庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

  私の読書日記  2023年1月

27.不動産最新判例100 渡辺晋 日本加除出版
 不動産の売買、賃貸借(建物賃貸借、土地賃貸借)、管理(マンションに関する紛争等)等についての最近5年間(2017年以降)に出された判決を紹介した本。
 紹介する判決の選択には当然に著者の好みもあり、また販売したカラーボックスにより化学物質過敏症を発症した場合の販売店(ホームセンター)の損害賠償責任(61番:259~261ページ)とか、ネットオークション参加のための資料送付を申込者が外国人であることを理由に拒否した事業者の損害賠償責任(96番:414~417ページ)など、どこが不動産についての判例なんだと思うものもあります(不動産業者でもシックハウス症候群や外国人差別は問題になり得るからねということではありましょうけど)が、弁護士にとっては、日頃あまり考えなかったことも含めさまざまな問題を考える契機となり、そして何より自分が知らないところでこんな新しい判決が出てるんだと認識することは、とても勉強になります。
 正反対の結論の判決があるときに、両者が事案の違いでうまく説明できるのか、裁判官の価値観の違いに帰せられるのかとか、判決の判断に影響を及ぼしたと思われる事実関係、責任が認められたとしてどの程度の損害賠償が認められたのか、その損害の内容と算定など、説明している場合もありますが、もう少し踏み込んで欲しいなと思うこともあります。
 事案の概要、裁判所の判断、解説という構成が取られていて、裁判所の判断と解説で同じことが繰り返されているところが多々あります。読んでいるときに、繰り返されることで重要な判断が頭に残りやすいとか整理されるという効果もあるとは思いますが、私には、冗長感というか、その紙幅を上で述べているような点の掘り下げに当ててくれたらという思いが残りました。

26.その名を暴け #MeTOOに火をつけたジャーナリストたちの闘い ジョディ・カンター、ミーガン・トゥーイー 新潮文庫
 #MeToo運動拡大の転機となったハリウッドの大物プロデューサーハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ告発記事を書いたニューヨーク・タイムズの記者2名による取材の経緯と記事掲載後の反響等を記したノンフィクション。
 私にとっては、示談(記者の目からはもみ消し)の過程で弁護士が果たした役割についての記述が読みどころとなりました。
 記者の取材と被害者の告発の最大の障害となった口外禁止条項は、私の弁護士実務感覚では、例えば労働事件で和解するときに会社側からたいてい求められ、多くの場合労働者側も受け入れるものですが、違反したときのペナルティまで定めることはなく(会社側がペナルティの条項を求めることも稀にありますが、私は応じたことはありません)、それほどの圧力にはならないものです。しかし、ここで紹介されている契約条項では、被害者が所持しているすべての証拠を開示するとか、他の被害者への協力を禁止する、証言を求める召喚状が来たら連絡する(134ページ)、取材には決して応じない(135ページ)、「示談書は狡猾にできていて、被害者に告発をさせないよう縛り、もし口外したら相当な経済的損失を被るという重荷を課している」(149ページ)、「ふたりとも尋常ならざる制約を受け入れることになった」(164ページ)、(他の者によって)「真実が公表された場合でも、その真実を隠蔽することを求められていた」(166ページ)などとされ(実際の条項はもっとすごく込み入ったものと想像しますが)、富裕者側・加害者側の弁護士が被害者を抑え込むべく知恵を絞っているようすが窺われます。
 トランプの告発者たちの代理人となったフェミニスト弁護士グロリア・オールレッドに対しても、「オールレッドは被害女性に声を上げさせるということで評判が高かったが、その一方で、被害女性の口を封じ、性的嫌がらせや虐待の訴えを退けるためにひそかに示談に持ち込むこともしていて、それが彼女の収入源になっていた」(187ページ)という意地の悪い見方がなされているのはともかく、その娘の弁護士リサ・ブルームが、ワインスタインに対して、自分は大勢のセクハラ被害者(と称して金を要求する者)の代理人を務めてきたので、そういう人からあなたを救い出せるなどという手紙を書いていた(240~247ページ)というのには驚きました。いくら何でもそんなことするものでしょうか。

25.知っておきたい地球科学 ビッグバンから大地変動まで 鎌田浩毅 岩波新書
 太陽系・地球の誕生とその後の変化、海流・大気の動きなどと気象・気候の変動、地下資源、地震・津波・火山の噴火等のテーマについて、基礎的な解説をした本。
 「週刊エコノミスト」連載のコラムを元に加筆修正した(「おわりに」でそのように紹介されています)ということで、説明が短い文章で区切られていて、内容的にはわかりやすく読みやすい(つなぎ等でダブっている感じが煩わしくもありますが)反面、記述の流れが一本通った感じではなく散漫な印象もあります。
 「地球が温暖化しているのは、『温室効果』の機能を持つ二酸化炭素(CO2)が増えたからではないか、という議論がある」(95ページ)という記述(それも1つの仮説に過ぎないというニュアンス)に象徴的に見られるように、二酸化炭素削減を重視・優先することに反対したい/懐疑的な立場の人に参考になる/好ましいことがらが多数紹介されています。「実は、大気中の二酸化炭素濃度は、地球内部での炭素(C)の循環や、大気と海洋の間での炭素のやりとりなど、複雑な相互作用によって決まっている。二酸化炭素濃度を議論する際には欠かせない理解だが、あまり多くの人には知られていない」「産業革命以来、人間の活動によって大量の二酸化炭素が放出されたが、地球システム全体で見れば、炭素循環による影響の方がはるかに大きい」(95~96ページ)、「近年の地球温暖化は、人為的な気温上昇によるとする見方が多いが、実は気温変化には太陽の距離などはるかに大きな要素が作用している」(109ページ)、「太陽の表面に表れる黒点の変化は、人為的な温暖化よりもはるかに大きな影響を地球環境に与えてきた」(112ページ)、「地球温暖化が世界中の喫緊の課題となっているが、地球上ではそれをはるかに上回る寒冷化現象がときどき起こる。歴史を振り返ると、大規模な火山噴火が気温低下を引き起こし、地球温暖化に一定のブレーキをかけた事例がある」(112ページ)、「二〇世紀はそれ以前の世紀と比べて巨大噴火がほとんどなかった。すなわち、大噴火による気温低下がなかったため、二〇世紀後半の温暖化が顕在化した可能性も否定できない。このように現在、世界で問題となっている温暖化は、一回の大噴火による急激な寒冷化で状況が一気に変わるかもしれない」(117ページ)といった具合。
 地球科学者は「例外や想定外に出会ってもうろたえない」「知的な強靱さ」を持つと自負している(67ページ)あたり、逞しいというか、打たれ強いのでしょうけれども。
 「近年ドイツの再保険会社が、世界主要都市の自然災害の危険度ランキングを発表したが、東京と横浜がダントツ(七一〇ポイント)で次点以下のサンフランシスコ(一六七ポイント)やロサンゼルス(一〇〇ポイント)を大差で引き離した」(197~198ページ)とか。そこまで言われると、脱出を考えたくなりますね。(調べてみたらミュンヘン再保険会社の2002年のレポート(こちら=IPCCのサイトで入手可能:34ページ参照)のようですので、目新しいトピックではないようですが)

