庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

  私の読書日記  2023年7月

17.「うつ病」の再発を防ぐ本 神庭重信監修 大和出版
 うつ病の要因と治療のプロセス、ぶり返しの要因と再発予防のための生活スタイル、家族の望ましい対応等について解説した本。
 うつ病は(時間をかければ)ほとんどの人が完治すると説明されて、ホッとするのですが、他方で再発率は高く約60%、完治1年後の再発率が約40%という報告があり、2回かかった人は再発率が70%、3回かかった人は90%とされる(13ページ)など、なかなか難しいものだなと思います。
 昔は、うつ病などで体調を崩した社員が復職するとき、まずは単純な軽作業から再スタートできたが、今は合理化が徹底され、単純作業は機械化されるか派遣社員が担うかアウトソーシングされ、うつ病から復帰した社員が働けるようなシンプルな業務が減り、正社員は戻るときは元の現場での復帰を求められがちだという説明(36~37ページ)はそのとおりだと思います。労働者側の弁護士としては、そこのところ、会社側にそれはおかしいだろと言って欲しいのですが、監修者はむしろ転職も選択肢と示唆している(38~39ページ)のが残念です。治す/再発させないことを優先すればそう言わざるを得ないかもしれませんが…

16.ポーランドの人 J.M.クッツェー 白水社
 72歳のポーランド人ピアニストのヴィトルト・ヴァルチキェーヴィチが、バルセロナのコンサート・サークルに招聘された際に世話役として応対した50歳間近の既婚者のベアトリスに惹かれ、その後バルセロナ近くの音楽学院で仕事をしてベアトリスに誘いを続け、ダンテを引用するなどしながら言い寄り続けるなどする恋愛小説。
 老いらくの恋にのめり込む男の姿を、自分が言い寄られることへの快感に自己陶酔しつつも覚めた目であしらう女の側から描いた小説の体で展開し、男が思いを遂げるのか果たさずに潰えるかを最後まで引っ張るかと思いきや、後半は男をではなく女の自己陶酔を描くことの方に収斂し、全体としてはそちらがテーマの作品となっている感じです。
 2003年のノーベル文学賞受賞者の最新作ですが、難解なところはなく(ダンテの引用とか、あれこれ考えていけばきっといろいろあるのでしょうけれども)、読みやすい一方で、それほどの感動・感慨もありませんでした。
 ヴィトルトからベアトリスへの通信でメールとは別に度々「手紙」が出てくるのですが、本当にそれは手紙と訳していいのか(削除したとか書かれてるし)、終盤で突然「めっちゃピューリタンふうに?」(184ページ)とかいう言葉が出てきたのが唐突感があるなど、ちょっと翻訳にも疑問を感じてしまいました。

15.カラー版 マヤと古代メキシコ文明のすべて 青山和夫監修 宝島社新書
 中央アメリカ(メソアメリカ)ないしメキシコの古代文明について説明した入門書。
 冒頭に、マヤ文明の起源が2005年からのセイバル遺跡調査までは紀元前600年頃と考えられていたが、セイバル遺跡の調査により紀元前950年頃とされ、さらに2017年からのアグアダ・フェニックス遺跡の発見で紀元前1100年頃とされたという説明があり、現在も新たな発見でマヤ文明像、マヤ文明に対する認識が変わっていっているということに知的好奇心をそそられます。
 アステカ文明では、1400年代から1500年代という時期に人口20万~30万というテスココ湖内水上都市テノチティトランが繁栄していたことが有名ですが、その強大に見えるアステカ王国が湖上に都市を築いたのは他の条件のいい土地は先住民がいて追い払われしかたなく建設したもので、テスココ湖の水深が浅く干拓が容易で木杭で囲って盛り土した上に湖底の泥土をくみ上げてトウモロコシの茎などの有機物(生ゴミ)を混ぜて作物を作る「チナンパ農法」の生産性が高く、人糞やゴミもすべて肥料にしてしまうので狭い土地でも清潔で、湖内なので水にも困らず、湖が天然の防壁となったという事情で発展したことが説明されていて、なるほどと思います。
 アステカ以外も含め、メソアメリカの古代文明は天災を鎮めるための儀式・儀礼として生贄を必要とし、戦争での捕虜を生贄としていたが、アステカは敗者に対して占領はせずに朝貢と守護神の祭祀を求めるのみであったために周辺諸国が皆アステカに従ってしまい捕虜を得ることができなくなってしまい、あえて支配地域内にあるトラシュカラ王国と意図的に緩やかな敵対関係を維持して捕虜を獲得するための戦争を定期的に行っていた節があるという説明には驚きました。生贄を要する文化文明には共感できませんが、やはり人間、いろいろなことを考えるものですね。
 以前からマヤ文明、アステカ文明には関心を持っていたのですが、私が全然知らなかったことが多数書かれていて勉強になりました。多くの地域で多くの文明や国が生まれては衰退しということを繰り返したことを説明しているのでしかたないのでしょうけれども、そのそれぞれの関係や全体像が理解しにくいところが難点ではありました。

