私の読書日記  2009年5月

20.茨文字の魔法 パトリシア・A・マキリップ 創元推理文庫
 12の邦を支配するレイン王国の王が死に14歳の王女テッサラが王位を継ぎ、相談役の魔術師ヴィヴェイは新女王の未熟さと政治や儀式への無関心に困り果てていますが、そこに侵略者の予兆を読み取ります。他方、王立図書館では、図書館で育てられ16歳になった孤児の書記ネペンテスが、持ち込まれた未知の文字で書かれた文書の翻訳を続け、そこに書かれている古代の伝説の皇帝アクシスとその顧問の魔術師ケインの物語に魅了されていくうちにアクシスの帝国と遠征の驚異の謎に行き当たり・・・というストーリーのファンタジー。物語は、@王立図書館の地下深くの書記の部屋でのネペンテスの翻訳とネペンテスを慕う同僚のエイドリー、ネペンテスと惹かれ合う空の学院の学生(魔術師見習い)のボーンの絡み合い、Aネペンテスの翻訳する文書の中での古代の伝説の皇帝アクシスとケインの物語、B王宮と周辺の森での新女王テッサラと魔術師ヴィヴェイの危機対応と謎解きが平行して進行していきます。かなり荒唐無稽なお話ではありますが、ファンタジーとして割り切る限りは、なかなかに楽しめます。登場人物の男女の関係が、古い時代を背景にしながらも、爽やかな感じで、そういう観点からも評価できます。
 女の子が楽しく読める読書ガイドで紹介しています。

16.17.18.19.トワイライト10〜13 ステファニー・メイヤー ヴィレッジブックス
 超美形の吸血鬼エドワードに求婚され相思相愛状態の原作第1巻から当然に予定されたベラとエドワードの結婚とベラの吸血鬼への転生がようやく実現し、ベラの妊娠、人間と吸血鬼のハーフの娘の誕生、母体を守るためのベラの転生、吸血鬼となったベラの実力発揮、娘の誕生を掟違反と捉えたヴォルトゥーリの遠征とカレン一族の対抗策といった展開で進む恋愛ファンタジーの完結編。原作第2巻、第3巻と完結させないための間延びした展開が続けられている感じでしたが、この原作第4巻は展開としては大きくなっています。常に能力的には劣位にいたベラが、吸血鬼となってエドワードと対等の能力を手にし、しかも転生直後はパワーではエメットをさえも凌駕するという全能感と爽快さは、エドワードとの結婚の実現や幸せいっぱいの新婚生活をとあわせ/それ以上に、女性読者に満足感を与えそうです。しかし、それにもかかわらず、子どもさえ守れば自分はどうなってもいい、愛する人のための自己犠牲という観念がベラの頭を長く占めることが、やはり暗さを投げかけています。「愛する人のためにはすべてを捨てられる私」という自己陶酔感を持つ読者に奉仕しているのかも知れませんが、若年女性に自己犠牲を煽るようで少し嫌な感じがしました。ラストは、ベラを主役にして最後に賞賛するためにはこういう展開なんでしょうけど、かなり煽り立てた上でのこの結末はフラストレーションがたまります。例によって、原作第4巻の“Breaking Dawn”を日本語版では10巻「ヴァンパイアの花嫁」、11巻「夜明けの守護神」、12巻「不滅の子」、13巻「永遠に抱かれて」の4冊に分けて出版。今回は、新たな試みとしてプロローグを10巻、11巻、12巻に付けています。12巻のプロローグはやはり13巻の後半につながっています。日本語版の12巻と13巻では、登場人物紹介のイラストでベラとエドワードの顔がこれまでと少し変わっています。エドワードの目力の強さを映画の主演男優の優しげな目に合わせて少し変えたのでしょうか。

