庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

  私の読書日記  2022年12月

27.怪物の木こり 倉井眉介 宝島社文庫
 脳内にマイクロチップを埋め込んで人の感情や記憶を制御できる技術であるが倫理上の問題から使用が禁じられている「脳チップ」を埋め込まれているサイコパスの殺人鬼弁護士二宮彰が、鋭い牙と大きな耳の生えた怪物のマスクをかぶり手斧で攻撃してきた襲撃者に襲われて逃げ切った後復讐を決意し、他方で頭蓋骨を割られて脳を持ち去られた死体が次々と見つかって「脳泥棒」と呼ばれることとなった連続殺人犯を警察が追うというミステリー小説。
 プロローグと二宮サイドの展開で、読者には警察がたどり着けない犯人の狙いが序盤から察せられ、警察の動きをじれったく思い、またそこに一定の優越感を持たせるという手法なのかと思いますが、結局のところ、犯人が狙い犯行を遂げて行く過程はわかるもののなぜ連続殺人に至ったかという動機は今ひとつ説得力を感じず、そこに消化不良が残る感じがしました。
 傲慢で冷酷、平然と嘘をつき良心が咎めないという二宮の設定、作者はきっと弁護士が嫌いなんでしょうね。世間から弁護士がこういうふうに見られているのかも、と考えておくべきかもしれませんが。
 脳内にマイクロチップを埋め込んで人の感情や記憶を制御する技術が2000年にはすでに開発され実験が進んでいたという設定は、私が知らないだけかもしれませんが、不気味な、あるいは挑発的なものに見えます(カズオ・イシグロが「わたしを離さないで」で臓器移植のためのクローン人間の作成管理を過去の時制で描いていたように)。

26.辞めない社員の育て方 大久保俊輝 時事通信出版局
 千葉県内の公立小学校の教員・教頭・校長を務め、定年後大学で講義を持っている著者が、自らの教育実践等の経験に基づいて教育について論じた本。
 著者の経験に基づいて、小学生あるいは学生がやる気になる、生き生きと参加する授業の工夫であったり、校長等の経験によるリーダーのあり方などを述べているところは、実践的で説得力があると思いますが、それがタイトルの「辞めない社員」にどうつながるのか、そこに持っていく部分はちょっと観念的になり無理に言ってる感もあります。著者自身が3回辞表を書いた(あとがきにかえて:157~175ページ)というのですから、自分の実践が辞めない社員の育て方なんだと言われても説得力がありません。
 タイトルは気にせずに、後半の不登校の小学生たちを集めて富士登山をする試み(138~141ページ)とか、校庭に人力の伝統技法(上総掘り)で井戸を掘ってビオトープを作る試み(142~151ページ)などを読むのが、楽しげでありまた爽快感もあってよさそうです。

25.日本の気候変動5000万年史 佐野貴司、矢部淳、齋藤めぐみ 講談社ブルーバックス
 植物化石の分析研究等から推定される5000万年前以降の日本の気候の変動とその原因となったできごと等を解説した本。
 5000万年という超長期のスパンで見ると、活発な火山活動等によって現在よりも約10℃気温が高かった約5000万円前から長期的には寒冷化が続き、現在は間氷期の温暖状態であること、他方で産業革命以降の温暖化は極めて急速なものであることが説明され、私が子どもの頃に聞かされていた寒冷化の話と現在言われている温暖化の話が頭の中で整理された気持ちになりました。
 日本の気候が緯度のわりに温暖で雨が多く日本海側では雪が降る(雪が多い)ことは、強い暖流の黒潮が近海を通り、その支流の対馬海流が日本海を流れること、日本海が存在して高い山があるためにシベリア高気圧からの冬季モンスーンが大量の水蒸気をはらんで日本アルプス等に吹き込んで大雪となるというような地理的条件があるためであること、かつては日本は大陸の一部であったがそれがマグマのリフティング等によって次第に移動して島となり日本海が形成されたこと、黒潮が日本近海を流れるようになったのはインド亜大陸の移動に伴う1700万年前頃のインドネシアの地形変動(ボルネオ島の回転等)によりそれまではインド洋に抜けていた赤道付近の海流が北上するようになったためであること、寒冷化の原因は、約4000万年前に南極大陸がオーストラリアや南アメリカと完全に離れたために南極周極流ができて暖流が流れ込まなくなって氷床に覆われたこと、約450万年前にパナマ海峡が閉鎖された(パナマ地峡がつながった)ためにメキシコ湾流がヨーロッパまで流れて大量の水蒸気を運びそれが偏西風によってヨーロッパ北部・シベリアに雨や雪を降らせてその真水が北極海に流れ込んだために北極海が凍結するようになったこと(パナマ仮説)などが説明されています。気候が地形に左右されること、大いなる自然の不思議に気付かされました(風が吹けば桶屋が儲かる的な印象もありますが)。

24.住民課のシゴトver.2 住民窓口研究会編著 ぎょうせい
 市区町村役場内で住民と接する機会が多く役所の顔とも言うべき部署である住民課に配属された地方公務員向けにその業務内容を解説した本。
 弁護士業務上は、戸籍と附票、住民票の取り寄せが必要になることが多いのですが、個人情報保護の要請というか風潮から、さまざまな制約が課されるようになり、特に住民基本台帳業務は「自治事務」とされて各市区町村役場の裁量が大きい(36ページ、38ページ)ため独自の対応をされることが増えています。破産者から金を巻き上げた相手に返還請求するためにその相手の住民票を破産管財人として請求したら拒否する自治体があって驚きました。通常の弁護士としての職務上請求(事件依頼の遂行のための請求)なら出すが、破産管財人は破産者の依頼によるものではないから拒否するというのです。何が根拠だと聞いても、市としての判断ですと言い張られ、裁判所(破産部)の調査嘱託で取りましたが、こういうの、どうにかして欲しい。
 2022年1月11日以降は、戸籍の附票は、本籍と筆頭者氏名を省略して交付するようになったとか(89ページ)。戸籍の附票は、実際上は先に戸籍(謄抄本)自体を取らないと取れない(請求書の記載事項がわからないため)ので、意味はないですが、いろいろうるさいことが増える傾向ですね。2014年6月20日以降に消除された住民票(除票)と戸籍附票(の除票)は保存期間がかつて5年だったのが150年(!)になり、5年経過した後も取れるようになった(77~78ページ)というのはありがたいですが。

