私の読書日記  2008年7月

23.24.タラ・ダンカン5 禁じられた大陸 ソフィー・オドゥワン=マミコニアン メディアファクトリー
 圧倒的な魔力を持つ14歳の少女タラ・ダンカンが、魔術師や泥棒、エルフ、小人の友人たちとともに敵と戦うアドベンチャーファンタジー。著者が10巻まで書くと宣言しているシリーズの第5巻です。第4巻までは舞台となる「別世界」の西側だけで話が展開していましたが、第5巻で東側に「禁じられた大陸」があることが明らかにされ、ドラゴンたちが封鎖しているその禁じられた大陸に、タラの友人が幽閉され、それを助けに行くタラたちの冒険が展開されます。第1巻からずっとそうですが、展開の速さを狙ってか、エピソードがたくさん詰め込まれる傾向にあるので、話があちこちして、慣れないとそれなりに注意して読んでいても話について行けなくなって読み返したりするハメになります。第5巻では、タラももうすぐ15歳ということもあり、登場人物間の恋愛関係というかいちゃつきシーンが増えています。基本的に荒唐無稽な軽めのラブコメ的ファンタジーと読むべきですが、第5巻の終わりで禁じられた大陸が解放されて「オオカミ人間たちはといえば、別世界を自由に移動することをゆるされ、奴隷制度のない暮らしがどんなものかを知り、その生活に大いに満足した。ただしそれも、彼らが“市場経済”やら“民主主義”といった、何やら耳に心地よい言葉とかかわり合いになり、“政府”というものをつくらねばならなくなる時までだった。」(下341頁)という表現が出てきて目を引きました。ハリー・ポッターやペギー・スーに影響されたのか現代政治を皮肉る意欲が出てきたのでしょうか。ちょっと注目しておきたいと思います。毎回、一番最後の数ページで新たなできごとを引き起こし、次巻に続くという終わり方をするのが、いかにも安っぽい連続ドラマ風で、最後に興ざめして終わるのが読後感を悪くしています。
 シリーズ全体を女の子が楽しく読める読書ガイドで紹介しています。

22.流れ行く者 守り人短編集 上橋菜穂子 偕成社
 守り人シリーズの外伝的な短編集。シリーズ第1作の精霊の守り人より前の短槍使いバルサの少女時代、養父ジグロと連れだってカンバル王国からの追っ手を避けながら武道の訓練を受け護衛士として鍛えられながら育っていった経緯を短編でまとめています。少年時代のタンダの思いと、素っ気ないながらにタンダに好意を持つバルサの関係がほほえましく読めます。護衛稼業を通じて大人の男たちの喧嘩だけでなく、サイコロ賭博にも知識と技を深めていくバルサのたくましさには、同時に少し胸を痛めますが。基本的には、守り人シリーズ10巻を読み上げたファンのもっと読みたいという渇望感と、バルサの幼少期やタンダとのつきあいを知りたいという欲求へのファンサービスという意味合いの強い本です。守り人ファン、バルサファンには満足の1冊です。守り人シリーズを1冊も読んでいない人には、なんだこりゃという本でしょうけど。
 シリーズ全体を女の子が楽しく読める読書ガイドで紹介しています。

21.生協の白石さん お徳用エディション 白石昌則 講談社
 東京農工大学生協の客(学生)からの注文・意見等を記載した「ひとことカード」への生協職員からの回答をまとめた本。インターネットでブレイクし、2005年に出版された生協の白石さんの改訂増補版です。ひやかしネタや無理筋の相談にも、ユーモアを持って答えようとする姿勢が、ヒットしてブームが鎮静化した後も続けられていることがわかります。職場が続いているのだから当たり前ですが。もっとも、面白くしようとしてムリしてる感じも見受けられますが。でも、こういうやりとりを、少し余裕を持っておもしろがれる環境があることはいいことですね。やはり大学という場の性質と限られた人達のコミューンだということで成り立つ部分が大きいと思います。

