私の読書日記  2011年6月

18.ピナ・バウシュ タンツテアターとともに ライムント・ホーゲ 三元社
 現代ドイツの舞踏演出家ピナ・バウシュをめぐって評論、インタビュー、リハーサルのレポート、関係者へのインタビューなどを取り混ぜて構成した本。1986年原書発行、1999年日本語版発行の本を、2009年のピナ・バウシュの死後、新装版として出版したもの。インタビューとリハーサルメモに見られる、新作ダンスの創作過程、ピナ・バウシュが課するキーワードやイメージでダンサーがパフォーマンスを繰り返し、その試行錯誤を数十回、数百回繰り返した後に、そのいくつかを組み合わせて再現し、固めていってはご破算にして組み直すさま。「開幕まで10日を切っても完結した作品はできあがらない。いまだに未完の草稿、ただの断片でしかなく、やっとできたいくつかの小さなシーンの束と、おびただしい一連のキーワードの集合にすぎず、それらにはまだ何の脈絡も付けられていない。」(133〜134ページ)、「総稽古の2、3時間前に、この新作にはまだタイトルがないわね、とピナ・バウシュがほほえみながら言う。」(135ページ)、。「どんな展開になるかは前もって言えるものではないのよ。ほかの作品のときだって、わたしたち大いに笑ったり楽しんだりしたけど、でもおしまいの頃にはまったく別ものができあがったのよ。」(66ページ)って、革命児・天才のなせる技とは言えましょうが、まわりはたいへんだったでしょうね。

17.裁判長!桃太郎は「強盗致傷」です! 小林剛監修 永岡書店
 昔話のエピソードを現在の日本の法律で裁いたら、という設定で法律の解説をした本。法律や裁判の話を親しみやすくわかりやすく解説するために、こういった手法を使うことはよくわかります。私も、自分のサイトで、「レ・ミゼラブル」のジャン=バルジャンのケースとかを使って説明したりしてますし。でも、昔話を使うことで、裁判の争点の立て方に無理が出る感じがするし、大前提として裁判が成り立たないでしょってケースも少なからず。そもそも「かちかち山」のウサギや「さるカニ合戦」のカニのような動物が被告人になり得るのか(あぁ、オオヒシクイやアマミノクロウサギを原告にして裁判やってた環境権裁判の関係者の方ごめんなさい)、タヌキやサルを殺したら「殺人罪」なのか(コラムでは金太郎の動物相手の格闘は動物愛護法違反とか:67ページ、欲張りじいさんがシロを殺すのは器物損壊罪:107ページとも書いているのに)、月に帰ったかぐや姫や消えていった雪女を相手に裁判ができるのか・・・。それをおくとしても、弁護士の考えでもいろいろだなぁと感じます。私の感覚では、かなり違和感を感じるところが少なからずありました。「かちかち山」でおばあさんを殺されたおじいさんのために仇討ちをした裏山のウサギが懲役15年って。義憤に駆られた殺人といえば思い起こしやすい豊田商事会長刺殺事件の主犯は懲役10年だったことを考えても、どうかなと。まぁ最近は重罰傾向ですからそんな古い事例は当てはまらないということでしょうか。姫君が一寸法師に騙されたことは時効(32ページ)というのに雪女の脅迫は数年後に結婚して10人もの子をもうけた後でも時効・除斥期間が検討もされない(111、116ページ)のはどうして。耳なし芳一で「芳一が危険にさらされる可能性をわかっていながら、和尚が寺を空けた行為は、刑法の重過失傷害に当たる可能性が高い」(131ページ)って本当ですか。加害は第三者(幽霊ですが・・・)なのに不作為で重過失傷害ですか。王様は裸だと指摘した子どもは名誉毀損罪で有罪って、子どもが14歳未満かどうかの検討もなく有罪にしちゃうのもすごいし、公務員に関する事実の場合は公益目的の要件は不要で真実なら処罰されないという明文の規定があります(刑法230条の2第3項)が、公益目的があったとは考えられないから有罪(220ページ)ってどういうことでしょう。王様は公務員じゃないってか。