24.諦めない女 桂望実 光文社文庫
 35歳独身子なしで仕事にあぶれてお金に困っているフリーライター飯塚桃子が、世間が注目する題材を取材して書くために、スーパーの前で目を離した隙に小学1年生の娘沙恵が行方不明となり警察が公開捜査に踏み切ったものの手掛かりが得られないまま、娘のことを待ち続け家事も放棄し離婚されてアルコールに溺れながら娘の情報を求めるチラシを配り続けた母京子に、取材申込みの手紙を書き続け、京子から承諾の返事をもらって、関係者から話を聞き続けるという小説。
 沙恵の事件の真相とその後をめぐるミステリーとなっているのですが、むしろ自分の飯のタネのために他人の過去と心情に踏み込み聞き漁りながら、自分のことは棚に上げつつ関係者に対して非難の目を向ける飯塚の姿勢を描くことで、マスメディアあるいはライター稼業の業を論じているのかなと思いました。同時に取材を進めるうちに関係者への思い入れも生じてきて書けなくなっていき思い悩む姿も、ライターとしての悩みを示しているのでしょう。編集長が飯塚に対して「飯塚さんもフツーの人間だったなぁと思ってさ。企画をもってきた時はただの野獣のようだったから。」「フツー、ノンフィクションの企画をもって来る人って、こんな可哀想な人がいてとか、こんな酷い事件があってとか言うんだわ。だが飯塚さんは違ったから。あなたの開口一番は、売れるネタを手に入れましただったからね。人間としてどうよって思うが、ノンフィクションライターとしては大事な資質なんだよ、それ」「しかし、あまりに客観的で冷淡なのもダメなんだよ。新聞記事を読んで感動するか?」「本として出すなら感動させないと」「取材対象者への愛情がゼロかと思っていたから、ちょっとはあるんだと知ってホッとした」(237ページ)と言うのに、フリーライター経験者の作者の照れと自戒を感じました。
 ラスト1行に小さなひねりがあります。これがカチッと嵌まる人もいると思いますが、私はちょっと外している感じを持ちました。

23.世界を支えるすごい数学 CGから気候変動まで イアン・スチュアート 河出書房新社
 数学が、さまざまな領域で、当初その理論や手法が導き出された動機や経緯からはかけ離れた分野で応用されていることを紹介した本。
 著者の思いは、原題にも表れている物理学者ユージーン・ウィグナーが1959年にニューヨーク大学で行った「自然科学における数学の不合理な有効性」という講演に触発されて、数学者が導き出した概念がその由来とはまったくかけ離れた分野で応用されている「不合理な有効性」の事例を紹介することにあります(13~15ページ)。しかし、翻訳書であるこの本は、タイトルでも表紙見返しでも、その数学概念や手法が生み出された経緯との関係は無視して、とにかく数学はさまざまな分野で役に立っている、日常生活に有用なあれもこれも数学のおかげだという印象を与えるようにされています。
 訳者あとがきで「平たい文章でひもといてくれている。高等数学の知識はいっさい前提としていない」としています(330ページ)。冗談じゃない。微分方程式や偏微分、フーリエ変換とかを「高等数学」とは受け止めないで、それくらい鼻歌まじりに読める人にはそうなのかもしれませんが、文系の身には最後まで読み通すのはかなりの苦行に思え、かなり久しぶりに、途中で放り出すことを何度も考えました。第5章で、私がこれまで何度読んでもわからないRSA暗号の説明があり、この機会に理解できるかとちょっと期待しましたが、やっぱり全然理解できませんでした。
 自動運転車の技術とそれを支える機械学習について説明しているところで、人間には正しく認識できるのにコンピュータはとてつもなく間違えるように意図的に手が加えられた画像「敵対的サンプル」という問題があり、80ページに掲載されているどう見ても猫の写真画像に数ピクセル加工しているだけの画像(人間がいくら睨んでも違いは認識できない)をコンピュータは「ワカモレ」(アボガドのディップ)だと確信する(それも加工前の猫の画像は88%の自信度で猫だと判断するのに、加工後の写真は99%ワカモレに間違いないと判断する)とされています。その応用によりテロリストが道路標識に小さなテープを貼るだけで「止まれ」の標識を最高時速100kmの標識とコンピュータが誤って認識するように仕向けられかねないというのです(83ページ)。私にとっては、この本でそこがいちばんの驚き・収穫でした。