20.謎の転倒犬 柴田よしき 東京創元社
 就職難で就職先が見つからず売れっ子占いの助手に就職するハメになった石狩拓也の目で、占いの客をめぐるトラブルを占い師摩耶優麗が推理して解決する様子を語るパターンの短編ミステリー連作。ミステリーとしてはトラブルの中身も軽めで謎解きも深くなく、どちらかといえば登場人物のキャラ設定でコメディ仕立てにした軽い読み物と位置づけた方がよさそう。素顔なら若いときの岩下志麻似で25〜6に見えるのに営業用に化粧をすると40代、その化粧が剥げかけると50代に見える女性占い師とか、腕っ節は強くて有能でオネェ言葉の経理部長とか。こういうクセの強いキャラに囲まれてこき使われ続ける押しの弱い主人公ってのは、まぁありがちな設定ではありますが。飛び飛びの連作のため、就職の経緯や登場人物の紹介がダブり、続けて読むには目障りな感じ。書かれた時期が数年前で、読んでいてアレッと思うことが多々ありました。あとがきでも「就職難」っていってもとか言い訳していますが、それよりも定期券が自動改札に差し込むタイプだというのを「最近は、たいていの定期券がそのタイプだろう」(165頁)って・・・いったいいつ書いた本?と思いました。

18.19.ハリー・ポッターと死の秘宝 上下 J.K.ローリング 静山社
 ベストセラーファンタジーとなったハリー・ポッターシリーズの完結編。6巻で近年最強の闇の魔法使いヴォルデモートを倒すためには7つの分霊箱を破壊した上でヴォルデモート自身を倒さねばならないと知ったハリー・ポッターが親友のハーマイオニー及びロンとともに分霊箱を探し求めながら、ダンブルドア校長の遺言から知った死の秘宝の謎を解き、ハリーがヴォルデモートとの最終対決に臨むというストーリーです。原書で読んだとき一番わからなくて自分の英語読解力を怪しんだ35章は、日本語版でも今ひとつ本当はどこなのか、なぜ「キングズ・クロス」なのか、ハリーの夢なのか、はっきりしない感じがします。ダンブルドアがハリーに僕は死んでいる?と聞かれたときの答の「全体としてみれば、ハリーよ、わしは違うと思うぞ。」って、またあいまい。ハリーとダンブルドアがどこかの「場所」で出会って語り合うのではなく、ダンブルドアが(絵の中からスネイプに語りかけることができるのと同様に)ハリーの頭の中に語りかけているということなんでしょうねと、読み返して理解しました。読み違いかもしれませんが。語学力の関係で、日本語版での方が、友人たちを失ったときのハリーの哀しみを共感できた感じがしますし、ハーマイオニーへの愛しさ(ハリーが思っているということでなく読者としての私が感じる)、ルーナのとぼけた暖かみ、ネビルのたくましさがより強く感じられました。主要言語のほとんどで2007年のうちに発売されていることを考えれば信じられないほど遅い発売ではありますが、日本語版の存在はやはりありがたいと思いました。
 原書を読んだ段階での感想はこちら

17.あたらしい図鑑 長薗安浩 ゴブリン書房
 13歳の野球少年が、足を捻挫してついでに扁平足を直すために病院に通ううちに知り合った老詩人との交流を通じて、思春期の性と人間関係に目覚めていく青春小説。少年が老詩人のことを調べるために行った図書館で出会った少女に一目惚れして、そこから内向的に性に目覚めていく過程と、老詩人とのつきあいで言葉にならない感情を「図鑑」化することで人間の気持ちの機微に触れ、また大人・老人への理解を深めていく過程が並行し最後に重なり合う形になっています。登場させる大人を、老人でありながら巨漢の詩人という型破りな設定にすることで、説教臭さを避け少年の心に入りやすくしているところがポイントでしょう。比較的素直な友だちと絡ませることで、主人公の気持ちを少しひねた部分を作りながらもあまり外さずに素直な方向に戻していて、親世代には安心な読み物です。

