庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

  ◆過払い金返還請求の話

 制限利率の基準は引き直し残元本でよかったか

 利息制限法の制限利率は「元本」に応じて3区分されていて、その「元本」が何を意味するかについては、過払い金請求の実務上は、最高裁2010年4月20日第三小法廷判決によって、利息制限法引き直し残元本を基準とすることで決着がつけられました。
 ここでは、それ以前の議論状況を解説して、過払い金返還請求で上を追求する弁護士がどのように行動し、判例がどのように作られていくかを理解していただく材料としたいと思います。
 ただ、この論点は、借主側の負けが決まったものですから、しょせんは敗者の繰り言です。

  利息制限法の規定と問題点

 利息制限法第1条第1項は次のように定めています。
 「金銭を目的とする消費貸借上の利息の契約は、その利息が左の利率により計算した金額をこえるときは、その超過部分につき無効とする。
 元本が十万円未満の場合 年二割
 元本が十万円以上百万円未満の場合 年一割八分
 元本が百万円以上の場合 年一割五分」
 このように利息制限法は制限利率を元本額によって定めていますが、この元本とは何かが問題となります。
 現在の利息制限法は、1919年制定の旧利息制限法を1954年に全面改正して制定されたものです。その当時、借金は最初に決まった額を借りて、その後追加貸付はなく(追加貸付するときはまた別に契約書を作って貸し付け)返済をし続けていくもので、現在の消費者金融や信販会社のように一定の限度内なら自由に追加貸付を受けられるような仕組みは想定されていませんでした。
 ですから、ここで言う「元本」は最初に借りた額であることは何の疑いもなく、また制限利率が最初の貸付金で決まる以上、その後の返済で借入残高が減少して別の区分に入っても制限利率が変わる(高くなる)と解する余地はありませんでした。

 ところが、現在の消費者金融や信販会社からの借金は、借入限度額の範囲までは希望すれば自由に追加貸付を受けることができ、実態としても月々の返済額を返済しては追加貸付を受けるというのが通常です。そうなると、最初に借りた額だけが「元本」と考えるのは難しくなります。例えば最初に5万円借りて、翌月に1万円返して、追加で20万円を借りたらもうその時点で借入は20万円以上になっているのに最初に借りた額が5万円だからというので制限利率を5万円を基準にするのは適切とはいえません。そうすると、制限利率の基準となる「元本」とは、借入限度額のことか、約定残元本(借入のときに約束した利息を前提に計算した借入残高)のことか、利息制限法引き直し残元本のことかということが問題となるわけです。

  制限利率が元本で区分された理由と借入限度額説・約定残高説の合理性

 まず前提として、利息制限法が制限利率を元本で区分した理由を考えてみましょう。
 取引において、大規模な取引では客が優遇されるというのはごく普通のことです。同じ商品でもまとめ買いをすれば値引きされるということは、珍しくありません。その意味で、制限利率が借入額が大きくなるのに応じて低くなることは合理的なことです。もちろん、そう定めなければならないとはいえませんが、このような定めをすること自体は不自然なことではありません。まず、このことを最初に押さえておきたいと思います。
 そして、現在の利息制限法を制定する際の国会審議での政府委員の説明や、立案当局者の解説では、元本の区分に応じて貸し借りをする当事者の階層が違うことが念頭に置かれています。具体的に見てみますと、衆議院法務委員会での村上朝一政府委員の説明では、「大正8年の法律による100円の制限を,この法案によりまして10万,100万といたしましたのは,貨幣価値,物価指数等から正確にこれは何倍という数字をはじき出してやったものではない。大体におきまして,現在の行われております銀行その他金融機関の貸付の実情が100万円以下と100万円を超えるものとについて,利子,利率その他について取り扱いを変えております。100万円をもって一線を画しておるという実情,従っていわゆる庶民金融と称せられます金融の額がどの程度であるかという点を勘案いたしまして,現在の経済事情のもとにおきましては,100万と10万というくらいの線が妥当ではなかろうか。50万と5万という線を考えてみたことがあるのでありますが,どうも100万,10万の方が妥当なように思いまして,このような案になったわけでございます。」としています(第19国会衆議院法務委員会議事録28号8ページ)。そして現行利息制限法制定の際の法務省の立案担当者である吉田昂民事局参事官は、成立後の法律の解説の中で「主として庶民金融を眼中において10万円未満の段階を,中小企業に対する金融を眼中において10万円以上100万円未満の段階を,大企業に対する金融を眼中において100万円以上の段階を定めたのである。」と説明しています(法曹時報第6巻第6号90ページ)。つまり、元本区分ごとに、取引の当事者が、貸主側で銀行と庶民金融、借主側で大企業、中小企業、庶民と階層が違うことを想定したというのです。
 現在では、貨幣価値の変化もありこういった階層の違いは妥当しませんが、この趣旨は、元本区分に応じて取引の規模というかグレードが違う、それに応じて標準的な取扱金利、従って取引のグレードによる優遇の程度が違うという意味に読み取れます。
 そのように解すると、ここでいう「元本」の意味は、最も素直には借入限度額、そうでなくても約定残元本だということになります。当事者間で想定している取引の規模なりグレードは借入限度額つまり与信枠で定まっていると考えるのが最も素直ですし、また少なくとも取引中に考えている取引の規模は借入時に約束した金利を前提とするものですから。そして、こう考えれば、取引の規模が大きくなって区分を超えれば取引の規模なりグレードなりが上がっていることは明らかですから、より優遇された金利となるのが自然ですし、返済によって借入残高が下がってもそれで取引のグレードというか与信が下がったわけではありません(いつでも借入限度額まで追加で借りられるのですし)から金利が上がるという扱いは考えられません。こういう考えで、元本区分の変化に伴う制限金利の対応についての実務を自然に結論づけることができます。   