22.尿もれ、頻尿、前立腺の本 名医が教える尿の悩みを根本から治す方法 髙橋悟ほか監修 日経BP
 尿漏れや夜間頻尿、前立腺肥大や前立腺がん等の泌尿器系のトラブル・病気について説明した本。
 「頻尿は、朝起きてから夜寝るまでのおしっこが8回以上と定義されています。夜の間に起きてトイレに行くことが1回以上あると『夜間頻尿』と呼ばれます」(14ページ)としつつ、「頻尿や尿漏れはれっきとした病気です』(13ページ)と言い切っています。それで「日本排尿機能学会の調査によると、40歳以上で昼間の頻尿がある人は、約3300万人、夜間頻尿がある人は約4500万人と推測されています」(14ページ)というのです。私も当てはまりますので、「れっきとした病気です」と言われるとドキッとしますが、40歳以上人口の57%もの人にある症状(夜間頻尿)を「病気です」というのはいかがなものでしょうか。医者の営業のために水増しされた基準・記述のように思えてしまいます。
 夜間頻尿を減らすために、夕方以降はカフェインを含む緑茶や紅茶、コーヒーはなるべく控え、野菜サラダや果物も夕食時以降はたくさん食べるな(朝、昼に飲食するように)というのです(83~85ページ)が…う~ん、酒を止めるのよりも難しい気がする。

21.宙ごはん 町田そのこ 小学館
 母親の川瀬花野が育てられないからと、叔母の日坂風海に育てられていた川瀬宙が、小学生となったのを機に、シンガポールに転勤した叔母夫婦の手を離れて、部屋にこもりきりで絵を描き続ける花野と暮らすことになり、花野の中学からの後輩で今も花野に思いを寄せる料理人佐伯恭弘にご飯を作ってもらい、料理を教えてもらいながら、さまざまな人間関係のもつれをみていくというお話を、宙が保育園年長~小学1年生、小学6年生、中学3年生、高校2年生、高校3年生のときについて綴った短編連作。
 時を空けた連作にすることで、同じ人についても違った面が見えてくる、その人自身が変化する、子どもの頃は知らなかったことがわかる、といったことが感じられ、物語と宙の思い・考えに膨らみが出てきます。家族のことについて、大人が子どもに知らせない、見せまいとしたことから、知らずにいたこと、誤解していたことがあり、人が諍い、和解して行く様は、現実の世界で、弁護士としては特に相続争いの原因となる兄弟姉妹等への恨み・妬み・仲違いとしてよく立ち現れます。話し合っても理解が進まないことも多くなかなかに難しい問題です。
 この作品では、難しい状態に追いつめられた者に料理を作り食べさせて心をほぐしていくというシーンが要となり、美味しいものを食べると幸せな気持ちになるということが、重要なコンセプトとなっています。現実の世界でも、そうあってくれればいいと思うのですが。
 私は、自分の娘が生まれたときに「宙」という名前をつけようとした(カミさんと意見が合わず諦めた)ことから、宙という娘が主人公のこの作品を読んだのですが、さまざまな家族の困難な設定と、美味しいものを食べて心を和ませる幸福感に、思っていたよりも深さを感じ満足しました。

20.ディズニーランドvsユニバーサル・スタジオ サービス業の強化書! 加賀屋克美 ビジネス社
 東京ディズニーランドに3000回以上、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンに300回以上は通っているという「テーマパーク研究家」を名乗る著者が、両者のビジネスモデルを比較検討した本。
 「強化書」としているのは、サービス業のコンサルタントである著者が、単純にまねるのではなく、両テーマパークのビジネスのあり方からヒントを得てサービスを高める(強化する)ために応用しましょうという趣旨かと思います。特に明示されてはいませんが。
 17項目中11番の「待ち時間で『期待』を最高潮にする東京ディズニーランドvs待ち時間でマネタイズするユニバーサル・スタジオ・ジャパン」(136~142ページ)は、一面で正しく、客にとっては不満・疑問に思えることをビジネスとして賞賛(ヨイショ)する典型となっています。東京ディズニーランドが、行列させる場所にそのアトラクションのストーリーを感じさせる展示物を配置していることはそのとおりですが、長蛇の列があるときにそれを見ることで期待を最高潮にするというのは、運営サイドはそれを願っているとしても並んでいる客にとってはかなり非現実的です。ユニバーサル・スタジオ・ジャパンは、行列・待ち時間が苦痛であることを前提に(それ自体は基本放置しつつ:むしろ客が少ないときは間引き運行して行列をあえて作らせて)並ばずに入れるパスを高額で(入場料並みないしそれより高かったりする)売りつける、金を払えば横入りし放題、追い越されて悔しかったら金を払えというやり方に徹しています。私は、そういうやり方自体がサービスのあり方として疑問に思っていて、これを賞賛する気持ちにはとてもなりませんが、これはそういう目線の本なのだと割り切って読むべきでしょう。
 あえて比較対照するために強引に書いているきらいもありますが、まぁそういう感じはあるよねとは思える本です。