16.人は、永遠に輝く星にはなれない 山田宗樹 小学館
 総合病院の医療ソーシャルワーカー猪口千夏の元に訪れる様々な患者・家族、特に譫妄で病院に送られてきた87歳の独居老人西原寛治との出会い、相談を通じて、高齢と病、失業などによる不幸と生活の悩みを描いた小説。突然の事故や病に襲われて途方に暮れ、生活に困る人々、高齢のため否応なく体が不自由になってくることへの受容と拒絶意識、客観的には恵まれているのに自らの不幸を嘆き続ける人、自らの努力で切り開こうとせずに愚痴ばかり言い続ける人、ソーシャルワーカーの元を訪れる様々な客観的・主観的問題を抱えた人々を描くことで、人がいつまでも自分の思い通りではいられないことを語っています。結局は、自分で自分の現状を受け容れ、現実の条件の下でできることをやっていくしかない、その答えに気付きたどり着くことの難しさがメインテーマだと思います。健康には問題のない独居老人をもう1人の主人公に据えることで、事故や病気にあわなくてもいつかは高齢のために自分の思い通りには行かなくなる、そのことにあなたは向き合えますか、と問うているわけです。そして、それをケースワーカーの目から見ることで、自分の家族にそういう日が来ることへの覚悟も。ソーシャルワーカーの生き様のストーリーにはなっていますが、結局はそこよりも人生の末期への受け容れの覚悟が問われて、小説を読んだ気がしない重い読後感を持ちました。

15.恋人たち 野中柊 講談社
 子どもの頃ベランダから飛んで右足が重くなる発作の後遺症を持つイラストレーター瀬川彩夏と15歳年上の広告代理店勤務の大貫さん、自損事故で視力と恋人を失った舞子と同乗していた舞子の恋人の友人恭一の2組のカップルが、彩夏が舞子に絵のモデルを頼んだことから絡んでいく恋人たちの日々を綴った小説。2組のカップルの絆は緩やかで(どちらも結婚は予定していない)揺らぐように見えて揺らがない、それぞれの中で絆を確かめ深めていく様子が、1話ごとに彩夏と恭一の視点で語られていきます。絵画とグルメっぽい小洒落た優雅な生活に、時折不安を感じつつも今の生活を肯定的にかみしめていく、安心感のあるお話です。長くこんな洒落た関係が続けられるかという疑いと羨望がおおかたの読後感になるでしょうけど。作品を通じる感覚が、マチスの絵を題材にしているように、カラフルでぺったりとした色彩で、それが楽しそうに見えます。私はマチスって昔から苦手なんです(はっきり言って巧くない絵は苦手です)が、美術としてでなく生活のシンボルないしアナロジーとしてはいいのかもなんて思ってしまいました。

14.あなたの呼吸が止まるまで 島本理生 新潮社
 舞踏家の父親と2人暮らしの小6少女朔ちゃんの父子関係、友だち関係、そして信頼を寄せた大人との関係とその裏切りを描いた青春小説。赤字を出しながら舞踏の公演を続ける父とともに母親に見捨てられて大人びた朔ちゃんが、優しいし朔ちゃんを認めてくれるけど舞踏のことになると朔ちゃんのことも忘れてしまう父や周辺の大人たちに寄せる思いと視線が、温かでしかし切ない。そして自分の思ったことをはっきり言い妥協しない同級生鹿山さんとの友情と憧れ、優しいけど事を荒立てたくなくて完璧な嘘をつこうとする田島君との友情、とりわけ孤立しても凜として最後には意地悪な同級生も圧倒していく鹿山さんの存在感と最後まで続く朔ちゃんとの友情が、暖かい。朔ちゃんを大人扱いしてくれて、それがうれしくもあり信頼を寄せていた父の友人の男性に裏切られ性的な行為を強要されて傷ついた朔ちゃんを、あからさまなうちひしがれた様子ではなく、精神的に深いダメージを受けてまわりにはどこか変と思われつつも気づかれないという状態で描いているところが作者の問題意識を示していると思います。朔ちゃん、かわいそう(T_T) でも、あからさまに相談することなく、父親との関係や友人との関係に精神的に支えられながら、自分で自分なりにけりを付けていく朔ちゃん。まだこれからの闘いが予想されますが、朔ちゃんの意志とそれを支えてくれる人間関係が、少し明るい展望を見せてくれます。がんばれ朔ちゃんって気持ちで、切ない読後感です。