15.スノー・ホワイト 谷村志穂 光文社
 46歳のバツ1介護士毛利美南子が、コンビニでバイトする大学生真木宗助の未熟な一途な愛に、ためらいつつ惹かれていく「愛さえあれば年の差なんて」恋愛小説。宗助の視点と美南子の視点が入れ替わりながら描写されていきます。一方の主人公の宗助は、独りよがりな「正義感」に駆られてすぐに苛立ち喧嘩になったりするけど、結局自分も同じことをやってるし、美南子に対しては、ほとんどストーカーというか、ストーカーそのものの行動に出る、未熟な学生。でも同級生のお嬢様碧からは慕われ、友人や合コンでは人気者という設定。最初は、この未熟で独りよがりな青年が年上の恋人との恋愛で成長する話かと思いましたが、最後までほとんど成長は見られません。46歳でバツ1、一人で生きていけるし、後半では世間的には申し分のない婚約者にも出会いながら、若い男に一途に愛され、自分はためらい、身を引き距離を取りながらもしかしその男にどこまでも追い求められるという、中高年女性の願望を体現した小説と考えるのがよさそうです。相手の男は若い魅力的な女に慕われながら、にもかかわらず46歳の自分を選んでくれる、そのために碧という存在を設定して宗助を慕わせている、そういう感じです。年の離れた恋愛もいいと思いますけど、私ももっと年の離れた恋愛を描いたホノカアボーイ(映画。原作の方はまだ読んでないんですが)なんていい感じだと思いますけど、これをまさに46歳の作者が書くというのは、なんか自己愛的な妄想を発表しているようで、読んでいる側で気恥ずかしさを感じてしまいます。「失楽園」以来中高年男性の性的/不倫・願望/妄想の体現者となった渡辺淳一の女性版を目指しているのかなと感じてしまいました。

14.殺人者の涙 アン=ロール・ボンドゥ 小峰書店
 次々と人を殺して逃亡生活を続けるアンヘル・アレグリアが、チリの最南端の荒野に住む夫婦を殺して居座り、アンヘルに両親を殺された少年パオロ・ポロヴェルドと暮らすうちに少年に愛着を持ち愛情を感じつつ、変わってゆく現在の自分と自分が背負っている過去との葛藤、愛するパオロのために何が最善かという思いに悩み、他方パオロも現在を見つめながら成長していくという小説。前半が殺人者アンヘルの視点から、後半がパオロの視点から書かれています。アンヘルのパオロへの愛の目覚めが、初期にはパオロの周囲に現れる者への嫉妬で歪み、終盤ではパオロへの愛を素直に示しつつさらにパオロのために身を引くという試みが悲劇的な結果を生み、皮肉っぽく描かれています。殺人者は人を愛さない方がいいのか?作者の考えがそうでないことはわかりますが、では過去を気にせずに素直に愛を語ればよいのか?そうもいえないように思えます。そのあたり、どうもほろ苦い感じ。アンヘルに両親を殺されながら、生きて行くにはアンヘルを選ぶしかなかったパオロが、アンヘルの屈折した愛を感じ自らもアンヘルに愛情を感じていくという流れには、哀感を持ちます。殺人犯でも自分には優しかった、それはそうなのでしょうけど。最果ての農場育ちのパオロの現実に適応してゆく素朴でしぶとい生き方には共感しますが。ちょっと一筋縄ではいかない少し屈折した絆と人間愛のお話です。

13.はるよこい 松宮宏 PHP研究所
 大阪の調剤薬局の息子が代々伝わる精力剤のネット販売の成功からインターネットモールまで立ち上げて大成功し、他方追い落とされてその息子の誘拐をもくろんだ同級生のIT長者、誘拐を依頼された裏稼業の親玉、その経営する町金融の従業員、金主の暴力団組長などの栄枯盛衰というか末路を描いた小説。成功しても浮かれずに、道楽としてではありますが、町の薬局で調剤を続ける親子の姿が心地よいところです。この薬屋親子が一応は軸となると思うのですが、その成功もその後もわりと簡単にあっさり書かれています。他の人々の話がずっと続いて薬屋親子が忘れ去られている感じで群像劇っぽいところもあり、読んでいて今ひとつ焦点が定まらない感じもします。一応それぞれに落ちは付けられていますが、書き込み不足の感があり、ごく軽い暇つぶしの読み物だと思います。それにしても、大麻樹脂+生アヘン+オットセイのペニス+鹿の心臓+コウモリの燻製+冬虫夏草+エチルアルコールの強心剤(215〜216ページ)って、効くんでしょうかねぇ。