16.面接の10分前、1日前、1週間前にやるべきこと 海老原嗣生 プレジデント社
 就活のための面接に臨む姿勢、話すべき内容、情報収集方法などについて解説した本。面接まで10分しかないときには、面接の姿勢として、面接は商取引と心得よ、自分の希望だけいくら言っても相手に響かない、相手に利益があるか、相手にどういう好影響を与えられるかを意識して語る必要がある、無理して自分を飾るな、無理をして入っても後々苦しむだけだし経験豊富な面接官にはなりすましは見抜かれるということを、自分が選ぶ側ならどの人を選ぶかという事例を付けて説明しています。面接まで1日あるときは、自分が語るエピソードを具体的な事例で、また日常のちょっといい話を検討することを、1週間あるときは面接相手の企業の調査とそれに合わせた志望動機の検討を語っています。転職の際の前の会社の退職理由の語り方とかも含めて後半はだんだんマニュアルっぽくなる感じですが、最初の面接まで10分しかないときの心得的な部分(第1章)と、最後の就職・転職の常識を疑ってかかれ(第6章)というところが、目からウロコっぽくておもしろく読めました。ただこの第6章だけ、「である」調なのは、なんか変な感じがします。

15.からだ上手 こころ上手 齋藤孝 ちくまプリマー新書
 コミュニケーション能力を高めるために心と体を整えることが大事ということを論じた本。心と体は切り離せず、心の危機を回避するためには、落ち込んだときは体を動かす、食う・寝る・休むが大事、悩み事は書き出して「考えても仕方がない」こと「やっても意味がない」ことを割り切っていく、もっとたいへんな人がいることを考えるというような具体的な対処が、例えば脳の短期記憶のメモリー容量は決まっているので新しい情報を入れていけばいやなことは忘れてしまう(22ページ)とかの説明を交えて書かれているので何となく納得しやすい。あれもこれもと持って行かずに鞄の中身を減らすことでやるべきことをはっきりさせて集中する(48〜50ページ)とかも耳が痛いけどごもっとも。人間の才能は遺伝子のスイッチがオンになることで開花するが、そのためには飢餓状態にするか、遺伝子がオンになっている人の近くにいることで細胞のミラーニューロンが反応する、朱に交われば赤くなるというのは立派な科学的根拠があった(55〜56ページ)とまで言われると、おいおい本当かよと思いますが。コミュニケーションは体が開いていることが必要で、体の構えを察することが必要、そういう体の反応(一種のボディランゲージ)に目配りできる人がコミュニケーション上手で、そのために相手と視線を合わせ、相手のテンポに合わせること、場を温めるためにリアクションをし、テンションを上げていくことが必要と説いています。心の危機に陥ったときの対処から入っていますが、基本的にポジティブシンキングの本ですから、明るい気持ちでふんふんと読むのがよさそうです。

14.死刑 読売新聞社会部 中央公論新社
 2008年10月〜2009年6月に読売新聞に掲載された死刑についての連載をまとめた本。執行を命じる法務大臣、執行に立ち会う刑務官、教誨師、死刑囚、弁護人、被害者の遺族、死刑囚の家族、死刑判決を言い渡した裁判官等の死刑に関わる人々の発言が、重みと問題の難しさを感じさせます。一般予防効果を期待する死刑存続派の意見と、反省の色を見せない死刑になりたかったという動機の無差別殺人犯の発言の噛み合わなさ加減にはやるせない思いをします。死刑事件に関与した弁護士の立場からは、死刑執行に当たってどれだけの検討がなされるのかは強い関心を持ちますが、記録を直接検討するのは局付き検事(若手エリート検事)だけ。それ自体は知っていますが、「裁判に出された証拠の評価は裁判所がすでにやったことだから、改めては行わない。」(66ページ)って。そう言われると、本当に裁判記録全部をきちんと精査してるのか疑問に思えてしまいます。ましてや、ベルトコンベア発言の鳩山法相の下りで「裁判記録のすべてに目を通した」(18ページ)って、誤解を招く記事を書くのはどんなものかと思います。大臣に渡されるのは判決文と説明資料で厚さ5〜6cm程度のもの(67〜69ページ)。1冊で厚さ10cm程度のものが200〜300冊になることも珍しくない死刑事件の裁判記録のほんの一部に過ぎません。それを裁判記録のすべてに目を通したなんて記述は誇大表現もいいところ。