13.ゼウスの檻 上田早夕里 角川春樹事務所
 遺伝子操作によって創り出された雌雄同体の新人類「ラウンド」をめぐり、木星の実験宇宙ステーション「ジュピターT」の中の特区内でのみ生育を許可して実験を続ける政府側とラウンドの存在を許さないとしてテロ攻撃を企てる過激派組織「生命の器」が攻防戦を展開するというストーリーのSFアクション小説。テロリスト稼業を引退して研究者になっていたが「人質」をとられやむなく「生命の器」に雇われてジュピターTに潜入するカリナと、警備隊の隊長城崎を軸にストーリーが展開していきます。冷酷非情に殺戮を続けるカリナの姿には、主人公の1人ではありますが共感することは難しい。それでもカリナの持つ数少ない人間的な想い出「夏のドーム」(267〜269頁)の少年が警備隊長城崎である(22〜24頁)ことは、この種のドラマのお約束とも言えますが、皮肉な運命です。その点は2人には自覚されませんし、強調もされていませんから読み流してたら気づかないかもしれませんけど。作者あとがきではラウンドをめぐる議論とドラマを通してジェンダーとセクシャリティを描くことに主眼があるように書かれています(305頁)。メインテーマがそこにあることは明らかですが、私は実はそこよりも研究者(フォン・シャイオー=カリナvsクライン)の研究対象への偏愛と性(さが)の方により重いテーマを見てしまいました。クラインのラウンドに寄せる思いと度々示されるラウンドを守るためなら・・・という決意。そして具体的に書くとあんまりネタバレですから書きませんけど、殺人機械のように冷酷に殺戮を続けるカリナとエウロパの微生物やさらにはラウンドに対する態度の落差。ありそうな感じもしますが、しかしそれはあんまりだと・・・

11.12.クリーム・ソーダ上下 さぉたん アスキー・メディアワークス
 その場で気に入った男との一夜限りの関係を繰り返す超尻軽女子大生桃ちゃんが、合コンで知り合ったレン君に一目惚れして改心し、突然レン君一筋になって若干の障害を乗り越えて恋を成就させる恋愛小説。魔法のiランド大賞2007優秀賞受賞のケータイ小説の単行本化。ライバルは桃ちゃんの大学同級生で顔もスタイルも上で性格が悪いユカリ。それでも最後には主人公が勝ってしまう、それも自分が一目惚れした相手が実はそれ以前に自分に一目惚れしていたという信じがたいほど都合のいい少女漫画的妄想ともいうべき設定。ありがちな設定ですしそれが売れるわけだからそういうニーズ多いんでしょうね。男をとっっかえひっかえし、素直じゃないし、桃ちゃんだって性格がいいとは言えないんですが、主人公の場合気にならないんでしょうね。まぁお互い一目惚れな訳で性格関係なしに好きになったともいえるのですが。そういうのが理想のカップル像になるのって、おじさんにはちょっと哀しい。

10.生命保険の闇 藤原龍雄 フォレスト出版
 生命保険がいかに保険会社に有利にできているか、魅力的に聞こえる保険会社の誘いがいかに加入者に損をさせることになるかを説明した本。タイトルからは保険会社の裏側の暴露本のように見えますが、そういう話はほとんどありません。著者の主張は、むしろ通常の人にとって生命保険が実はいかに必要ないかということ、生命保険の保険料を払うくらいならその分を貯蓄に回し、また余裕を持った生活をし家族団らんに当てた方がよほど有意義な人生を送れるし、結果的に貯金も貯まるということに力点が置かれています。貯蓄型の生命保険よりも掛け捨ての保険に入って差額を貯金した方が、貯金も貯まるし保障も有利という話を聞かされると、生命保険って何だったんだろうと思ってしまいます。ましてや掛け捨ての保険も生命保険会社でなく共済組合の方が有利となると・・・

