、ADHDの人は直感的なアイディアのひらめきが素晴らしいなど)、それぞれのパーソナリティを受け容れ変化の可能性を探ること(受け容れる力と変える勇気)が大切だとしています。カウンセラーはクライアントの心理的・対人的な問題を解決する(改善する)のが仕事ですから、もちろんそうすべきもので、そういった人たちとの付きあい方を読もうとする一般読者にはそこまでやっていられないとも思えますが、この困った人もこういう面があり得変わり得るのだという視点を持つことは、有用かと思います。
 カウンセラーとして成功例だけでなく、失敗例も相当数述べられているのも好感できます。プロだってうまく行かない、時間をかけても内面を打ち明けることなく去って行ってしまう例があるというのが、まぁそうだよなぁと思います。だからカウンセラーではない自分ができなくても当然という言い訳にしてはいけないのでしょうけど。

13.胃の不調の原因と対策 胃活の教科書 三輪洋人 毎日新聞出版
 胃の不調を改善するための食事や日常生活、さらには「気の持ちよう」についてのアドバイスをする本。
 巻頭に「生活習慣改善胃活プログラム」と題して15項目が並んでいます。7番「寝る前習慣術」の「夕食は、就寝の3時間前までに済ませましょう」が、仕事をして帰ってから自宅で夕食を摂る、時間が不規則になる(悪くすると午後11時過ぎ)私には、実行が難しい。14番の「威風堂々」の正しい座り姿勢も、最初はできますが、仕事を続けているとどうしても前傾・猫背姿勢になり、維持するのが難しい。10番「幽体離脱の術」、「自分の分身になったつもりで自分から離れ、天井から自分を観察する」って、もちろん比喩でしょうけど、できそうにない。
 食事と生活習慣改善で対応するというコンセプトなので、あれもこれも医者に行けという雰囲気ではありませんが、胃粘膜保護作用のある市販の胃薬についてはプラセボ(偽薬)と同レベルとする(107ページ)とか、ピロリ菌の検査と除菌治療のすすめなど、やはり医者に受診してねという記述は多々あります。

12.認知症で安楽死を望む夫とスイスで最後の五日間 エイミー・ブルーム 大和書房
 アルツハイマー型認知症と診断され、症状が進行してわけがわからなくなって生き続けることに耐えられないと判断したアメリカ人ブライアン・アミーチとその妻エイミー・ブルームが、安楽死の道を探り、スイスの自死幇助組織ディグニタスを知り、申請、認可の手続を経て、チューリヒに赴き、ブライアンが用意されたペントバルビタールナトリウムを服薬して自死するまでを描いたノンフィクション。
 とても多くのことに不満を持ち、夫の言動にも飽き飽きして症状の進行に付き合いたくない様子がありありと見え、しかし本人は良き人良き妻であると自負していることがうかがえるこの作者に、反感を持つか、夫の認知症に悩む普通人が取り繕わずにフェアに描いているものと共感するかで、評価は大きく分かれそうです。
 末期癌でも植物状態でもない認知症で安楽死を選択するかには、疑問を持ちますが、でも妻がこうなってしまう(こういうふうに思われてしまう)のならやはり安楽死を選択すべきかと思わせてくれます。
 チューリヒでの5日間と過去を行きつ戻りつし過去もエピソードを羅列するスタイルは、著者が小説家だというので、何か効果を狙ったものでしょうけど、ノンフィクションなのだし、時系列に沿って素直に書いてくれた方がよかったと、私は思いました。

11.『女工哀史』は生きている 細井和喜蔵と貧困日本 松本満、斎藤美奈子 岩波ブックレット
 1925年に出版された『女工哀史』を、自ら機械工として紡績会社を渡り歩いて大企業の女工に対する仕打ちを目の当たりにしそれに対する憤慨から執筆した無名の若者細井和喜蔵の生涯と、ブラックリストに載り働けなくなった和喜蔵を生活面で支えるとともに女工として働いた経験を知らせ伝えて執筆に貢献した事実婚の妻堀としをに焦点を当てて紹介した本。
 『女工哀史』については、女工の悲惨な労働・生活よりも、当時の大企業である紡績会社の悪辣さを告発したものと見るべきことを強調し、現在にも通じるものとして読むべきと論じています。労働事件をやっていると、コンプライアンスをいう経営者が労働者にはそれを押しつけつつ自らはコンプライアンスなどどこ吹く風ということ、上場企業であれ大企業であれ労働法令をきちんと守り労働者に対して誠実に対処している企業など稀であることを痛感します。『女工哀史』自体は読んだことがないので、同じと言えるかはわかりませんが、企業の体質というのは変わらないのでしょうね。