19.HEALTH RULES 病気のリスクを劇的に下げる健康習慣 津川友介 集英社
 UCLA(カリフォルニア大学ロサンジェルス校)准教授の著者が、信頼性の高い手法でなされた研究の査読論文に基づいて、各種の健康法などの生活習慣について病気になる確率を下げる効果があるかどうかを解説するという本。
 メタボ健診による健康増進効果はゼロ、もしくはあったとしても極めて小さい(91ページ)、日本にいま存在している病院や医師のランキングで信頼できるものはない(175ページ)などと言い切っているのは清々しい。後者については、著者はアメリカで医師の治療成績を評価することを専門領域の1つとしているが、アメリカでは医師のデータベースがありさまざまな情報が開示されているので客観的な評価ができるが日本では医師の情報まで「個人情報」だとされて秘匿されているために客観的な評価ができないと指摘しています(174~183ページ)。裁判関係の情報についても顕著ですが、日本とアメリカの情報公開制度の違いは、本当に対照的というほど(天と地ほど)です。日本の制度にもいい点もあるのですが、時々立ち止まって考えた方がいいと思います。
 1日1杯程度の少量のアルコールの場合、心筋梗塞や糖尿病のリスクが低いことと、乳がんや結核(そしてアルコールに関連した交通事故や外傷)のリスクが高いことが打ち消し合って、病気のリスクは変わらないとされています(102ページ)。要するに何の危険を想定するかによって評価は変わってくるということなんですね。タバコの場合は、「紙巻きタバコの受動喫煙がどれほど有害なのかに関しては十分すぎるエビデンスがある」(110ページ)、加熱式タバコの受動喫煙の健康への影響は、発売開始からまだ7年でほとんど研究が行われていない(研究の多くはタバコ会社が資金提供しているもの)ためまだあまりわかっていない(115~116ページ)とされています。その加熱式タバコは、世界最初に名古屋で2014年に発売され、アメリカでは2019年にようやく販売許可が出たのだそうです。企業に甘い日本の行政は、日本人を企業の健康実験と販売戦略のモルモットにしていると言えるかも知れませんね。
 エビデンスによって最善と評価された治療が標準治療で、標準治療には保険がきく、保険がきかない自由治療は、まだ効果や副作用が科学的に検証されていないもので、効くかもしれないが効かないかもしれない治療法に過ぎない(130~134ページ)というのは、突き放した見方とも言えますが冷静な指摘と言えましょう。サプリメントの大多数は期待されたような効果を得られていない(167ページ)も、同じですね。効果が確認されたら医薬品等として販売するはずですしね。
 もっとも、はじめにで、査読論文の根拠にこだわる姿勢を強調していますが、書かれていることすべてに査読論文の裏付けがあるということではなさそうです。たとえば、睡眠の質で量を補うことはできないとされている(23ページ)とかは裏付けとなる実験研究が引用されていませんし、それについての客観的で信頼できる実験が行われているということもなさそうです。また、タイトルの病気のリスクを「劇的に」下げる(カギ括弧内の「劇的に」が青色に着色されています)は、いかがなものかと思います。書かれていることの大半は病気になる確率を少し下げることができるということで、私の目にはこれをやれば病気のリスクを「劇的に」下げることができるというものは見当たりませんでしたが。

18.はてなの国際法 岩本誠吾、戸田五郎 晃洋書房
 国際法について、15のテーマに分けて説明した概説書。
 京都産業大学法学部の学者2名の共著なんですが、一方は日本政府の公式見解に依拠して日本の国益を重視あるいは強く意識した論調で、しばしば韓国や中国を非難する記述をし、もう一方は日本政府の姿勢に対しても疑問を呈する(技能実習生:82ページ、難民認定:84ページ、入管の収容:同、死刑廃止勧告に対する態度:93ページ、96ページ、人権条約の通報制度への未加入:94ページ、捕鯨に関する姿勢:156~157ページ、夫婦別姓に対する姿勢:159ページ)といった具合で、違いが目に付きます。「はしがき」で、2人で書いているのに「筆者一同」としているのは、そういうことも意識して一体性を強調しているのでしょうか。
 国連職員の労働事件は、使用者である国連やその機関が裁判権免除を得ているから日本で裁判しても却下される、その裁判はニューヨーク、ジュネーブ、ナイロビにある国連紛争裁判所に申し立てろ(125~126ページ)って。米軍の職員は日本政府相手に裁判すればいいようですが。う~ん、やっぱり国際関係の事件は、私には手に負えんな。

17.いつかこの失恋を、幸せにかえるために 中村航 KADOKAWA
 地質調査のアルバイトで知り合った4歳年上の久住亮平と3年間交際し、亮平と暮らすことを最優先して東京勤務前提で人に話したときに通じるようなある程度有名な会社がいいくらいの意識で就活に励むが結果が出せないでいる大学4年生の森田なつきが、就活の合間に亮平と北海道旅行することになって幸福駅で待ち合わせるが、待てど暮らせど亮平が現れず、夕方になって電話したらごめん、行けないと言われて呆然とし、いや号泣し泣き叫び、それを撮影して動画サイトにアップした小学4年生の槙田遥希とその父とともに道東を旅することになって…という青春失恋傷心小説。
 父親が死んだ母親の姿を撮り続けて作ったビデオ作品「失恋したての女の子」を50回以上観て台詞を全部覚えている小学4年生、それに影響されてか、自分が好きな同級生が他の男が好きだというので、「自分を満たそうとするのが恋。自分よりも相手のことが大切になるのが愛だよ。さほちゃんは洋太のことが好きって言ってたから、僕は恋じゃなくて、愛することにしたんだよ」(118ページ)なぁ~んて言ったりする。おませなのかおとぼけなのかわかってないのか、よくわからないけど、この遥希の存在で作品が柔らかくなり、癒やされる。下ネタを言わないちょっとおとなしいクレヨンしんちゃんみたいな感じでもありますが。

16.短いのに感じがいいメールが悩まず書ける本 亀井ゆかり 日本実業出版
 ビジネスメールの書き方とそこでの一工夫について説明した本。
 件名は「一目見るだけで要件がわかるよう簡潔かつ具体的な内容にする」(18ページ)は、ビジネスメールで必須にしてイロハだと思います(が、実践できていないことが多い)。併せて書かれている「強調したい場合は【】・[]などの記号を活用する」(21ページ)は、著者も続けて「ただし、相手の目に留まりたいがために、本当に差し迫った場面でもない状況で、『至急』『重要』『緊急』といった言葉を添えるのは、相手の信頼を損ないかねず、本当に重要な場面で用いても、開封されなくなるかもしれません」と書いているように、私が日弁連広報室にいた頃、日弁連会長が、会長にとっては重要事項とお考えになったのでしょうけれど、日弁連からの全会員発送のお知らせの封筒に次々と「重要」のゴム印を押し続け、最初はみんな何事かと読んだのですがすぐに馬鹿馬鹿しくなり日弁連からの「重要」のゴム印付き封筒は開封されることなくゴミ箱行きになった(当然、本当に重要なことも読まれなくなった)という故事を想起させますし、今どき件名に【】の付いたメールのほとんどは迷惑メール・詐欺メールですけれども。
 否定語ではなく前向きの言葉を使うというところで、「〈否定語〉返品・交換はできません。〈肯定語〉あいにく返品・交換はできかねます。」(135ページ)というのは、無理があると思います。より丁寧な表現とかより柔らかい表現というならわかりますが。
 私には、付録の「メールでも使える時候の挨拶」(172~183ページ)が一番参考になりました。

