私の読書日記  2007年4月

30.スキミング 松村喜秀 扶桑社新書
 カード犯罪の手口と日本の業者のセキュリティの甘さについて解説した本。カード情報が、クレジット加盟店でのカードリーダーでの読み取り、住居等への侵入、さらにはATMのケーブルに無線式スキマーを仕掛ける(27頁)などの手口で盗まれていること、非接触式ICカード(Suicaとか)になれば財布の中にあっても海外の犯罪グループが使っている無線式スキマーなら2〜3m離れたところから読み取れる(68〜69頁)というような話があれこれ書かれています。カードのセキュリティの話も、使い捨てカイロ(鉄粉)とストッキング(ふるい)とセロテープで偽造カードが作れる(14〜15頁)なんてことが書かれていて、あ然とします。さらには防犯性能の高い鍵に与えられるCPマークが本当に高性能の鍵は警察OBの天下り先の大手企業が取り扱っていないので認定されない(161〜162頁)とか、アメリカなどではホームセキュリティでは警察に通報されて警察が来るのに日本では警備会社が泥棒がいなくなった15分とか20分後にやって来るだけで、その理由は警察が直行するようになると警備会社の経営が困難になって警察OBの天下り先が減るからとか(162〜166頁)読んでビックリするような話が書かれています。

29.目の病気がわかる本 岩ア琢也監修 法研
 視力を失う原因となる病気、加齢黄斑変性、白内障、緑内障糖尿病性網膜症等についての解説本。目のしくみとか症状、病気の原因とかについての説明が、普通より少し配慮してあってわかりやすく感じました。目の病気の症状でいつも出てくる飛蚊症も、たいていの本は虫が飛んでいるように見えるとか言葉で書いてあるだけなんで今ひとつイメージできてなかったんですが、「こんなふうに見える」って絵が書いてあって(32頁)納得しました。眼球の中での房水の流れとか、網膜剥離の機序とかも初めて知りました。特に詳しいということじゃなくてむしろお手軽な分量なんですが、説明で飛ばしがちなことが一言入っているためにわかりやすくなっているのだろうと思います。専門家から素人への説明の仕方としても参考になりました。

28.イッキ乗り 下野康史 二玄社
 様々なものの運転についてのルポ。どちらかというと乗り物以外の話の方がおもしろく読めました。例えば介護用のパワー・アシスト・スーツ。アルミ板とエアバッグの駆動機構を筋肉につけたセンサーの信号で動かして自力の倍の力を出すしくみとか(127〜134頁)。「悲しき人形つかい」で読んだときは空想と思っていたんですがすでに実用化間近だったんですね。鵜飼の鵜匠は世襲の宮内庁式部職だとか(187頁)。知りませんでした。モーターパラグライダーのところでは、雲に入ると「微妙に湿気が体にまとわりつく感じ。冷たくはないです。逆に、サランラップが肌にくっついたような感覚かな。」(230頁)っていうのがいいなあと思いました。考えてみたら素肌をさらしたまま雲を突き抜ける乗り物ってあまりないですからね。

27.冥王星パーティ 平山瑞穂 新潮社
 高校生時代は純朴で人づきあいの苦手な青年だったが「自己改造」の結果証券会社に就職して派手な女性関係を結びつつそれに疲れてきている桜川衛くんと、高校時代は奥手で堅実だったが次々と男に振り回されて傷心の都築祥子さんが、祥子が作成したアダルトサイトをきっかけに再会するお話。社会に出て疲れた頃の28歳が、自分なりの憧れで始めたライフスタイルに疑問を持ち始めて、何か違う、これは「ホントの自分」じゃないと感じていたところに、11年前の高校生時代に遭遇し、純朴だったあの頃を思い出して「原点に返ろう」って思う。そう思いたい気持ちはわかる(40代でもそう思うことはある)けど、当時は当時で今が正しいとか原点だと思ってたわけでもないはずだし、やっぱり逃げだとも思います。そう思っていても、時々はそこに浸りたくなる魅力がありますけどね。それはさておき、作品としては、ちょっと散漫な感じだし、最後望月が遠慮するのはそれまでの人物造形からは違和感があって都合のいい設定だと感じますが、最後は前向きになれるのとエンディングの設定には好感が持てました。