10.元気に長生きできる! 頼れる“かかりつけ医”の見つけ方 石井道人 明日香出版社
 さまざまな病気に対応でき日常的に相談できる(必要があれば専門医を紹介してくれる)かかりつけ医を持つことのメリットを論じ、どのような医師がかかりつけ医として適切か、どのような医師を避けるべきかを説明した本。
 もっとも、それほど医者にかからない身には、そういわれても現実にどの医師がいいかを見分けることは困難に思えますが、読み物としてはなるほどと思うところは多々あります。
 湿布は日本独特の「文化」で、冷湿布には患部を冷やす効果がなく、温湿布にも温める効果はない(200~202ページ)とか、著者の経験では真夜中の救急外来に救急車で運ばれてくる人にはかなりの割合で症状の軽い人がいる(261ページ)などは、驚きです。後者に関しては、当直医が次々と運ばれてくる重症患者に追われるような医療系の小説とは別の世界かとも思えます。
 巻末に「困ったときに役立つ豆知識」と題して、症状に応じた判断・対処を説明する40ページに及ぶ付録があります。特に幼児を持つ親には、これだけでも読んでおく価値がありそうです。

09.ルームメイトと謎解きを 楠谷佑 ポプラ社文庫
 埼玉県北部にある私立の進学校霧森学院高等部で前年に自殺者が出て入寮者がわずかになった老朽寮「あすなろ館」の寮生たちが事件に巻き込まれ、転校してきた全国模試1位の秀才鷹宮絵愛が、その謎を推理する学園ミステリー小説。
 身長158cmでその点にコンプレックスを持つ兎川雛太が主人公というか話者となっているのが、低身長の私には好感できます。男子校の設定(女子高生は部外者の1名以外登場せず)で、同室の転校生鷹宮が高身長(185cm以上)の上、超秀才でイケメンという、兎川がモテるかどうかを問題にする必要がなく現に話題にならないようにしていると、ひねた読み方もしてしまうのですが。
 鷹宮を東京で3本の指に入る名門校で成績1番、全国模試1位という超秀才の設定にするほどの必要があったかには疑問があり(そこまでキレキレの推理が示されるわけでもない)、むしろ動物(ハリネズミや猫)に相好を崩すギャップも含めたキャラを楽しむ作品と考えた方がいいかもしれません。