14.読めば得する働く人のもらえるお金と手続き実例150 蓑田真吾 朝日新聞出版
 失業・転職時の雇用保険、副業と社会保険、産休・育休の取り方と給付金、介護休暇の取り方と給付金、労災・傷病手当金、年金などについて、さまざまなケースでどのようなお金がもらえるか、どうすればより有利にもらえるかを説明した本。
 社会保険、労働保険の具体的な部分は、よくわからないことが多く、例えば退職日が1日違うと変わってきたりします(社会保険料が月末退社だとその月分が翌月発生して結局退職月の給料から2か月分控除されるが、月末の1日前退社だとその月分は発生しない。65歳の誕生日の2日前の退職だと失業保険の対象となるが、1日前はその扱いにならない)。会社都合退職の場合に、退職後に加入することになる国民健康保険の保険料が安く計算される(26ページ)とか、傷病手当金がいったん復職した後同一の疾病でまた休職したとき、最初の給付開始から1年6か月しかもらえなかった(最大で1年6か月分ー復職期間分しかもらえなかった)のが2022年の法改正で通算1年6か月分までもらえるようになった(152ページ)とか、私は知りませんでした。そういうふつうには知らないことを社会保険労務士らしくいろいろと説明していて、勉強になります。

13.心音 乾ルカ 光文社文庫
 8歳の時拡張型心筋症のため心臓移植を受けなければ生きながらえることができないと言われ、両親と周囲の人たちが募金運動を始めて1億5000万円余を集めてアメリカに渡り心臓移植手術を受けた城石明音が、帰国後周囲の反発・非難を受け、苦難の人生を歩む様子を描いた小説。
 ネット民には妬みや憂さ晴らしの投稿をするものが多数いるであろうことは想像に難くありませんが、近くにいる人々のほとんどがそういう人々なのでしょうか。登場する人の多くが、私の目には何もそこまでと思うくらい底意地が悪く、小説とはいえ、ちょっとついて行けないところが、私にはありました。第2章で明音を守ろうと決意を固め、バイオリンの演奏を勧め、付き合い、いじめの加害者と闘う教師間野美智子について、どこか力が入りすぎた自己満足・自己陶酔と冷ややかな目で描いている様子と合わせ、どうも作者が明音のような人物の幸福な人生を願っていないのではないかという、ひねた印象を持ってしまいました。

12.金庫番の娘 伊兼源太郎 講談社文庫
 大学時代の友人の伝手で大手商社での中央アジアのレアアース資源の開発プロジェクトを主導し成功直前で会社を辞めることになった藤木花織32歳が、一転して、父親が金庫番を務める与党の大物政治家久富隆一の秘書となり、久富の息子の幼なじみ隆宏とともに与党政治の世界に飛び込んでいくという政治小説。
 主人公の藤木花織が頭角を現して行くお話ですが、中盤で父親から実現したい理想を聞かれて、「わたしは――。個人が社会の犠牲にならない世の中にしたい」と言いつつ、「そのためには……金庫番として久富に仕える以外の具体案が思い付かない」(245ページ)というのは、これは何なんだ?と思います。そして、藤木花織・久富事務所と並行して2~3割くらいの頻度で東京地検特捜部が出てくるのですが、これが小原という検察事務官の視点で赤レンガ派と現場派の対立にこだわりながら小原がそれを見通せていないために何とももやっとした描写に終始してこのパート、なくてもいいんじゃない?と思えます。しかし、最後に切れ者の有馬検事にバトンタッチして、その有馬検事を藤木花織が翻弄するということで、最終的に力をつけた藤木花織の切れ者ぶりが強調されるというしくみになっていて、最後まで読むとあぁなるほどと思いました。