26.みずうみ いしいしんじ 河出書房新社
 第1章は時々増水し村に豊穣をもたらす不思議な湖と湖とつながり水をはき出しつつ語る眠り人や湖と鯉を守る人などが醸し出す幻想的な小説。第2章、第3章は時と場所が違う舞台で錯綜する細かいエピソードの中に第1章の湖や登場人物との関連が示唆され、時空が相対化され輪廻・転生がイメージされますが、明確な展開や方向性は示されず、そういう感覚の提示に終わっていると思います。第1章が「文藝」で発表され、第2章・第3章が書き下ろしで追加されていますが、第2章・第3章は物語が続くわけでもなく、第2章は第1章の幻想的な雰囲気を壊していますし、第3章まで読み通しても(はっきり言って読み通すのはけっこう辛い)そうだったのかと納得するわけでもありません。第1章の幻想的な物語だけで終わっておいた方がよかったと、私は思いました。

25.ひとり日和 青山七恵 河出書房新社
 ジコチュウで意地悪で盗み癖のある20歳フリーター女性の主人公が遠縁の70歳過ぎおばあさんと同居して過ごす1年を描いた小説。おばあさんの飄々とした様子に味がありますが、まあ、よく読むパターン。主人公はどうも意地悪くて私には感情移入できません。こういうのが売れたっていうのは(大部分は中身と関係なく芥川賞とその報道で売れたんでしょうけど)今時の若者にはこれくらいが普通で共感できるってことかも知れませんけど。主人公を尖らせもしないで、しかし丸くしないでざらついた違和感を残すあたりの間合いがジュンブンガクしてるってところなんでしょうか。おもしろいって小説でもなく、設定にも文体にもさして新鮮味は感じられません。選考委員たちの激賞ぶりをあてにして読むと期待はずれでしょう。白紙で読んだら悪くはないんでしょうけど。

24.名もなき毒 宮部みゆき 幻冬舎
 紙パックウーロン茶への毒物混入による殺人事件と解雇されたアルバイトの怨念をめぐるミステリー小説。解雇されたアルバイトの身勝手で被害者意識の強い姿勢が強く印象づけられます。前半でのこの人の様子は、弁護士なら(紹介者のいる人の相談しか受けない弁護士でなければ)たいていは経験している感じで、さすが元弁護士事務所勤務なんて思いました。でも同時にそういう見方をしてしまうと見えなくなる事実もあるし、後半でちょっと極端に走らせすぎて、今の経営者側がやりたい放題に近い労働シーンを考えると、労働者側に偏見持ち過ぎ/経営者側の見方じゃない?とも思ってしまいます。犯罪者となるのは比較的貧しい労働者で、主人公は財界人の逆玉だし。毒殺事件(青酸カリ)、シックハウス・土壌汚染の毒(有害化学物質)、人間に潜む邪悪で悲しい怒りの毒を交差させ、最後の人間の性を、正体がわかり名付けられれば対策も講じられるがそれに至らない名もなき毒と位置づける(451〜452頁)のがタイトルの由来。ところで相続人が子どもだというときに遺留分が3分の1(212〜213頁)は2分の1の間違い。それくらいは調べて欲しかったですね。

23.自分の体で実験したい レスリー・デンディ、メル・ボーリング 紀伊國屋書店
 科学の発展の過程で未知のことがらについて自分の体で人体実験をした科学者10人の話。人間についても動物と同じかどうかわからなかったり、動物は感じたことを教えてくれないし実験に積極的でもないから、人体実験が必要になったときに、他人にやらせるわけにはいかないとか、やっぱり自分で知りたいからと自分の体を使ってしまう。崇高とも、切なく悲しいとも見える科学者の性。10人の人選は科学史的な価値というよりもディテールを示す資料の有無にかかっているので、必ずしもバランスはよくない感じですし、読み物としてみるとそれでももう少し人間の機微を示すエピソード・ディテールが欲しいところ。それにしても致死性の謎の病気の解明のために自ら感染して死んでいった医者たちの話は悲しすぎる。