08.世界最大ドーナツチェーンの成功法則 ロバート・M・ローゼンバーグ 早川書房
 1963年から1998年まで35年間ダンキンドーナツの経営者であった著者の回顧録。
 ダンキンドーナツが「世界最大のドーナツチェーン」といわれても、あまりしっくりときません。日本では、ミスタードーナツに惨敗して撤退し、見る影もありませんから。
 そのあたりは著者も悔しい思い出なのか、何度か、日本への進出を試みたが失敗したことに言及していますが、その原因は明確には述べられていません。ミスタードーナツの日本でのフランチャイザーのダスキンの勤勉さ・寛大さを褒め、ダンキンドーナツのフランチャイザーの西武の怠慢を非難し、西武との訴訟が捗々しくないことを嘆く記述は見られますが(訴訟の内容や具体的な結果や問題点は触れられていません)。
 経営者としての主張としては、初期には、選択と集中によりドーナツとコーヒーに特化したこと、品質で勝負し品質を下げないことを強調していますが、その後著者自身も多角化の誘惑に負けて失敗したことが触れられ、その後品質の維持、消費者の支持を得るための工夫の記述があまり語られなくなっている印象です。経営戦略に関する主張は、初期を除き、会計・財務方面のものが多く、後半では主としてM&A(企業買収)戦略へと移っていきます。結局この本全体を見ると、消費者・現場重視の経営はいつしか忘れられていくものとも読めます。アメリカでライバルのミスタードーナツのブランドを消したのも、品質等で消費者に選ばれて勝利したのではなく、ダンキンドーナツを買収した親会社がミスタードーナツも買収してミスタードーナツの店舗にダンキンドーナツの看板を掛けさせたためですし。
 裁判のことが何度か/何度も話題になるのですが、最初の裁判で加盟店を口説き落として集団訴訟(クラスアクション)への不参加(オプトアウト)を多数表明させて集団訴訟不成立を勝ち取った件だけは具体的に言及され、自分たちの誠意の勝利だとしているものの、他の訴訟は内容がほとんど紹介されず、ただ著者が裁判所に不満を持っていることがわかる程度の書きぶりに止まっています。裁判所に不満を持つことが多いということは、裁判所が法と正義の観点からダンキンドーナツの主張を支持できないと判断したことが多いということを示すだけだと思いますが。
 1998年に引退した著者が2020年になって書いた本を、2025年になって邦訳出版されても、前世紀の経営戦略や自慢話には感動がありません。私がそう感じるのは、最初に触れたように、そもそもダンキンドーナツという企業・ブランドになじみがないということが(日本ではミスタードーナツに負けた会社じゃないかという思いが)大きいかも知れませんが。

07.トーヴェ・ヤンソン ムーミン谷の、その彼方へ 冨原眞弓 筑摩書房
 ムーミンシリーズの作者として知られるトーヴェ・ヤンソンの伝記。
 自身がムーミンの作者として世界的に認められたあとでさえ本業は児童文学作家でも挿絵画家でもなく風刺画家でも漫画家でもない「画家」と名乗り続けた(27ページ)というトーヴェ・ヤンソンを、ムーミン以外の多数の作品、大人向けの作品も多数生み出したフィンランドのスウェーデン語系を代表する芸術家であると強調しています。本文が396ページまでの本で、ムーミンの最初の本の出版に至るのが300ページを超えてからと、幼年期から学生時代、20代までのことに焦点を当てています。
 しかし、ムーミンシリーズのキャラクターのモデルが両親や叔父、内縁の夫や女性の恋人と見られること、ムーミンシリーズの出版が始まった後の25年余の記述は大半がムーミンシリーズの展開に関連付けられ短く終わっているのを見ると、長い前半は、ムーミンシリーズが生まれるまでの長いまえがきあるいは背景のように読め、結局、全体としてムーミンシリーズの土台・土壌を読む作品にも思えてきます。
 2001年6月に死んだトーヴェ・ヤンソンの生涯を今書こうとした著者の思いはどこにあったか。「人の死はいつだって不意打ちでやってくる。二〇〇一年六月のヤンソンの死もそうだった」(402ページ)とされているのですが、著者が2025年2月に、初校ゲラが出校されそれを受け取る前に亡くなったという編集附記(423ページ)を読むと切なく思えます。

06.ファーストキス 1ST KISS 坂元裕二 株式会社KADOKAWA
 家庭内別居状態が続き仕事帰りに離婚届を提出すると言っていた夫硯駈が駅のホームから転落した赤ちゃんを救おうとして死亡し、呆然・憮然としていた妻カンナが、首都高のトンネル事故現場でタイムスリップして駈と出会った15年前に行き着き、若き純朴な夫を目にするうちに夫を殺さない未来に向けて試行錯誤するという2025年2月公開の映画の脚本。
 その後を知ってるカンナの複雑な思いと、若く未来を知らない駈の鷹揚でピュアな心情が、当初のすれ違いから向き合い寄り添って行く様子が心に染み、映画を見ていて先が読めているにもかかわらず涙してしまいます。
 ただそういうしみじみとした感動の読後感があるところ、松たか子と作者のあとがきがあって、私は松たか子のファンなので松たか子の方は許すとしても、作者のあとがきはなんだか興ざめだなぁ、作品部分が終わってそのまま本を閉じた方がよかったなぁと思ってしまいました。