12.雇用はなぜ壊れたのか 会社の論理vs.労働者の論理 大内伸哉 ちくま新書
 労働問題をめぐる様々な局面について、会社の論理と労働者の論理を挙げた上で、一方の論理で考えるのではなくそのバランスを取ることが大事だということを述べる本。論理の体裁としては会社側と労働者側の間で中立な立場であるかのように見せながら、実質的には会社の論理を優先していると、私には感じられます。そもそも両当事者の利害を挙げてその均衡を図るというスタイル自体、両当事者が対等であることを前提とする、法学の世界で言えば民法的なスタンスです。そういう民法、市民法の考え方が、力関係の大きく異なる労使間では成り立たず、自由主義的市民法的規律の下では労働者が一方的に不利な立場を強いられ正義に反することから、使用者側の行為を規制するというのが労働法の出発点です。そして、この本では会社の論理と労働者の論理を並べた上で、会社の論理に従うことが実は労働者の利益にもなるのだと言う場面が多々あり、また会社の論理は常にはっきりさせながら対置させるべき労働者の論理は労働者を2分して内部対立させてはっきりしないとしてみたり生活者の論理を持ち出して労働者の論理を押し戻したりしています。このあたりを見ても著者が会社と労働者を公平に扱っているとは思えません。論理の運びのスタイルだけでなく、著者自身の意見を見ても、解雇の規制の緩和(例えば147〜148ページ)とか「自由で自立した生き方を選んだ」フリーターの積極的評価(例えば168〜170ページ)とか、実力あるノンエリートにチャンスを与えるという派遣労働の積極的評価(106〜107ページ)とか、結局は自由主義的な、使用者団体が喜ぶ方向の意見が並んでいます。職場でのセクハラの関係では、男性が声をかけることは3回までは許して欲しい(16〜17ページ)とか、「前の彼氏の色に染まっている女と、付き合いたいと思う男は少なかろう。」(127ページ)とか、今時こんなこと書くかなぁという女性観も披露しています。また、タイトルの「雇用はなぜ壊れたのか」ということは何も書かれていないと思います。労働法が著者の目からは労働者を保護して会社を規制しすぎてあるべき雇用が壊れたと嘆いているのかも知れませんが。ちょっと、読んでいてうんざりする本でした。

11.レッドシャイン 濱野京子 講談社
 手先の器用な自分の将来像が描けない高専の3年生澄川怜が、同級の先輩(留年生)に誘われて大潟村でのソーラーカーレースに参加し、最初はいやいや修理担当をしていたのが、次第にのめり込んでいく青春小説。ソーラーカーがテーマなので、時折、エコについての議論が挟み込まれています。しかし、作品としては、カーレースとレーシングチームを素材にした青春恋愛・友情小説と見た方がいいと思います。手先が器用で優柔不断な怜と意志は強いが不器用な奈緒の恋愛の進行を、格好良く几帳面な創太、ずぶとい周平、頭がよく雄々しい桃子、ソーラーオタクの美少年瑞生ら個性的なメンバーが取り囲んで人間関係を作っていく、そういう読み物です。怜が奈緒に惹かれていくポイントが、結局容貌が前に付き合っていた彼女に似てるというところに求められそうなところは、ちょっと気になりますが、気持ちの動きは描けていると思います。ただ、怜の先行きへの遺志が中途半端というか、作品の流れとフィットしないというか、そういう違和感が残りました。