15.傲慢と善良 辻村深月 朝日新聞出版
 同棲していた婚約者坂庭真実が突然行方不明になりスマホは電源が切られて通じない状態となり、同棲のきっかけとなったのが真実が自宅にストーカーらしき男が入り込んでいるという訴えであったことから、ストーカー男に連れ去られたことを危惧した西澤架が真実の母陽子とともに警察に届出したが警察が動いてくれず、架が、真実から名前等を聞かされていなかったストーカー男を捜して真実の過去を調べ続け…というミステリー仕立ての恋愛小説。
 恋愛・結婚をめぐる女の打算・駆け引き・狡猾さ、男の思い込み・単純さ・うかつさ(「もう、男ってそういうところ、本当に甘すぎ」という台詞に象徴されるような)、女性同士の辛辣さ・意地悪さが、大きなテーマとなっていて、日頃、いや男だから女だからじゃなくてその人の個性でしょというスタンスを取っている身には悩ましいのですが、しかし同時に、そういうこともあるよねと思ってしまいます。そのあたりの展開は、湊かなえのような「嫌ミス」になるかとも思えましたが、そうでなくまとめるのが作者の作風なのだと思います。

14.孫子 「兵法の神髄」を読む 渡邉義浩 中公新書
 中国の兵法・戦略の古典「孫子」について解説した本。
 「孫子」の著者と成立事情、元にすべきテキストなどから検討がなされ、考えてみれば2000年以上前の文献が完全な形で残っているはずもなく、いろいろなものが組み合わされたり、後年の解釈によって修正されていたりということはありうるわけです。「九変篇」と題され、本文中にも九変と挙げられているのに5つしか事例が挙げられていなくて、研究者はいろいろ悩み他のところと組み合わせるなどの解決を図っているということも紹介されています(174~180ページ)。本来のものはまた別だったかもということは意識した方がいいのでしょうね。
 「孫子」は、哲学的抽象的でその分応用が利く記述であるのを、三国時代魏の曹操が注釈を施して、より具体的な戦術に落とし込み、また現実に戦争をするときを前提とした解釈を施しており、この本は基本的にその曹操の解釈に基づいて解説しているとのことです。著者は、曹操が付けた注釈により「孫子」に深みが出て、また文学的に美しくなっていると評価しています。従わない者に苛烈な制裁を与え、兵を死地に追い込んで逃げられないが故に奮戦させて勝利するなど、諸処に見られる冷酷さは元からあるものか曹操が解釈して付したものかはわかりませんが、そういうことも考えることで、曹操像についてもまた改めて思いをはせる材料になりそうです。

13.狩女のすすめ 獲る…だけじゃないジビエの魅力を教えます ジビエふじこ 緑書房
 ジビエ(野生鳥獣肉)利活用アドバイザーとして活動する著者が、狩猟やジビエ食の普及のために狩猟の実情やジビエの調理法、美味しさ等を説明した本。
 ジビエの話もさることながら、40歳ころまでさまざまな仕事をしながら4度の結婚と離婚を繰り返し、狩猟とは縁がなかった著者が、4人目の夫が実業家から仕事をすっぱりと辞めて猟師に転身し無農薬野菜を作り始め、自分は革細工教室カフェを経営していたが夫の先輩猟師が店に来て話すのを聞くうちに狩猟に目覚め、狩猟免許を得て猟師となり、そこから活動を始め、ジビエに関するさまざまな領域に手を広げているという経歴と経験が読みどころです。それまでの経験もベースにはなっているのでしょうけれども、40過ぎで始めても、40過ぎて転身してもやれないことはないという話が、元気の素になる、そういう本だなぁと思うんです。
 その中で、奥能登への移住の際に地域おこし協力隊に入るつもりでいて、それで一定の収入が得られることを当てにしていたが面接で落ちてしまい叶わなかったこと、田舎へ移住してくる人に対する地元の人たちの反応はさまざまで味方と敵が半々くらいと思っていることが書かれています(122~123ページ)。こういう愚痴や恨み言もあり、うまく行ってるところだけじゃないんだというのが、最後に書くというのもどうかとは思いますけど、PRに徹してなくていいかなと思いました。

12.楽園とは探偵の不在なり 斜線堂有紀 ハヤカワ文庫
 コウモリのような翼を持ち顔が削られて目鼻口がなく手足が異様に長く2メートルあまりの灰色の体を持つ「天使」が空を舞い漂い、2人以上を死なせた者を炎で焼き尽くしながら地面へと(地獄へとと解されている)引きずり込む、故意であれ過失であれ自らの手で2人を死なせながら地獄へ堕ちることを避けることは、医師が手術で患者を助けられなかった場合以外には、あり得なくなった世界で、天使愛好家の大富豪に天使が集う離島「常世島」に招かれた探偵青岸焦が、招かれた客たちが次々と殺害される事件に遭遇してその謎を解くというミステリー。
 2人殺すと直ちに天使に葬られるという事態になって、殺人が劇的に減るかというと、必ずしもそうはならず、死刑が廃止され(死刑制度を維持しようにも執行人のなり手がいない)1人は殺しても天使は手を下さないということから1人は殺してもいい、殺す権利を持っているという風潮が生じ、また地獄に堕ちることになるなら少しでも多くを巻き添いにしてやるという者が現れて爆弾や機関銃等による大量殺人が横行するという、人間の性についての悲観的でシニカルな見方、そういった大量殺人によって4人のスタッフを一気に失い意欲を失って探偵の存在意義を疑い続ける青岸のやさぐれ方に、作者のあるいは作品のクセが感じられます。
 そういった特殊な設定と青岸の心情部分でのこだわりに引っ張られますが、最後には探偵がみんなを集めて謎解きをするという探偵ものミステリーの王道に至り、クラシカルな読後感を持ちました。