22.ふぞろいな秘密 石原真理子 双葉社
 「ふぞろいの林檎たち」の女優石原真理子の回顧録。ドラマの役柄や「プッツン女優」という言葉から虚像が流れ世間の人は鵜呑みにしていると嘆いていますが、自分で書いた本を読んでも、少なくとも「恋多き女」であることは間違いないでしょう。こんなに次々と共演する男優とHした話が並んで、それを自分で認めているわけですから、芸能界の男女関係って世間で言われているよりさらに乱れているって思ってしまいます。他の男優は名前入りでHしたことが書かれているだけですが、玉置浩二との関係はかなり細かくDV男として書かれています。恨み骨髄なんでしょうね。入信していた新興宗教や霊感商法被害のことも書かれていますが、こっちはあっさりで食い足りない感じ。

21.パチンコの経済学 佐藤仁 東洋経済新報社
 30兆円産業と呼ばれるパチンコ業界について経営サイドから検討した本。著者はパチンコチェーンの元役員。近年パチンコ産業は年間売上30億円弱で横ばい、パチンコ人口は約1710万人で1995年からほぼ半減、その理由は機械が射幸性が強く(ハイリスク・ハイリターンに)なりヘビーユーザーだけが残り1回につぎ込む金が増えたためだそうです。そして著者の推計によれば日本のギャンブルによる客の純損失は2005年で約5兆3641億円でその3分の2をパチンコが占めているそうです(44頁)。競馬、競輪、競艇、オートレース、宝くじ、サッカーくじを全部あわせてもパチンコの半分・・・。日本のギャンブル支出はイギリス並みで世界トップレベルだとか(45頁)。これにはビックリしました。自己破産で相談者に聞いたら半分以上はパチンコやってますもんね。アメリカのカジノのスロットマシンなんかは単調で著者には物足りなく感じたが、アメリカ人に言わせれば日本のパチンコのように釘をいじるのは犯罪行為で、リーチ等の過剰な演出はギャンブル依存症の温床になるから問題だそうです(74〜76頁)。現に依存症の人がたくさんいますからね。

20.新聞社 破綻したビジネスモデル 河内孝 新潮新書
 新聞の販売コストや購読者・広告収入の減少などの実情と生き残り策について論じた本。フリーライターじゃなくて2006年まで毎日新聞の常務取締役だった人が書いているのがミソです。新聞社が独禁法の建前から一斉値上げを避け大手紙が輪番制で先行値上げをする不文律があった(23頁)とか、これってずっとそうだろうなと思っていたんですがやっぱりですね。実売部数より多くの部数を販売店に送り(注文させ)部数を基準にする広告料をつり上げ、販売店には複雑怪奇な販売促進費・補助金で手当てし、その結果実売部数は社長も知らない、販売経費率が(表の数字で)45%前後という異常な事態。このあたりの新聞営業の分析をしている第1章・第2章が読ませどころです。著者の新聞再生策として毎日・産経・中日が提携して第三極を作りという話を展開する第4章は好みが別れるところでしょう。インターネット時代の生き残り策を論じる第5章で展開する、論評・解説に重点を置き(記者クラブは共同通信に任せる)という話はよく聞く話ですが、ロングテールを考慮してこれまで紙に載らなかった没原稿を配信してニーズの少ない専門情報の販売で生き残るという方向性はありかなと思います。

19.プロフェッショナルな修理 足立紀尚 中央公論新社
 道具や工業製品の修理・再生をビジネスとしてやっている人達のルポ。この種の本は伝統工芸の匠の技の紹介になりがちですが、第1章の京都の職人の話以外は、むしろ現代的なビジネスとしてやっている人達で年代的にもけっこう若い人が紹介されてます。修理の仕事ぶりが、そこそこ書かれていて、なるほどとは思います。どれも1企業だけの取材で、宣伝っぽい(最後に必ず連絡先が書いてあるし)のが読み物としてはしらけますけど。もちろん、ビジネスとして修理・再生をやっているわけですから、元々高いもののはずですし、修理・再生の料金もかなり高いはずですが、第1章の京都の職人以外は、料金は全然書いていない(新品を買うのと同じくらいとかそれ以上という表現は出てきますけど)。もちろん、業者さんの方からは、修理は個別見積もりなので値段は変に書かれたくないでしょうけど、そのあたりも読者の側の目線じゃないですね。