10.レッド・マスカラの秋 永井するみ 理論社
 17歳高校2年生の三浦凪が、シリーズ第1巻「カカオ80%の夏」で知り合ったモデルのミリがライバルのモデルイリヤに自分が気に入っているマスカラを勧めたところ目が腫れたと言ってイリヤがショーをキャンセルし失踪したことからミリの陰謀やマスカラの欠陥を疑われたことに疑問を持ち、ミリとマスカラメーカーを陥れようとする陰謀を追及する青春ミステリー。嫉妬による陰謀を疑われたミリのタフさ、窮地に陥ったマスカラメーカーの社長の強さとリカバリーの過程は、読んでいてすがすがしいと思います。ストーリー展開も軽妙でいいと思います。ただ陰謀の正体が、大きな策略を示唆したわりには、やはりショボい。高校生が主人公の事件としてちょっと身の丈を越えたところで済ませておいた方がってことかも知れませんが。

09.カカオ80%の夏 永井するみ 理論社
 一貫教育の女子校に高校から入りグループに入らない高校2年生三浦凪が、ファッションのアドヴァイスを頼まれた直後に行方不明となったクラスメイト雪絵の所在を探る青春ミステリー。この後第2弾の「レッド・マスカラの秋」が出ています。先に「レッド・マスカラの秋」を読み始めたのですが、登場人物の人間関係や設定の説明が、読者は知ってますよねという雰囲気だったので、前作を探して先に読むことにしました。両親が離婚し、母は大学助教授(今時は「准教授」が普通だと思いますけど)でIT企業研究者の父も援助してくれるリッチな母子家庭で、母が忙しい上に恋愛に走り放任され、しっかりしている、だけど自分のやりたいことや将来像は持っていないという設定です。ミステリー部分は、悪役が狙いのわりにやることが大仰で、結果的にはショボい感じです。むしろ、クラスメイトとの間合い、希薄なつきあいと主観的な思い、ネットを通じて生じる意外に濃密な関係といった人間関係の方を考えさせられました。

08.狼のゲーム ブレント・ゲルフィ ランダムハウス講談社文庫
 元特殊部隊員で実は今も現役の大佐のロシアン・マフィアのヴォルクことアレクセイ・ヴォルコヴォイが、ボスの将軍とアゼルバイジャン・マフィアのマクシムの力関係に翻弄されながら、エルミタージュ美術館に死蔵されていることがわかったレオナルド・ダ・ヴィンチの作品を盗み出し、横取りされて取り戻そうと奔走するというストーリーのヴァイオレンス小説。全編を通じて、人の命が軽く、殺人犯・暴力犯が処罰されず、コネと賄賂で正義が曲げられ、貧しく救われないロシア像が貫かれています。ロシア人がこれを書いているならいいんですが、アメリカ人作家がこういうふうに書くと、ちょっと斜に構えて読みたくなります。殺人・残虐シーンが満載で、私はこういうの苦手です。全体の暗さをほぼ唯一緩和しているのが主人公とチェチェンで苦楽をともにした恋人のヴァーリャの明るさですが、主人公がそのヴァーリャと、ヴァーリャが手ひどい仕打ちを受けた上で別れるのも、読後感を暗くしています。まぁ主人公がロシアン・マフィアで、裏社会を描き、さんざん人を殺して、ハッピーエンドもないでしょうけど、せめてヴァーリャには幸福感を持たせて終わらせて欲しかったなと思いました。