11.「足がよくつる」人のお助けBOOK 出沢明 主婦の友社
 足がつる原因とつりやすくなる状況、つったときの鎮め方、予防法などを説明した本。
 ふくらはぎがつる(こむら返り)原因は筋肉の極度の収縮や伸長をセーブする筋紡錘と腱紡錘のコンビネーションが何らかの理由で腱紡錘の働きが鈍くなって乱れて筋肉の異常な収縮などによる痙攣が生じることにあると考えられる(14ページ)が、その腱紡錘の誤作動が起きる理由ははっきりとは解明されていない(16ページ)のだそうです。
 加齢による筋肉量の減少、新陳代謝の低下、動脈硬化による血行不良、水分不足やミネラル不足、筋肉疲労の蓄積、身体の冷え(足先の冷え)、つま先が伸びた状態での睡眠などが、足のつり、特に睡眠中やその前後のこむら返りを起こしやすい要因になるとのことです(20ページ、22ページ)。
 こむら返りが起きたときのストレッチ、予防のための日常的なストレッチが紹介されていて、理屈はわからなくても、役に立ちそうです(なんせ、お助けBOOKですから)。さらにこむら返り(ふくらはぎ)以外の場所がつったときのストレッチがそれぞれに紹介されていて、実際に起こったときに手元にあると重宝しそうです。
 もっとも、私は、足の裏がつって困ったことがありますが、足の裏がつったときのことは残念ながら書かれていませんでした。

10.アメリカ契約法[第3版] 樋口範雄 弘文堂
 アメリカの契約に関する法(判例と統一商事法典:UCCを中心とする法令)について、基本的な考え方や実務(裁判)上現実に問題となる論点をケースを挙げながら説明した本。
 国際取引等には関与しないドメスティックな弁護士としては、アメリカ法自体を知っておくという必要性はあまりないのですが、日本とは異なる法の存在やそれを支える考え方を知り、考えることが、現実の事案で日本の法律の適用を考えるとき、特に条項を素直に解釈するのでは(自分の依頼者にとって)適切な結論を得られないときに何とか別のことを主張する根拠・材料がないかと思案するときに、参考になります。弁護士としては「引き出しが増える」という意味があるわけです。
 アメリカでは、契約違反に対して履行の強制が原則とされている日本とは異なり、契約違反(債務不履行)に対しては損害賠償が原則で、アメリカ法の有名な特徴の「懲罰的損害賠償」も契約違反には適用されない(懲罰的損害賠償は不法行為に対して命じられる)ため、債務者は相手方に契約を履行した場合に見合う損害賠償をすれば履行しないことが選択でき、「契約を破る自由」が制度上認められているとされます。また、アメリカでは契約当事者の移転も原則は自由で、債権譲渡のみならず、債務者側も履行を他者にさせることが原則として自由(ただし履行されるまでは債務者が義務を免れるわけではない)と考えられているというのです。後者は、債務者が義務を免れないなら日本でも併存的債務引受はできるので同じじゃないかと見えますが、この理屈で不動産賃借人が転貸をするのも原則自由で、賃貸人の同意がない限り転貸はできないと定めても賃貸人は裁判所から転貸を拒否する合理的理由を求められるだろうとされています(344~345ページ)。当事者の自由を重視するアメリカ法は、弱肉強食の強者に有利な法制度だと考えられています(私はそう考えていました)が、債務引受/第三者による履行の自由を制約している日本法は「(債権者のために)一種の契約の絶対性を認めることであり、法が、債権者による債務者を支配する力をいっそう強めているのではないかという疑問が生じる」(345ページ注)と言われると、日本では賃貸借での賃貸人など強者の地位にある「債権者」の利益が偏重されているように思えます。ちょっと目からウロコの思いをしました。
 アメリカ契約法の内容や特徴について学ぶというより、契約をめぐる法のあり方、考え方を学び、思考訓練をするのによい本だと思います。

09.キリスト教美術史 東方正教会とカトリックの二大潮流 瀧口美香 中公新書
 ローマ帝国時代からその後の東ローマ帝国(ビザンティン)と西ヨーロッパでのキリスト教美術について解説した本。
 西ヨーロッパ諸国でのキリスト教美術が作者の創意工夫・独創性を持ちより自然で科学的な描写(遠近法等)をしているのに対し、ビザンティン美術では作者の独創性や人にとっての自然な視点を示すことが神の視点・絶対性を侵すものとして許容されなかった、「逆遠近法による美術は、画家が絵画の中に入り込んでその中を歩き回り、そこに描かれている人たちの視点から見えている物を描いた結果である」「あらゆる視点から網羅的にすべてを見通すというのは、神の目に他なりません」(74ページ)と説明されています(71~78ページ)。そうすると、複数方向からの視界を組み合わせたキュビズム(立体派:パブロ・ピカソ、ジョルジュ・ブラックとか)は、「神の視点」で東方正教会的だったのか…
 私は絵画はよく見るのですが彫刻類はあまり見ないので、この本で紹介されている昔(ローマ帝国とか)の石棺の装飾彫刻や象牙浮彫は初見でした。昔のキリスト教美術では彫刻の方がいい感じのように思え、もう少し彫刻にも注意を払おうかと思いました。

08.地震と火山の観測史 神沼克伊 丸善出版
 東大地震研究所で地震予知・噴火予知の研究、南極観測等に従事してきた著者が、研究の基礎になる地震等の観測の歴史について解説した本。
 歴史と名が付くものはそういう整理と語りがなされるものとも言えますが、地震の観測や地震予知についての「人」と「制度」「組織体制」についての説明、これは誰の功績だとか、いつどこどこにどういう組織が作られ、それがどのように変わっていったかという話が中心になっています。その中で誰がどういう病気で亡くなったとか、誰と誰は仲が悪かったとかいう話が書かれていて、それは業界の裏話として貴重な情報なのかもしれませんが、部外者の読者にはあまり興味が持てない話題じゃないかと思います。タイトルというか、このテーマでは、観測技術の発展、観測器のしくみやその観測器で何をどのように測定できる(できた)のか、そのデータをどのように用いて何を把握するのか、昔はどこまでが限界でそれがどのような技術の変化でどうなったのか、そういう歴史の方に重点を置いて書いて欲しかったと思います(そう期待して読み始めたんですけど)。
 著者の業界での位置・スタンスは私にはわかりませんが、先人・恩師は持ち上げつつ、同時代の人には批判が多く書かれています。特に「東海地震説発表者」に対してはかなり執念深く批判を続けていて、何か恨みがあるのかと思ってしまいます。そういう点でも通常の学術書とは違った趣の本でした。