23.死にゆくあなたへ 緩和ケア医が教える生き方・死に方・看取り方 アナ・アランチス 飛鳥新社
 ブラジルのサンパウロ大学病院等で緩和ケア医として働く著者が、自分が緩和ケア医となった経緯や死生観、人生観等についてTED(ちょい悪のテディベアの映画ではない。念のため)で行った講演を取りまとめて出版した本。
 講演集なので、全体を貫くストーリーはありませんし、首尾一貫したものともいいがたいところがあります。講演集だということが最後の訳者解説にしか書かれていないので、前から順に素直に読んでいると、次第に何なんだこれは、と訝しく思えてきます。タイトルや最初の方の記述から、緩和ケア医としての臨床経験から緩和ケアのあり方や末期癌患者たちの現実の姿が書かれているのだろうと思ったのですが、後半は概ね、より抽象的・観念的な哲学が語られているように見えます。
 緩和ケア医として、「私の役目は、ただそこにいること」といい(81ページ)、患者について「少しでも死を意識すると、時間の感覚は大きく変わります」「死に直面したとたん、人は自分のことを即座に理解し、行動を起こせるようになります」(72~73ページ)とか、そこに「いる」ことの大切さ(86ページ)というのは、哲学的でありつつも臨床的にも見えます。しかしSNSで暴力や偏見を煽ってる人は「生ける死者」(82ページ)とかは、当否は別として、緩和ケア医としての経験に関係ない意見でしょう。
 著者によれば、よく生きるための最も簡単な秘訣は、感情を表す、もっと友人と過ごす、自分を幸せにする、自分のための選択をする、人生に意味をなすために働き、仕事を目的にしないことの5つを心がけることだそうです。心の欲するところに従えども矩を踰えずと行ければよいのでしょうけれども…

22.伝わる短文のつくり方 「言語化のロジック」が身につく教科書 OCHABI Institute ビー・エヌ・エヌ
 コピーライターの心得のようなことを比較的短い文章とイラストで語った本。
 商品を買ってもらうための宣伝でのキャッチコピー作成を念頭に置いたもので、短文の作成、考えを短文で表すこと一般を扱ったものではなく、またキャッチコピー作成に関しても作成のテクニックに触れるところはごくわずか(104ページと138ページのコラム2つくらい)である上に、それもありきたりで、そうかそうすればいいのかと思うようなものではありません。
 「言語化のロジック」が身につくというのも「教科書」というのも、しっくりこない感じです。
 コピーライターになるには、あるいはキャッチコピーを考えるには、こういうことも考えておいた方がいいねというくらいの読み物という位置づけかと思います。

 私のFacebookページ(https://www.facebook.com/profile.php?id=100088819815220)を作るにあたって、この本も念頭に置きつつ、キャッチコピー案を考えてみました。
1.会社と闘うとき、思い出してください
2.会社と闘いたいときがある
3.闘う準備、できてます
4.それは解決できない悩みですか
5.この紛争、どう解決したいですか
6.納得できないとき、闘いますか、諦めますか
まわりの意見を聞き、いろいろ考えた末、4にしました。
「伝わる」でしょうか…

21.紙鑑定士の事件ファイル 模型の家の殺人 歌田年 宝島社文庫
 自然堂紙パルプ商会という会社から独立して取引先と見込んだ出版社の社屋に近い西新宿に「渡部紙鑑定事務所」を名乗って事務所を構えたがその会社も移転してしまい、紙納品の仕事を探して外回り営業に明け暮れていた渡部圭が、「神探偵」と誤解した若い女性から同居中のカレシが作っている模型のジオラマをヒントに浮気調査を依頼され、その調査から派生して受けた別のジオラマの調査から失踪調査と殺人事件に巻き込まれて行くというミステリー小説。
 主人公の渡部圭の仕事は、ごく普通に考えて、紙類専門商社というべきもので、「紙鑑定」は商売にならないし、このミステリーでの調査にもほとんど役立ちません。余談・世間話的に紙についての蘊蓄が語られ、それ自体は興味深く読めますし、この作品の売りであろうとは思うのですが、主人公に「紙鑑定士」を名乗らせるのも、タイトルにそれを付けるのも場違いだと思います。タイトルは版元のマーケティング戦略によるところが大きいと作者が言い訳していることが解説で紹介されています(363ページ)が、作品の設定で「渡部紙鑑定事務所」「紙鑑定士」の名刺を持たせている(9ページ)のですから、出版社のせいとも言えないでしょう。
 なぜか次々ヒントが知らされるのを慌ただしく追っていく、例えばダン・ブラウンのラングドン教授シリーズのようなことを紙オタクと模型オタクがやる、みたいな印象です。
 前半から主人公の心情面で登場する(23ページ等)真理子と、主人公の真理子との関係も、後半に真理子が実際に登場すると、微笑ましくはありますが、前半でイメージさせたのとは違う感じです(読者の期待・予想とは異なっていると思います)。
 それらも含めて、ちょっと落ち着かない感じが残りました。

20.図解即戦力 SNS担当者の実務と知識がこれ1冊でしっかりわかる教科書 広瀬安彦 技術評論社
 企業・事業者が自社の広報・認知度拡大・優良顧客の育成・顧客ニーズの把握等のためにSNSを利用する際の担当者が知っておくべきことなどを解説した本。
 SNSを個人利用している側からは見えにくい、SNSを利用している企業ができること(入手できる個人情報とその利用法など)、企業側が考えていることなどが読めて、そういうこともあるのかと勉強になりました。
 Facebookページ(普通のアカウントとは違う基本は企業用のもの)って、自由に無料で作れるんですね。LINEの公式アカウントも(認証済みアカウントにするためには審査が必要で、それはそれなりに厳しそうですが)。
 私もFacebookページ、作ってみました(↓)。
https://www.facebook.com/profile.php?id=100088819815220