05.世界標準の1on1 科学的に正しい「対話の技術」のすべて スティーブン・G・ロゲルバーグ ディスカヴァー・トゥエンティワン
 外資系企業を中心として大手の企業で定期的に行われている上司と部下の1対1のミーティング(1on1)の目的、あり方、実施方法等について解説した本。
 著者は、「1on1とは『マネジャーと直属の部下との間で定期的に繰り返し行われる、部下の健康状態、モチベーション、生産性、対処すべき問題、優先事項、役割分担の明確化、他の業務との調整、目標設定、他者・チームとの調整、個人の成長、キャリアプランなどについて対話する時間・機会』のことを指します」と述べています(34ページ)。
 この本の肝は、1on1は部下のために行う、上司が部下をサポートし部下の問題を解決する、部下が上司にリスペクトされていると感じ信頼関係が醸成されモチベーションを高めるように行うべきというところにあります。私の経験上は、上司が部下に注意し業務の遅滞を詰り改善を求める、上司のマウント・自己満足のためにやっているように思えるものが大半ですが。まぁ、労働者と上司の関係がよくないから労働事件になって私に相談・依頼されるのですから、私が見聞きするのは悪い例ばかりなのでしょうけれども。
 冒頭に11ページにわたり28名からの「推薦の辞」が並べられ、その後3ページの実質同種の「序文」があります。私は、これだけで読む意欲を失い、こんなにも推薦文を並べなければ売れない、中身で勝負できない本なのかと思ってしまいます。著者は高名な心理学者ということですが、こういうくどい推薦文の羅列が読者の共感・信頼を得て読書・購買意欲をそそるということが「科学的に正しい」と裏付けられているのでしょうか。そうだとすると、私は、きっと、よほどの変わり者ということなんでしょうね。
 紹介される話も目新しいものはなく、相手の真意を傾聴することで解決が図れる例として1個のオレンジを2人がどちらも欲しがっているが、よく聞くと1人は絞ってジュースにしたい、1人はスコーンを作るのにオレンジの皮が欲しいということで身と皮をそれぞれ取れて満足したというのが紹介されています(177~178ページ)。これって、交渉術の本ではたいてい書かれていて、何かもっと現実に近いWinWinの交渉の事例を考えられないのかと飽き飽きしている類いのものです。私が弁護士だから交渉術の本など多数読んでいるためにそう思っているだけかも知れませんが、著者はこんな例を挙げて感心してもらえると思っているのでしょうか。どういう読者層を想定しているんでしょう。

04.新プロジェクトX 挑戦者たち4 NHK「新プロジェクトX」取材班 NHK出版新書
 「人に讃えられなくても、光が当たらなくても、ひたむきな仕事がある」として、時代を変える画期的なプロジェクトも人知れず社会を支えるプロジェクトも紹介する試みのNHKの番組を出版したシリーズの第4巻。
 この巻では、前者のよく知られたプロジェクトとしてJAXAの小惑星探査機「はやぶさ」、ヤマハの電動アシスト自転車開発を、後者の人知れずのプロジェクトとして北九州市水道局のカンボジア水道網整備、日本スケートボード協会のスケートボード普及活動、3.11後孤立した集落へのボランティアによる道路開削を採り上げています。
 いずれも感動の物語ではありますが、単に番組放映順に並べたものでテーマ・分野はバラバラで、1冊の読み物としての流れや統一感はありません。
 プロジェクト関係者の努力に光を当て讃えるという番組企画の性質上、仕方ないのでしょうけど、本で冷静に読むと、取材対象に礼賛一辺倒の「ヨイショ」姿勢が気になります。例えば、電動アシスト自転車は、確かに番組で触れているように女性や高齢者が坂道でも容易に昇れて助かるという面もありますが、私自身、細い道をバイクのようなスピードで突っ込んで来るのに驚いてよけるという経験を度々しています。また、発火・爆発事故もあり、番組放映より前の時点でヤマハもバッテリーのリコール(回収)をしているのにまったく触れないというのもいかがなものかなと思いました。