11.ワーキングガール・ウォーズ やってられない月曜日 柴田よしき 徳間文庫
 大手出版社にコネ入社した不美人で貧乳、背は高く脚は長くなくて髪が硬いというコンプレックスを持った150分の1サイズ(Nゲージサイズ)の建物等の模型づくりが趣味の28歳オタク経理部員高遠寧々が、やはりコネ入社のBL同人誌出版が趣味の総務部員百舌鳥弥々と絡みながら周囲で起こる出来事にドタバタする短編連作お仕事小説。
 どこか僻みっぽい寧々とわりと純情・直情的な弥々のコンビネーションが、ほのぼのさせていい読み味を出しています。
 最初と最後に登場する寧々の従姉の気っぷのいいお局様墨田翔子が主人公の「ワーキングガール・ウォーズ」という作品があって、この作品はその続編というか姉妹編のようです。しかし、28歳(寧々)とか、38歳(翔子)の働く女性のお仕事小説のタイトルがなぜに「ワーキングガール」なんだろう。ワーキングウーマンやウィミンじゃなくて。そのセンスが、ちょっと哀しい。

10.理解するほどおもしろい!パソコンのしくみがよくわかる本 改訂3版 丹羽信夫 技術評論社
 パソコンの種類、パソコン本体と周辺機器のしくみ、OSとアプリケーションソフト、インターネット、ネット環境とリスク等について、Q&A形式で説明した本。
 ほとんどは基本情報ですが、パソコンは使い続ければレジストリに書き込まれる情報が増え続け、いらなくなったアプリケーションソフトを削除(アンインストール)してもその関係の記載が完全にクリーンになるわけではなくゴミのような記載が残り、といった具合にレジストリが肥大化するために、必然的に遅くなる(106ページ)、通常のシャットダウンでは次回の起動の時間を短縮するためにメモリの一部やドライバーの設定情報を残してシャットダウンするが再起動ではクリアして再起動するのでパソコンの不調が再起動で治ることがある、シャットダウン時にクリアにするためにはシフトキーを押しながらシャットダウンすればいい(110~111ページ)など、知らなかったこともあり、勉強になりました。
 昨夜、パソコンの電源ボタンを押しても一向に Windows が立ち上がらず、真っ青になりました。この間、起動が遅く、なんか調子悪かったのですが、ついにお釈迦になったか…ホームページ関係もメールもバックアップしてないのに、どうしたらいいのかと、途方に暮れていたところ、コンセントが抜けているのを発見。私もまだまだパソコン初心者であることを再認識しました。(それで昨夜はこの記事をアップできず…トホホ)

09.まちがえる脳 櫻井芳雄 岩波新書
 脳はコンピュータなどの機械とは大きく異なり、ニューロン(神経細胞)による信号伝達は確率的なもので不確実であること、それにもかかわらず多くの場合にうまく機能するしくみを始め、脳の活動、特に(死んだ/実験用に統制された脳ではなく)生きて働いている脳の活動にはわからないことが多いこと、世間に流布されているわかりやすい説明の多くが誤りであることを解説した本。
 わからないという話が多いところはモヤモヤ感が募りますが、例えば、記憶の曖昧さを説明しているところで、車同士で衝突した映像を見せた後、「車が激突(smashed)したとき、どのくらいの速さでしたか」と聞いた後に車のガラスが割れたかを聞いたグループではガラスが割れたと答える者が多く、「車がぶつかった(hit)とき、どのくらいの速さでしたか」と聞いた後に車のガラスが割れたかを聞いたグループではガラスは割れなかったと答えた者が多かった、しかし見せた映像には車のガラスは映っていなかった(89ページ)というエピソードは、目撃証言がいかに当てにならないかということを示していて、弁護士にはショッキングです。
 AIが人間の脳とはまったく異なるという説明で、AIは人の認識には影響しない些細なノイズで不可解な答えを出すことが説明され、「止まれ」と書かれた標識の一部に小さなテープを貼ると「時速45キロメートル制限」とまったく異なる標識と認識した、パンダの画像に人にはほとんどわからないようなノイズを重ねると雄牛であると判定し、全体の色調を変えるとテディベアと判定したということを紹介し、AIによる自動運転の車などまだとても怖くて乗れないとか、AIによる病理診断などまだとても信用できないと述べています(152~153ページ)。
 脳の話プロパーのところでも、認知症、アルツハイマー病の判定で脳の萎縮が重視されていますが、脳の萎縮の程度と認知機能の低下は必ずしも明確には対応していない、萎縮がほとんど見られない段階でも認知機能の低下がはっきり現れる人もいれば、大きな萎縮がありながら、日常生活が可能な人もいる(103ページ)とか、脳のある部分が壊れたときに機能代償が起こるときと起こらないときがあるがその理由はよくわかっていない、機能代償が起こるときもどこがその機能を代償するかはほとんど予測できない(105ページ)など、楽観材料にも悲観材料にもなる話題が満載です。
 わかったという話に比べてまだほとんどわかっていないという話は耳に入りにくいですが、脳について多くの迷信/俗説が流布されていることを認識しておくことはたぶんよいことだと思います。