 ところで…炎上に対する法的措置の検討のところで、「一般的には、被害を受けた証拠を揃えて裁判所で告訴の手続きをしなければ、警察による捜査が始まりません」(120~121ページ)って…告訴は捜査機関(警察か検察)に対してするもので(刑事訴訟法第241条)、裁判所に告訴しても受け付けてくれません。SNS担当者は投稿に際して法務部門のチェックを受けろと書いている(70~71ページ)のに、本を書くときには法務部門のチェックを受けないのか、まさか野村総研の法務部門は告訴先さえ知らないのか…

19.フリーランス&個人事業主のための確定申告[改訂第17版] 山本宏監修 技術評論社
 個人事業主のための会計と確定申告の基礎的な知識を説明し、青色申告や法人化のメリット等を解説した本。
 自分で確定申告をしている身には、すでにしていることの確認ですが、法人化のメリットで、同じ収入で個人事業主のままの場合と法人化して利益を全額給料としてもらったときの税額の違い(実質は事業所得への課税と給与所得への課税の違い)を数字にされると、個人事業主がいかに虐げられ搾取されているか、言い換えれば給与所得者がいかに優遇されているかを改めて感じます。給与所得者には給与所得者が損して個人事業者が得しているという妄想を持っている人が多いですが、それは所得を隠せる、つまり不正(脱税)をすればということで、正直に申告している個人事業者には給与所得者の優遇ぶりは垂涎の的です。年間所得400万円で法人化して利益を給料としてもらう方が税金が安くなり、所得1000万円だと54万円、1600万円だと100万円の差が出るそうです(225ページ)。
 必要経費の費目(勘定科目)の説明で、名刺や年賀状も広告宣伝費と書かれていて(230ページ)、そうなんだと思いました。私は名刺は消耗品費、年賀状は通信費にしているのですが。もっとも、巻末付録の一覧表では、名刺作成費は消耗品費(事務用品費)とされていますけど(254ページ)。この巻末付録の「勘定科目と控除の早見表」で、出張での食事代が旅費交通費とされています(244ページ、245ページ)。出張しなくても食事はするので、私は、依頼者に請求したことも、またそれを経費として申告したこともありませんが、それ、経費にしていいんだ? さらに大きな驚きは、出張日当も旅費交通費にされていること(244ページ)。いや、個人事業主の出張日当って、払う方じゃなくてもらう方でしょ。この一覧表でも配当とかの支払を受けたのは「所得」になっています。もし個人事業主が従業員に出張させてその従業員に日当払う場合を言っているのなら費目は当然給料賃金ですしね。大丈夫か、これ?と思ってしまいました。
 経費の偏りがあると税務署にチェックされる可能性が高くなるので高額になる費目は一部を抜き出して自分で別の費目を作れ(インターネットサイトに払う情報利用料は通信費ではなく新聞図書費とか諸会費にする、オフィス用品は消耗品費とは別に事務用品費を作る等:230ページ、232ページ、235ページ)というのは実務的な助言なのでしょうけど、そういうもんなんですかねぇ(姑息な感じがする)。

18.女の敵には向かない職業 水生大海 光文社
 田舎町の勤務先の会社が倒産して失業し女性誌に投稿した漫画が「努力賞」に入って付いた担当編集者に東京で住み込みのアルバイト先がないかと頼み込んでいたところに中学の頃から憧れていたファンタジー系マンガ家の篠宮香蓮のアシスタントが辞めたといわれてアシスタントになった30過ぎの葛城彩華が、仕事場で上から目線で口を出してくる香蓮の双子の弟でマンガ家の神薙志門と対立しながら過ごすうちに、篠宮香蓮のボツ原稿が個人売買のサイトに流出し、激高して犯人捜しをする神薙に疑われ、SNSで情報が拡散し暴走するファンによるとみられる事件に巻き込まれ…という展開のサスペンス仕立ての小説。
 神薙は、才能があり根強いファン層を持つ双子の姉香蓮を羨み、優位に立とうとし、また香蓮を利用して自分を売り込もうとするなど、実力不足なのにそれを自覚せず偉ぶる器の小さい勘違い男と描かれていますが、自分の才能を過信し真剣に努力せずにいる勘違い系としては葛城も似たようなものに、私には見えます。神薙の欠点は、マンガ家としてということではなくて人間としての欠点で、それを「女の敵」というレッテルを貼ったり、ましてやマンガ家としての欠点ということでもないのに「向かない職業」というタイトルのセンスは、疑問に思えました。

17.ヤドカリに愛着はあるが愛情はない 石原千晶 海文堂出版 北水ブックス
 オス間闘争を中心としたヤドカリの行動生態学を専門とする著者の主として学生・修士・博士課程でのヤドカリ研究の経緯を綴った本。
 タイトルは、ヤドカリ研究をしているからヤドカリ好きなんでしょと「誤解」されている著者が、自分はヤドカリに対して愛情は持っていないと宣言する趣旨だそうです(はじめに)。ヤドカリが交尾相手や貝殻に対して愛情を持たないという趣旨かと誤解して、そんなのどうやって確かめたんだろうという興味で手に取った私にはちょっと残念でした。
 ヤドカリ研究者の業界では、ヤドカリの貝殻選択、貝殻闘争が中心的なテーマで、交尾のためのオス間闘争はほとんど研究例がなかったとか。その研究のために、交尾前にメスを鋏で貝殻部をつかんで持ち歩くという性向のあるヤドカリのペアを捕まえてはガードを外して他のヤドカリとペアリングさせたり、使わない片割れはペアから引き離して放置したりと、ヤドカリの恋路を邪魔することにかけてはかなり経験を積んだと、著者は自負しています(はじめに)。
 海外の論文査読者から倫理面で問題視されたことが記されていますが、確かに、ヤドカリ好きの人が読んだらヤドカリがかわいそうで耐えられないかもしれません。
 著者はすでに博士課程修了から6年を経ていますが、この本ではほぼ博士課程までの研究しか触れられておらず、その後の研究成果が紹介されていないのはどうしてなんでしょう。