09.恋人 佐藤洋二郎 講談社
 勤めたばかりの会社を辞め母親が病に倒れても故郷に帰らず語学学校に通いながらものになる見込みもなく小説を書き続ける主人公が、語学学校で出会った離婚したての年上の編集者女性と語り合うようになり、相手が別れを伝える際に言った30年後のクリスマスに女性の故郷の函館で会いましょうという言葉を支えに様々な仕事をしながら小説を書き続け、小説家になり、約束の日に函館にやって来るというストーリーの小説。仕事を辞めて小説を書くというのになぜ語学学校に通うのか、建設現場で働きながら片手間に小説を書くのならなぜ故郷で書かないのか、相手の女性との別れも主人公が女性の体の傷にひるんだ/無神経に見つめ続けたためなのになぜ自分が捨てられたような被害者的な感情を引きずり続けているのか・・・。自伝なのかどうかよくわかりませんが、どうも作家が小説家志望者の話を書くのを読むと、自己憐憫と自己陶酔と自己卑下と自虐的露悪的なしかし言い訳めいた物語に感じ、楽しめません。恋愛ものとしても美しいラブストーリーではありません。構成はそれなりに引き込む力がありますが、恋愛ものとしてみても作家ものとしてみても、70年代っぽい重苦しめの少しじめっとした感じ/でも本当の70年代作品ほど重くない作品で、いまどきの70年代ノスタルジーというところでしょうか。

08.大人の合コン力検定 石原壮一郎 ソフトバンククリエイティブ
 合コンのシチュエーションごとに110問の質問に3択の回答を続けて採点し、合コン力を測るという形式の暇つぶし本。前半は段階別に前半戦、後半戦、2次会、後半は「ビジネスに役立つ7つの合コン力」とかで攻め込み力、アピール力、持ち上げ力、ムードメイク力、切り替え力、チームワーク力、ドタンバ力、最後に卒業試験が各10問。それぞれの質問の解説で合コンや女心について著者の考えを語り、女性の歓心を買うには何を考えるべきかを論じています。基本的には軽いエッセイ・冗談本として読む本です。出版社の思惑か、ビジネス力の向上にも役立つ(帯は「合コンを制す者は、ビジネスを制する」だとか:58頁)としているところに無理があり、それを取り繕おうとしている説明が痛々しい。

07.破産者オウム真理教 管財人12年の闘い 阿部三郎 朝日新聞出版
 多数の殺傷事件を起こした犯罪者集団オウム真理教の解体と被害者救済のために被害者と国が申し立てた破産手続で、破産管財人となってオウム真理教の施設からの信者の立ち退き、施設の解体と売却、後継団体からの賠償金取立等の業務を行ってきた著者の12年にわたる異例づくめの破産管財業務を綴ったノンフィクション。凶悪事件の記憶も生々しいスタート時点では後難を恐れて貸し手が現れず破産管財人事務所の確保にも苦しんだ様子や教団施設に乗り込み信者と渡り合う様子、施設の解体では毒物や武器を始め何が隠されているかわからない施設を解体して無事に売却するための苦労、それも高額の解体費用を捻出する苦労などが切々と描かれています。居座る信者や施設を覆う凶悪事件の記憶と毒物などの存在が、通常の破産事件では想定できないような障害となっていたことが改めてわかります。その障害を卓越した決断力と創意で乗り越えてきた管財人、それも日弁連会長経験者というお偉方が、数々の障害を乗り越えたエピソードを書く度に自分の手柄よりも関係者の協力への感謝を書き記している腰の低さにも感じ入りました。