08.最短時間でムダなく成果を上げる パソコン仕事術の教科書 改訂新版 中山真敬 技術評論社
 仕事で使うためのパソコンのしくみと設定についての知識、電子メール、ワード、エクセル、その他のソフトウェアの基本的な使い方のコツについて解説した本。
 パソコンの起動が遅いのを改善するという項目では、常駐ソフトと不要な「サービス」の無効化を提唱しています(68~69、84~86ページ)。しかし実際にやろうとすると停止・無効化しても大丈夫かどうかの判断が付かず、なかなか踏み切れません。86ページにこれは無効化してもたぶん大丈夫だろうというのが一覧表になっていて、よしこれは無効化しようと勇んで「サービス」を開いたら大半がもともと無効になっていて、ガッカリしました。もっとも、ついでにWindows10になって以来、ずっと勝手に開いてうっとうしかった右下のパネル表示をなんとか止められないかと試行錯誤していると、タスクバーの右クリックで「ニュースと関心事項」を「無効化」すると無事に消えてくれてスッキリしました。この本には書いていなかったですが、懸案事項の解消のきっかけとなってうれしく思いました。
 Edgeについて、「Microsoftのポータルサイトを利用させたいという意図が強すぎて、扱いづらい」「従来のブラウザとは使い勝手があまりに違うので、効率よく使えない」(140ページ)、Wordについて、「『みんなが使っているから』というただそれだけの理由で標準となったのです。かつて日本語ワープロソフトの標準はJustSystemの一太郎でした。むしろ、Wordの方が使いにくいという声は決して小さくはありませんでしたが、標準である以上、どうしようもありません」(176ページ)というあたり、同感だなぁと思い、やはりそう感じている人はそれなりにいるのだと安心しました。

07.できる大人の「要約力」 核心をつかむ 小池陽慈 青春出版社
 文章を読むときになんとなく読むのではなく、筆者の主張の根幹とその根拠・理由を中心とした要約をして思考の軸を獲得する習慣をつけ、それを他の文章を読んだり会話をする際にその視点を活用しようということを提唱する本。
 後半では、その実践として杉原泰雄の「憲法読本 第4版」の地方自治に関する文章(94~96ページ)、庵功雄編著の「『やさしい日本語』表現事典」からの外国人等に対する標識等の表示に関する文章(142~146ページ)、「The Asahi Shinbun GLOBE+」からの難民支援NGOの試みに関する文章(168~171ページ)を課題文として、小刻みに要約のプラクティスの過程を示しています。この要約の過程自体は、繰り返しが多くくどい感じがしますが、要約の技法自体よりも、課題文の選択に著者の立ち位置が見えて、そちらに少し共感しました。

06.薔薇のなかの蛇 恩田陸 講談社文庫
 イギリスのミステリーサークルの遺跡近くの古い屋敷「ブラックローズハウス」に当主のオズワルド・レミントンのバースデーパーティのために招集された長男のアーサーは、そこで弟のデイヴ、妹のアリスとアリスが連れてきた友人リセ(水野理瀬)を始め多数の招待客とともにブラックローズハウスに逗留することになったが、直前に起こった近隣の遺跡に残された切断死体を話題にしているうちに、間近でも切断死体が発見されて警察官が殺到し、オズワルドが「聖なる魚」を名乗る者から脅迫状を送られていたことが発覚して招待客は足止めされ…というミステリー小説。
 最初は陰惨なミステリーで始まりその流れが中盤まで続きますが、最後は枠組みが大きくなりすぎてミステリーというイメージはどこか消え去ってしまい、ミステリーとしてよりも、水野理瀬というキャラクターの魅力で読ませる作品だと思いました。
 水野理瀬は、私は初見でした(恩田陸作品で水野理瀬が登場する作品は読んでいませんでした)が、文庫版解説によれば作者の作品の相当数に登場していて、「理瀬シリーズ」と呼ぶべき作品群があるのだそうです。私もこの魅力的なキャラのシリーズを少し読んでみようと思いました(さっそく長編2冊予約入れました)。