18.日本から見た世界の諸地域 新版 川上税、田村俊和編 原書房
 世界地理の概説書。大学・高校での世界地理の手頃な教科書を目指して書かれたということで、ざっとおさらいするのに向いてはいます。地域別の自然環境とか、それに応じた農業特性、人と文化の移動・交流なんかは大づかみにつかめていいと思います。専門家の分担執筆にありがちですが、執筆者によって重点項目が違い、その結果地域によって出ている統計の項目も違って比較して読みにくかったり、通し読みするとばらつきを感じるのが難点。地域ごとに専門家が違うからしかたないんでしょうけど、素人目にはこれくらいの概説書なら誰か1人で書けないでもないような気がするんですが。むしろばらつきの大きい国別のまとめとか工業関係は落としても自然・農業・人と文化の交流なんかを中心にまとめてもらった方が読みやすかったように思えます。全体とは関係ないですが「シベリアでは、400キロは距離ではない。マイナス40℃は寒さではない。ウォトカ4本は酒ではない」(102頁)とか、へーっと思います。

17.90年代の証言 外交激変 柳井俊二 五百旗頭真、伊藤元重、薬師寺克行編 朝日新聞社
 月間「論座」掲載の元外務事務次官・駐米大使の柳井俊二のインタビューの単行本化。沖縄返還交渉から自衛隊海外派兵、小泉訪米まで様々な話題を扱ったロングインタビューなんですが、はっきりいって総花的で突っ込み不足な感じ。厳しい質問はほとんどなくて、答えもほとんどが公式発言の範囲内って感じだし。もっとも私自身、日弁連広報室時代に日弁連の機関紙でインタビューやってた経験からいうと、実際のインタビューではなかなかそう厳しい突っ込みはできないですけどね。でもそれにしても質問者が外務官僚の立場を先取りして、一緒になって旧社会党とか自衛隊派遣に理解のない世論をけなして、よいしょしてるのも嫌な感じ。そのまま読売新聞や、さらにいえば産経新聞に掲載されてても何の違和感もない内容で、むしろ朝日新聞社の雑誌がこういうインタビュー載せてたのが驚き。

16.オリュンポス 上 ダン・シモンズ 早川書房
 昨年9月に読んだ「イリアム」の続編。上下巻組で、上巻だけで2段組500頁超。私が読むのに4日かかりました。それでもまだ上巻だけ・・・。改造された未来の火星にあるオリュンポス山と過去の地球にあるイリアム平原がブレインホールでつながりオリュンポスの神々とギリシャ・トロイア連合軍の戦いが繰り広げられ、その後ブレインホールが閉じ、トロイア戦争が再開したり、半機械生物モラヴェックとイリアム平原にいた学師ホッケンベリーとオデュッセウスは現在の地球を目指し、現在の地球では人間(ディーマン、アーダら)が攻撃を受け危機に陥るという展開で、少しずつ話が近づいてきています。でもまだ下巻500頁弱があるから、どうなるともしれませんが。「イリアム」では3者が順次展開していたのが、「オリュンポス」の上巻第1部ではひたすらイリアム平原の話が続き、第2部に入ると現在の地球中心になってそこに時々イリアム平原やモラヴェックたちの様子が混じり、第2部後半になるとイリアム同様順次展開になっていきます。だんだん話が近づいてくるということなんでしょうけど、ちょっと読みにくい感じがします。「オリュンポス」では、「イリアム」と違ってシェークスピアのソネットやプルーストはあまり出てきません(プルーストは少し長文の引用が出てきますが)。私には助かる・・・

15.夢を与える 綿矢りさ 河出書房新社
 子役から清純派美少女タレントになっていく少女の成長と破綻を描いた小説。でもテーマは結局、人の心は無理矢理つなぎ止めることはできないということ。無理してつなぎ止めようとした人が去っていっても残った(残ったんでしょうね・・・)母や父とこれから何かを築いていこうという様子も描かれない突き放されたようなエンディング。なんか、ニヒルな読後感です。長いスパンの話なんで「蹴りたい背中」のたらたらした進行とは感じが違いますし、唯一「蹴りたい背中」風に登場する「多摩」くんも当然、芸能界の絵の具に染まって疲れたところで帰りつく故郷として出る布石と思ってたら空振りだし。それにしても、高2にして自分を商品として冷静に見つめ、「大学も芸のうちなのよ。普通の子と同じように勉強して、まじめに大学4年間通ったっていう、阿部夕子のシナリオが必要なんだよ」(182頁)なんて大学受験も自己の商品価値を高めるためと言い切った人が、売れないストリートダンサーに言い寄って取り巻きの不良少年とバカ騒ぎした挙げ句にビデオの前でセックスしてそのビデオを売られ、それでもなおその男と会いたがるって、短期間にそこまで思考力失う?そういう壊した終わり方が、冒頭の母親の無理強いと重なって、なんか因果応報、救いなしって感じがして、どうも元気が出ない作品ですね。そう思うとタイトルがとても皮肉っぽい。