13.福島原発事故はなぜ起きたか 井野博満編 藤原書店
 福島原発事故の経緯や原子炉で起こったと考えられること、放射能汚染とその危険性などについて、解説した本。4月16日と4月26日に行われた講演会をベースにしています。元になった講演会からさらに2か月が過ぎた今でも、事故が未だに収束に至らず、いつ収束するかではなく「果たして収束するのか」(41ページ)という編者の問いかけをはじめ、汚染水対策を真剣に取らず海洋放出させる東京電力と政府の無責任、チェルノブイリ原発事故での強制避難地域レベルの汚染地域でさえ遠くない時期に帰還できるかのように言い続けて帰還できないときの対策を怠り義務的移住地域レベルの汚染地域でも移住のための公的な費用負担や支援もなされない政府の怠慢ぶり、事故原因調査はまったく手も付いていない(そもそも事故が収束していない)のに安全宣言をして他の原発を起動させることに躍起の政府の無責任無節操ぶりなど、事態が実はほとんど変わっていないことに驚かされます。労働者被曝や汚染水、避難住民たちの被害などその後も悪化の一途をたどっている問題も含め、基本的な問題のありかを比較的手軽に理解するのに適した本だと思います。

12.きみ、ひとりじゃない デボラ・エリス さ・え・ら書房
 イラクで米兵に父と兄を殺されイスラム原理主義者に母と妹と親友を殺されたアブドゥル、父母が死に兄は出稼ぎに出ていなくなりおじに売られたロマの少女ロザリア、父が炭鉱事故で死に母に捨てられ孤児院で持て余されてロシアの軍隊に入隊しトランペットの才能を発揮したが妬まれ先輩にいじめられ共にジャズに打ち込んだ親友たちを激戦地に送られて失ったチェスラブの3人の孤児が、自由の国イギリスに憧れてフランスのカレーにたどり着きイギリスに密入国を図って、密輸業者にこき使われていた少年ヨナも含め4人で嵐のドーバー海峡を漂流するうちに反発し合いながら協力するようになり、何とかイギリスに流れ着いたが・・・というストーリーの小説。4人の孤児たちの境遇の過酷さ、それも外部の敵のみならず、原理主義者・拝外主義者たちのいびつで卑劣な暴力によって、アブドゥルは母と妹と親友を殺され、ロザリアはレイプされる、そして自由の国と憧れたイギリスでも些細なことで外国人に暴力をふるう連中がいるという具合に、どこにでも卑劣な暴力をふるういやなやつはいるという現実をこれでもかというほど突きつけられます。児童文学でここまでと思うほどの容赦のなさが、今の世界の現実を再認識させてくれます。過酷な境遇の中で家族を失い、親友を失い、人間への信頼を失った子どもたちが、甘い期待を持たずにそれでも仲間意識を培っていくところに救いと感動を覚えます。“NO SAFE PLACE”という原題と「きみ、ひとりじゃない」という邦題はほぼ真逆ですが、どちらも成り立ちうるところにこの作品の深さがあるといえるでしょう。

