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◆刑事事件の話◆
ジャン=バルジャンのケース
ジャン=バルジャンは植木職人でしたが、25歳の時、姉と7人の子(ジャン=バルジャンにはおいとめいに当たる)のめんどうを見なければならなくなりました。1795年暮れ、冬は仕事がなく、子どもたちに食べさせるパンも買えなくなって、パン屋のガラス戸をたたき割りパン1切れを盗もうとして捕まりました。この罪と禁猟区で狩りをしたことであわせて5年の刑を宣告されました。その後4回脱獄をして捕まり、そのたびに刑が延びて1815年10月に19年ぶりに刑務所を出ました。
しかし、たどり着いた町ではジャン=バルジャンの出所が知れ渡っていて、宿屋も泊めてくれません。3軒で断られた末、ミリエル司教(75歳)の館を訪ねました。ミリエル司教は、ジャン=バルジャンの話を聞いて事情を知りましたが、3人で食事のするのに銀の食器6人分を並べてジャン=バルジャンと食事を共にし、司教館の礼拝所に泊めることにしました。司教館の礼拝所に出入りするには司教の寝室を通らなければなりませんでした。
ジャン=バルジャンは、その夜午前3時過ぎ、先のとがった鉄の燭台を持って鍵のかかっていない司教の寝室に入りました。ドアを開ける時金具の音が響き、ジャン=バルジャンはビックリして立ちつくしましたが、誰も起きてきませんでした。その後ジャン=バルジャンは司教の枕元の鍵のかかっていない戸棚から銀の食器6枚と銀のスプーン1本を盗み、窓から部屋を出て庭を突っ切り、塀を乗り越えて逃げました。
ジャン=バルジャンは、すぐに憲兵に捕まり、銀の食器はミリエル司教にもらったと言い訳したためミリエル司教のところに連れてこられました。ミリエル司教は、ジャン=バルジャンの姿を見るとすぐに、銀の食器と一緒に銀の燭台もあげたのにどうして持っていかなかったのかと言いました。ミリエル司教の言葉を聞いて憲兵はジャン=バルジャンを放しました。驚くジャン=バルジャンにミリエル司教は、この食器を正直な人間になるために役立たせるようにと伝えました。
その日の夕方、ジャン=バルジャンは野原で物思いにふけっていました。そこへ10歳くらいの少年プチ=ジェルベが銀貨や銅貨を放り投げて手の甲で受けながら歩いてきました。プチ=ジェルベの受けとめそこねた銀貨が1枚、ジャン=バルジャンの足元に転がってきました。ジャン=バルジャンはその銀貨を踏みつけました。プチ=ジェルベはジャン=バルジャンに銀貨を返すように言い、ジャン=バルジャンが黙っているので襟をつかんで揺すぶったり足をどかそうとしました。ジャン=バルジャンはまだ考え込んでいましたが、少年がしつこいので、さっさと消えろと大声で怒鳴りました。これを聞いてプチ=ジェルベは怖くなって逃げ出しました。プチ=ジェルベが逃げた後、ジャン=バルジャンはプチ=ジェルベの銀貨を返そうと追いかけましたが、プチ=ジェルベを見つけることはできませんでした。
その後、ジャン=バルジャンは改心してマドレーヌと名を改め、一所懸命に働き、貧しい人々を助け、モントルイユの市長に選ばれました。市長になってからも貧しい人々を助け続けていましたが、ジャン=バルジャンを追い続けるジャベール警部が1823年12月に別人をジャン=バルジャンと間違えて逮捕して裁判が行われることになりました。ジャン=バルジャンは、別人がジャン=バルジャンと間違えられて終身刑の求刑を受けるのを見て耐えきれずに、自分がジャン=バルジャンだと名乗り、1823年12月24日に逮捕され、裁判が行われることになりました。
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