14.検定絶対不合格教科書 古文 田中貴子 朝日選書
 現在の高校の古文の教科書によく掲載される作品について教科書的読み方への疑問と掲載作品の偏り等を指摘した本。国語で1つの読み方だけを「正解」とすることへの疑問は、私自身も子どもの頃から感じてきました。また教科書の掲載作品が平安時代と鎌倉時代に偏っていて現在の日本語とのつながりが感じにくく、古文が第2(第3)外国語としか感じられないことも事実です。そういう意味で著者の指摘はその通りと思うのですが、第1部で示される教科書によく掲載される5作品についての「教室では教えない別の角度からの読解」(6頁)は、専門家にとっては大きな違いなのでしょうけど、素人目にはそれほどの違いを感じられませんでした。例えば稚児の空寝で、稚児が幼子でなく僧坊で男色の対象ともされたとみられるというのも、学校の授業ではそうは言わないでしょうけど、今時お稚児さんと言えばそういうニュアンスを含むことは一種常識でしょうし、著者の解釈でもこの話での稚児と僧の間には現実の男色の関係はなかっただろうと読んでいるのですから、それほど決定的な違いに思えません。読み方にもっと幅がある、教科書の読み方が決定的ではないという範囲ではよくわかるのですが。第2部で「教科書には絶対収録されないと思われる古典文学」(7頁)を明治から遡って掲載しているのも、おもしろい試みとは思いますが、でもこれを見て古文もおもしろそうだ、原典に当たって読み直してみようかと思うかというと、ちょっとそこまでは・・・明治から遡ってもやっぱり平安時代のは読んでも原文では意味が取れませんでした。

13.オニが来た 大道珠貴 光文社
 元暴走族の40代主婦が、気まぐれに出ていった夫の家族と過ごす日々を描いた小説。そういうふうに紹介すると少しシリアスに感じる設定ですが、中身はなんとなくのほほんとした日々が続くだけ。たいした事件もなく、たいした展開もなく、最後で出ていった夫が戻ってきながら、でも離婚したいとかすれ違ってたりというまま宙ぶらりんで終わります。この人の小説はストーリーがどうこうではなくて、まあなんとなく綴られる日々の感覚を味わえるかどうかなんだろうと思います。主人公が元暴走族なんて設定のわりには、ただ夫を思う、夫に尽くす妻って位置づけで、そういうところに収まってねってメッセージを感じて、そこはちょっと嫌な感じ。夫のいない中でその家族に入り込んで地位を確保するたくましさと読めばいいんでしょうけどね。

12.ブッシュのイラク戦争とは何だったのか 野崎久和 梓出版社
 イラク戦争の意思決定の過程と、戦争のコスト・ベネフィットを論じた本。タイトルとサブタイトル(大義も正当性もない戦争の背景とコスト・ベネフィット)から予想されるようにブッシュ批判に終始していて、私のようなブッシュ嫌いには、湾岸戦争との比較で父ブッシュはまともだったと言い過ぎることを除けば、気持ちよく読める本です。前半は国際的には支持を受けながらアメリカ国内の説得に苦労した湾岸戦争と国際的な支持を得損なったが国内では圧倒的に支持されたイラク戦争の経過の比較、後半は戦争のコスト・ベネフィット論です。まあ、だいたい聞き覚えのある話ですが、まとめて読むと読み応えはあります。研究者の論文なもので注が多くて読み進むのがかなり時間くいますけどね。私も3日かかったし・・・。戦争でアメリカが負担することになったコストの指摘の中で、イラク戦争のおかげで石油が高騰し(これ自体アメリカには損失。ブッシュを始め政権関係者が関与する石油関係企業が大儲けしたのは別として)、それによって産油国のロシア、イラン、ベネズエラが国力をつけたこと、「ブッシュ政権の露骨な単独行動主義・覇権主義のために、多くの欧州諸国は距離を置き、イスラム諸国では反米感情が広がり、ロシアや中国は対抗的な動きを模索し始め、中南米諸国もアメリカ帝国主義の新たな影響力行使に慎重な姿勢をとるようになってきている。一方、そうしたブッシュ政権に歩み寄っているのは、オーストラリア、日本、中東欧・旧ソ連諸国等に限られてきている。」(172頁)というとりまとめは、ちょっといい切り口かなと思いました。