16.なぜその地形は生まれたのか? 自然地理で読み解く日本列島80の不思議 松本穂高 日本実業出版社
 日本の各地の地形について、その成り立ちを解説した本。
 対象とする地形80箇所の選択は、「選定にあたっては、私が実際に見て感銘を受けたものという前提があります」(おわりに)ということで、有名な景観等が多いのですが、全然知らなかった場所もあり、むしろそういうところが興味深く読めました。
 それぞれについて見開き2ページで、右ページに日本地図上の所在、左ページに原則として写真2枚と周辺のレリーフ(浮き彫り)タイプの地図を掲載するという構成が取られています。写真と地図があるのはいいのですが、「なぜその地形が生まれたのか」という説明の理解のためには、プレート運動や断層運動、噴火やマグマの噴出、地下水等の影響を説明するならば、断面図等に力や流れを書き込んだり、風や多雨、降雪などの影響の場合も断面図や鳥瞰図にそれらを書き込むなどして、そういった説明図というか概念図を1枚付けて欲しいところです。1項目見開き2ページに収めるには辛いところかもしれませんが、その図1枚のあるなしでわかりやすさが全然違ってくると私は思います。そこがちょっと残念だなと感じました。

15.特許やぶりの女王 南原詠 宝島社
 かつてパテントトロール(自分では事業をする気がない製品の特許を取り特許権侵害だと他の企業にぶつけて金をせびる組織)の側にいたが、中国人弁護士の姚愁林と2人で特許権侵害の主張を受けた企業を守る側の事務所「ミスルトウ特許法律事務所」を開設した弁理士大鳳未来が、人気絶頂のVTuber天ノ川トリィの撮影システムが特許権侵害だという警告を受けたプロダクションの依頼を受けて相手方との交渉に臨むというサスペンス小説。
 作者は元エンジニアで現役の弁理士ということで、CGの撮影技術と特許に関する細部にわたる説明が読みどころです(選評で「話が専門的過ぎ」:265ページ、「唯一の難点が、法律の説明の難解さ」:266ページなどと書かれていますが、いやそこが売りだろうと、私は思うんですけど)。さらに、私の僻目かもしれませんが、弁護士業界で若手に人気の知財領域の業務が、発明者の権利を正しく守りましょうなんていう「清く正しい」ものではなく、現実にはドロドロしたビジネスなんだということが描かれているところが、私には楽しめました。そのあたり、さすが現役の弁理士のなせる技と感じました。

14.小麦の法廷 木内一裕 講談社文庫
 弁護士になったものの就職先もなく事務所を持つ資金もないため「ケータイ弁護士」と呼ばれるフリーランサーとなった25歳の新人弁護士杉浦小麦が、母の知人から依頼された行方不明の相続人捜しと、国選弁護で拾った何の問題もない簡単な事件のはずだった傷害の自白事件に翻弄され奔走する弁護士エンタメ小説。
 行方不明の相続人を見つけて2億円の価値がある不動産を売却するという依頼を、報酬金は売却益の25%というのは、ずいぶんとふっかけたものです。新人にしてそんな請求をするのは度胸があるなぁと、私などは思うのですが、意外に最近の若手で高い報酬を取るケースも耳にします。弁護士を増やして競争を激化させれば報酬が安くなると、司法改革を推進した人びとは目論んでいたようですが、必ずしもそうはならないところは、むしろ爽快感があったりします。
 序盤で、小麦は、弁護士倫理上こんなことが許されるのかと悩む姿を見せますが、後半では明らかにやっちゃいけないことを平気でやっています。父親とともに、アウトロー弁護士というか、「ちょい悪」を超えた、ずぶとい「悪」弁護士、でも憎めないというキャラクターで押してゆく作品かと思います(おそらくシリーズ化)。

13.だからフェイクにだまされる 進化心理学から読み解く 石川幹人 ちくま新書
 フェイクに惑わされてはいけないといっても、フェイクは人間の本性に由来する問題でありフェイク情報への対抗は容易ではないことを理解した上でフェイクに対抗する技術を磨いていく必要があると論じる本。
 人間が騙されやすいのは、人類が(地球の寒冷化により森林が縮小し)森林からサバンナ(草原)へと生活の拠点を移したおよそ300万年前から1万年前までの「狩猟採集時代」に、協力生活の必要上、周囲の人の言うことを信じた方が集団の協力が進み生存に有利であったことから、聞いた話はまず本当だと思う「真実バイアス」を抱くようになったが、現代では社会状況が変化しそれがミスマッチとなっているためということが、著者の主張・説明の根幹となっています(44~48ページ、53ページ、54~55ページ、175ページ等)。
 門外漢の素人がこういうことを言うのは恐れ多いことかとは思うのですが、私が基本的に疑問に思うのは、他人の言葉を信用するかとか、思想的な態度・傾向というのは、遺伝するのか、あるいは周囲の言葉に対応する行動パターンや思想傾向は遺伝子に組み込まれている「生来的」なものなのかということです。それが肯定されるのであれば、生存に有利な行動パターンや思想傾向を持つ者が多く生き延びて生殖の機会を持ち人類の多くを占めるに至ったという説明が可能でしょう。しかし、それが遺伝しない、行動パターンや思想傾向は成長の過程で形成される、遺伝との関係でいえば「獲得形質」であれば、それが有利な環境が続いている間は生存に有利な集団内の文化・伝承により構成員が後天的に学ぶことで継承されても、人類の生存環境が大きく変化すればその傾向は継承されないはずで、「ミスマッチ」は生じない(生じても広範囲・一般的にはならない)はずです。「進化心理学」では、他人の言うことを信じる傾向や他人との協力関係を優先する傾向は遺伝する、遺伝子に組み込まれた生来的なものだと考えているのでしょうか。