07.図書館島 ソフィア・サマター 創元推理文庫
 文字のない辺境の島ティニマヴェト島西部の村ティオムの農園主の跡取り息子ジェヴィックが、オロンドリア帝国から流れてきた家庭教師ルンレにオロンドリアの言葉と文字を習い書に夢中になり、父の死後交易のために大都会ベインに向かったが、その船中で出会った難病患者の少女ジサヴェトの霊に取り憑かれオロンドリア内の権力抗争にも巻き込まれる形で長い旅と冒険に出ることになるというファンタジー小説。
 書物と物語の力をテーマとする作品で、さまざまな物語が作り出され、また情景やエピソードが作り込まれているのはわかるのですが、冒険譚ではあっても例えば指輪物語的な明るさはないということもあってか、難解な印象と長すぎるなぁという感想を持ってしまいます。読んでいて、乾石智子ワールドを連想しますが、その乾石智子が解説を書いていて、「難しい。面倒くさい。翻弄される」と評しています(524ページ)。
 ホタンと呼ばれる「何の地位もない貧しい一家」に生まれた少女の短い人生でも80ページもの物語になるというところが、そういった庶民の一人ひとりの人生にも価値があると見える提起が、庶民の弁護士を名乗る私には好感できるところです。もっともその「何の地位もない貧しい一家」という家庭にも召使いがいるところ、本当の庶民や貧困層は視野の外という気もしますが。
 指輪物語の頃ならいざ知らず、21世紀に書かれた作品としては、男社会の男たち中心の冒険で、ジサヴェトの回想でさえ父親は好きだが母親を軽蔑し続ける、こういう作品を女性作家が書くというのはいかがなものかと思いました。
 ファンタジーには付きものの地図ですが、登場する地名で地図に出てないものが多すぎる感じがします。巻末に編集部による用語集が付けられています(私がそれに気付いたのは解説まで読み終わってからで、そんなものがあるなら最初に言ってくれと思いましたが、戻ってみると目次に書いてありました)が、用語の意味の末尾が「か」で終わっているものも見られ、出版する側でも読み切れない作品なのだとわかります。

06.いきもの六法 中島慶二監修 山と渓谷社
 動植物の採取等についての法規制を解説した本。
 動植物の保護の観点からの規制と、地権者・漁業権者保護の観点からの規制を並列的に説明していますが、ほとんどの場合、具体的な規制の範囲はネットで調べたり行政庁に聞かないとわからず、処罰の危険性を強調していて、読んでいると要するに動植物に手を触れるなと言われているとしか感じられません。特別保護地区(尾瀬や上高地も含まれる)では落ち葉や木の実を拾っても違反となる(1年以下の懲役または100万円以下の罰金)(21ページ、28ページ)とか、森林の産物を窃取すると森林窃盗として3年以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられるところ「山菜なども含まれると考えられるが、具体的には定義されていない」(22ページ、49ページ)とか、天然記念物に指定された昆虫は「死んだ個体や抜け殻などを触ったり持ち帰っても違法になる可能性がある」(32ページ、41ページ)などというのは、とにかく何も触るなと脅しているとしか思えません。著者の意図が、あるいは立法者の意図が、自然保護にあったとしても、こういうやり方には疑問と反発を覚えます。
 地権者・漁業権者のために、潮干狩りは違法(24ページ)、砂浜に打ち上げられた海藻さえ漁業権が及ぶ(97ページ)と警告しているのは、自然保護の観点とさえ思えません。監修者が元役人だからということなんでしょうね。法律の規制に例外を多く設け、最小限にする必要が(理論的には)ある理由の説明では、個人の権利を尊重したり調整するためなんていう私たち法律家がふつうに考える説明ではなくて「もし裁判に負ければ行政の責任が問われるし、仮に違憲判断(略)が出されれば法律を改正したり廃止したりする必要も出てきます」というもっぱら行政サイドの都合、お上目線の理由だけが挙げられています(10ページ)。法律についての一般的な考え方の説明ですが、驚きました。まさにこの本の性格・体質を示しています。
 特定外来生物(こちらは保護じゃなくてむしろ駆除したい)を捕まえたとき、食べてもいいが、必ず採集した場所で締める(殺す)ことが必要で、生かしたままで自宅に持ち帰ってから調理するのは違法だとしています(86ページ)。生きたままでの運搬が禁止されているので、法解釈としてはそうでしょうけど、駆除したい外来生物を自宅に持ち帰ってから食べたら違法って、本気で言ってます? そういう法律を作って真面目な顔して議論するの、本当に馬鹿馬鹿しいと思いませんか。
 こういうことをやっている議会や行政、こういうことを書いている役人が、生物保護に役立っているのか、その疑問の方を強く感じる本でした。