11.イラク自衛隊「戦闘記」 佐藤正久 講談社
 イラク自衛隊先遣隊の隊長が書いたイラクでの日々の記録。自衛隊の任務は給水、医療支援、公共施設の復旧・整備に限られていたが、そもそもイラクは水が豊富で、現地の人には水より電気の方が必要だった(36〜38頁)とか、最初の頃、現地の人々の過大な期待が失望に変わり現地の人々の間で「自衛隊は帰れ」の声が日増しに強くなり、隠し通したが「お前たちは帰って日本の民間企業でも引っ張ってこい」といった発言まで耳に届くようになった(39頁)とか、アメリカ軍がすぐ発砲するのにイギリス軍が怒ってイギリス軍管理地域の道路脇の壁には「アメリカ兵よ、銃口を下げよ。イラクの人達はあなたの敵ではありません」とペンキで大書された文字があちこちに見えた(60〜61頁)とかの指摘は、自衛隊の隊長の文書だけに興味深く読みました。もちろん、全体としては自衛隊がいかに頑張ったか、現地の人々が自衛隊にいかに感謝しているかを強調しています。そのあたり、現地の地権者との交渉とか、地元民の陳情への対処とか「報道できなかった自衛隊イラク従軍記」(金子貴一、学習研究社)が同一の事実について違う視線・評価で書いているのがおもしろい。最後の方、著者が自衛隊を辞めて政治の世界に生きるとかで、そのためのアピールに終始しているのが興ざめします。

10.巨船ベラス・レトラス 筒井康隆 文藝春秋
 作家や編集者・小説の登場人物らが実生活と船中でのパーティーに境界なく行ったり来たりしながら進められる文壇パロディ小説。筒井康隆の小説は学生時代以来ずいぶん久しぶりに読みましたが、私にははっきり言って期待はずれ。小説とはなんぞや・文学とはなんぞやを論じてはいて、それはそこそこ納得もします。しかし文壇パロディが昔は文壇の大家をパロっていたものが今や最近の若者はってトーンが見え見えで、あぁ年取ったなあって感じます。差別語を指摘する者を間違いだと言い募り(50〜54頁)「差別的であった人ほど、いったん人権運動に身を挺した場合ヒステリックなほど差別狩りをすると申します」(81頁)とかいって人権活動家を非難しと、例の断筆宣言問題からもう10年もたっているのにまだそれやってるのかと読んでいてうんざりしますし。ラスト付近ではいきなり筒井康隆本人が登場した挙げ句、自身の小説の海賊版問題について実名入りで糾弾し始める(175〜191頁:それだけで16頁も・・・)に至っては、これじゃあもう小説じゃないし作品としてみるのも困難。最後にまたフィクションを始めるけどエンディングも別におもしろくないし。あまりに唐突に海賊版問題が出てきて作品ぶちこわしてるんで連載中に海賊版問題が発覚して怒り狂ったのかと思ったんですが、連載時期を確認したら海賊版問題が発覚してから連載が始まっているんですね。そうするとこの作品全体が最初からそれを予定して/それを告発するために書かれた?そうだとするとあまりに大人げない。中高生・学生の頃筒井ファンだっただけにちょっとショック。あと、この小説、章立ての区切りが一切なく、場面が転換するところでも行あけが一切ありません。これ一種の実験なのでしょうけど、とても読みづらい。こういうのは勘弁して欲しい。