06.未来予想図〜ア・イ・シ・テ・ルのサイン〜 志羽竜一 メディアファクトリー
 意地っ張りでまわりのことが見えてないのに自分の大事なことも伝え損なう雑誌編集者宮本さやかとガウディに憧れる少年の心を忘れない建築士福島慶太のラブストーリー。大事な相手に大事なこと・感謝をきちんと伝えようというさやかの母の言葉が、割りとシンプルにメインテーマになっています。父の死ぬ前にも母の病気前にも、そして慶太にも、意地や忙しさで大事なことを伝え損ねたさやかが、雑誌の取材で「恋がかなう花火師」の頑なな心を溶かしていきながら自分も変わっていく様子を軸に、すべてを集めてハッピーエンドに突き進んでいきます。ハッピーエンドが待っていないのは、娘に喧嘩を売れられたまま死んだ父親だけ。こうなるとお父さんが可哀想な感じも・・・。サグラダ・ファミリア教会前での再遭遇とか、ましてや終盤で明かされる慶太の少年期とさやかのエピソードなんて、小説ですから劇的にというのはわかるけど、やっぱり、世界に人間は100人くらいしかいないのかクラスの無理を感じます。深く考えずに気持ちよく読めればいいじゃんって人向けの都合いいラブロマンス・エンタメです。

05.人くい鬼モーリス 松尾由美 理論社
 女子高生信乃が、夏休みの家庭教師をすることになった超美少女小4芽理沙と、芽理沙が別荘の納屋で密かに飼う大人の目には見えず動物・人間の死体を食べる怪物モーリスの秘密を共有しながら、次々と起こる関係者の死と死体の消失事件に巻き込まれるミステリー小説。モーリスの名はモーリス・センダック作の絵本「かいじゅうたちのいるところ」のイラストの怪獣に似ている(黄色い目、大きく裂けた口、干し草のような髪)ところからだそうです。高校生少女と小学生少女、怪物の心情交流の物語と、殺人事件ミステリーが交差して展開されますが、どうしてもミステリーの方がストーリーの柱になり、モーリスは攪乱要因の性格が強くなって、私としてはちょっと不満足。それからミステリーで犯人候補を増やすために登場人物を増やし過ぎて物語としては焦点がぼける感じもします。ミステリーとしてみると、モーリスという不思議な生物の存在での攪乱がなかったら、トリックとしての工夫も乏しい感じですし。殺人事件がらみにしないで、不思議な怪物と少女の心情と成長、友情のお話で進めた方がよかったように思います。そっちの方が思春期にかかる少女の思いと成長を美しく描けたのではないでしょうか。

04.キララ、またも探偵す。 竹本健治 文藝春秋
 オタク学生のところに従兄の研究者から超美少女メイドロボット試作品キララがモニターのために送られてきて、何でも言うことを聞くメイドロボット、同級生女性、前作(2007年2月に紹介)でキララの活躍で仲良くなった美少女アイドル、グラマーなロボット研究者に囲まれ、オタク学生がもてあそばれながらいい思いをするというアキバ系オタクの妄想全開のミステリー。単行本も2冊目になり、ネタも尽きてきたのか、2話目は主人公を同級生女性に変え、ミステリーとしては普通に読んでれば見え見えの展開。まぁ、ミステリーとして読んでいる人は少ないでしょうけど。3話目に至っては、まるっきりポルノ小説。ミステリーとか、探偵とかを装うこともばかばかしい状況です。別冊文藝春秋ってこういうの読む人たちが読者層なんでしょうか。 

03.西の魔女が死んだ 梨木香歩 小学館
 不登校の中1少女まいが西の田舎で暮らすイギリス人祖母の元で田舎暮らしをしながら立ち直るハートウォーミング系の青春小説。以前読みましたが、映画化されたので再読しました。祖父が死んで1人で山の中で暮らすイギリス人祖母という、少し異界の雰囲気の中で、昔の生きるための自然に対する知識を持つ「魔女」の存在と予知のエピソードを使いながら、まいの心を巧く解きほぐしていくおばあちゃんの知恵と、それに乗せられながらいつかそれに気づくまいの成長のやりとりが読みどころです。魔女は、自分で決める、決めたことを実行する、外からの刺激に動揺しない(心から聞きたいと願った以外の不思議な体験は無視すべき)・・・たぶん同じことを親から言われても聞く耳持たないことでも、このシチュエーションで聞かせてしまうところなんですね。「おばあちゃんはいつもわたしに自分で決めろって言うけれど、わたし、何だかいつもおばあちゃんの思う方向にうまく誘導されているような気がする」という終盤のまいの台詞とあらぬ方向を見つめてとぼけるおばあちゃん。ここが一番巧い気がします。イギリス人女性、それも元英語教師に「女の人は家にいて家庭を守るべきだ」という考え方をさせ、結局、母が仕事を辞めて親子3人父親とともに暮らすという解決策に進むあたりが、保守的な価値観を体現していて(まぁ母親の抵抗も描いてはいますが)、ちょっと違和感が残ります。