11.ラプソディ・イン・ラブ 小路幸也 PHP研究所
 多数の女性と浮き名を流し続けた往年の名優と元妻の元名女優とその息子の売れっ子俳優、後妻の息子の新進俳優とその婚約者の女優が、1つの家で家族として過去を振り返りながら日常を過ごすという内容の映画を撮影するという設定の家族ドラマ。現実の家族が現実の過去のエピソードを振り返りながら、同時にそれが演技でもあるという構造が少しややこしいですが、それを5人の視点から代わる代わる語ることで、各人の思いと事実を膨らませています。俳優家族ということで、ドラマティックなエピソードも飛び交いますが、同時に何気ない普通の家族間でもありそうな部分も多くあり、そちらの方がかえって読ませるかもしれません。全員が俳優だという設定のために、それぞれが他の4人の発言を演技として評価する部分が挟まれることで、家族生活での発言や態度が他者からどう評価されるかという意識が入るのが、ちょっと新しい感覚で、自分の日常での態度を振り返ると、少し緊張感を持てたりしそうです。

10.自鳴琴 池田美代子 光文社
 11日の金曜日の放課後に音楽室でオルゴールの音を聞いた女子生徒が消えるという怪談が伝わる初森中学校で、その通りの失踪事件が起き、初森中学で秘密裏にオカルト研究部を結成している主人公不入斗ら4人の男女生徒が、その怪談の元になった32年前の女生徒の自殺と30年前の失踪事件の真相を調査するうちに失踪事件の謎に近づいていくという学園ミステリー小説。昔の事件の真相調査の方に焦点があり、そちらは一応の解決を見ていますが、不入斗が夜の学校で出くわした「幽霊」の件は結局謎解きがなされずに終わっていたりするのはミステリーとしては消化不良感があります。学園もの、友情・家族ものとしては、軽いタッチで読めますので、そういう位置づけで読んだ方がいいかも。

08.09.ユーラシアの双子 上下 大崎善生 講談社
 19歳の娘香織に自殺され妻とも離婚して50歳で早期退職した51歳の元システムエンジニア石井隆平が、ウラジオストックからリスボンまでユーラシア大陸の端から端まで列車で旅をするという思いつきを実行するうちに、同じ行程を5日早く進んでいる自殺予定の19歳女性エリカの存在を知り、思い惑いながらその自殺を食い止めるべく試行錯誤する小説。パパッ子だった娘が友人との関係から鬱になり、父親との交流を続けていったんは回復しながら、恋人との関係でまた鬱になったあげく父親の不倫を知った後首つり自殺という設定は、同年齢の父親には切ないというより胸を突き刺される思い(あ・あの・・・娘の年齢は違いますし、不倫もしてませんけど)。その設定の巧みさというか、ちょうどターゲットに当たったせいで、隆平の思い、戸惑い、ためらい、後悔が身に染みます。同時に姉の自殺、両親の離婚に翻弄された次女里子の思いと成長にもしんみりとさせられます。ストーリーは、エリカの隆平に対する感情の揺れと、シベリア鉄道と各国の交通・通信環境の下でのインターネットと携帯電話を駆使した情報収集と説得とその限界が交錯して展開していきます。作者自身がその行程を体験しているとのことで、紀行文としても、特にシベリア鉄道とロシアへの怨嗟の念と各国のアルコール事情が味わえます。

07.ヴァンパイレーツ9 眠る秘密 ジャスティン・ソンパー 岩崎書店
 海賊船(海賊アカデミー側)と吸血海賊船ヴァンパイレーツ(ノクターン号)とそれらに命を救われた双子の兄弟コナーとグレースの運命で展開するファンタジー。9巻は原書の4巻を小分けして翻訳した2冊目ですが、最後の中途半端さから考えて原書3巻と同様日本語訳では3分冊にしたみたい。日本語版9巻も8巻と同様に、母サリーの霊と共にノクターン号に戻ったグレース、8巻からの新たな登場人物ローラ・ロックウッドら女性ヴァンパイレーツグループの襲撃とシドリオの悪役グループの合流・集結、海賊アカデミーで新たに新造船タイガー号の船長と認定された門出に海賊アカデミーの幹部クオ提督を殺害されて憤ると共に海賊アカデミーから重大な任務を課せられるチェン・リーとその乗組員となったコナーの3グループで話が展開します。9巻の読みどころは、8巻に続きサリーの霊の話でグレースとコナーの両親の過去が明らかにされることと、チェン・リーとコナーが海賊アカデミーからヴァンパイレーツ暗殺の任務を課せられたことからコナーがグレースと行動を共にするノクターン号との敵対に思い悩みチェン・リーとの思惑のずれを生じていくあたりにあります。例によって原書1冊を小分けにして数ヶ月おきに出版する販売政策のおかげで読み終わっても中途半端ですっきりしませんから、8月刊行予定の10巻が出てからまとめ読みした方がいいかと思います。
 8巻は2011年1月に紹介しています。