05.06.07.天使と悪魔 上中下 ダン・ブラウン 角川文庫
 ヨーロッパ原子核研究機構(CERN)の研究者が密かに生成した反物質4分の1グラムのサンプルを盗み出して、新ローマ教皇選出の儀式「コンクラーベ」の最中のバチカンに持ち込み、新教皇候補者の枢機卿4人を拉致して1時間に1人ずつ殺害して最後にバチカン自体を吹き飛ばす犯行予告をした秘密結社「イルミナティ」を名乗る犯人を、宗教象徴学者ロバート・ラングドンが追いつめるミステリー。映画化を機に読みました。映画の「天使と悪魔」は「ダ・ヴィンチ・コード」シリーズ第2弾とされていますが、原作では「天使と悪魔」がラングドンシリーズ第1作で、「ダ・ヴィンチ・コード」が第2作だそうです。冒頭からマッハ15の飛行機や「反物質」4分の1グラムのサンプルとそれを対消滅させずに保持する反物質トラップといったCERNの「最先端科学」にぶっ飛びますが、そこを無事に読み終えて、ラングドンと、反物質サンプルを生成して殺された科学者の養女ヴィットリアがバチカンに着いた後は、一気に読ませる感じです。予告された枢機卿の連続殺害の場所を、イルミナティの故事と象徴を分析して推測しながら現場に駆けつけてゆくラングドンの推理に引き込まれます。連続殺人の後に待ちかまえるバチカンの爆破と犯人の正体も、ハラハラさせます。バッテリー切れまでのカウントダウンで反物質が対消滅による大爆発するまでの時間がゆっくり進みすぎるというかわずか数分にこれだけのことができるかは無理がある感じですが。また、ダメージを受けても不死身のように活躍するラングドンと、敵方の暗殺者も、強すぎですし。リアリティを求める小説じゃないとは思いますが。バチカンの書庫のガリレオ文書で書棚いっぱいの裁判文書を見てラングドンが「法律家は何世紀たってもあまり進化していないってことだろうな」と言ったのに対して、ヴィットリアが「鮫もそうよ」(中巻32ページ)と応えるのは、やっぱりアメリカでは弁護士=鮫のイメージなんですよねと、弁護士としてはいじけてしまいました。

04.世界の果てまで 鎌田敏夫 角川春樹事務所
 日中戦争中の上海を舞台に、人間嫌いのイギリス人富豪が死期を前にして全財産を阿片に換えてビリヤードの名人の美女4人を競わせて1位の者に全財産を与え、2位の者は苦力の娼婦とし、3位の者は四肢を切断して見せ物とし、4位の者はその場で射殺するというビリヤード競技を実施し、日本軍と中国共産党とロマノフ王家から期待を背負った3人の女性が派遣されイギリス人富豪の娘が父への反感から参加するという枠組みで、関係者の愛憎を描いた小説。戦時中にしてしまえば何でもありと考えているのかも知れませんが、それにしても設定がいかにも荒唐無稽で、そこがどうにもお話に乗り切れません。女が一人で生きて行くには娼婦になるしかないという条件を強調することで、薄幸の美女たちの運命やいかにというドラマにしやすい舞台作りを考えているのがいかにも目につきます。主人公の女性の立場での語りなのに、その女性の性的な運命に向くスケベオヤジ的な視点で話が展開する感じがします。戦争中の話だというのに、生活には困っていないか、困っていたはずがうまく乗り切れて余裕のある美女たちが子どもの頃から手慰みに覚えたビリヤードの腕を持ち、ちょっとしたことから命を賭けたビリヤードゲームをやるハメになり、しかしその運命を簡単に受け入れるというストーリー展開も現実感に欠けます。無理無理創り上げた舞台の中での極限状況での人間間の愛憎の部分が読みどころというところでしょうか。