12.スウェーデンのフェアと幸福 福島淑彦 早稲田新書
 スウェーデンの社会・政治制度を紹介し、その情報収集と公開の徹底ぶりなど社会の透明性と、税金の高さとその税金の使途等の監視と公開、社会保障の充実と漏れない支給ぶりを説明した本。
 教育の無償(学費は無料、返還義務のない奨学金等)、年金で十分に安心して暮らせる老後、保育所は4か月以内の入所を国が保証など、スウェーデンの社会保障制度は、それが高い税金とセットであることを踏まえても、いつ聞いても羨ましく思います。情報公開の徹底と少数者が生きやすい社会も、数字の上では税金が低い国とされながら現実には個人には/あるいは個人事業者には消費税や(個人事業者にはさらに個人事業税も)社会保険料(特に医療保険)も合わせればむしろ高課税でありながら社会保障が貧困で老後の安心はほど遠く、とりわけ安倍政権以後情報公開が後退し(開示資料はたいてい真っ黒の「のり弁状態」、都合の悪い資料は保管していないと言い放つ)、都合の悪い報道には平然と圧力をかけ、統計さえ改ざんし、税金はお友達企業の儲けを優先して使い困っている個人には手を差し伸べることはなく、どんな腐敗が発覚しても決して首相は辞めないという日本の政治・社会とは比較するまでもなく溜息が出ます。
 それはさておき、スウェーデンの憲法って、統治法、王位継承法、出版の自由に関する法律、表現の自由に関する法律の4つの基本法によって構成されているんですね(48ページ)。スウェーデンの法律を解説した本をあまり見たことがないので知りませんでした。
 著者は日本からスウェーデンに来て暮らし始めると、①初めはスウェーデンの良いところばかりが目に付き好意的に評価し、②しばらくすると悪いところや不便なところが目につき始め批判的になり、③その後両面を理解するようになるが、多くの人は①か②で日本に帰国してしまい、4、5年滞在している日本人は②が多かったという印象を持っているとしています(204~205ページ)。日本と比べてスウェーデンの不便なところや不快なところを挙げたら切りがないというのですが、そこで紹介されているのは日照時間が極端に短い暗い冬のことくらいです。そんなに陰鬱で辛いものなのでしょうか。
 この本では、パーソナルナンバーに紐付けられた情報収集と利用の徹底が課税逃れを初めとするさまざまな不正を許さず他方で社会保障等の漏れない給付(申請しなくても行政が状況を把握しているので自動的に支給される)の前提となっているとして、肯定的に評価しています(スウェーデンの人びとも概して好意的に評価しているとされています)。日本のような不透明で恣意的な政府とは違うとしても、行政に徹底的な情報収集を許し、個人が管理監視されることには、私はやはり抵抗を感じます。生活の保障と安心の魅力を取ることで、権力からの自由を失ってよいかは、なお考えざるを得ないと思います。

11.なぜあなたは自分の「偏見」に気づけないのか 逃れられないバイアスとの「共存」のために ハワード・J・ロス 原書房
 人種・性別・宗教・性的嗜好等に関する差別的な行動パターンが今なお繰り返されることの原因を(意図的な差別主義者の言動は別として)人が持つ無意識のバイアス(偏見)によるものと分析指摘し、バイアスへの気づきとそれを意識した行動を求める本。
 人が見知らぬ相手を外見・外部に表れた徴表から瞬時に評価判断することは、生存に欠かせない基本的な機能として脳に組み込まれたものだということが、まず解説されています(38ページ、64~65ページ等)。特定の類型的な情報を選択して注視して判断することは、日常でも、また専門的な仕事や趣味を効率的に行うためにも有用だとも(96~97ページ)。
 そして、優位集団に属している者は、その判断における偏見に気付く必要がないので容易に気付かず(100ページ)、自尊心の高い理性的な人ほど自分は公正に振る舞っている、偏見などないと思い続け(54~55ページ)、他方、非優位集団に属している者は他者の些細な振る舞いに気付くことが日々の生存に欠かせないので敏感に感じ取る(99~100ページ)と説明されています。
 バイアスを是正するために研修プログラムで、いかに苦しみ傷ついてきたか、虐待受けたという話を聞かせることは逆効果で非優位集団の人との感情的な溝が拡がるだけでまったく効果がないとされています(224ページ)。偏向していると夢にも思っていない者に対してその偏向を非難しても相手は心を閉ざすだけというのです(277ページ)。偏見は(生存やルーティーンの判断のために)脳にプログラムされているもので誰にでもあり避けられない、従って自分にも当然あるということを認識した上で、だから仕方がないと開き直るのではなく、自分の判断や今相手に持った感情がどこから来るのか、偏見ではないかと立ち止まって考える、また偏見に基づく直観的判断で突き進まないようにさまざまな場面で意識的に検討できるような手立てを準備しましょうというのが、著者のアドバイスになるようです。
 ごもっともな指摘であり、自分を振り返り心がけるべきこととしては、そうだなぁと思うのですが、その偏見に基づく行動(差別、ハラスメント)が裁判の場で問われる場合の対応が業務の1つである者としては、なかなかに悩ましいところです。