05.06貸し込み 上下 黒木亮 角川文庫
 バブル期に銀行が脳梗塞で倒れた大企業幹部に巨額の融資をしてその大半を両建て預金にさせて利息差額分だけ損をさせ(銀行が儲け)たあげくに不必要な住宅ローンの借り換えをさせていたことで裁判となり、退職した元銀行員が自分が日本にいないことをいいことに濡れ衣を着せられていたことを知り、被害者側の証人となるというストーリーの経済裁判小説。銀行が融資や払戻の際に作成する書類やその保管、それについての銀行の不正やごまかしのテクニックが詳しく書かれているのが興味深いところです。作者の実体験に基づいて書かれた(と裏表紙や解説に書かれています)だけに、裁判の場面での駆け引きや裁判官の態度、そして判決の行方など、創作では考えにくい現実感があります。キーパースンとなる被害者の夫宮入治の人格設定も、弁護士をやっていると、「いるんですよね、こういう困った依頼者」としみじみ感じるパターン。私がさらに感心したのは、作者が裁判上第三者的な位置にいたためかとは思いますが、登場する弁護士に対する冷静な観察と描写です。(当然に)銀行実務の裏側は知らないけれど話をよく聞いて理解し入念な準備をして手堅い進行をするが、依頼者の気まぐれで自己満足的な主張をいなして依頼者からは熱意がないと評価される佐伯弁護士、人の話をあまり聞かず傲慢だが依頼者の自己満足にもつきあいはったりとテクニックには長けて依頼者にアピールする有塚弁護士、記録をよく読み堅実で、自己主張の極端に強い依頼者に困りながらも自分ではそうは言えない角田弁護士、会社サイドに準備してもらって十分に理解していないために尋問で切り返しに対応できない棗弁護士など、弁護士の目からは、うん、いるいると、納得します。民事裁判の被告を「被告人」と書いたり民事訴訟法の条文の引用を間違えたり(上巻39ページ:この趣旨なら引用すべきは87条、161条)のミスはありますが、全体としては特に無理を感じる場面はありませんでした。むしろ、一番最後の「本作品はフィクションです。登場する人物・組織等はすべて架空のものです。」という断り書きが一番しらじらしい感じです。

04.鉄のしぶきがはねる まはら三桃 講談社
 工業高校に通うたった一人の女生徒三郷心が、工業技術を競う高校生ものづくりコンテストに挑む青春小説。九州に三郷ありと言われるほど腕のいい職人だった祖父が経営していた町工場で、こつこつと書きためた秘伝のノートを若い職人が盗み出して失踪し、取引先の倒産や祖父の病気が重なって工場が閉鎖された経験を引きずって、手作業の技術を否定し、コンピュータでの制作技術の習得に打ち込んでいた心が、先輩の原口や風来坊の職人小松さんの確かな技術に裏打ちされた旋盤の音の美しさや作品の美しさに惹かれ、職人の技術の魅力に取り込まれていく過程は、お約束の展開とはいえ、引き込まれます。旋盤技術のマニアックな部分はついて行けませんが、技術の世界の厳しさ、微妙さを感じさせます。青春小説ですから恋心の部分もありますが、全般的には、地味な世界での地道な努力を扱った小説で、そこに読み味があると思いました。