09.その街の今は 柴崎友香 新潮社
 会社が倒産して失業し喫茶店でバイト中の28歳元OLが友人と合コンをこなしつつそういう過程で知り合った高利貸しの取立のバイトの男と半年前につきあっていて別の女と結婚した元彼の間でなんとなくふらふらしてるって小説。そういっても三角関係で悩むとかいうことでもなく、たいしたことは起こらず、何とはなしに1ヵ月がたっておしまい。舞台が大阪で、当然大阪弁で会話が続き、大阪のミナミの街のたたずまいと昔のそのあたりの写真での回顧が主人公の趣味として語られ、それがタイトルを意味づけています。はっきりいって、そこに関心を持てるか、なじめるかで、ミナミの雰囲気に付いていけず関心も持てなければ、一体これは何?でぶん投げて終わりだと思います。

08.悲しき人形つかい 梶尾真治 光文社
 人の体を支えて遠隔操作で動かせる介護装置ボディーフレームを独自に(ホーキング博士に使ってもらいたくて)開発したフーテンとその操縦装置に適合した友人の祐介が、暴力団の抗争に巻き込まれ、死んだ組長を生きているように遠隔操作させられて闘う、新発明物SFコメディ小説。クライマックスはバトルスーツ物(ガンダムとか・・・)風のノリで、もちろん荒唐無稽ですが、割り切ればエンターテインメントとしてはそこそこ読めます。浮世離れしたフーテンと開き直ると度胸のいいこゆみさんのキャラが、いい味出してるかなと思います。

07.イラン人は神の国イランをどう考えているか レイラ・アーザム・ザンギャネー 草思社
 イラン人の文化人15名によるイランの現状についてのエッセイを集めた本。当然のことながら、イランの人々が一枚岩でないことがわかります。かつてはパンクロック、服装倒錯、テレビの実録番組の発祥の地だった(181頁)イランは時代遅れの融通の利かない専制国家と見られているが、検閲を受けながらも様々な芸術運動が生きながらえている様子が、メディア・アート関係者から語られています。宗教指導者やイスラム原理主義の建前と一般市民の生活は必ずしも一致していない(一般市民の大勢がそうなのかは疑問ではありますが)、「革命前は、宗教指導者はスーパーの行列でも『お先にどうぞ』と言われ、レストランに行けば一番よい席をとってもらえたが、今では、お店に宗教指導者がいても、人々は腹立たしげな言葉をつぶやきながら、つっけんどんにそばを通り抜ける」(56頁)とか、壁の内側ではやりたい放題の飲酒や乱交パーティーが行われているという指摘も、表の世界での厳しい抑圧は結局そういう吹き出し方をするものだよねと納得してしまいます。

06.本番で最高の力を発揮する法 ステファン・ロング 日本実業出版社
 スポーツ選手が実力をつけ試合で最高の力を発揮する例を元に成功する方法を論じたビジネス書。いろいろなことが、どちらかというと抽象的に書いてあって、何を読み取るのか人によってけっこう違うような気がします。私には、自分を肯定的に認識しつつ限界を客観的に認識し効率を上げるために何を修正すべきかを思考してどんどん実行していくということを中心においているように読めました。その上で目標設定は現実的でな範囲で難しめの設定をするが、自分のコントロールできないことは目標にせず、その意味で結果よりもプロセス・努力におく、目標は柔軟に変更するという指摘が、実践的にはけっこう重要かなと思います。メンタルの強い人間は結果がどんなものであれ成功したことは自分の手柄だと考える、他方責任転嫁はせず自分の責任を特定して認め修正できる状況の修正に集中する(責任追及自体に意味はない)という指摘も、スポーツの世界ならそうでしょうね。私らの世界ではそうはいかんでしょうけど。

05.報道できなかった自衛隊イラク従軍記 金子貴一 学習研究社
 自衛隊のサマワ駐留に通訳として同行したフリージャーナリストのルポ。戦闘糧食が米軍のものは内容も豪華だしひもを引くと加熱されるのに自衛隊のはレトルトパックでお湯がないと食べられない(戦場でお湯を沸かしてられる?)代物だとか(44〜45頁)、住民の陳情に対してオランダ軍は隊長が即決していくのに対し自衛隊は陳情を文書にしてもらって防衛庁の上層部に諮らないと予算が下りない(104頁)とか、いかにも日本の役所らしいところが呆れるというか哀しい。結局はイラクの人のためじゃなくて国内向けに国際貢献の実績を作って防衛庁の防衛省昇格のステップにすることが狙い(123頁、214頁)だったんでしょうね。イラク側にも独裁政権下で長く過ごしたイラク人は自分のことばかり考えて事情をよく理解しようとしない「町内のすべての家が壊れても、日本とアメリカがいれば、明日には全部直してくれるなどという人さえいる」(185頁)なんて考えもあったとか。時々弁護士にそういう非現実的な期待を持つ依頼者もいますけど・・・。弁護士としては、アラブ流の交渉術について、強気に出るときは徹底的に主張するが信頼関係が築ければ相手の言い分を素直に受け入れる(130頁)、組織間の交渉でも目の前で交渉している個人との関係を重視する(132頁)、敵とみなせば命が尽きるまで攻撃してくるが味方に対しては命をかけて守ってくれる(134頁)という指摘に興味を持ちました。