10.ソクラテスからの質問 「価値は人それぞれ」でいいのか 根無一信 名古屋外国語大学出版会
 「いつどこで誰が聞いても絶対感動する歌」はあるかというような100%全員が一致して賛同する価値を持つものは存在するかという問い、「美味しい料理が美味しいのはなぜか」といったようなものごとの真の原因(理由)は何かという問い、この2つの問いに答えることをテーマとした哲学の入門書。
 著者は、前者の問いについて、自分が誰もが感動するに違いないと確信している歌を学生約100人に聴かせたが感動したと答えた学生は約80人にとどまった(その80人という数字が学生の著者への遠慮・忖度により水増しされたものではないかを検討もしていないあたり、吟味し続けるのが哲学者だというこの本の主張が実践されているのか疑問に思えましたが)ということを、1名でも反対するなら他の全員に当てはまると言えないと考えつつ、他方でこの約20名はよさに気付いていないだけだ、彼らは何がいい曲なのかということがまるでわかっていないのだとも考えるとしています(30~33ページ)。この例に見られるように、この本の中で、前者の問いは、現実に感動したかという問題(事実)と、本来は感動すべきものであるという問題(価値観)をそのところどころで使い分けているというかごっちゃにしてわかりにくくしているように思えます。
 そして、著者の解説するソクラテスは、知っていること等の概念を通常世間で考えられているのとは異なる極端な現実には不可能なような定義をし(知っているということは実行できるということ、実現できないならば知らないということ等)、それにより相手の主張を否定しつつ、自らが問われれば、自分は無知であるが無知であることを知っている、真実を知ることに向けて吟味し続けることが大事であるということで、端的にいえばどんな主張に対しても反駁否定できるメソッドであり、著者の解説するプラトンは、後者の問いについて料理が美味しいのは「美味しさのイデア」があるからであると答え、そのイデアはむしろ標準的な概念でそれは人が生来的に知っている、思い出せないだけで答は自分の中にあると禅問答のように答えることで、端的にいえばどんな答えもイデアが宿っている、それにあなたは気がついていないだけだと言い張ることで正当化できるメソッドであるように思えます。著者は、ソクラテスとプラトンを、差別主義やホロコーストを支える思想も価値があり尊重しなければならなくなるリスクをはらむ「相対主義」への反論の可能性を切り開くものと評価していますが、その議論自体も観念的な自己満足に陥りかねないように思えますし、著者の議論自体がまた新たなリスクをはらむようにも思えます(著者自身その危険も指摘してはいますが:172ページ等)。
 この本は、「ネム船長の哲学航海記Ⅰ」とされ、3冊のシリーズにすると予告されています。

09.基本判例から民事訴訟法を学ぶ 長谷部由起子 有斐閣
 民事訴訟法学上の論点について、主要な学説とその論拠、問題点を概説し、主として最高裁判例を紹介して裁判実務を示し、その当否や残された問題について「課題」を提示するという体裁で解説した本。
 民事訴訟法上の問題は、ふだんあまり考えないんですが(大半の事件では、民法とか、労働事件なら労働契約法とかの「実体法」レベルのことで決着が付くので)、ときどき、あーそういう問題があるのかというように出てくることがあります。弁護士としては、そういうときの備え/嗜みとして判例を読み込むことはとても勉強になります。
 原子炉設置許可処分の取消訴訟において「被告行政庁がした右判断に不合理な点があることの主張、立証責任は、本来、原告が負うべき」であるのに、安全審査に関する資料をすべて被告行政庁側が所持していることを理由に、「被告行政庁の側において、まず、その依拠した前記の具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、被告行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づき主張、立証する必要があり、被告行政庁が右主張、立証を尽くさない場合には、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認されるものというべきである」とした伊方原発訴訟最高裁1992年10月29日第一小法廷判決について、著者自身は「微妙です」「従来の主張・立証責任の理論とは異なる考え方」とし、学説上評価が分かれるとしつつ、批判的な見解が多数紹介されているように感じられます(137~143ページ)。スモン訴訟で東京高裁1974年4月17日決定が別の裁判で別の患者(被害者)から損害賠償請求されている医師の補助参加を認めなかったことについて批判的な見解を述べている(275~276ページ)ことも合わせ、著者は、裁判所が原発訴訟を起こす周辺住民や薬害訴訟の被害者を利するような(国や医師の利益を制限するような)判断をすることには批判的/敵視する姿勢を持っているように見えるというのは、私の偏見/僻目でしょうか。

08.シャドウワーク 佐野広実 講談社
 DV夫の暴力を受けて救急搬送された病院で出会った看護師間宮路子に紹介されて江ノ島の民間シェルターに逃げ込んで家主の志村昭江の下で同様の境遇の3人の女性たちと共同生活を送る宮内紀子と、警察庁捜査2課のエリートの夫からDVを受けて告訴したために飛ばされた館山警察署で海岸に流れ着いた女性の腐乱死体を自殺処理されたことに納得がいかず調べ続けて上司の不興を買っている刑事北川薫が、物語の進展に従い交差するに至る展開のサスペンス小説。
 DV被害の深刻さ、凄まじさを訴えかける作品なのだとは思いますし、一般読者にはある種溜飲が下がる部分はあると思います。しかし、DV被害者の支援・救済に取り組み、シェルターの運営やサポートに携わっている人たちは、この作品をどんな気持ちで読むのかなぁと、そこが気になりました。

07.人間みたいに生きている 佐原ひかり 朝日新聞出版
 中学生になった頃から物を食べることに嫌悪感を覚え、水以外の物を口に入れて咀嚼・嚥下することが苦痛で人前では食べつつ隠れて嘔吐している高校2年生の三橋唯が、クラスメイトから小3の弟が言っていたという近所の古い洋館に吸血鬼が住んでいるという噂を聞き、単身その洋館を訪ね、施錠していなかったのをいいことにそのまま上がり込み、そこに暮らす泉遙真がパック入りの人血を飲んでいるのを目撃し…という展開の小説。
 食べ物はすべて死骸だ、「それ全部死骸を加工したものですよ。命毟って弄ってぐちゃぐちゃにしてこねくり回したものを口の中に、体の中に入れるなんて気持ち悪い!」「私はそれが嫌で、苦しくて、おぞましくて」(30ページ)というのですが、そんな頭でっかちの観念的な「原因」で食べられなくなる人なんているのかという思いが、この作品の設定・前提を受け入れにくくしているように思えます。そして、自分が世の中で一番不幸で他人は何一つ悩みを持っていないか自分より軽い悩みしかないと考え、他人の家に上がり込み勝手に居つき禁止されたことも平気で無視し、それでも自分は許されてしかるべきと思っている主人公のあまりの視野の狭さと傲慢さも、作品世界に入り込めない要素になっている感じがします。読んでいる間大部分を、話者である主人公ではなく、その相手方の他者の心情の方に寄り添いながら読んでしまいました。

