庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

  私の読書日記  2023年12月

15.「科学」と「執念」で暴かれた偽造文書 吉田公一 主婦と生活社
 文書鑑定と警察の捜査組織(科警研=警察庁、科捜研=都道府県警察)の歴史、筆者識別(いわゆる筆跡鑑定)、印章鑑定、不明文字(改ざん等)鑑定、複製文書鑑識、通貨鑑識などについての歴史と鑑定手法・技術、鑑定事例などを説明した本。
 鑑定の手法や事例など参考になることが多く書かれていますが、基本的に著者が科警研、科捜研にいた昭和の時代までのことがほとんどを占めていること、警察の先輩への賛辞・賛美と対照的に学者や「私的鑑定人」(著者も警察を定年退官して1992年に「吉田公一文書鑑定研究所」を開設した以降は民間の鑑定人のはずなんですが)への反発(かなり厳しいトーンの批判)が強い癖のある読み物となっていることが難点に思えました。
 印章の鑑定に関して、裁判所や役所では嫌われているシャチハタスタンパー(インク内蔵印)はインクを通す微細な孔が製造法(生ゴムに食塩を混入させ成形後に溶かす)から印章ごとに異なっているため異同識別が可能(113ページ)、他方、印鑑証明書の印影画像は精度が悪すぎて(真正の印影を示すものとして)鑑定に使うことはできない(114~116ページ)などの記述が、私には興味深く思えました。
 96ページの竹下登元首相の「念書」と本人が書いた対照筆跡は、本文の記載から見て、説明が逆(96ページでは対照筆跡は左側としていますが、右側の間違い)だと思います。

14.図解知らないと危険 !! 失明リスクのある病気の治療法 深作秀春 河出書房新社
 目の病気に関して解説し、治療法のない病気はないという姿勢で「信頼できる」眼科医による治療を強く勧める本。
 目の病気、特に緑内障、白内障、網膜剥離には手術が最善で、「様子を見ましょう」とか「とりあえず薬で」というのは「医療ではあってはならないこと」、「治療法がない」というのは言語道断、日本の平均的な眼科医療は世界水準より20年も遅れていると思います(26ページ)というのが、著者の基本姿勢で、この本ではそれが繰り返し述べられています。そして、「眼科だけなら当院は日本最大規模です。よい治療ができるのは、常に世界最先端の設備と技術を保ち、眼科手術件数の多い病院」(68ページ)、他の病院で「やってはいけない治療が行われていることがある」として「なにも処置をされないまま当院を受診してもらった方がまだよいと感じます」(64ページ)など、基本は、著者の病院が一番だ、うちに来いという本です。強烈な自負ですが、専門家はそれくらいの自負がないとという側面もあります。著者の病院の口コミには、絶賛するものもちろんありますが、相当辛辣な感想もあります。口コミは主観的なもので、一方的なものも多いとは思いますが。
 セルフケアに関する第3章のうち118ページから139ページあたりは、商売っ気なく書いている感じなので、ここだけ読んでみるという選択もあります。目を水で洗ってはいけない(28ページ、144ページ)、眼球を急に動かす眼球体操も目に悪いし瞼の上からであれ眼球を押すことは避けるべき(130ページ、142ページ)とかも、そうじゃないかなと思っていましたが、眼科専門医から言われると納得しますし。

13.朝起きて、君に会えたら 映瑠 角川文庫
 不登校で深夜徘徊を続ける高校生七崎すずが、深夜の公園で自分の指定席と考えていたブランコで泣いているきれいな顔の男柳瀬環と出会い、高1のときの同級生とわかり恋に落ちるが…という恋愛小説。
 特段の取り柄がない地味で内気な女子が、超イケメンの人気者の男に見初められ告白されるという、少女マンガの王道を行く設定に、難病ものを重ねた、しかし難病ものとしては深刻さが少なく、明るい気分で読めるという、マーケティング本お薦めのような作品です。
 子どもの頃や青春時代に恋愛小説が、告白までに何年、ファーストキスまでに何年という、耐えに耐え、忍びに忍んで思いを遂げるという作品が多数派だった世代には、時代の違いを感じさせますが、好きという言葉が多数回繰り返されることはそれはそれで気持ちを和らげたり高揚させる効果があって、なんだかいい気持ちになる作品でした。