02.この世の全部を敵に回して 白石一文 小学館
 人間にとって絶対的なものは死だけでそれ以外は相対的なもので死に比べれば何ほどでもないという命題から出発してあれこれ思索する人生論ないしは哲学本。タイトルがすごく大仰ですが、家族も愛していない、人間は別の人間を信ずるという能力が最初から欠落しているなどとニヒリズムに走り憎まれ口を叩き続ける展開から、著者はそういう覚悟なんでしょうね。ただ、それなら正面から人生論として書けばいいものを、他人から預かった原稿だとかいう設定にして、その人の人生を設定して、内容には自分も異論はあるとか(7頁)、逃げ腰のいいわけを書きすぎていて、それが著者の姿勢を疑わせます。前半の死と宗教をめぐる議論は観念論ですが、それなりに興味深く読めます。不死が実現すれば人生のほとんどの問題は解決するとかいう展開は、人間が人間でなくなればというのと同じレベルの夢想で観念の遊びですけど。後半で異常性欲者に我が子を殺された親の立場から犯人が死刑にならない法制度を批判し、復讐が禁じられていることは不合理だとか、被害者の親は犯人の娘を強姦することで始めて犯人に同じ苦しみを味わわせることができるとか言って司法制度を批判するあたりはもう支離滅裂。だいたい前半では家族が死んでも本当に哀しくはないとか言ってたわけで、前半のトーンからしたら子どもが死んでも実は大して哀しくない、復讐に人生をかけるなど無意味だとなるはずです。それが、昨今の風潮に乗っかった犯罪者・弁護士批判になると、そんなこと忘れたように我が子を殺された親の哀しみ・怒りが強調されています。一応業界人として指摘しておきますが、「心神耗弱」で無罪(98頁)はありません。無罪になるのは心神喪失です。

01.「やめられない」心理学 不健康な習慣はなぜ心地よいのか 島井哲志 集英社新書
 健康心理学の入門書。タイトルにある不健康な習慣がなぜ心地よいのか、なぜやめられないのかは、ほとんど書いていません。どう考えても「健康心理学入門」というタイトルにすべき本で、たぶん著者はそのつもりで書いているものを出版社が売るためだけにこういうタイトルを付けたと思われる本です。このタイトルに惹かれて読んだらほぼ確実に頭に来ます。健康のため、生活習慣病予防のため、定期的な運動、朝食を必ず食べる、間食をしない、タバコを吸わない、十分な睡眠、適正な体重、過度の飲酒をしないの7つの習慣が重要なことは明らかだけどなかなか守れないのはなぜかという問題提起は最初にあります。でも、そこで書かれているのは、世間話のレベルで、不健康な習慣の誘惑は思いの外強いということで、なぜ心地よいのかの話はほとんどありません。私が唯一目を引かれたのは、例えばタバコを吸いたいという刺激は銘柄等に支配される傾向が強いので、禁煙したいがどうしても吸いたいというときは、タバコを買わないのではなく、いつもと違う銘柄を買え(66〜67頁)という助言です。いつもと違う銘柄だと吸ってみてもそれほど価値を感じない、次に吸いたくなったらまた別の銘柄のタバコを買う、そうしているうちにそれほどタバコを吸いたいと思わなくなるというのです。私はタバコを吸わないのでよくわからないけど、ちょっと斬新な考え方。同じようにダイエットは食べるのを我慢するのではなく、少量のものをおいしく食べるか、苦手なものを食べることで自然と食べる量を減らすのだそうな(98〜101頁)。後半はもう不健康な習慣問題とはまったく関係ない健康と心理学のお話。タイトルで関心を持っただけなら第3章と第4章だけにした方がストレスを感じないと思います。

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