03.王国の鍵1 アーサーの月曜日 ガース・ニクス 主婦の友社
 創造主の遺言によって異世界「ハウス」の正当な後継者に指名された喘息持ちの少年アーサー・ペンハリガンが、創造主の遺言を無視してハウスの支配権を奪った7人の管財人から王国の鍵を取り戻すため冒険を続けるファンタジー。創造主が創造した、人間の住む宇宙「第二世界」を記録し続ける異世界「ハウス」の管財人たちが、創造主の死後、その遺言を無視し引き裂いて拘束し、ハウスを支配して、第二世界を記録するにとどまらず第二世界に影響を与えようとし、拘束を脱した遺言の一部が管財人からハウスの支配を取り戻すために喘息の発作で死が迫っていたアーサーを後継者に指名するとともにハウス下層の管財人「マンデー」を騙して7組の鍵のうち1組の片割れをアーサーに手渡し、その鍵の力と遺言の指示に従ってアーサーが冒険を重ねるという筋立てです。1巻で示唆された枠組みでは、王国はハウス下層、ハウス中層、ハウス上層、地底界、大迷路、至高の園、果ての海の7つの領域からなり、7人の管財人マンデー、チューズデー・・・・・がそれぞれに支配しているということで、2巻以降1巻で1つずつ制覇し7巻で最後の対決に至るという構図が見えます。そのあたりのお約束がはっきりしたRPGのようなファンタジーです。創造主、その死後の世の乱れと、いかにもキリスト教色の濃い枠組みですが、創造主の怒りを買って地底深くの時計に鎖でつながれて12時間おきに目玉をくりぬかれ続けるという罰を受ける(しかもそれ以前は肝臓を抉られていた)「古き者」なんてもろにギリシャ神話(プロメテウス)から借りてきています。アーサーと同様に異世界を認識できる人間リーフとエドの謎とか、笛吹に異世界に連れてこられた人間の孤児スージーなど、面白くなりそうな要素はありますが、1巻を読む限りは添え物的で、2巻以降の展開に期待というところでしょうか。RPG好きの読者にはいいかも知れませんが、同じようなパターンがこの後6回繰り返されると思うと、ちょっと食指が動かないなぁというのが私の正直な気持ちです。

02.ワールド・オブ・ライズ デイヴィッド・イグネイシアス 小学館文庫
 中東を舞台にアルカイダの組織への潜入と攪乱の謀略を進めるCIAのケース・オフィサーのロジャー・フェリスとその上司エド・ホフマン、ヨルダン諜報部GIDの長官ハニ・サラームの駆け引きを描いた小説。レオナルド・ディカプリオ主演で映画化された「ワールド・オブ・ライズ」の原作です。映画ではサラッとしか出て来ないロジャー・フェリスの妻グレチェンは司法省のエリート弁護士でグラマーな美女で性的に貪欲というキャラなんですが、ロジャー・フェリスがグレチェンの前に出るとその魅力に圧倒されながら一緒にはやっていけないと思う葛藤と、現実の離婚に向けての脅迫の駆け引きなどが描かれていて楽しめます。フェリスが好きになる、パレスチナ難民キャンプで働くブロンド美女のアリス(映画では「アイシャ」という東洋系の黒髪になってましたが)もCIA嫌いでイスラム原理主義者グループとも親交を深め、ハニ・サラームにも時々手伝いをするというミステリアスで深みのある存在として描かれています。フェリスも、現地の協力者を見殺しにするホフマンの冷酷さに不満を持ちつつも、陰謀を発案・実行し、ハニに出し抜かれた後もすぐに立ち直ってさらなる謀略を実行するなど、したたかな一面を見せています。ハニ・サラームはCIAをも手玉に取る冷静で紳士的でありながら狡猾な力量を見せつけていますし、ホフマンもハニに出し抜かれながらもその手柄を自分のものにするしたたかさを持っています。ハニだけでなく、フェリス、ホフマン、そしてアリスまでが大人の駆け引きを繰り広げる展開が、読みどころです。ただ、その分、そのフェリスが、アリスへの愛にまっしぐらに進みCIAをやめるラストが、ストーリー展開から浮いている感じがします。

01.今夜ウォッカが滴る肉体 望月佑 講談社
 突然何もしたくなくなったというだけで大学を辞める決意をして両親から勘当された、基本的に自分のことしか考えていない主人公が、役者になった親友とその妹の美少女が目の前に現れ主人公の誕生日を祝い親友が心理的に追い込まれてピンチに陥り妹も兄を救ってくれといっているのに、結局は親友に救いの手を差しのべることもなく放置しておきながら妹からは非難されることもなく妹と結ばれることを示唆して終わるやや不条理系のジコチュウ自己満足的な小説。事実の描写が観念的・抽象的で、主人公の思考の自己満足というか無責任ぶりと生活感のなさが相まって、どうにも現実感を持ちにくい文章です。それで自分のことしか考えていない主人公に都合のいい展開が続きます。この主人公におよそ共感できない私には、読んでいてバカバカしいとしか思えませんでした。

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