06.ワンダーランドに卒業はない 中島京子 世界思想社
 著者が子どもの頃に読んだ本を読み返し、その中で大人になって読み返して書いてみようという気持ちを起こさせた18作について語ったエッセイ。
 取り上げられた本は、「クマのプーさん」&「プー横町にたった家」、「銀河鉄道の夜」、「点子ちゃんとアントン」、「宝島」、「ハックルベリ・フィンの冒険」&「トム・ソーヤーの冒険」、「秘密の花園」、「鏡の国のアリス」、「ライオンと魔女」、「だれも知らない小さな国」、「ピノッキオの冒険」、「あしながおじさん」&「続あしながおじさん」、「ピーター・パンとウェンディ」、「モモ」、「二年間の休暇」(十五少年漂流記)、「小さなバイキングビッケ」、「ふくろ小路一番地」、「トムは真夜中の庭で」、「ゲド戦記」。読書好きであってもその読書経験はやはり人それぞれで、私が読んだことがあるのは半分くらいで、それも子どもの頃に読んだとなると3~4冊くらいです。どれくらい、「そうそう」と子ども時代も含めた共感と郷愁に浸れるかはさまざまでしょう。1冊だけ選ぶなら「宝島」だ(53~54ページ)というのも、賛否両論百家争鳴でしょうし。
 著者が、最終章に「ゲド戦記」を選んだ(201ページ)ところで触れているように、子どもの頃にすでに「名作」としてあった作品群には、男の冒険で女は閉め出されている、有能な女性も職業人としての活躍が想定されず専業主婦になっていくことなど、今読む者には違和感を持たせるものが少なくありません(206~209ページ。ナルニア国物語について93~94ページ)。私も、かつて小学生だった娘に童話を読み聞かせていて疑問を持ち、「女の子が楽しく読める読書ガイド」というコーナーをつくっていて、「ゲド戦記」や「ナルニア国ものがたり」について同様のことを書いています。
 著者が提起する問題意識や感想に、自らの読書の記憶と照らし合わせて、いろいろな思いが湧いてきて、それでまた読書の意欲をそそられる、そういう点が楽しい本だと思います。

05.ライオンのおやつ 小川糸 ポプラ社
 幼いときに両親を失い、母の双子の弟にあたる叔父に育てられ、叔父が結婚する際に一人暮らしを始めたが、末期癌で余命幾ばくもなく33歳で死ぬことがわかり、叔父に知らせないままに、瀬戸内海の島にあるホスピス「ライオンの家」に入ることにした海野雫の日々の様子を描いた小説。
 広い部屋、清潔なベッド、規則の制約はなし、優しいスタッフ、突然飛び込んできてなついた犬、おいしい食べ物…と、至福の思いをし、感激し幸福感に浸る主人公。難病もの、余命数か月ものの多くは、主人公が我が身に襲いかかった不条理を嘆き恨みふてくされる状況を描くことに紙幅を費やしますが、この作品はそれはわりとさらりと収めて、雫の幸福感を前面に出しています。こういうことなら、闘病など止めて緩和ケアのホスピス生活もいいかもと思えてしまいます。そういうところが新しい感覚でした。ホスピス業界の宣伝かもしれないし、実際にこんなことが期待できるものかには疑問がありますが。
 後半は病状が悪化して衰弱していく様子が描かれるのですが、前半の幸福感が人生観を変えたということか、感謝の気持ちで語られます。衰弱と死がテーマなのですが、全体を通してどこか清々しい読み物です。叔父が述懐するように、雫がいい子過ぎると感じ(叔父はもちろん、雫の健気さに涙しているわけですが)、物足りなく思う向きもあるかもしれませんが。

04.記者がひもとく「少年」事件史 少年がナイフを握るたび大人たちは理由を探す 川名壮志 岩波新書
 戦後の主な少年事件を採り上げ、それに対する社会の受け止め方、司法の対応などの変化を論じた本。
 1997年の神戸連続児童殺傷事件を機に、少年事件を抑制的に扱うのではなく大きく報道するようになり、加害少年の生い立ち等を掘り下げて貧困や虐待に目を向ける報道は影を潜め、加害少年は特異で極端な存在とされ、被害者側にシフトした報道がなされるようになったという分析が示され(第6章、214~216ページ)、現在では「加害者が少年であろうと、成人であろうと、起こした結果がすべて。その責任は個人が負わなければならない――。令和の時代を迎えて、社会は少年を見放しつつあるのかもしれない」(202ページ)と述べられています。著者はそれを憂いているようであり、少年事件は社会の鏡と言われるが昨今の報道の少年事件報道の「退潮」は社会の鏡がひび割れてしまうことにつながるようにも思えるとも述べています(プロローグ、220ページ)。
 しかし、著者はその報道の変化を、「踊らされる報道」(120ページ)などとして、事件の特異性によって報道が変化した、司法の対応が変化した(精神鑑定の多用等)、社会の受け止め方が変わったという見方を示しています。「じつは、新聞メディアは、世間の常識と離れた『極私』的なニュースを報じることが難しい。記事の裏側には、記者、キャップ、デスク、整理など複数の人間が関わり、ニュースのバランスを図る編集システムが確立されている。だから、おおよそ世間の常識ぐらいの感覚が記事に反映される」(211ページ)と、新聞は世間の常識を反映していると述べています。報道の変化は新聞の主導ではない、あくまでも事件(加害者)や司法の変化、そして世論の変化の表れに過ぎず新聞の責任ではないというのですね。神戸連続児童殺傷事件での「少年A」逮捕後のマスコミの大騒ぎの最中犯行時少年だった死刑囚の永山則夫が処刑されたことを、まるで偶然のように、権力の意図への疑い1つ示すことなく「余談」として触れている(146~147ページ)姿勢も合わせ、新聞記者がそういう捉え方でいいのか、私は疑問を感じました。