  引き直し残高基準説の台頭と最高裁判決

 このように、利息制限法の立法の経緯からは、借入限度額または約定残元本を基準とするのが素直で合理的ですが、消費者金融側が次第に反発するようになりました。
 まず、借入限度額を基準とすることには、強い反発がありました。借入限度額100万円という取引は比較的よくありますが、その場合、100万円借りることは普通はありません。約定残高で99万何千円かにはなりますが100万円にはならないのが普通です。しかも、法律家の業界では、借金の契約である「消費貸借契約」は、「要物契約」と言って約束するだけでなく現実に金銭を渡して初めて有効に成立すると考えられています。すると、現実には借りた額が100万円に達したことが一度もないのに100万円以上として年15%を適用するには、かなりの抵抗感があります。それでも借入限度額が基準だと徹底的に戦い、そういう判決を取っていた強者の弁護士もいました。
 私は、そこまでの強者ではないので、約定残高基準で主張し続け、最高裁判決前は、判決で負けた1例を除き、約定残高基準で和解し続けていました。
 しかし、利息制限法引き直し計算をする際に約定残高基準だと約定残高の確認が必要になるとか、制限利率を自動計算する計算シートはそれに対応できないから若干の操作が必要となるなどの事情から、最初から引き直し残高を基準に計算する弁護士が多かったようで、消費者金融側から文句を言われることが増えていきました。
 そういう場合でも、先ほどお話ししたような利息制限法の制定過程とか立法趣旨の話をすると、消費者金融側が折れてこちらの計算を丸呑みにする和解を申し出てきていました。
 でも、そうこうするうちに、利息制限法の制限利率の基準となる「元本」は利息制限法引き直し残高だとする地裁の判決、さらには高裁の判決が出るようになりました。それらの判決の理由は、ごく単純に利息制限法が適用されるときには約定利率は無効であり約定残元本は無効であって法律的には存在しない、存在しないものを基準にすることはできないから法律上唯一有効な利息制限法引き直し残元本を基準とするというものです。理論上はあり得ないではない考えですが、そうすると返済によって利息制限法引き直し残元本が減少して区分を超えたときに制限利率が高くならない理由があいまいになってしまいます。実際、利息制限法引き直し残高基準説を採用した結果、返済によって利息制限法引き直し残高が減少して区分を超えたときには制限利率が高くなるとした判決さえ登場しました。
 消費者金融は、そういう論点で、相手の弁護士や裁判官を見て、自分が負けそうなときは相手の主張を認める和解を提案します。弁護士としては、自分の主張満額かほぼそれに近い和解を提案されたら、和解してしまいます。そして消費者金融側が勝てそうなときは、和解せずに判決を求めることになります。同じ論点でも、相手の主張の強弱や担当する裁判官の考え・感覚で結論が異なることはあり得ますから、資金に余裕がある消費者金融側は不利な判決を避けて都合のいい判決を得るという道があるわけです。
 私も、利息制限法引き直し残高基準説の高裁判決が出たところでCFJから、和解を拒否されて判決となり、この論点で初めて判決を受け(それまではすべて消費者金融側がこちらの主張通りに和解してきたので判決は得られませんでした)、敗訴しました。CFJの方では、高裁判決も取ったので負けないと踏んだのでしょう。
 そういう状態で、最高裁2010年4月20日第三小法廷判決が出てしまいました。この判決は、制限利率の基準となる「元本」は利息制限法引き直し残高としたうえで、返済によって利息制限法引き直し残高が減少して区分を超えたときについては、いったん無効になった利息の約束は復活しないという理屈、例えば利息制限法引き直し残高が10万円以上になった時点で利息の約束のうち年18%を超える部分は無効となっているので、その後に利息制限法引き直し残高が10万円未満となっても無効となっている部分が復活することはあり得ないから制限利率が年20%になることはないという理屈で通常の実務を肯定しています。
 後者の点は、利息制限法の規定の文言からは微妙なものが残りますし、技巧的な感じがしますが、実務的には、これで決着と考えざるを得ません。

 理論的には十分に合理性があった借入限度額基準説や約定残高基準説が退けられ、引き直し残高説で最高裁判決が出された経過には、借入限度額基準説や約定残高基準説でがんばる弁護士が多くなかったこと、負けそうなときは満額提供して和解し勝てそうなときだけ判決を求めて有利な判決を積み重ねた消費者金融側の作戦が功を奏したことなど、いろいろと忸怩たる思いを持ちます。

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