03.日本断層論 社会の矛盾を生きるために 森崎和江、中島岳志 NHK出版新書
 戦前の朝鮮で開明的な教育者の父の下で生まれ、植民地の入植者という原罪意識を持って日本に渡り、炭鉱町で理論先行型の運動家で詩人の谷川雁とともにサークル村を立ち上げるが、運動の中でも女性、炭鉱労働者の女性の声を取り上げないことに違和感を持ち、女性、在日朝鮮人、沖縄、からゆきさんなどの底辺労働者、マイノリティとともに生き描いてきた森崎和江のこれまでを対談で振り返った本。一枚岩と捉えられがちな日本社会や、その中での運動にも様々な分裂とマイノリティがあること、そこにこそ目を向けるべきことを、「断層」と表現しています。でも、いくら何でも未曾有の大地震に思い惑うこの時期に出す本に、そういうミスリーディングなタイトルを付けるのは不見識じゃないかなぁ。テーマがテーマなので、対談形式の文章なんだけど、重くて、量のわりに読むのに時間がかかりました。植民地の原罪意識と日本に挟まれてのアイデンティティの喪失の話や、運動家の谷川雁が同居人の著者には他の人に会うことを禁じていたとか、炭鉱労働者から自分たちをネタにして食っていると批判された話とか、いろいろ考えさせられました

02.ハートビートに耳をかたむけて ロレッタ・エルスワース 小学館
 フィギュアスケート選手のイーガンが、大会で転倒して死亡し、その心臓が、内気で馬の絵を描いて育った少女アメリアに移植され、アメリアはイーガンの記憶の一部を受け継ぎ・・・という展開の青春小説。フィギュアスケートでオリンピック代表の座に近づきながら、スケート漬けの生活に不満を感じ、スケート最優先の母親に反発を感じるイーガンと、内気で母親の庇護の下にいつつも心臓移植に不安を感じ実は心臓移植なんていやだと思い自分のこだわりを持ち続けるアメリアの姿を、ある意味で対比的に、親からの自立を図る場面では通底させて、描いています。イーガンの視点とアメリアの視点から交互に描いていますが、物語の構成上、アメリアは手術後の展開があるのに対して、イーガンは基本的に過去を振り返るしかなく、そのあたりが双方向に話が伸びていかず窮屈な感じがしました。

01.白い月の丘で 濱野京子 角川書店
 平原の中央に位置するトール国の靴屋の娘マーリィが、トール国を征服した強国アインスから尋ねてくる貧乏貴族と称する青年で実はアインスの第1王子カリオルと、10年前にトール王がアインスに攻め滅ぼされたときに死んだといわれていた幼なじみの元トール王子ハジュンの間で思い惑いながら、国や政治、民族の文化を考える恋愛ファンタジー。舞台設定は「碧空の果てに」のものそのままで、ユイの馬使いメイリン、シーハンの首長ターリら「碧空の果てに」の主人公たちも登場します。平原シリーズ第2弾というところでしょうか。征服された人々の無念、哀しみ、特に文化を奪われることの屈辱、支配者の目をかいくぐって生きる者たちのしたたかさ、民族の文化への誇りといったものが心に染みます。また武力に劣る側が知略と交渉でいかに平和と独立を勝ち取るか、民主主義への憧憬と現実主義の折り合いといった深みを持たせているのも、児童文学では白眉と言えましょう。「碧空の果てに」と比べると自立志向の主要女性キャラがリーファくらいというのが寂しいですし、基本的な設定が笛の名手ではあるものの普通の少女が2人の王子に思われるといういかにも少女漫画的展開でちょっと気恥ずかしいのが私には玉に瑕でしたが。
 「碧空の果てに」は読書日記2009年11月女の子が楽しく読める読書ガイドで紹介しています。

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