12.リーガル・ラディカリズム 法の限界を根源から問う 飯田高、齋藤哲志、瀧川裕英、松原健太郎編 有斐閣
 ルールの破り方、デモクラシーと戦争、くじ引きの使い方、死者の法的地位、人の等級、法の前の神々という6つのお題について、それぞれ法哲学者、法制史学者、法社会学者、比較法学者の4名が論じた論文(もともとは法学雑誌「論究ジュリスト」に連載)に別の学者からのコメントをつけ、座談会をつけて出版した本。
 最初のテーマは、「ルールの破り方」という人目を惹くタイトルをつけたところが「ラディカリズム」のゆえんかもしれませんが、この問題は、むしろ実定法の規定通りでは不合理な結果が出るときに法解釈としてどこまでやれるか(ルールを「破る」わけではなくて、より合理的な解釈を考える)と、私たち法律実務家がよく考える問題です。私のサイトでも、スコット・トゥローの「出訴期限」という作品を題材にそこを論じた説明をしています(→「法解釈を考える」)。
 学者さんの論文というのは、著者の関心、研究内容に向けてしか書かれないのが通例で、お題が与えられても並べれば関連性がないものになりがちです。通し読みしようとすると、自分が関心を持てるものは少なく、まぁたまたま目にすることでこういうこともあるのかを思えることもないではないですが、エッセイや雑学ならともかく学者の論文は1つ1つがそれなりの重いものですので、読み通すのはかなりの(とんでもない、かも)労力を要しました。
 各論文間の調整がなされていないので、テーマの統一も流れもない一方でダブっていることもあり、「くじ引きの使い方」では、アリストテレスが「選挙で任命されるのが寡頭制の方式である」のに対し「公職がくじで割り当てられるのが民主制の方式である」と記しているという論文(167ページ)と、アリストテレス自身は選挙もくじも民主制における選出方法として優劣をつけてはいないとする論文(161ページ)が並べられている、それも双方の根拠はどちらも同じ本(アリストテレス[牛田徳子訳]『政治学』京都大学学術出版会、2001年)の別のページ(前者は205ページを引用、後者は231ページを引用)というのは、笑ってしまいました(どちらがより正しいのかは、そこまでする意欲がなかったので確認していません)。

11.最強のコピーライティングバイブル 伝説の名著3部作が1冊に凝縮! 国内成功100事例付き 横田伊佐男 神田昌典監修 ダイヤモンド社
 広告コピーは売るためにあるという観点から、過去に売れたものをマネして作れと勧める本。
 「ザ・コピーライティング」(1932年)、「伝説のコピーライティング実践バイブル」(1937年)、「ザ・マーケティング【基本編】」「ザ・マーケティング【実践編】」(1975年)を伝説の名著3部作として、サブタイトルでも、監修者・解説者はじめにでも、この3部作を1冊に凝縮したことが謳われ、さらに著者はじめにとプロローグでもこの3部作を“ ALL IN ONE ! ”と繰り返しています。その実質はどうかというと、この3部作合計2000ページ超を要約しているのではなく、この3部作から著者が使えると判断した合計48ページの内容だけを解説しているのです。著者はそのことも説明していますし、「エッセンス」とか「いいとこ取り」とも言っていて、だからこのコピーも「ウソ」ではないのですが、コピーを見たときの印象と読み進んだときの印象にはギャップがあり、今ひとつ釈然としないものを感じました。このあたりに著者たちの広告やコピーに対する考え方が象徴的に表れているように思えます。
 この本の本体となる、実践例として挙げられているもの、そこから学ぶべきもの、マネして作るものの方向性も、確かに目を引きつけ売るための効果は感じるのですが、同時に、どこかあざとさやそれを掲げるとしたときの気恥ずかしさを感じます(売るためには羞恥心など捨てろ、気取るなというのがこの本の基本姿勢なのだとは思いますが)。

10.誇張、省略、描き換え…地図は意外とウソつき 遠藤宏之 河出書房新社
 地図はその性質上、正確に作ることが大変でありまた限界があること、紙の地図からデジタル地図への移行により便利になった反面新たな問題が生じていることなどを解説した本。
 例えばトンネルの内部での位置(破線等で表記)は航空写真等で確認できるものではなく、トンネル管理者から図面の提供を受けて作成するのだが、この方法で精度を確保するのは至難の業だし、工事が図面通りにできているかという問題もある、それで国土地理院の地図とトンネルの位置が80mずれていてその地図を頼りにボーリングした業者の掘削機がトンネルを貫いてしまったことがあったとか(36~39ページ)。
 GPS(今ではGNSSと呼ぶべきだというのですが:112~116ページ)は地球上の絶対位置を測定するので、日本列島全体がプレート運動により年間数センチ動いていることも問題になってしまい補正が必要になるのだそうな(132~135ページ)。
 思わぬことがあるものだと勉強になりました。