05.52ヘルツのクジラたち 町田そのこ 中央公論新社
 母と義父から虐待され続けて来た三島貴瑚が、母が嫌っていた祖母と幼い頃に暮らしていた大分県の海辺の町に移り住み、そこで母に虐待され続け同居している祖父からも無視され続けている言葉を口に出せない13歳の少年と知り合い、心を通じ合わせて行くという小説。
 表題は、ふつうのクジラの歌声よりも高周波数のためにその声が他のクジラには聞こえず届かない孤独なクジラを自らと、自分と同じ境遇の者になぞらえたもの。
 こういうと、同じ体験をした者同士が理解し合えるとか、傷をなめ合うというような話のように聞こえますが、この作品の真骨頂は、虐待から解放された主人公が、しかしその後大事な人の発していたメッセージを聞くことができずに傷つけてしまう、人は意図せずに他人を傷つけてしまう、悪意がなくても人を傷つけてしまうし、容易に他人に聞こえないSOSを聞こうとしていても気づかずに放置してしまう、その経験と後悔の過程の描写にこそあるのだと思います。
 とてもほろ苦く切ないお話です。

04.崩れる脳を抱きしめて 知念実希人 実業之日本社文庫
 脳内に手術不可能な疾患を抱え富裕層向けの療養型病院「葉山の岬病院」の特別室でいつ訪れるかもしれない死に怯えつつ日々を過ごす28歳の女性患者と、アンティークショップを経営していた父親が従業員に金を持ち逃げされて巨額の借金を背負いヤクザまがいの取立屋に追われたあげく母に離婚を求めた後失踪し1年後に山で滑落死したことにトラウマを持ち借金を返すために金儲けにこだわる歪んだ思考を持つ広島の大学から研修に訪れた研修医碓氷蒼馬が、お互いの境遇について知り、話し合ううちに惹かれて行くが、碓氷の側のためらい、相手の気持ちを測りきれない不安と戸惑い、女性患者側の言動の不審さなどから告白できないうちに研修期間が終了し、碓氷は広島に戻るが、その後思いがけない事態が展開し…という恋愛ミステリー小説。
 文体、分量、謎の程度など、軽く読むのにほどよい加減で、エンタメとして手頃な読み物です。
 ただ、弁護士の立場から言わせてもらうと、自分が襲われる危険を感じながら、遺言を確実に実行させたいと考える人が、弁護士事務所で遺言を作成してそれを自分で持ち帰るというのは考えられません。遺言書を奪われる可能性を感じるなら、遺言書は弁護士に預ける、さらに言えば公正証書遺言にするのが確実です。そうしちゃったらミステリーとしておもしろくないということかもしれませんが、ちょっと非現実的に感じました。
 あと、プロローグの「もうすぐだ。もうすぐ、僕の前から彼女を消した犯人に会える」(5ページ)は、不適切で、その場面にたどり着いて、これはないだろうと思いました。

03.新社会人のための法律知識 働くときのギモンQ&A 千葉博 経営書院
 会社で働くに当たって新人が持つ不満や疑問について、法律的な観点から説明した本。
 基本的には会社側の業務秩序維持を優先し、学生気分を払拭して社会人として心得よという姿勢での回答が多くなっています。
 労働者側の弁護士の視点で見ると、Q1で問題とされているサイトの募集条件(やハローワークの求人票の記載)と入社時に示された労働条件が違う場合については、募集されていた社員・職種区分の有無・異同や入社に至る経緯での説明等によって合意・適用される労働条件が変わってくると思いますが、それについて論じることなく「会社にだまされたのではないか、と心配するよりも、人事担当者に率直に聞いてみることをお勧めします」(20ページ)というのはいかがなものかと思います。またQ3の書きぶりでは、「就業規則の内容は、労働契約書の内容よりも優先されます」(25ページ)とされているだけでは、労働契約書の方が就業規則よりも労働者に有利な場合でもそうなのかと誤解されかねませんし、懲戒解雇とは別に普通解雇があることも説明されていないなど、労働法の本としては不親切に思えます。
 基本的に、怪しいところは会社側の目線で書かれていますので、この本の線で行動していれば会社から睨まれにくいという意味では安全かなと思います。それを行動原理として息苦しくない人はそうすればいいかと思いますが、それでは不満があり疑問を生じた人は、労働者側の弁護士によく相談してみるといいと思います。

