庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

    ◆刑事事件の話
  弁護人の意見 (ジャン=バルジャンのケース:刑事弁護の必要性)

 ジャン=バルジャンが現実に犯した罪を冷静に見れば、現実の被害は小さなものです。ミリエル司教から盗んだ銀の食器は確かに高価なものでしたが、ミリエル司教はそれをジャン=バルジャンにあげたと言っており、被害者自身が被害はないと述べています。プチ=ジェルベの銀貨も本人が空中に放り投げて遊んでいたことからわかるようにプチ=ジェルベにとってそれほどのお金ではありませんでした。それ以前のジャン=バルジャンが19年間も刑務所に入れられた犯罪も、実際の被害は、ガラスを割ったことと若干の獣の肉だけです。検察官は、そして世間の人々はジャン=バルジャンを大罪人のように言っていますが、ジャン=バルジャンがこれまで1度として人を傷つけたことがないことに注意してください。
 検察官は悪質な犯罪だと言いましたが、ジャン=バルジャンの犯した罪はどれも計画したものではなく、その場の思いつきでつい犯してしまったものです。ミリエル司教については、刑務所を出ても犯罪者であるということが知れ渡って宿屋にさえ泊めてもらえず、今後どうやって生活したらいいか見通しが立たない追いつめられた気持ちになっていた時に、ミリエル司教が3人での食事に6人分の銀の食器を並べたのを深夜に思い出して、行ってしまったものです。検察官は強盗殺人にもなりかねないと言いましたが、もしミリエル司教が目覚めたとしても、ジャン=バルジャンは言葉で脅すことはあってもミリエル司教を傷つけることはなかったはずです。これまで1度も人を傷つけたことのないジャン=バルジャンが突然そのようなことをするとは思えません。プチ=ジェルベについては、ジャン=バルジャンが積極的に狙ったのではなく、ジャン=バルジャンが考え事をしていたところに足元に銀貨が転がってきたのです。ジャン=バルジャンがしたのはただその銀貨を踏んだこととあっちへ行けと怒鳴ったことだけです。
 確かに、ジャン=バルジャンはミリエル司教に許された時に立ち直るべきでした。しかし、小さな罪とその後の脱獄のために19年もの間刑務所に入れられ、人の温かさというものに触れることができず、人を信じられなくなっていたジャン=バルジャンにとって立ち直ることはそんなに簡単なことではありませんでした。ジャン=バルジャンはその時、ミリエル司教に許されたことに驚いてとまどっていたのです。かき乱された気持ちでプチ=ジェルベに対する犯罪を犯してしまったのは、まさにジャン=バルジャンの弱さでした。しかし、それは多くの人間が持つ弱さでもありますし、しかもそれは一瞬のことでした。ジャン=バルジャンはプチ=ジェルベが立ち去ってすぐに誤りに気づき銀貨を返そうとしてプチ=ジェルベを探しました。プチ=ジェルベを見つけられなかったので銀貨は返せませんでしたが、その銀貨をジャン=バルジャンは今もなお大切に残しています。
 そこからジャン=バルジャンは本当に反省し立ち直ったのです。その後7年間、ジャン=バルジャンは本当に立派に生きてきました。一所懸命に働き、貧しい人々を助けて、今では市長になっています。この裁判もジャン=バルジャンが自ら名乗り出たために行われていることに注意してください。ジャン=バルジャンは無実の別人に終身刑が求められているのを聞いて、その人のために自ら名乗り出たのです。名乗り出れば終身刑になる危険があるのに名乗り出ることは、どれほどの勇気がいることでしょう。ジャン=バルジャンはそれほどまでに十分に立派に立ち直っているのです。
 貧しい人々を助けて一所懸命に働き、市長になっているジャン=バルジャンは、刑務所に入れなければ社会を守れないほど危険でしょうか。被害者自身が許している犯罪と被害者自身が空中に放り投げていた程度の銀貨しか実害がなかった犯罪は、その後7年間も何一つ犯罪を犯さず立派に生きてきたジャン=バルジャンを刑務所に入れなければならないほど重大でしょうか。ここでジャン=バルジャンを刑務所に入れることこそ、ミリエル司教の気持ちを無にしてしまうのではないでしょうか。

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