03.夜明けのすべて 瀬尾まいこ 文春文庫
 PMS(月経前症候群)で苛立ち攻撃的になって感情を抑えられず爆発させてしまう藤沢美紗と、パニック障害のため電車にも乗れず意識が遠のく発作に怯えつつ過ごす山添孝俊。それぞれの病気のために大手企業を短期間で辞めて、従業員6名、他の従業員は高齢者ばかりの金属部品卸業者栗田金属に勤務することになった2人が、互いの病気を知り、気遣いあえるようになって行く様子を描いた小説。
 美紗の語りと孝俊の語りが交互にあり、相手を理解しようとする思いや気遣いが読みやすくなっています。
 美紗のPMS時の言動は、上司への暴言、反抗的態度、協調性不足として、解雇された場合裁判で解雇有効(労働者敗訴)とされやすいのですが、それが病気によるものであれば、解雇無効にできそうな気がします。女性労働者でそういう言動で解雇された事件が来たら、注意して聞き取りしなきゃですね。
 終わりの方で美紗が「山添君、勝手に私のPMSのこと住川さんと話してたんでしょう」と詰る場面があります(222ページ)。美紗は自分のPMSについて採用面接の際に正直に話し、それを聞いた住川が「私も更年期だからわかるわ-」と言っていた(24~25ページ)はずなんですが。

02.パラソルでパラシュート 一穂ミチ 講談社文庫
 有名企業「S繊維」の受付嬢として勤務して7年29歳の契約社員柳生美雨が、全身脱毛して女装のコント芸にこだわる矢沢亨と出会い、ミナミ(木津川)の事故物件シェアハウスで矢沢と同居するお笑い芸人の朝永郁子、マコこと浜島誠、ネバーこと宇佐美太一郎ら、微妙なスタンスの相方椿弓彦と交流していくという小説。
 登場人物の微妙な間合いと感情の機微を味わう作品かなと思います。
 受付嬢は全員契約社員で30歳になると絶対更新されない(60ページ)、人事が30過ぎてもここに居残れると思うなよとやんわり警告してくる(69ページ)という設定ですが、労働者側の弁護士として言わせてもらえば、法的には、勤務7年の契約社員を雇止め(更新拒絶)するなど、正社員でも解雇できるような問題があるのでなければ、到底無理で、裁判起こせば勝てます。そこまでの闘う気力がないということで大半の契約社員が諦めるのでしょうけれども、こういう悪辣な企業には痛い目を見させるべきだと思います。作家が小説で、そういうものだ、致し方ないという風潮を作る・押し固めることは、私は感心しません。

01.激戦地を歩く レイテ、マニラ、インパール、悲劇の記憶 古谷経衡 幻冬舎新書
 第二次世界大戦を忘れないように追体験をすることの重要性を述べ、そのためにかつての戦地を訪ね歩くという実体験を綴った本。
 第1章の冒頭で、太平洋戦争で日本の戦死者が最も多かった地域はどこかという問いかけがあり、それはフィリピンで日本軍の戦死者は約50万人と答えています(45ページ)。それは私の知らなかったことで、そこで認識を新たにしました。
 この本では8章のうち6章までをフィリピンの各地を訪問しての記述に宛て、残り2章をサイパン・グアムとインパールに宛てています。インパールでは、現在、四駆の自動車で訪れてさえ雨や砂利道の崩壊・滑落で難航し、厳しい気候に驚き、この中を最低30キロ、最大60キロの荷物を背負って夜間に400キロも徒歩で行軍するなど、正常な人間がなせる行為ではないと述べています(248~251ページ)。
 著者が、日本が無謀な太平洋戦争に突き進んだのは、先の戦争である日露戦争の凄惨さと薄氷の勝利が日本の国力の限界だったことを知る世代が引退して戦争を知らず列強に数えられた日本しか知らない第二世代が無根拠な大国意識を醸成させたことにあると指摘し(32~40ページ)、「戦後80年を迎えた2025年、戦争の悲惨さを実体験として知らず、記憶の継承もおぼつかない中、無根拠に自意識が肥大した『戦後の第二世代』が、日本の強さや日本人の優秀さを喧伝してはばからない」(41ページ)と述べているところが印象的です。

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