02.不倫 実証分析が示す全貌 五十嵐彰、迫田さやか 中公新書
 どれくらいの人が不倫をしているのか、誰(どういう人)が不倫をしているのか、誰(どういう人)と不倫をしているのか、不倫関係はどの程度続きどのように終わるのか、不倫を責める人はなぜどのような動機で責めるのかなどについて、既存調査のレビューと、著者らが行った調査の分析に基づいて論じた本。
 サブタイトルにあるように、また著者が繰り返し言及しているように、著者らがNTTコムオンラインに登録しているモニター6651人に対して2020年3月に行った結婚生活と不倫に関する調査がこの本の中心的な根拠となっています(50ページ)。それにもかかわらず、この調査の質問紙も回答結果の直接の集計もどこにも掲載されていません。学者さんが独自調査を行いそれを最重要の根拠材料として、「実証分析」と銘打って書くのにそれはどうか、と私は思います。そういう姿勢を見せられると、書かれているいろいろな数字をどの程度信頼してよいのか心許なく感じます。著者が行った別の「実験調査」のサンプルの調整の説明で、「対象者は年齢・性別・婚姻状態・居住地を平成27年に行われた国勢調査の割合を再現するような形で収集した。これはつまり、例えば30~34歳の女性で北海道に居住している人が日本の全体人口の2%を占める場合、この属性の人が全体の2%になるように回収することを指す」としています(58ページ)。私はこれを見て目を疑いました。「30~34歳の女性で北海道に居住している人」が日本全体の2%というのはおよそあり得ません。実際に調べてみると2022年10月1日現在で119千人で日本の総人口124974千人の0.095%です。「例えば」というのだから架空の話でもよいではないかというのかもしれませんが、およそ数字で仕事をしている学者が統計に基づく実証分析をしているときに、このようなまったく外れた数字(20倍以上違う)を書くものでしょうか。
 不倫について、そうだろうと思うことも意外なことも取り混ぜていろいろ書かれていて興味深いところではありますが、データについての取扱姿勢に疑問を持ってしまったので、なんだかなぁと思ってしまいました。

01.ChatGPTの衝撃 矢内東紀 実業之日本社
 ChatGPTで何がどの程度できるか、ChatGPTをどう使うかについて書いた本。
 著者自身が、この本の大半はChatGPTに書かせたと述べています(はしがき3ページ、あとがき189ページ)。
 それを読んだ感想としては、ありがちなパンフレットの説明文、文章力やオリジナリティに欠けるあまりできのよくないビジネス書という印象です。下手とは言えなくても、平板で熱意に欠ける興味を惹かれない文章で、平易であるにもかかわらず眠気を誘われました。話題ばかり聞いて実物に触れていなかった私には、率直にいえば、何だこの程度のものかというところです。
 著者は、ChatGPTを使いこなすべきというのですが、ChatGPTの作成した文書を元に修正するというのは、私にはあまり魅力を感じません。そのまま使うのなら労力の節約になりますが、それははっきり手抜きですし、そのまま使うクラスの文書なら自分で書いてももともと大した手間でもないと思います。他人が作ったテキストの修正というのは、実はけっこう手間がかかり、下手な元原稿ならない方がましということもありますし、一応完成した原稿があるとその原稿にどこか縛られてしまいます。きちんとした文書を作るつもりなら、私は最初から自分で書いた方がいい物ができると思っています。ChatGPTが下書きした原稿を元に自分のオリジナリティを加えていい文章を作れる人は、すごく強い意志とかなりの能力がある人に限られるのではないかと思います。大半の人は、ChatGPTに下書きをさせるなら、結局はChatGPTに使われるというか、面倒になってそのまま使い手抜きしつづけることになると予測します。
 ChatGPTが苦手なことに「倫理的・法律的な問題への対応」が含まれるそうです(26ページ)。そうだとすると、私たち法律家業界は安泰ということになりますし、契約書の作成とレビューをやらせているところ(113~119ページ)をみると、弁護士の目からは使い物にならないなとは思います。そこは今後の改良や使う側のやり方にもよるのでしょうけれども、先ほどの文書作成の場合と同じように、私は仕事に使いたいとは思えないですね。

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