09.ミッドナイトスワン 内田英治 文春文庫
 新宿のニューハーフクラブでダンスショーをしながら性別適合手術を受ける資金を貯めているがなかなか目標に達しそうもない心は女性のトランスジェンダー凪沙が、東広島に住む事情を知らない母和子から、和子の姪早織から虐待を受けている中1の娘一果を預けられ、その一果がバレエの才能があることがわかり、一果の踊る姿を見て感動した凪沙は一果にバレエを続けさせてやりたいと願うようになるが…という展開の小説。
 性同一性障害をカミングアウトできず俯いて暮らしてきた子ども時代を持つ凪沙/武田健二と、幼い頃は優しかった母から虐待を受けるようになり心を閉ざしてきた一果が、不器用に心を通わせていくという様子が心を打つ作品です。
 貧しい者には手が出ないバレエという世界に、貧しい凪沙や一果がチャレンジして行く設定には、快感と哀感が半ばします。他方で裕福な親の元で育ちながら自分の限界を感じているりんのそれでありながら一果にまっすぐな気持ちを向ける姿に、庶民の弁護士としては富裕層にはあまり共感しないのですが、それでも切ない思いを持ちました。

08.津波 暴威の歴史と防災の科学 ジェイムズ・ゴフ ウォルター・ダッドリー みすず書房
 津波被害の歴史を解説した本。
 津波研究者の手による研究書なのですが、時系列に沿った記述ではなく、また体系的な論述でもなく、著者の語る物語的な配列と流れで、過去の被害もインタビューに重きを置いた紹介をしていて、読み物風の構成・体裁になっています。
 現時点での日本の読者の目からは、津波というと東日本大震災を想起するのですが(原題の "TSUNAMI" からサザンオールスターズの歌を想起する人もいるかもしれませんが)、2011年の日本の津波被害に度々言及はしているもののそれを紹介した章はありません。海外の視点(著者の所属はオーストラリアとハワイ)からは東日本大震災は津波被害としては代表的なものではないということなのでしょう。1755年のリスボンの津波による経済的損害は2011年の津波で日本が被った経済的損害の約2倍と明記されている(224ページ)のを見ると、そう学ぶべきなのかと思いました。
 この本でエピソードを紹介する度、人間は歴史に/被害に学ばない、簡単に忘れてしまうという指摘が繰り返されています。肝に銘じておきたいと思いつつ、そういうもんなんですよねとも思ってしまいます。

07.黄色い夜 宮内悠介 集英社文庫
 エチオピアと国境を巡って紛争中の「E国」に設けられたカジノの塔に、ルイと名乗る日本人ギャンブラーがギャンブルで国王に勝ってE国を乗っ取ることを目的に潜入し、イタリア人プログラマーのピアッサと組んで勝負するという展開の小説。
 裏表紙の紹介では「スリリングなギャンブル小説、ここに誕生!」とあります。ギャンブル小説と言われると私は「麻雀放浪記」とか「病葉流れて」とかを想起してしまうのですが、そういう情念を感じさせるところはなく、また「ギャンブル」というよりも「ゲーム」というかなぞなぞ的な「推理」が中心の作品に思えます。作者が「麻雀放浪記」を意識していることは確かで(35ページ参照)、しかし同じ道を歩む気はないよということなのでしょう。軽さの方に価値を見出した作品(解説者はそのように評価しています)なのでしょうけれども、そこは好みが分かれるところでしょう。

06.無敵の犬の夜 小泉綾子 河出書房新社
 4歳のときにタンスに隠れていて扉を勢いよく閉められて右手の小指と薬指を失った九州の田舎町の中学2年生五島界が、対立し授業中に指のことでからかった生物教師半田への復讐をしてくれたことから工業高校に通う不良の橘に憧れを持ち、橘が東京に行き自分の方を向いてくれなくなったことなどに不満を持ち暴走していくという展開の青春小説。
 中学生男子の短絡的な思考、素直になれなさ加減、意気がり見栄張り引っ込みがつかなくなる様子が描かれ、それが保育園からずっと一緒という幼なじみの同級生田中杏奈の言動と比較されることで際立ちます。こういうシチュエーションには、至らなかったけれど、中学生の頃ってそうだった/バカだったよなぁと振り返って懐かしむ作品です。それにしても最後の展開はどうかと思いますが。
 この作品で、五島界は2008年の正月に4歳で指を失ったという設定なんです(4~5ページ)が、そうすると五島界の中学2年生は、誕生日がその正月以前なら2017年4月から2018年3月の間、誕生日が正月後なら2016年4月から2017年3月の間。初出が「文藝」2023年冬季号のこの作品はなぜにあえて数年前の話にしたのでしょう。