05.ファーストクラッシュ 山田詠美 文春文庫
 父親の神戸の愛人が死んで孤児となった小学6年生の少年新堂力を父親が引き取って連れてきたために同居することとなった高見澤家の3姉妹、ひねこびた口の悪い次女咲也、お嬢様然として上品な長女麗子、活発で遠慮ない三女薫子が、それぞれに力に惹かれ思いを寄せる様を、それぞれの立場からの3部立てで描いた小説。
 イケメンで、立場を弁えて控えめに振る舞っているものの、さして力量も魅力もあるように感じられない少年に、死んだ愛人と夫の生活に嫉妬の炎を燃やす母親も含めて、女たちがことごとく魅了されていくというのは、冴えないおっさんの読者としては、何だこれという思いを持ちます。神戸に愛人を作って通っていた、その愛人の連れ子を妻の元に迎え入れる無神経な父親が存在感がなく顧みられないのは自業自得としても。
 母親が力に向ける視線を「他者の心の内で起こった感情の揺れが表情や仕草に浮き出るのを目撃するのって、その辺のドラマよりはるかに私をわくわくさせる」(33~34ページ)、「この種のことって、どんな遊びよりもおもしろい」(33ページ)という小学生の咲也。女子小学生ってこんなにおませというか大人びた興味を持っていたのかと、ちょっとビックリ/ドッキリ/ぞくりとしました。

04.ジョン・デューイ 民主主義と教育の哲学 上野正道 岩波新書
 19世紀後半から20世紀前半のアメリカで教育の分野を中心に活躍した思想家であるジョン・デューイの生涯を紹介した本。
 さまざまな領域でさまざまな著作・論文を書き、さまざまな運動に関わった、「行動する思想家」といった趣の人のようです。私は、はっきり言って、全然知らなかったのですが、日本でも「日本デューイ学会」というのがあって、この本の出版時(2022年7月時点)で約320人の会員がいるのだそうな(あとがき:245ページ)。
 学校を子どもが生活する場とする、「子どもが太陽となる」教育(36~39ページ)とか、異論を排除するのではなくそれについて公共的議論を促すべきであり「排除されるべき唯一のものは、議論を禁ずるドグマティズムと不寛容である」(229ページ)とかはわかりやすく、また非難されている人を擁護する活動(トロツキーとか、自由恋愛・離婚を認めるバートランド・ラッセルとか)も論旨明晰なのですが、この人の思想全般は、2項対立を昇華するとかいう話が多いこともあって、必ずしもよくわからない感じが残りました。
 いろいろなものに手を出して、妻アリスとともに女性の教育機会や女性の参政権の獲得を求める活動に注力した(71ページ)ということも紹介されているのですが、その人が1930年代(70歳台)に打ち立てたのが「コモン・マン」の哲学っていうのはどうよって気がします。

03.BAD KIDS 村山由佳 集英社文庫
 幼なじみで今はラグビー部のチームメイトの高坂宏樹に密かに恋愛感情と欲情を持ち続けるが、宏樹が死んだ兄の恋人だった葉山響子と交際を始めのめり込んでいったために宏樹を独占できなくなったことに不満を持ち続ける高校3年生の鷺沢隆之と、37歳の写真家との関係を清算したいと思いつつも吹っ切れずにいて、隆之の写真を撮り続け、問題行動をして度々停学になる写真部長工藤都が、互いの状況と心情を告白して、困難な状況に悩み立ち向かう青春小説。
 1994年に出版された作品の新装文庫版ですが、解説ではその訳を「この物語が、時代を超えて愛される魅力に満ちているだけでなく、今読まれるべきテーマを背負っているからだろう」としています(251ページ)。宏樹に向ける隆之の思いをそう言っているのかもしれませんが、1980年代にはもうBL(ボーイズラブ)はブーム化していたのですし、それが禁断の愛で打ち明けられない(カミングアウトできない)というのでは、もう今の時代に合っているように思えませんし、都と写真家北崎の関係など古くさく思えます。
 当事者の切ない気持ちは、素直に入れますが、今読まれるべきと力むものではない感じがします。

02.嫉妬/事件 アニー・エルノー ハヤカワepi文庫
 当初から共同生活を求めていた年下の30代男性に対して6年の交際を経て別れを告げながら、その男性が47歳の教師と暮らし始めたことを知るや、その相手を探索することに日常生活の多くを費やす数か月を送るという「嫉妬」と、中絶が犯罪であった1963年のフランスで妊娠した学生が中絶を実行するまでの憔悴、絶望、屈辱の様子を1999年に振り返るという「事件」のフランスではそれぞれ別に出版された2つの短編を組み合わせて出版したもの。
 「嫉妬」はストーカー的な愚かしい振る舞いをしてしまう、それも自分が振っておきながらそのような思いに駆られる人間の性を、どちらかといえば観念的に描いた作品です。
 「事件」は、むしろ、中絶の方法と費用の調達に苦しみながらそれでも軽はずみな行動や無駄遣いを止められなかったりする点で愚かしいとは言え、ふつうの学生が、中絶が禁止されていた時代には妊娠したということで遭遇し追い込まれる現実を描くことで、中絶禁止法制の、あるいはそれと同種の施策の問題点を示す作品です。
 2004年に出版されたこの本が、2022年に文庫化されたのは、作者のノーベル文学賞受賞にあやかったものでしょうか(発表は2022年10月6日ですから決まってからの出版ではありませんが)。ノーベル文学賞受賞者の作品にしては、テーマが身近で設定も展開も複雑でないこともあって、読みやすい作品でした。

01.誘拐屋のエチケット 横関大 講談社文庫
 「業界2位」と評価される熟練の誘拐屋として、政府関連とも考えられる秘密の組織からの依頼に従い職人的に黙々と誘拐を続ける田村健一が、なぜか組織からの指示で誘拐屋を目指す新人根本翼と組んで誘拐をすることになるが、その根本は口は軽い、誘拐対象に同情して世話を焼き余計な仕事を増やし続け、とても誘拐屋に向いておらず、田村は根本とは組めないと組織のエージェントに文句を言うが、組織は根本と組むことを指示し続け、田村は仕方なく根本に振り回され…という展開のサスペンス小説。
 短編連作の形ですが、それはむしろ全体のストーリーを意識させないためかと思われるほど、終盤の展開でそうか実はそういう作品だったのかと驚かされ、そこで前に戻ってみると、バラバラに見える話、思いつき的な余計なお世話に見えるものまでが、きちんと作り込まれていたのだとわかります。ミステリーという意識でなく読んでいるのに、読み終わるとできのよいミステリーを読んだように感じました。

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