04.フリーランス&個人事業主のための確定申告 佐藤亜津子 技術評論社
 個人事業主向けの確定申告の入門書。毎年確定申告をやっている個人事業主なんで、たいていのことはわかりますが、経費の費目はそれほど厳密に考えなくていいとか、領収書がない場合でも出金伝票で経費計上できるとかは、読むと気が楽になりました。税金の話は、特に私たち個人事業主には切実な問題ですが、はっきり言って確定申告の季節以外は忘れてる状態で、本で読むと、ああそうだったのか/そうだったなあと思います。毎年春の時期には勉強しなくちゃなあと思うんですが・・・

03.天山の巫女ソニン2 海の孔雀 菅野雪虫 講談社
 ソニンと沙維の国の第7王子が隣国江南の第2王子に招かれて江南の王宮に滞在し、江南の民の生活を知るうちに、江南の王宮の陰謀に巻き込まれ、それを解決するお話。沙維の王子が隣国江南の民の生活を見て庶民の生活の苦しみを知り成長していく様子がちょっといい感じ。ミンはその前に自国の庶民のことを知れ(247ページ)と辛口ですが。陰謀に巻き込まれた被害者の王子が相手を毒殺しようとするのにソニンが言った「あなたが弱いなんて認めない。弱い者ならどんな手段を使ってもいいなんて、私は認めたくない」(212頁)は、ちょっと考えさせられます。ただ、自分の生きる目的を他人に決めてもらうソニンの生き方(239〜241頁)には疑問を持ちます。最後にはそれを自分で選んだと評価している(254頁)のがまた悲しく思えます。

02.天山の巫女ソニン1 黄金の燕 菅野雪虫 講談社
 生まれてすぐから巫女として12年天山で修行をしたが素質がないと里に戻された12歳の少女ソニンが、口のきけない第7王子の侍女とされ、王宮の陰謀に巻き込まれて王子らに毒を盛ったと疑われながら王子らを助けるために奔走するというストーリーのファンタジー。私としては、ソニン自身より貧しい農家の家族や近所の貧民の娘ミンのキャラクターに惹かれました。父親がソニンに語る「お前はこれから王子にお仕えするけど、決してお前は王子じゃないんだよ。偉い人に使われるとカン違いしてしまう奴が多いものさ。」(97頁)「お前が王子より下だということじゃ決してない。どうしても聞けない命令や、嫌な仕事を仰せつかったら、いつでもここへ帰っておいで」(97頁)「役目はそれに向いた者がやればいい。いくら水や肥料をやっても、土に合わない作物は育たないものです。」(150頁)とか、普通の農民のセンスとは思えません。戦についても結局は貧しい人びとが犠牲にされるという視点が強く出されていて、庶民の弁護士としては共感度大です。

01.エリオン国物語V テンスシティの奇跡 パトリック・カーマン アスペクト
 3巻では、2巻でさらわれたヤイプスを助けにアレクサと巨人のアーモン、リスのマーフィーらが鬼たちの占拠する街ブライドウェルに潜入し、その後伝説の都市テンスシティを目指して冒険を続けます。アレクサはその冒険で創造主エリオンの声に導かれ、方向を示し続けますが、闘いや冒険は結局巨人アーモンや大人たちが進めているので、受動的な感じがつきまとい活躍しません。物語の筋としては少女アレクサの成長を描いていると思いますけど。3巻に付いている地図でもなお、1巻でブライドウェル以外の壁は破壊されたと明記されているのにまだ他の都市や都市間の道が壁付きなのは、ちょっとお粗末。

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