04.05.ネヴァー・ゲーム 上下 ジェフリー・ディーヴァー 文春文庫
 学者である父アシュトン・ショウからサバイバル技術を仕込まれ、今はキャンピングカーで移動しながら「懸賞金ハンター」を自認して人捜しを続けるコルター・ショウが、シリコンヴァレーで行方不明となった19歳の女子学生、52歳のLGBT人権活動家のブロガー、町の駐車場で拉致された妊娠7か月半の女性の捜索を続ける一方で、15年前の父親の死の謎を追い求めるというアクション・サスペンス小説。
 読みやすくページをめくる手が進む作品ですが、主人公の位置づけが「懸賞金ハンター」と言いながら懸賞金に対するこだわりがなく最初は懸賞金で生活を立てていると言っていたものの終盤で別のことで資産があることが明らかにされる、人捜しの事件をメインに据えているのにどうも父の死の謎の方が重要に見えるという点で、腰が据わらない感を持ちました。
 黒ずくめの組織に注意を払いながらも作品の大部分では次々と起きる雑多な事件の解決に追われる「名探偵コナン」みたいなものでしょうか。

03.甘くない湖水 ジュリア・カニミート 早川書房
 父が工事現場の足場から落ちて半身不随となり母が清掃の仕事等をして仕切っている貧困家庭で4歳上の兄と双子の弟とともに暮らす少女ガイアが、母の指示に従い裕福な子女が通う学校に通い勉強して好成績を収めながら、居場所のなさを感じ、母への反発や知人への不満を溜め込みときに爆発する思春期青春小説。
 ときどき明示しないで場面が戻ることや書きぶり・文体のためか、私には読んでいてすんなりと入ってこずページが進まない作品でした。基本がガイアの反発・怒りということで楽しく読めるというものでもないですし。
 ガイアが友人と語る言葉に「私も、コンゴとか日本とかポリネシアみたいな、遠い処にある住処がほしい」(276ページ)というのがあって、イタリア人の目には日本はコンゴやポリネシアと同じようなイメージなのかと驚きました。

02.聖乳歯の迷宮 本岡類 文春文庫
 新聞社に勤め現在は系列の科学雑誌の編集者をしている小田切秀樹が、大学時代に「昔ものがたり探求会」という名称の考古学サークルの仲間だった夏原圭介がナザレの教会地下の洞窟で発掘した乳歯がイエスが生きた時代前後のものと同定された上現生人類とは微妙に異なるDNAを持つことが確認されてイエスが実在しかつ神であることが実証されたとして大騒ぎになったことに疑念を持ち、他方で同じくサークルの仲間だった沼修司が青ヶ島で遺体で見つかった事件の謎を追ううちに…というミステリー小説。
 人類史のロマンのような楽しみがあり、意外な結末ではありますが、現生人類と違う人類のDNAが確認されたということが「神」だという評価になるのかというところで前提・展開に疑問を持ってしまうと話に乗って行きにくいのが難点かと思います。

01.トコトンやさしい香料の本 光田恵編著 日刊工業新聞社
 香料の歴史や日常生活との関わり、香料物質の特性・抽出・合成、食品や生活用品に用いられている香料に関する知識等を解説した本。
 見開き2ページ(右ページに文、左ページに図表類)68項目で読みやすくしようと努力してはいますが、第3章の香り成分の特性あたりは、「トコトンやさしい」は日刊工業新聞社の本を気軽に読む層の人々にとってのやさしさで、有機物の構造式(ベンゼン環の亀の子とか)に苦手意識を持っているような人にはやさしくありません。
 「現在では質量分析(MS)と連動したGC-MSを用いると、調合香料の90%以上の成分を解明することも可能です。調香師の創作処方の秘密を守ることができるブラックボックスは、わずか数%」(32ページ)というのに、門外漢としては驚きました。最先端のガスクロマトグラフィーでも香料の成分を完全には特定できないんですね。人間の鼻がまだまだ機械に勝てる、調香師という仕事がまだまだ生き延びられるのだと感心しました。
 食べる前だけでなくて、食べたものの匂いが喉の奥から鼻へ抜ける空気に乗って鼻腔の嗅覚受容体でキャッチされて匂いを感じる「レトロネーザルアロマ」(あと香、戻り香)は人類しか持っていない感じ方なのだとか(36~37ページ)。鼻腔と喉(食道)がつながっていれば感じるのじゃないかと思うのですが、人類しか感じないのだとすれば不思議です。

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