03.灰かぶりの夕海 市川憂人 中央公論新社
 2020年4月から予想もできなかった災厄に襲われ多くの人びとが自宅に引きこもり屋外ではマスク生活を余儀なくされるようになりそれが1年余続いている2021年8月の横須賀付近を舞台に、恋人だった成瀬夕海を失い失意に暮れながら宅配便のバイクライダーとして稼働する20歳の学生アルバイト波多野千真の前に、突如夕海と生き写しの少女が現れて行き場のない様子で千真の部屋に転がり込み、他方で千真の配達先にして中学生時の恩師の家で亡くなった恩師の妻と生き写しの女が刺殺されていたという事件が起こり…という展開のミステリー小説。
 タイムスリップものかと思える展開+密室殺人事件の少しややこしい作品ですが、第4章の謎解きで示される設定(背景事情)はそれまでのややこしさの印象に輪をかけてややこしい。そういう作風の作者だということなんですが、その説明を受けて読み返すと、プロローグの冒頭の書きぶりは、反則とまでは言えなくても、ずるいと思いました。

02.マスメディアとは何か 「影響力」の正体 稲増一憲 中公新書
 マスメディアの影響力(報道の効果)について、これまでの研究を分析整理して論じた本。
 マスメディアが人の行動に多大な影響を与える、マスメディアが人を操れるというのは幻想だということが最初に語られています。そのような見方の原因の1つとなっているナチスのプロパガンダの効果について、ナチスが大規模な宣伝活動を行えるようになったのは政権獲得後であり、プロパガンダの効果で政権が獲得できたわけではないし、政権獲得後のヒトラーの演説に国民は飽きていった、しかしナチスのプロパガンダが強力であったというイメージはナチスにも、そして敗北した社会民主党にも、国民にも都合がよかったためにそのようなイメージが生き残ったという可能性が指摘されています(7~11ページ)。
 その上で、さまざまな実験・研究の結果として、マスメディアは人びとの考えを変える力はほとんどなく、他方で人が持つ意見を強化する影響、重要項目と意識させる影響などがあることを指摘し、人びとがメディアに対して実際以上に大きな影響力を感じるのは自分はメディアに影響されないが他人は影響されると見るバイアス(第三者効果)によるものと論じています。
 人が自分が好むもの、自分に近い意見ばかりを見るという傾向は、もともとあったけれども、それがインターネットの普及で、「エコーチェンバー」「フィルターバブル」といわれる状態になりそれが加速しています。著者は、ポータルサイト(ヤフー・ニュース)の存在によって、利用者個人のネット上の選好に関係ないニュースの見出しが目にとまることでその傾向が緩和されている(222~227ページ)としていますが、日本でも Yahoo! Japan をブラウザを開けたときに最初に表示されるホームページにしている人はすでにかなり少数派だと思います。フィルターバブルから人びとが抜け出るためには、何かもっと他の作戦・きっかけが必要でしょう。

01.キャリアデザインのための企業法務入門 松尾剛行 有斐閣
 弁護士資格を有しない企業の法務担当者と将来企業の法務部門に配置されることのある法学部学生向けに、企業法務で想定される業務内容と企業法務に従事するにあたっての姿勢・考え方について説明した本。
 私は企業法務には関与していませんので、企業法務として十分かどうかは判断できませんが、企業が日常業務で取り扱うであろう契約やリスク検討などについて、わかりやすく概説されている質のよい読み物のように思われます。
 私の専門分野の労働法に関しては、「労働法務」と題する第8章で、パタゴニア・インターナショナル・インク事件の東京地裁判決に基づいて説明しています。このケースでは、労働者が「本件雇用契約におけるリーガルカウンセルの業務内容には法的アドバイス、分析を提供することのみならず、被告日本支社のビジネスゴール達成をサポートするビジネスパートナーとしての役割を果たすことも含まれていたのであるから、本件雇用契約上、原告には法的助言等を必要とする他の部門に対して法的リスクを述べるのみならず、同部門のニーズを汲み取った上で上記リスクを踏まえた解決策の提案等をすることが求められていたものであり、かつ、原告はこのことを認識してしかるべきであったというべきである」という、高い能力の、しかも法的アドバイスをするだけでなくビジネスパートナーとしての役割が労働契約の内容となっていたということが前提とされているために解雇有効とされたものですから、この基準で通常の労働者なり企業内弁護士・法務担当者の解雇の有効性が判断されるというものではないと、労働者側の弁護士としては考えます。著者としては、法務担当者もビジネスの「パートナー機能」を果たすべきことを強調している(15~16ページ等)のですから、法務担当者が行うべき業務と姿勢についてこの判決に学べということかなと思います。その意味で、この第8章は、労働法務よりも法務担当者の業務と姿勢について説明したものというべきでしょう。
 企業の顧問弁護士の対応について、「例えば、筆者の事務所(東京)が顧問をしている会社が京都の簡易裁判所で10万円を払えと訴えられたとする。筆者が事件を引き受けて3回出廷するために3往復すれば、新幹線代(指定)だけで9万円くらいかかる。とすれば『分かりました、10万円払います』と認める(認諾する)方が安くあがる」(76ページ)と書かれていますが、それ以前に、東京簡裁であったとしても、請求額10万円の訴訟を10万円以下の費用(弁護士報酬)で引き受ける弁護士が実際にいるでしょうか。そっちの方に違和感を持ちました。
 なお、75ページ下から5行目の「事例1」は「事例2」の誤りと思います。

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